2019年05月24日

お金について

「投資とはお金のことだと思っていないか?すべてのことをお金で換算してしまっていないか?」

このあいだ立ち読みした本に書いてあって「どきっ。」としました。

お金に縛られて、いつもそのことしか考えていない。すべてのことをお金に置き換えて考えてしまっていないか?

お金をつかったことだけを投資と呼ぶのではない。あらゆることが投資、人に優しくするのも投資と考える。

近所を掃除するのも投資。挨拶をするのも社会への投資なら、税金を払うのも社会への投資。

なるほど。

お金というのは、使えば使うほどいいのです。

貯めこむとお金は死んでしまいます。お金が貯められないようにすれば、富の分配がスムーズになります。

お金に使用期限をつければいいのです。期限内につかうしかないので、経済が活性化します。貧富の差なんてうまれようがない。

いざいう時も誰かがなんとかしてくれます。お金を使うしかないからです。貯められないのだから誰かのために、何かのために使うしかない。

何ごとも貯め込むのは、よくないのです。不安だから貯めたくなる。それを商いとして煽る人もいるのでそうなる。

たまにニュースで騙されたとか盗まれたなんていうのをやってますが「それだけ余った死んでいるお金があったんだなあ。」と思います。

オレオレ詐欺の被害が何億なんてやってますが、何億もつかわれずに余って死んでいたお金があったのかと驚きます。

お金は殺さないようにつかわなければいけません。なんでもいいのです。それこそ投資でもすれば世のため人のためになります。

「自分、自分。」とだけ考えるのではなく、世の中みんなのことも考える・・・

平等なんてどだい無理な話だから不可能なのか。人は差別が大好きで、自分と他人とを分けないと気が済まない。

「わたしは富裕であなたは違う。」「わたしは健常であなたは違う。」

「はあ。」まあええか。

「まいにちまいにち ぼくらは鉄板の 上で焼かれて 嫌になっちゃうよ。」by Masato Shimon.

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お金ってほんとうに何なんだろう?
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2019年05月23日

落語

桂吉弥さんの独演会に行ってきました。

落語を聴くのは三度目です。一度目は、ファーストインパクトを大切にしようと名人・柳家小三治師匠でした。

二度目は、戌井祐一・昭人の親子迷人会で三度目が今回です。

落差がとんでもないですが、それぞれ面白かったです。小三治師匠は流石の名人芸、親子迷人会は結構笑えました。

そして、今回の吉弥さんですが独演会ということでショーケンの歌を歌ったり好き勝手やってらっしゃいました。

一本目と二本目の途中で着替えを見せていて良かったです。

着替えなんて隠して間が開いて客を待たせるよりも、見せてしまった方がいさぎがいいし、かえって面白いのです。

それにしても落語というのは大変な芸です。昨日もほぼ2時間喋りっぱなしでしたが、集中力の切れることはなかったです。上手い人だからそうなのか。

あまり色んな人の落語をライブで聞いたことがないのでわからないけれど、やはりどこの世界にもピンキリがあるのか。戌井君に聞いたところによると現・林家三平の・・・

やめましょう。悪口になるので。

CDの録音はたくさん聴いてますが、それもいい人ばかりだもんな。

志ん生に文楽に小さんに小三治、米朝に枝雀に、etc..etc...。一番聴いてるのは志ん生と枝雀です。

志ん生は、録音の時期によって当たり外れがありますが乗ってる時期の『火焔太鼓』は「流石だなあ。」と思います。偉そうに「どうもすみません。」

枝雀歌舞伎座独演会の『高津の富』は、何回も聴いてますがその凄まじい話芸を聴くたびに感動して涙が出そうになります。

ここまでやっていいのだと自らの芸のためになります。しかしその行き過ぎた芸へののめり込みが、寿命を縮めたのかもしれないと思ったり。

昭和の大名人桂文楽は、高座の上で絶句して「勉強し直してきます。」言うて失禁してしまったとか。それが最後の高座。

舞台上とは、ほんとうに恐ろしい世界なのです。

しかし、そのことをわかりつつそんなこと関係ないと無我夢中で遊ぶのが面白いし、観ていても面白いのだと思います。

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桂吉弥さん。売れてるんですね、昨日も満員でした。Photo by 上方落語名鑑.
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2019年05月22日

木谷家と運と縁と

ここ淡路島、五色町都志の家は子どもの頃に毎夏、毎春休みに遊びに来ていたところです。

いまは住んでいますが、毎日遊びの準備をしているようなものです。誰かが泊まりに来るための準備であったり、公演ができるようにするための準備であったり。

誰にとっても永遠の遊び場であるここ都志の“木谷家”。

その家を、この一年かけて掃除して片付けてきました。

祖母が亡くなって約20年のあいだ、たまに誰かが泊まりに来るだけで片付けや掃除をしてこなかったので、ありとあらゆるところが汚れていました。

特に台所は酷使されていたけれど、自分の家と思って掃除していた人がいなかったので汚れは頑固でした。やっぱりまだまだ汚れていて昨日も掃除をしました。

燃えないごみは、一ヶ月に一回だけなのでこの一年のあいだタイミングが合わずに家の外に山になっています。

粗大ゴミも山になっています。来月は捨てられるのか?

家の中がだんだん片付いてきたので、外に手を懸けはじめていますが手強いです。蜂が活動をはじめる前の春にやればよかったのだけど既に手遅れ。

まるで宇宙服のような重装備で雑草を抜いたり刈ったり、木の剪定をしています。息苦しくて暑苦しいですが、宇宙で作業をしているのと比べれば屁の河童です。

さて、今日はそんな都志の家としばしお別れして大阪へと向かいます。入院していて観劇できない母親の代わりに、落語を聴きに参ります。

妹が母親の代わりに行く予定でしたが忙しいようです。それはそうです平日の昼間ですから。

「そのためにいま、暇にしているようなものでしょ。」by 女房・・・「はい。」

桂吉弥というかたです。六日間、毎日ネタを替えて十八題のお噺をやるようです。一日に三つやるのか。大丈夫なのか?

大丈夫なのか。自信があるからそんなことをやれるのです。乗ってるのですね。勢いがあるのだ。いいなあ。若い頃は無理をするぐらいの方が実力がつきます。俺も若い頃は・・・

まあいいか。

神田松之丞さんといい、活躍して売れてます。もちろん実力があるのは当たり前でその上で運と縁があって、さらにその時代の要求もある。

一時期、落語は落ち込んでいたけれど見事、盛り返しました。

講談は誰も見向きもしなかったけれど、もともと面白いものなのです。

舞踏もいまは誰も見向きもしないけれど、もともと面白いものなのでそのうちにブームが来るでしょう。

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鼻クロともしばしお別れ。相変わらず、まったくなつかなくて凶暴です。
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2019年05月21日

雑記

思いがわかってしまう程度では、もてなしとは言わぬ。作為は徹底的に隠すが花。気付かれる程度の作為は下らない。

「あなたは創ったものにて何をなさろうとしておりますか?それがわからずば・・・創造する意味などなく・・・人々の心を打つことはないでしょう・・・

己を見つめ直しなされ・・・見つめて・・・削いで・・・最後に残ったものこそ・・・真の創造の扉を開きましょう。」by Rikyu Sen. from Hyouge Mono vol.8

いまのままでは、自然にスタンディングオベーションをさせることなど到底難しい。

このまま、師の二番煎じを続けたところで未来はないのだ。俺にしかできぬ踊り、俺にしか創れぬ作品?

二番煎じではなく・・・真似でもなく・・・何にも似ていない・・・誰にも似ていない・・・唯一無二のもの?

舞踏家が戯作をするというジャンル越境を売りものにしてしまったダサい己れ。その時点で既に・・・捉われていた?

しかし、そこに感じ入った者もいたのです。決めつけるな。

手懸りは必ずあるはず。それを見つけて更に先へと足を踏み出し進むのです。

己れという人間が、確かに生きていたという何かを得るために。

いっぽうで、からだを投げ出し続けるというやりかたもある。

研ぎ澄ませ続ける 肉体を 発酵させ続ける 魂を

何でもありだけなら全肯定であるわけで、全て良しとして何も悩む必要などない。

その全肯定は、全否定の裏返しであり諦めから来るものです。

このどうしようもない世界に対する開き直りなのであり、このいま現在における己れの受け入れてもらえなさへの開き直りなのです。

まったく売れない己れの境遇を反主流として、色鮮やかに浮き立たせる。

いま売れているもののすべて逆をいく。

遊び、遊び。すべて何もかも遊びです。難しく考えるな。

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Photo by Masami Mori.
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2019年05月20日

スタンディングオベーションについて

先日、残念ながら入院していて観劇できない母親の代わりに梅田芸術劇場へと参りました。

女性が98パーセントです。平日の昼だけど皆さん仕事は休んでいるのかな。

梅田芸術劇場は、キャパシティが1000席ですが満員でした。誰かタレントが出てたのか。

生演奏でセットも豪華な感じだった。内容はさておき、二度目のカーテンコールで前のほうの数人が立ち上がりました。ファンなのか。

「え?」と目を疑ってたら、瞬く間にまわりの人たちが立ち上がりはじめた。

まわりが立つから立って拍手するという雰囲気が一瞬で充満して、前が立って観えないから立つという連鎖もあって「あっ」という間に会場の大体がスタンディングしていた。

舞踏家として右に倣えは真っ平御免なので絶対に立たなかったですが、同調圧力が凄まじかった。怖ろしい。

「何故、賛同しないの?」「いやいや立って拍手するほどでは、まったくなかったでしょう。」

人生で立って拍手したのは二回だけです。一度目はダムタイプの大名作『S/N』で20代だったのか。

オープニングからかっこいい重低音の音楽が鳴り響き、そこから観たこともないような舞台が繰り広げられて衝撃を受けた。

映像と音とダンスという、それからありとあらゆる人たちが影響を受けていまだに真似している作品です。

舞台で映像をつかうというパイオニア的作品で画期的で時代の最先端だった。

立って拍手するなんて恥ずかしい事はできない年頃で、20年以上前だから観客にもそんな習慣はなかっただろうけれど気付いたら立って拍手をしてた。

「はっ。」と我に返ってまわりを見たら観客全員が立って拍手をしていた。あれは感動した。一生忘れられない記憶です。

二度目は、イギリスのテアトル・ド・コンプリシテの『ルーシーキャブロルの三つの人生』。

オープニング、舞台奥の暗闇から役者が一列であらわれて舞台ツラの靴を履くところからはじまります。

そこから肉体をつかってのありとあらゆる創意工夫が素晴らしく、3時間以上あったと思うけれど一気に飽きずに魅せられて完全にノックアウトされた。

こちらも気づいたら立って拍手をしてて、まわりを見たら東京グローブ座の全員がスタンディングオベーションしていた。あれも忘れられない思い出です。

もうかれこれ2年以上作品を創っていないけれど、いつかはスタンディングオベーションをさせてみたいと思っています。もうこうなってくると夢のようです。

お仕着せや同調圧力でのものではなくて、ファンが出演者に気を使ってとかそういうことではなく。

自然発生的にそうなるような作品を死ぬまでに絶対に制作したい。決意を新たにしたのでした。

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Dumb Type 《S/N》より。ラストがほんとうに限りなく美しくて涙が溢れた。Photo by Kazuo Fukunaga.
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2019年05月19日

責任?

毎日毎日、痛ましい事故が起こっています。

大津では、子どもが二人亡くなって一人重体、池袋では87歳が31歳の母親と3歳の女の子を轢いてしまったとか。

だいぶん前にも同じような事故が起こっていなかったか。そちらはお婆さんだったような。

3歳の子どもを殺して、87歳で刑務所に入って罪を償うと言ったって償いきれない。その子の命とその子からつながる未来を永遠に絶ってしまった罪の償い。

しかし、そのお爺さんもまさか晩年にそんなことが起こるとは思ってもみなかっただろう。もちろん妻と子どもを一瞬で亡くしてしまった方も。

人生を一変させてしまう“自動車”という怖ろしいもの。

アクセルとブレーキの踏み間違いが全国で6万件起こってて、10年で450人亡くなってるとか。巻き添えも多いと思います。

後遺症が残ったり、寝たきりの人も沢山いるのでしょう。

昔し、近所の男前の男の子も事故にあって重い後遺症が残ってしまっていた。あの男の子はいまどうしているのかな?轢いてしまった寿司屋の親父はどうなっただろう?

自動車というのは、凶器なのだという意識が薄いのだと思います。

「金属バットをブンブン振り回しながら、人のすぐそばを通っているのと同じ。」by 上岡龍太郎

当たれば怪我をさせるし、下手をしたら殺してしまうのは同じなのですが金属バットなら気をつけるのに自動車だと安心してしまう。自分は守られた空間にいるからわからなくなる。

痛ましい事故が起こるたびに「年齢とか酒とか色んな事のせいにするし、運転していた人は罪に問われるけれど、自動車そのものの罪はなぜ問われないのだろう?」

疑問に思います。そもそも自動車がなければこんな事は起こらないのです。

これだけ毎日毎日事故が起こって死者が出ているのに禁止にならないのが不思議で異常です。ほかに禁止になっているけれど死者なんて一人も出ないものもあるのに。

それだけ自動車業界は、力を持っているのだろうな。

国としても、免許をばんばん与えて車を買わせて経済を活性化したいのだろうけれど。

物流が進化して確かに恩恵は受けているのだけど、小さい子どもが亡くなる度にあまりにも犠牲が大きすぎるのではないのか?そう思います。

小さな子どもの命を犠牲にしてまで速く目的地に着いたり、物を速く届けなければいけないのか?

いけないのか・・・

家にいて「ぽちっ」とすれば物が届く便利な時代。その陰で誰かが死んで犠牲になっていようが無関心だし、関係ない。

ほんとうは明日は、我が身なのだけれど。

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自動運転ってのも責任問題が難しいようです。
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2019年05月18日

夢か

公園の入り口が二つある。

左は出口で、右が入り口だと何故かわかる。右から入って行く。黒人の男が立っていて“Welcome"出迎えてくれる。

中は楽園だった。太陽がさんさんと輝いて皆んなが歌ったり踊ったりしている。

広い公園をのんびりと歩いて一周する。途中ベンチに座って黒人の男の子と白人の男の子が演奏をするのを聞いたり。

二人は友達ではないようだが、息のあった演奏を続ける。

気がつくと、隣に若い黒人の男の子が座っている。もう片方には東洋人のおっさんが座っている。

若いほうが「こんどバンドを組もうと思うんだ。ウェイラーズっていうんだよ。」可愛い声で言う。よく見るとボブ・マーリーだった。

もう片方のおっさんは、ずーっと「マンダラ、マンダラ。」呟いている。よく見るとそれはダライ・ラマだった。

二人に挟まれて、幸せなのか?もうこのままで良いのか?「良くはない。」早くここから出なくてはいけないという気がする。

部屋にボブ・マーリー&ウェイラーズといる。

どこかへ一服にでかけたのでこちらも一服。戻ってきて皆んなでジャンプをした。ボブが俺の頭を触るのでよけるとジャンプが止まってしまった。

ボブと笑いあう。なにが面白いのかわからないがうち解けた雰囲気になった。

そろそろ帰ろうとしたら皆んなに止められる。「帰らないでよ。帰るなよ。ここにいなよ。」何かやらねばならないことがあったような。

明日も用事があったような。それはとても大事なことだったような・・・

気がつくと辺りは暗くなっている。焚き火を囲んでいつの間にか人が大勢、集まってきている。寒くて寒くてブルブル震えている。

とにかく帰らねば。出口から出ようとしたら大勢に止められる。

袖を掴むのやら、腕を掴むのや「帰らないで、お願いだからここにいて。」引き止めるのを、振り切って出口から外へと出た。

そこは喧騒に満ちた都会の片隅で。坂をゆっくりと降りて行く。

「ここは地獄の一丁目か。それともエベレストなのか。」

ブルブルガタガタ震えながら、家路についた。

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Dead & Company / San Francisco, California.
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2019年05月17日

足りないものを探す旅

『グリーンブック』を観ました。

なぜ観たいと思ったか忘れてましたが、監督がファレリー兄弟のお兄さんだったからでした。エンドロールを見て思い出した。

黒人差別のお話でしたがマイノリティーの問題を深刻になり過ぎずに、笑いに変えて考えさせるファレリー節がやっぱり光っていました。

主役のヴィゴ・モーテンセンってのがガサツなイタリア男を格好良く面白く演じてました。最初は差別的だけどだんだんと変化して行く。

実際は北欧の人で『ロード・オブ・ザ・リング』で人気が出たのだとか。観てないから知りませんが。

その頃はやせた色男ですが、今回は体重を20キロ増やしてのデニーロアプローチが功を奏してました。

孤高の黒人ピアニストをアカデミー賞俳優、マハーシャラ・アリが時に高貴に時に弱々しく好演していました。

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左からマハーシャラ・アリ、ピーター・ファレリー監督、ヴィゴ・モーテンセン Photo by John Lamparski/WireImage.

1962年アリ演じる黒人の天才ピアニストが、差別渦巻くディープサウス・アメリカの南部へと旅をする物語でお供するのがモーテンセン演じるイタリア男。

何度も何度も差別をされるのを観ていると嫌になって頭にくるけれど、監督のピーター・ファレリーが言うように50年前と状況はまったく変わっていない。

変わっていないどころかトランプが差別を煽るから、分断問題はますます深くなる一方。

人間ってのは差別するのが大好きだから、まんまと乗せられてる。

ナチスドイツと同じやり方で、差別意識を利用して国民の心を他に向けさせる。恐ろしいぞ。日本の皆さんも気をつけましょう。

皮膚の色や外見なんてどうでもいい。一皮むけば皆んな同じ、ガイコツなのだ。

「差別なんてクソ食らえ!」グレイトフル・デッドやキース・リチャーズたちロックミュージシャンが、ガイコツをシンボルにしたり身に付けるのはそれが理由。

本当に大切なのは、皮膚の色や国籍や性別ではないのだよ。

いつまで経っても何故わからないのだろう?同じことをいつまで続けるのだろう?

弱いものいじめでしか自分を保てない人々がどんなところにもいつの時代にも、まだまだ沢山いる。

そして、その差別と闘い続ける人々もいっぽうでは沢山いる。

教育で世界を変えて行くしかないのだが、その教育も利用されてたりするので困ったもの。権力を監視し続けるしかない。

俳優の佐藤浩市さんが権力を揶揄したとか言質を取られてパッシングを受けてるようですが、同調圧力に屈して謝ったりしないで欲しい。

グリーンブックの主人公・トニーとシャーリーが差別に屈しなかったように、決して屈してはならないのです。

決して。

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向雲太郎ソロ公演『アホとロマンの皮袋』より。Photo by bozzo.
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2019年05月16日

五月十五日

昨日は、広島の平和記念公園で毎年恒例の“風通し”がおこなわれました。

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大西達也撮影 5月15日(水)朝日新聞夕刊一面より。

原爆慰霊碑に納められている原爆死没者名簿115冊を取り出して、外気にさらし名簿を一枚ずつ繰って湿気を払い、痛みがないか確認します。

名簿には、31万4118人の氏名と死亡年月日、年齢が記載されているそうです。わたくしの曽祖父、戸籍上は祖父ですが木谷真一の名前も入っています。

去年からは、5393人分の2冊が増えたそうです。

国立広島原爆死没者追悼平和祈念館という建物が公園のなかにありまして、そこで死没者の名前が調べられます。

2013年だったと思いますが、祖父の名前を調べたところ入っていなかったので、顔写真と住所氏名と死亡年月日、年齢を書き込んで祈念館へと申請をしました。

次に行った時に調べたら入っていたので、よかった。

そして、広島平和記念資料館の本館がリニューアルオープンしたようです。賛否両論だった、入り口にあった蝋人形を撤去してしまったようです。

確かにお化け屋敷のようで子どもにとっては怖かったですが、現実はあんなものではないだろうし子ども向けに当たり障りなくしてしまうのは如何なものなのか。

「日本人の清潔趣味が“記憶”を無化させることにふけったから、小綺麗な博物館のおぼろな黒白写真を頼りに当時を想像するしかなくなってしまい、核を解放する力はまったく萎えきった形のなかにそこはかとさまようだけになってしまった」開高健『夜と陽炎』より。

平和資料館は何度も訪れていますが、この“いま”と地続きな時間のなかに目の前に広がる写真や物たちがあるとはどうしても思えない。

そして一歩、資料館の外へと出てしまえば平和な広島の光景が広がっていて、いま見た惨劇と衝撃の数々が一瞬で消え去ってしまうのは事実です。

いまだに日本はアメリカの核の傘の下で守られていて、全世界の核廃絶のうごきの中でもアメリカに右に倣えで同意をしようとしない。

なんなんだろうか、この矛盾は?

人間とは矛盾に満ちた存在であるから仕方ない。と言ってしまっては身もフタもないですが。

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リニューアルオープンチラシ。展示を格好よくお洒落にするのは良いと思うが、いっぽうでどんどん現実感がなくなっていくのも事実。
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2019年05月15日

Jujutsu

いまスポーツ雑誌"NUMBER"で総合格闘家、桜庭和志の連載をやっています。

都志には、NUMBERが売っていないので続きが気になるなあ。いまは、桜庭がブラジルの柔術一家のホイス・グレイシーと闘っているのか。

連載[16]、柔術がブラジルへと渡り"Jyujyutu"として広まって行くところから読み始めました。

Jujutsuは護身術です。マーシャルアーツや空手と同じです。まずは逃げる、そして追い詰められる。仕方なしに闘う。

そこからも守りを徹底しておこなう。持久戦です。むかしは時間制限なんてないので、負けないようにしつつ相手の油断を待ちます。

負け=死だから、まさに死にもの狂いです。明治維新前は、試合ではなく“死合”と呼ばれ命を賭けた果たし合いだった。

さて、ブラジルに柔術を伝えたのは誰だろう。前田光世、通称“コンデ・コマ”ではないのだな。木村政彦でもないのか。

「木村のまえに木村なし。木村のあとに木村なし。」といわれるおそらく史上最強の柔術家、木村政彦。

だいぶん前にノンフィクション『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を読んだけど面白かったなあ。

15年間無敗。柔術と呼ばれる寝技中心の戦いでも無敵、立ち技中心の講道館流柔道でも無敵。グレイシー柔術のパイオニア、エリオ・グレイシーも木村に敗れています。

この本を読んだら、いまのいわゆる柔道が茶道や剣道と同じようにふにゃけたものになってしまっているのがわかる。

師匠の牛島辰熊との稽古の様子が凄まじい。

高校生になってその才能を認められて牛島に弟子入りするが、寝技で何度も気絶させられる。

「木村、強くなれ。」泣きながら牛島は、絞め技で木村を失神させるのだった。

「鬼の木村」の称号は、師匠牛島から受け継がれたもので、牛島は木村の事を晩年まで気に掛けていた。

“昭和の巌流島”と呼ばれた木村と力道山との戦いでは、木村が敗れると真っ先にリングに駆け上がり、また、会場を去る木村に寄り添う牛島の映像が残されている。

妻や娘に「なぜあの時リングに上がったのですか」と聞かれ、「木村の骨を拾えるのは俺しかいない」と目を潤ませながら語った。
〜『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったか』

個人的には、ブラジルで木村が窓の外にとまってる鳩を素手でつかまえて食べる逸話が好きです。

力道山のだまし討ちにあって無念のうちに亡くなった。という印象だけど、読んでいると愛嬌があるというか能天気というか、あんまり悲壮感がないのがいいのです。

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いま調べたら、幻の原稿などがまとめられた本が出てるようです。>>木村政彦外伝
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2019年05月14日

金沢2

大阪から一路金沢へ。

東京からは、新幹線で3時間で行けるのだとか。大阪からは、まだ新幹線が走っていないので特急『サンダーバード号』で向かいます。

ゴチャゴチャとした灰色のつまらない街並みが、京都を過ぎたあたりから変化してきます。

高い建物がだんだんと、なくなってきて何度もトンネルを抜けるたびに、どんどん景色が緑豊かになってきます。

途中、琵琶湖を通ります。

近畿の水瓶、琵琶湖は一番深いところで水深が100メートルあるのだとか。

琵琶湖の湖畔は、とても美しい田園風景が広がりのどかでした。

 滋賀は、20歳の頃に働いていたデザイン事務所の社長、田井中さんの故郷ですがこんなところで生まれ育ったのだな。

広大な琵琶湖は知らなかったら海だと思いそう。遥か向こうに対岸が霞んで見えていました。

福井に入ると緑溢れる完全なる田園です。山と田んぼと畑が少し。良いところです。後輩、若羽幸平が生まれ育ったところ。

しかし、福井の駅前は開発されててしょうもない灰色のコンクリートジャングルが広がっていました。

自然の広がる素敵なところには人がほとんど住んでいなくて、無機質なゴチャゴチャしたところにギュウギュウ詰めで住もうとする人間の不思議。

インターネットや流通が行き渡っている現代。混雑しているところにわざわざ住まなくても実はいいのです。

福井駅を出るとたちまち広大な風景が広がって、気持ちも大きく豊かになります。

芦原温泉を越えて、加賀温泉を出ますと終点の金沢で流石は加賀百万石、立派な歴史ある街並みです。

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京都と似ているけれどもう少し観光地化されていない感じ。Photo by kenoney.

個展会場の糀屋さんは、180年の歴史があるのだとか。その趣ある空間の中に梶川芳明さんの作品群が上品に並べられていました。

芳明さんの作品は、下地の上に銅版画を刷り重ねてその上に落款という印鑑を押したものです。

落款がえらく目立っているなあ。と思っていたら主役はその落款なのだとか。なるほど。

常識的に考えると落款は制作の最後に締めとして押すもの。脇役です。

それを主役に持ってくる発想が“何ぞ必ずしも”という「必ずという絶対的なことはないのだ。」と常識を疑う精神が宿っている気がしました。

歳が同じぐらいでお互いまだまだこれからな世界の中で蠢いている感じですが「頑張りましょう。」

と、勝手に親近感を持ちました。

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高木糀商店さん、外観。典型的な小町屋の様式をとどめていて、金沢市の指定保存建造物だとか。途中でトイレをお借りしたのですが、ほのかに糀の匂いがしていて現役でつかわれているのだと実感しました。
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2019年05月13日

金沢

うちの父親は、酒飲みです。

日本酒醸造メーカー、小西酒造の番頭さんの息子ですから筋金入りです。

俺が週に一回は、酒を抜くと聞いて母親が父親に「酒抜く日はあるん?」と尋ねたら「ないなあ。」

そんな父親も病には勝てず、ガンになった時は半年間お酒を抜いたとか。「あの時は生きた心地がせんかった。」

うちの親父は、母親が言うように「口が悪い。」です。「三番目の足。」とか、「四流の料理屋。」とか。

ええことも言います。「甘さは、旨みや。」なるほどなあ。と自分に置き換えて励ましの言葉としてます。

「うしの尻尾になるならば、にわとりの頭になれ。」大駱駝艦から独立したのは、この言葉があったからです。

最近は、重心が足の裏にあるような感じで歩きます。しんどいのですね。生きるということは、大変なことなのだ。見てるとそう感じます。

ズルズルと自分を引きずるように歩いて行く。呻き声も結構出します。

しかし必ず毎日出かけると決めているようで、外出します。「徘徊や。」そう自嘲します。

うちの父親は四人兄弟の次男です。俺も三人兄弟の次男です。

二番目というのは放って置かれるので、自分で何でもかんでもできるようになります。

「さささーっ。」と仕事が早いです。

このあいだ母親が倒れて救急車を呼んだときは、妹曰く「さささーっと着替えて救急車に乗り込んではったわ。」とか。

そんな父親と金沢へと参ります。

父親の友人で可必館の副館長、梶川芳明さんの個展があるのでお供をします。

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糀屋さんの蔵で展示をするそうです。

可必館は、祇園のど真ん中にある現代美術館です。

その立地だけでも驚きですが、一歩館内に足を踏み入れると外の喧騒とは隔絶された厳粛で静謐な空間にも驚かされます。

何度も訪れていますが、厳しい審美眼に裏打ちされた展示を観ていると「お前はなにものなのだ?」と問いかけられている感じがして気が引き締まります。

そんな可必館でいつか、踊ってみたいと思っています。

しかし、そのためにはもっと自分を磨かないといけないのです。

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梶川芳明個展『アグニの神』
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2019年05月12日

First class Backpackers Inn

1日に一度は、海に行っています。

庭に敷く平たい石を拾うためだったり、同じく庭の花壇の周りに置く石を拾いに行くためだったり。

あとは、日よけ暖簾を吊るすための竹を拾いに行ったり、ただ単に夕陽を観に行くなんていう贅沢なこともしています。

先日は四国や小豆島がくっきりと見えて、その風景の中に夕陽が沈んでゆくのを観ました。

瀬戸内のどこまでも穏やかな海にオレンジ色の夕陽がキラキラと輝いて、ひとりで観るには勿体なさすぎる絶景でした。

そういえばこのあいだ自転車で散策してたら、“First class Backpackers Inn.”

通称“FBI”という、ビーチがひとつまるまるキャンプ場というこれまた贅沢なところを発見しました。

あそこに泊まったら同じ絶景を観れるのだな。

『バックパック1つで旅に出ることが大好き。焚き火が大好き。音楽が大好き。

そんな仲間たちが10数年前から通っていた、100歳近いじいちゃんとばあちゃんがやっている日本で数少ない、お気に入りの“船瀬キャンプ場”がとうとう閉鎖。

「残念・無念。」っと思っていたら、なんとめぐりめぐって僕たちの所にここのキャンプ場の購入の話が・・・正直、悩みました。

悩みに悩んで昨年の3月、決心して購入しました。

さあ、それからが大変。3年間ほったらかしの土地は荒れ放題。建家は崩壊寸前でクモの巣だらけ。

毎週末、見上げるような高さに育った雑草の中に初めて手にする草刈機で分け入り、髪毛にペンキがつくとなかなか取れない事を知り、流木を探して淡路半周。

そんな苦労の甲斐あり、なんとか今年の夏“船瀬キャンプ場”を復活させる事が出来ました。

と言っても最終構想までは、まだまだ数年が掛かります。

ただいま絶賛、開拓中、建設中なので不便をかける事も多々あると思いますが「不便もアウトドアの魅力の一つ!」と、柔軟な発想でお越し願えれば幸いです。

先代のじいちゃんのマインドを受け継ぎながら、進化していく“ニュー船瀬キャンプ場”にご期待ください。

さあ、今週末も仕事終わらして車を飛ばしてつくりに行くぞー!“大人の基地”を。』
2011年記〜FBI Webサイトより。

いいなあ。都志のビーチもキャンプをしていいようなので、テントから夕陽を観たらまた格別だろうな。

さて、そんな瀬戸内の海ともしばしお別れ。今日は、川西へと移動です。

母親のお見舞いをしてから、父親のお供で金沢へと向かいます。

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この美しさは、写真には写らないのだ。わかりつつ撮ってしまう愚。Photo by Kumotaro Mukai.
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2019年05月11日

蔓薔薇

都志の家の隣には、近所でも有名な意地悪ばあさんが住んでいます。

住みはじめた時に住吉堂さんに「挨拶に行ったほうが良いですか?」と尋ねたら「あー、あそこは行かんでもええ。」と言われました。

二番目のお姉さん・照子さんや、一番下のお姉さん・恒ちゃんにも色々と悪い話を聞きました。

とにかくうちの祖母が意地悪されてたらしいです。

阪神淡路大震災の時に木が隣の敷地に倒れたとかで「謝りに来い!」言うて怒鳴り込んできたとか。

祖母は地震のショックで持病の心臓病が悪化して寝込んでいたので、祖父と照子さんが謝りに行ったら「奥さんに謝りに来させろ。」とどうしても聞かなかったとか。

酷いなあ。いざという時に自分のことしか考えられないひとの典型。

その隣の敷地ですが広大で昔は駐車場でした。いまは空いてます。もったいない。

その敷地と木谷家とのあいだに公道があったのですが、それをいつのまにか自分の土地にしてた。

強欲なんですね。強欲で意地悪。

昔、駐車場だった土地の道を挟んだ広大な敷地に一人で暮らしてはります。家が三つ建ってて、そんで広大な庭があります。一人暮らしなのに。

ツルバラというらしいのですが、それが庭から外へ外へとはみ出して来てて彼女の心の内をあらわしてるのだなあ。と感じます。

まだまだ土地が物足りない。「もっと欲しい。もっと欲しい。もっと。」

一見綺麗な白い花を咲かせてるので可愛いな。と思って触ると棘があって手に刺さります。

夜、街灯に照らされたその異様に盛り上がって伸びてきているツルバラを見ているとまるで『ナウシカ』の中に出てくる皇帝のようだなあ。と思いました。

獲物を探して不気味に伸びてきている触手のよう。

いまのところ何も言って来ないので良いですが、何か文句つけてきたら喧嘩上等、闘います。祖母の恨みもはらすぞ。

瞽女で人間国宝の小林ハルさんが言うように「良い人と歩けば祭り、悪い人と歩けば修行。」なのですが。

まだまだその境地には、至ってないです。

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気持ち悪く忍び寄る影。独りで淋しくないのか?と思ってたら犬を飼ってた。
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2019年05月10日

リアルどうぶつの森

家の中はだいたい片付け終わって、あとは廊下の天井画だけになりました。

養生したりと大袈裟になるので、人が泊まりに来ないときを狙います。

家の中の次は家の外です。庭の手入れを本格的にはじめました。

梅雨の前になんとかしないといけないと先日、遊びに来た植木屋のダイちゃんに聞いたからです。

なるほど。雨が続いてそんで晴れた時に爆発的に雑草が育つのだな。農家の方は草刈機でやります。こちらは、手刈りのローテクです。

雑草ばかりなら一気に刈ればいいのですが、美しい花を咲かせる水仙が混じっていたりするので気をつけながら引っこ抜きます。

しかし根っこが残っていたら、すぐにまた生えて来ます。

よくドラマで「あの時、根絶やしにしなければならかったのだ。」というせりふを聞きますが実感。

最初に雑草として認定されたのは、種がイガイガですぐに服にくっつくやつです。名前は知りません。

くっつき虫ではなくて、もっとバラバラになってくっついてなかなか取れない厄介なやつです。

ゲームの『どうぶつの森』ならば、雑草の生えない設定に出来るのですが、こちらリアル版なので出来ないです。

そして足長蜂がそろそろ巣作りに入っているようで、昨日もひとつ発見しました。うごかなくなる夜に駆除します。

別にこちらが何もしなければ向こうも何もしてこないのですが、出会い頭や不慮の事故というのがあって、恐ろしいので退治します。

どんな蜂でも近づいて来たら、偵察しているだけなので絶対にうごいてはいけません。

手で払うなんてもってのほかです。「テキハッケン、コウゲキシマス。」言うて刺されまくります。

ハエが捕まえられないように蜂も無理です。しかもミツバチは一度刺したら終わりですが、アシナガやスズメバチは何回でも刺します。怖いなあ。

まあ、スズメバチなら死ぬこともありますが、足長蜂なら腫れて終わりです。

針治療なんてのがあるぐらいなので、いいツボに入ったらからだの不調が治るかもしれません。

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海から石を拾って来て並べたらいい感じになりました。しかしまだまだ入り口。
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2019年05月09日

風邪の神さま

どうやら、風邪をひいたようです。

無理もないです。連休中に不摂生してましたから。お酒の飲み過ぎで、背中が痛いです。

どこかの内臓がお疲れのようです。お酒を1日抜いたけれどまだダメージは残ってる。

そんで昨日、朝起きたら息が白くなるぐらいに急に寒くなったからなあ。

喉が痛いです。酔っ払って寝るといびきをかきます。口を開けて寝ているので、それも原因の一つ。

朝起きたら口が渇いてる。そんで喉が痛い。あらら、風邪か。

風邪は、からだの調子を整えるためになります。

なので、化学的な薬なんて飲まずに梅醤番茶を飲みます。梅醤番茶は、天然の薬です。

三年番茶を沸かして、梅干しと生姜をすって入れてそんで、醤油をお好みで少々入れます。小さじ二杯とか。

あとは、足湯です。足湯が一番効くかもな。

からだの芯から温まります。くるぶしから下をバケツに入れたお湯で温めます。

最初に熱い。と感じるぐらいがいいです。ぬるくなってきたら熱いお湯を追加します。だいたい15分ぐらいやります。

そうすると赤くなってる方と、あまり赤くなってない方に分かれます。赤い方はお湯から出して指の股までよーく拭きます。

1分ぐらいたったら、もう片方も出してよく拭きます。終了。

本気だったらここで梅醤番茶を飲みます。足湯は科学的な薬などなかった頃からやられていた、民間療法です。

風邪の神さまがからだの中を通って、おかしくなったところを整えて、そんで出て行きます。

出て行ったらあら不思議、あんなにしんどかったのに前よりも元気になっているのです。

まだ治ってないですが。

年月を重ねるとからだの反応が鈍くなってきます。治るのにも時間がかかる。しかしそういうことも楽しんで、生きていくのです。

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“風邪をひく”となぜ言うのか?中国からきてるようです。昔は吹く風とおなじだった。風の中の邪気をからだの中に引き込むから「風邪を引く。」となったとか。by Google.
写真:森雅美
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2019年05月08日

svāhā

だいぶん前になりますが、忘れものをしました。

「忘れるようなものは、いらねえものなんだ!!」という台湾公演の時に吐き出された師匠の名言がありますが、そうかもしれねえ。

悔やんでももうどうしようもない。惜しむな、いさぎよく手放せ。

お経の中に出てくる“ソワカ”というのは、始末という意味だと湯山から教わりました。

もう一度、振り返って自分のしたことを見つめる。忘れものはないか。心残りはないか。後片づけはきちんとしたか。綺麗に掃除したか・・・

焦ってたのか。心が逸ってたんだな。慌ててた部分もあったか。

“物”は、最終的に持つべき人のもとへと行くとか。

いままで忘れものは数限りなくあります。服、帽子、メガネ、小道具etc...。手に持っているものというのは、忘れやすいです。

財布は一回も忘れたことも無くしたこともありません。これはちょっと自慢。

酔っ払っての忘れものが多いので「今日は酔っ払うぞー。」という時は手ぶらでむかいます。

それでも眼鏡をなくすのだから困ったものです。何万もするような特注のメガネに限ってなくします。あーあ。

韓国公演のときに休憩中に煙草を吸ってて、稽古がはじまったのでジッポライターと煙草を置いたままにした。

「これ盗まれるかな。」と小さく思ったけれどそのままにしておいたら、ジッポーがなくなってた。あの時は物と縁が切れたのがわかった。

とにかく、ものが多すぎるのです。だから無くしたり、忘れたりする。ほんとうに必要なものは何なのか?

まあ最後の最期は「からだがあればいいんだよ。」で、なにもいらねえのですが。

身につけたものは、手離してはじめて血となり肉となる。

知識も物も、手離すことによって本物になる。

そうして何もかも忘れて最期は「人間、本来無一物。」裸で生まれてきて裸でなくなるのです。

それでいいのです。

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Photo by Masami Mori.
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2019年05月07日

高田屋嘉兵衛ものがたり

ここ都志は、高田屋嘉兵衛が生まれ育ったところです。

高田屋嘉兵衛は、司馬遼太郎さんが小説『菜の花の沖』で描いた立志伝中の人物です。

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読んでないな。読みます。

22歳の時に神戸に出て船乗りとして出発。その後、兄弟で船会社『高田屋』を始めて成功。

28歳で当時国内最大級の千五百石の船「辰悦丸」を建造し、まだ寂しい漁村にすぎなかった函館を商売の拠点としました。

嘉兵衛は幕府の要請を受けて、エトロフ島とクナシリ島間の安全な航路を発見したり新たな漁場を開くなど、北方の開拓者としても功績を残しました。

エトロフ航路の発見・開拓の功により、33歳の嘉兵衛は幕府から苗字帯刀を許されます。

1804年、ロシア使節レザノフが長崎に来航し、幕府に通商を求めたが、 幕府はその要求を拒否。

レザノフは武力行使で日本側に通商を認めさせようと、部下に命じてサハリンやエトロフ島の日本人居住地を襲撃。

日本側は驚愕し、東北諸藩の兵をうごかして厳戒態勢を取り日露間の緊張は高まります。

千島海域を調査中であったロシア皇帝艦ディアナ号のゴロヴニン艦長が、クナシリ島で水・食料の補給を得ようと上陸。

その際に、日本側警備隊に捕らえれるという事件がおこりました。

副艦長リコルド率いるディアナ号は日本側の砲撃に遭い、一旦救出を断念して帰国します。

その翌年に再びクナシリ沖に来航し、日本人漂流民を介して交渉を試みるが日本側は拒否。

リコルドは海上を航行する日本船から艦長の消息を聞き出そうと、偶然近くを通りかかった嘉兵衛の船を捕らえ、カムチャツカに連行抑留します。

囚われの嘉兵衛とリコルドは同じ部屋で寝起きし、一冬中に二人だけの言葉をつくって対話をしました。

嘉兵衛はリコルドに、一連の蛮行事件はロシア政府が許可も関知もしていないという政府高官名義の証明書を日本側に提出するようにと説得。

その説得を聞き入れたリコルドは嘉兵衛と共に日本に戻り、嘉兵衛を両国の仲介役として、遂にゴロヴニン艦長の釈放にいたる和解を成し遂げます。

1826年、徳島藩主・蜂須賀治昭は嘉兵衛の功績を賞し、300石取りの藩士並の待遇としました。

晩年は、故郷淡路島にもどり港や道路の修築など郷土のために力を尽くし、1827年、自宅で静かにその生涯を閉じました。享年59歳。

明治に入り北方開拓の功績を讃えられ、1911年に正五位を追贈。1938年には北海道神宮開拓神社の祭神となりました。(高田屋顕彰館ホームページ・Wikipedia参照。)

ここ都志に広大な屋敷があって、千両箱や金銀財宝、北海の産物を大量に運び込んでたとか。

しかし嘉兵衛翁自身は、質素な生活をしていたそうです。

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「日本にはあらゆる意味で人間という崇高な名で呼ぶに相応しい人物がいる。それは、高田屋嘉兵衛である。」by Petr Rikord
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2019年05月06日

つしぶとう

昨日は、新月だったので新しいことを始めました。

新月は、新しいことを始めるのに良い日です。都志の家の庭でおこなう公演のチラシを創りはじめました。

まだ日程をはっきりと決めかねているような状態です。

6月におこなおうと思っているのですが、6月は梅雨に入ってくるので雨が心配なのです。

まあ、大丈夫か。雨の中での公演も盛り上がります。観客は家の中から観るのでまったく問題はありません。

候補は、6月28日(金)29日(土)。ほんとうは6月初旬がいいのですが、別件の用事があります。母親の喜寿のお祝いです。

近所の人への顔見世興行なので、そんなに宣伝はいりません。チラシも100枚ぐらい刷ればいいか。

副代表、湯山大一郎のいる京都でもすこし配るからもうちょい刷るか。プラス100枚。

直前に古巣、大駱駝艦の稽古場壺中天にて公演があるようなのでそこにも折り込みさせてもらうか。プラス500枚。

東京なので集客にはまったく関係はないですが、淡路にて活動をしているというそれも一種の宣伝です。

公演のタイトルも考えます。

コンセプトはとにかく「木谷さんとこのお孫さんは何をやってるんや?」という疑問への返答です。

とにかく口でとやかく説明するよりも、観てもらうのがいちばんわかりやすいのです。

ご近所さんへの顔見世興行的な趣旨でうごきはじめた企画で、都志でおこなう舞踏の公演なので、“つしぶとう”でどうかな。

タイトルなんて、わかりやすくて簡単なほうがいいのです。漢字よりひらがななのです。

“ツシブトウ”だとなんだかカタカナ英語っぽい。やっぱりひらがなです。

将来的には庭に稽古場兼劇場をつくって、ここに来ればいつでも舞踏作品を観れるというふうにしたいと思っています。

デュ社の本拠地『淡路舞踏社』です。

残念ですが、今回はまだ杮落とし公演ではないです。それは稽古場兼劇場が出来てからのお楽しみ。何年先かはわかりませんが・・・

今回は、舞踏家集団デュ社顔見世興行『つしぶとう』です。

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チラシを創るにあたって、写真家の森雅美さんに撮って頂いた写真を見直しています。
Photo by Masami Mori.
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2019年05月05日

金色週間

連休なので都志の家に、人が泊まりに来ています。

いまのところ延べで12人泊まりましたが、多い時なら10人ぐらいは平気で泊まれます。昔は毎夏それぐらいの人数が泊まりに来ていました。

皿やコップや箸なんかが大量にありまして、いつでも合宿ができます。タオルや布団も沢山あります。

しかしトイレが壊れました。水が流れなくなったのでバケツで水を汲んで流します。震災時と同じ状態です。

バケツで水を流すと、いかにいつも無駄に水を使っているのかがわかります。

普段からタンクの中に2リットルのペットボトルを入れたりして節水を心がけていますが、それでも小便を流すのにあんなに水は要らない。

いまのトイレはもっとうまくできてるのだろうな。

風呂はずーっと壊れています。昭和の家なのでだいぶんガタが来ています。

住みはじめた当初から、とにかく水周りがネックです。

洗濯機の水道が水漏れしているので直そうとしてホースを外したら、水が猛烈な勢いで吹き出してたいへんでした。

もう一度はめようとしても水の勢いではまらなくて、小一時間水浸しになりながら奮闘しました。

水を止めようとするけれど、蛇口がかちかちに固まっててびくともしなくてもうダメかと思った。金槌で叩いたら閉まってひと安心。

あの時思ったけれど、水というのは制するのがほんとうに難しい。川や海なんかを治水するのが至難のわざなのと同じです。

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庭に咲いてた花とトイレを流す用のバケツのある風景。

それはさておき。

泊まりに来ていたのは妹の友達でした。母親いわく「あの子は友達が多いから。」

最初に泊まりに来たのは妹のダイビング仲間でした。いまは学生時代の女友達とその家族が遊びに来ています。

旦那さんは植木屋さんです。お酒が大好きですがちょっと痛風気味だとかで、プリン体ゼロの発泡酒を飲んでました。

奥さんの目を盗みながら「ほんものはうまい。」と言ってビールを飲んでるのが可愛かったです。

男二人兄弟で長男は、高校の国語教師です。ひじょうに弁がたって、理路整然といまの教育の問題について熱弁をふるっていました。

立て板に水のようなその論法を聞いていると非常な説得力があって、こういう人がトップの座に着いたら日本の教育ももっと良くなるのにと思った。

「日本の教育を本気で変えたいならば、政治家になるのが早道なのでは。」と提案したら、子どもの頃から政治家になると宣言していたらしい。

素晴らしい。

そんで次男は、まだ学生ですがDJをやっていてそれで食べるのが夢だとか。それも素晴らしい。

しかしお母さん的には、そんな雲を掴むような夢が気に入らないようで壮絶な口論を繰り広げていました。

どんどんヒートアップする母親に対して次男が冷静に、これまた理路整然と相対しているのが面白かった。

「うん、そやけどいま言ってるのは論点がずれてるよね。話しがいま1メートルぐらいずれてるで。」

見てると漫才コンビ“和牛”の水田みたいでおかしかった。風貌はどちらかというと川西だけど。

そんなとっても面白い漫才みたいな、でも本気の泣いたり笑ったりする家族のやりとりを客観的に観てると「いいなあ。」としみじみと思ったのでした。

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空になった瓶たち。あともの凄い量の缶があります。もう一本焼酎の2リットルパックがあったけれどそれはまだ空いてないのか。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:43| ブログ?