2020年02月28日

上野で中止の報を聞く

昨日は上野にて溝端代表と下見&打ち合わせでした。

電車に乗ったらやはり8割ぐらいの人がマスクをしていた。隣の小学生が布マスクをしていて可愛かったな。

自分はマスクを忘れたので、咳をしないように気をつけねば。

しかし、そう考えると急に喉がムズムズしてくるので何でやねん。まあ万が一、咳が止まらんようになったら手拭いでマスクしよう。

しかし予防にはあんまり意味がないのに、これだけの人がマスクをしているのは何故なのだろうか。不思議な大衆心理です。

たぶんワイドショーが騒ぎまくるからでもあるのでしょう。

山手線に乗ったら半分ぐらいがマスクをしていなかった。けれども予防には効果がないのだとしたら、しててもしなくても実は同じか。

マスクをしてない人の中に新型肺炎の人がいたら感染するのだな。しかしそれは相当に運が悪いというか、いまは確率的にはどのぐらいなのだろう。興味が尽きない。

手すりや吊革には触らないほうがいいのは知ってるけれど、マスクをしていても皆さん気にしていないようなので「手洗いはしたほうが良いですよ。」と心配になる。

うがいよりもこまめに水を飲むほうが良いとテレビで言ってたな。しかし新型肺炎の場合はどうなのだろう。いま調べたらやはり予防効果があるようで、口の中が乾燥するのが良くないようです。

今日の打ち合わせと下見は"Tokyo Tokyo Festival"の企画です。

上野の噴水広場で金粉ショウをやろうとしています。上野はヘブンアーティストのゴールデンズ時代によく活動してたけれど、こんなに良い場所でやれるのは東京都との企画だからです。

ヘブンアーティストの頃は「なんでやねん」と思うぐらいに、日の当たらない片隅でやってたものな。

打ち合わせのあとにせっかく上野まで来たので、東京国立博物館へ行こうと思ったらなんと新型コロナウィルスのため閉館してた。「ガーン」別に中で喋るわけでもないだろうにへんなの。

そしてなんと、大駱駝艦松田篤史公演『まだら』文化庁からのお達しで公演中止との連絡が小田直哉から入った。

麿さん、怒ったやろなあ・・・

「これから皆んなでヤケ酒ですわ。」by Naoya Oda

1ヶ月以上、皆んなで一生懸命稽古してきたのに中止だものな。

文化庁ってのはあいちトリエンナーレでも助成金を取り下げたり、弱腰で情けない。気概というものがないのだろうか。

いっぽう、芸術文化振興基金から助成金をもらっている小野寺修二さんは公演をやるらしい。芸文金、素晴らしい。

政府としてはオリンピック前になんとか終息させたいのだろうけど・・・そんなことを考えていたら、超超満員の電車が到着。

自分は乗らなかったけれどなんなんだろう、本当に馬鹿みたい。へんなの。

場当たり的に対処しているからこんなに混乱しているし、とにかくメディアが騒ぎすぎですよ。

ちなみに例年のインフルエンザ感染者数は、推定約1,000万人。

インフルエンザの死者数は去年、3,000人を超えているのです。

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松っちゃん、残念だったなあ。まあしかし作品は出来ているらしいのでいつでも公演できる。Photo by Twitter.

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2020年02月27日

人類初期化

「一生に一度は、すべてを根こそぎくつがえし、最初の土台から新たにはじめなくてはならない。」by デカルト

大駱駝艦から独立するのには勇気がいった。

それまでの20年間の何もかもを捨てて外へと出る。

しかし振り返ると入った当初から独立心は強くて、いつもいくら頑張ったところで麿さんの手の上で遊んでいるようなものと納得がいかず悔しかった。

「牛の尻尾になるよりも、鶏の頭になれ」という父からの教えもこころに強くあった。

独立したら大駱駝艦で得た経験と知識も捨てるつもりで、新しく何もかもをはじめた。実際に20年間のツテも人脈もらくだかんの中にあったので、すべて置いてきたようなものだった。

それこそすべてを根こそぎ掘り返して、最初の土台から新しくはじめる覚悟だった。

いまだに、その土台は出来ていない気がする。新しい根っこは淡路島の都志に張るつもりだが、それは今年から本格的に開始です。

先日『芸術家と子どもたち』代表の堤さんとお話しする機会があって話しを聞いていて思ったけれど、場所を借りるというのはほんとうにリスクが高い。

芸術家と子どもたちは「一度も家賃を払ったことがない」と仰っていた。水道光熱費も払っていないとか。

それも素敵な運と縁のお陰だろうけれど。

そうして芸術家をすでに人の集まっているところへと派遣するので、人を集める労力も要らない。いいアイデアです。

そういえば、これから少子高齢化の時代なので『芸術家と老人たち』も必要だと強く思います。

砂連尾おさむさんがそういう活動をしていたけれど、本で読んだら面白そうだった。老人ホームへと行って、呆け気味の老人たちとワークショップをやったり作品を創ったりする。

場所代が限りなく安いというのは大切で、本気で稽古場を借りようとしている時に親切な不動屋さんに「家賃が10万円を超えると一ヶ月滞納したら終わりなのです」と真剣に忠告をしてもらった。

結局、家賃が払えなくなって手放して借金だけが残るなんてことになるのだな。怖ろしい。そういうことを教えずに「ほいほい」貸して手数料で儲けている不動屋も多くいる。

必ず焼き鳥屋になるけれど、すぐに潰れて次もまた焼き鳥屋という物件はよくあるものな。

都志の家は土地が自分のものではないので、借地代はかかるけれど田舎のこと、大した金額でないに等しい。

ありがたいことです。

さて環境破壊が叫ばれて異常気象が頻発しています。オーストラリアの森林火災はもう鎮火したのか。

世界中でナショナリズムが台頭して、あらゆるところで分断が進んでいる。

核戦争の脅威もなくならないし、テロや紛争や内乱で犠牲者や難民が大量に発生している。

この世界、地球の何もかもも一度根こそぎにくつがえし、最初の土台を新しくつくり直すところからはじめなければならないのかもしれない。

それも世界大戦や環境の大異変ではなくて、人類の人智と叡智で・・・

子どもたちの輝かしい未来のために。

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今回の森林火災で死んだ動物は10億匹以上とか。写真は助けられたコアラ。Photo by REUTERS / AAP Image/David Mariuz.
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2020年02月26日

ヒステリックコロナ

昨日は確定申告へ。

街へ出たらマスクをしてる人としていない人がいると記しましたが、電車に乗ったら80%ぐらいの人がマスクをしていて驚きました。

けれどもマスクには感染症から身を守る効果は、実はあまりないそうです。

通常のマスクは0.1μmのコロナウイルスを通してしまうのです。そしてウィルスってのは目からも入るとか。本気で予防のつもりならゴーグルもしないと頭隠して尻隠さず。

しかしこんな状況になるとしていないと申し訳ない気分になって、好きとか嫌いとか言っていられない。

もう少し流行したらマスク率が100%なんていう異常事態になりそうです。

同調圧力も感じる。

「なぜマスクをしない?感染拡大してもいいのか?」確かにこの状況だと全員がマスクをしないと意味がないようにも感じた。

「自分に感染してよくても80歳以上のひとに感染させたら命の危険があるのだからたいへんだ。」とも思った。

だがマスク不足は相変わらずで、どこへいってもマスクがまったく手に入らないのでどうしようもなかったりもする。

朝から並んで買うような状況で、東京ではマスクの奪い合いがはじまりつつあります。地方はどうなのだろう・・・情報は日本国中、全国各地に届いているのだからどこでも同じ状況なのか。

中国ではマスクの強奪も起こっているとか。福岡ではマスクをせずに咳をしている人がいると緊急停止ボタンが押された。

日本中、世界中でコロナウィルスが原因で差別やいじめが起こっています。困ったなあ・・・

何故マスクが不足しているかというと、中国で作っているからだとか。そりゃあ、手に入らなくても仕方がない。日本なんて比べものにならないぐらいに、いろんなことが深刻な状況です。

いざとなったら、手ぬぐいをマスクにしよう。本気ならば・・・まだそこまでの状況ではないか。もし手ぬぐいをマスクにして電車に乗ったら「ギョッ」とされるだろうな。

あとは布マスクを手作りすればいい。ワイフと娘によるとすぐに出来るらしいです。

そして、色んなイベントや集まりがどんどん中止になっています。

仕方がないな・・・仕方がないのか?感染拡大を止めるのは人と人の接触を防ぐしかないないけれど、そんなことが可能か?

不要不急の集まり・・・大した用事ではない場合か・・・こんな注意喚起では仕事は休めない。

とにかく満員電車通勤をなんとかしなければいけません。そうじゃないといろんな集まりの中止が馬鹿みたいです。

壺中天での松田篤史の公演はどうなるのだろうか。

「そのイベントが組織・会社にとって本当に重要か考えて欲しい」by 専門家ら 日本テレビevery.

松っちゃんの作品発表は、大駱駝艦にとって本当に重要だから断固としてやるべきだな。

そういう意味では「オリンピックが日本にとって本当に重要なのか?」

本気で考える事態に成りつつあるのかもしれません。

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マスクの買い占めは切実にマスクを必要としている人たちへの配慮に欠ける行為。

参照:「元気な人の予防なら不要」久住英二(内科医)2020年2月22日 朝日新聞『耕論』 2020年2月25日 毎日新聞『国際』 2020年2月26日 朝日新聞『天声人語』
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2020年02月25日

新しいことをはじめる

昨日は新月でした。

新月は新しいことをはじめるのにいい時、ということでさまざまな新しいことをはじめました。

『ブログ?』を記してから時計の電池を替えたり、雛人形を飾ったりと最初に家の中のことをいろいろと新しくしていきます。

次に自分の仕事のことをはじめます。

まずは3月、富山のイベントの内容や諸々を考えはじめます。富山は劇場のロビーでの公演と大道芸っぽい感じなので場の雰囲気を見ながら臨機応変にいこうと思う。

着いてすぐに本番だからその場での閃きが勝負だな。

控室から登場して現場でいろいろと準備して金粉を塗りはじめる。養生のシートを用意しなければ。金粉を塗ってる時に人が集まってきたら客入れというか喋りながらやればいいか。それも現場だな。

塗り終わったら口上は要るか・・・

投げ銭を頂くわけではないから口上は必要ないような気もするけれど、舞踏についての説明をしても良いかもしれない。

建一郎の音が入るけれど、喋りは城崎の時もあったからどちらでもいけるでしょう。

どっちが良いか・・・

うーむ、わからん。これも現場の雰囲気を見ながらでいいでしょう。

一応、喋る言葉はそれぞれ用意しておいてと。終わってからグランドフィナーレとかいうのがあるらしいけれど、富山から大阪まで建一郎の車で帰るので我々は不参加です。

ゆっくりともう一泊できればいいけれど、予算内でのやり繰りなので仕方がない。

その次は4月、都志公演のことを考えはじめます。

こちら公演というか近所の人への顔見せ興行です。なので時間は30分ぐらいでいいか。1時間はやりすぎだな、長すぎる。

内容はどうするか・・・金粉がわかりやすいし面白いのでそうするか。

最近、金粉が多いけれどそれも社会からの要請なのか。派手でわかりやすくて面白いからなあ。ザッツ・エンターテイメントの金粉ショウ。

だんだんと難しいことをやっていこう。観客を育てるというのも必要なのです。間口は広く、奥は深くだな。

入場料金を取らないつもりなので湯山へのギャラは自費になるが仕方がない。なので湯山が出演するのは1日だけだな。経費でいちばんかかるのは人件費なのです。

1日をチームでやって1日はソロにするか。

まずはソロでやって、2日目にチームでやるとか。音は都志公演はカラオケでいいか。残念だけど建一郎を呼ぶ予算がないからな。

8月の夏合宿は来てもらおう。こちらは多少は予算が組めるだろう。それも合宿生が集まればこそだけれど。

助成金を調べてみるか。兵庫県の助成金があったな。

軌道に乗るまでは助成金頼りになっても仕方がないのです。

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チラシ用に地図を作成。三ノ宮から最寄りの五色バスセンターまで約1時間半です。五色バスセンターからデュ社本拠地までは3分です。
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2020年02月24日

ウィルスってなんだろう

新型コロナウィルスがだんだんと流行しはじめたのか。

これからどこまで拡がるのか・・・

春節の訪日客を止めずに利益を優先した安倍さんの責任だと、巷ではもっぱら喧伝されているようです。

もちろん新聞やテレビではそんなことは言えませんが。

中国ではコロナウィルスの責任問題で習近平さんが失脚しそうです。共産党には権力の座を虎視眈々と狙っている人が大勢いそうだからな。

先日、テレビを観ていたら感染専門医が「おさまるまでに数ヶ月かかるかもしれない」と言っていた。

このままではオリンピックがピンチですが万が一、中止になったらもうこれは呪われているとしか思えないです。

いま一歩、街へ出るとマスク姿の人が溢れているかというとそうでもなくて、マスクをしている人としていない人の違いを観察していると興味深い。

女性はマスクをしている割合が高いです。

普段から危機管理に対しての意識が高いのか。夫婦連れでも奥さんがしていても旦那さんはしていないことが多い。

男性というのはそういうことには無頓着なのかもしれない。自分はマスクは臭いし苦しいし鬱陶しいし煩わしくて、嫌いです。

先日、風邪をひいた時は咳による飛沫防止のために仕方なしにしていましたけれど、普段は滅多にしません。他人がしているのもあんまり好きではありません。

防止のためなら仕方ないけれど、予防のためにしているのは自分さえ良ければという風に見えてしまう。

しかし、女性がマスクをしているのは目だけが見えてイスラム女性が顔を隠しているのと同じでミステリアスでセクシーではあります。

自分さえ良ければいいという態度の最たるものは買い占めです。嫌らしい買い占めという行為。

けれども人間というのは、突き詰めていけばそういう生きもの。

平和なときに思いやりがあって優しくて親切なのは当たり前で、戦争のような非常時にどういう態度をとるのかで人間の本性が見えてくる。

『ぴちがい裁判』の制作時に核シェルターを調べていたら、機関銃とセットで売っていてびっくりした。

自分だけ生き残ろうという究極のセットだけれど、それが人間の姿を象徴しているのかもしれないと思ったりした。

マスクをしていないおじいさんもいれば、いっぽうで白いマスクの上に黒いマスクをしているおじいさんを見かけて「ぎょっ」としたりもする。

猛威がおさまりそうにない新型コロナウィルスの流行。

ウィルスってのは何なんだろう?

大駱駝艦の創立40周年公演が『ウィルス』というタイトルだった。

「全宇宙生命の創造と破壊を設計したあなたのゆったりとした微笑に私は哄笑で答えよう ヒトは大悲のウィルスとなったのだから」by Akaji Maro

35億年前から存在しているというウィルス。

何かに寄生しないと生きられないウィルス・・・

しかしこれは麿さんが語るように、人間を含めて全生物に当てはまることか。地球に寄生している人類、地球にとって最悪の働きしかしていない人というウィルスのようなもの。

そして生きものは決して自分だけでは生きられないのです。

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ドイツ、ブルーリン城での振付フェスティバル"exit"にての仮装パーティーで防護服とマスクをして「舞踏ウィルスから身を守ってるんだ。」と言っていたファルコン。冴えてたなあ。Photo: schloss bröllin e.V. / Peter van Heesen.
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2020年02月23日

日本の外へ

舞踏家集団デュ社、副代表の湯山がカナダでの仕事を終えて帰国しました。

羨ましい・・・世界中から移民を受け入れ、史上はじめて多文化主義を法制度化するなど世界最先端の国、カナダ。

1月28日から2月20日までの24日間の滞在でした。今回もなかなかの日数だったな。前回も1ヶ月近く滞在していた。

引き続き、カナダ人アーティストと作品を共同制作しています。

今年の10月に作品発表の予定だそうで楽しみ。発表の場はまずは京都です。

さてあらためまして、そんな湯山大一郎のプロフィールです。

京都府京都市出身、在住。

2003年に大駱駝艦に入団し以降、大駱駝艦のすべての本公演に出演。らくだかんのアトリエである壺中天の公演にも新作20作品以上に出演。

壺中天は通称“舞踏虎ノ穴”と呼ばれ1年365日、1日24時間、切磋琢磨し腕を磨いている場所で、空間が狭く一挙手一投足がよく見えるので舞踏手にとっては手強い空間なのです。

高校3年生の時にアメリカ、オハイオ州に1年間のアメフト留学を敢行。真剣にプロアメフト選手を目指していたというから向こう見ずというか、パイオニア精神が強いのだな。

その時の経験を活かしてらくだかんに入団以来『無尽塾』『白馬合宿』をはじめとする、2003年以降の活動のすべてで通訳を担当。

麿赤兒の通訳を長く務めていたのは、とんでもなく貴重な経験なのです。

2011年、宮本亜門さん演出『金閣寺』神奈川芸術劇場の初演から2014年までのすべての再演に出演。

2012年4月に処女作『大正解』を演出・振付・主演して大駱駝艦のアトリエ壺中天にて発表。これは都志で再演しよう。

2012年には唐十郎さん脚本・演出、唐組金沢公演『海星』にも出演。

2015年9月にジェームス・マディソン大学での共同創作作品“Memory of the Land” 於:Exile Stauton, VA, U.S. 出演・演出・振付。

10月にはLEIMEY Ludusとの作品創作企画: “Gappies” 於:Cave, Brooklyn, NY, U.S. 出演・演出・振付。

2016年8月、現代美術作家、山下昇平さんの個展『主菜は英雄のお肉』イベント“みちづれの夜”の演出・主演。

2017年11月、山下昇平個展『雨と舟』オープニングイベント“水面の声”に出演。

2018年3月、大駱駝艦を退団し舞踏家集団デュ社に入団。

2019年8月、『EXIT』振付フェスティバル招聘 於:ドイツブルーリン城。

2019年11月、デュ社第四回公演『舞踏?レクチャーパフォーマンス』於:城崎国際アートセンター。

湯山は舞踏家として英語が達者なのが武器、どんどん日本から出て舞踏の伝播に貢献してもらいたい。

自分自身は日本国内での活動にこだわっていたけれど、いっこうに埒が開かないのでこれからはどんどん日本の外へ出ていこう。しかし言葉の問題が・・・まあでもそんなのは何とかなるもの。

そして言葉が要らないのが舞踏の魅力。

場さえあればことばを超えてこころを打てるのです。

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舞踏家集団デュ社副代表、湯山大一郎・・・なかなか男前。Photo: schloss bröllin e.V. / Peter van Heesen.
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2020年02月22日

いい経験

娘の受験が終わりました。

毎日毎日、朝6時に起きて深夜2時まで勉強し続けていた。

「夢見ることができれば それは実現できる」そう机の前に貼り紙して日々、努力をし続けていた。

発表はまだ先だけれど、そこまでやっても合格しないかもしれないのだって。

そんなに厳しい世界があるのだとはじめて知ったかもしれない。オリンピック選手でも寝不足になるぐらいまでは練習しないだろう。

しかし、人生に一度ぐらいはそんなことを皆さん経験しているのか。

いま朝6時に起きて深夜2時まで仕事をしている人がいたら、心配になるな。おいおい、それってブラックだぞー。

受験戦争か・・・

それをビジネスとして喰いものにしている奴らがいる。そういう輩は霊感商法と同じで不安を煽ってくるので気をつけましょう、ましょう、魔性の商売。

いっぽうで熱心に子どものことを考えて指導してくれる先生もいるのだけれど。

そこまで厳しい世界に身を置いて「その先には何があるのか・・・」とも思う。社会の敷いたレールに乗れば、必ず幸せになれるのだったら良いのだけど。

一流大学へいき、一流企業へ入る。

一流企業で給料が良いから満員電車なんて乗らなくていいのか。自家用車で通勤する。

結婚して子どもが生まれて夫も育休を取ってくれて順調に子育ても終える。課長になって部長になって専務になって、その頃はハイヤーで送り迎えだな。

無事に定年になって一流企業だから相当な退職金をもらって、それで南の島に家を建てて陶芸をやりながら余生を送る。

「うーむ、悪くないだろう」

自分自身は中学2年生ぐらいではやばやとドロップアウトしたので、受験戦争なんて経験したことがない。

兄貴が猛烈に勉強していたけれど今回ほど親密ではなかったので実感しなかった。どころか猛勉強に励む兄貴をチラ見しながら遊び呆けていた。

兄貴は一流大学へ入り一流企業に入り猛烈に仕事をしている。そういう猛烈な運命なのだな。けれども幸せそうなので良かった。それが一番。

人生の目標なんて幸せになることといっても過言ではないでしょう。

朝6時に起きて深夜2時まで努力をしたのは大駱駝艦に入ってからだな。創作の魔力に魅入られて猛烈に働いた。

けれども努力は必ず報われるものではなく、どれだけ傑作を夢見て努力を続けても実現しないこともあるのだと身に沁みて体験した。

どれだけ頑張っても報われないことがある。いくら夢見ても実現できない夢もある・・・

自分は子どもの頃からそう達観していたのかもしれない。

挫折の毎日。挫折人生だな。そうして舞踏家なんていうこの世にまだないなりわいを選びとっている。

それでも生きている。

いや生きさせて頂いている。ありがたいことです。

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いまは叶わなくてもいつかは叶うもの、それが夢か。
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2020年02月21日

笑顔

今回、ワークショップをやっていたのは特別支援学級でした。

スマイル学級というとても雰囲気の良いクラスだった。

最初は「なぜ分けるのだろう」と疑問に思っていた。

けれども一緒にワークショップを重ねるうちに、こちらのほうが自然なかたちなのかもしれないと思うようになってきた。

色んな個性の人がいる多様な社会そのもののようなクラス。

1年生から6年生までが同じクラスで一緒に学んで共に生きていく。6年生が2年生の面倒をみたりしてる姿がまるで兄弟みたいで、素敵だった。

その雰囲気をつくっているのは今回、呼んでくれたチームリーダーである岡田先生。

自分がワークショップと学園祭での発表をやった特別支援学校に前はいた。

石神井の特別支援学校は重度と言われる子どもたちが集まっていて、入ってみるとなんというか皆さん動物みたいでその動物さが自然というか本来の人間の姿なのだという気がした。

コミュニケーションは言葉だけではない。

言葉を使うのが当たり前という前提さえ捨てて対すれば目でものを言っていたり、態度や雰囲気ですでにものがたっていたりするのです。

猫は、一緒に暮らしていても言葉なんて使ったコミュニケーションは取らないけれど、意思疎通は十分できる。

犬なんてもっと意思疎通が出来る。ゴリラとかだったらもっとコミュニケーションの取り方は複雑になるだろう。

コアラとか駱駝はどうかな・・・

スマイル学級には自閉症気味の子や多動とかダウン症の子がいて、その他にもそんな分類なんて関係ないような子どももいたのかな。

なぜこの子はこのクラスにいるのか?不思議に思うような子もいたけれど、なにかあるのだろう。ケーキを切れないなんていう子どもも入っていたりするのかな。

見た目で分かりやすいのはダウン症の子どもたち。

皆んな愛嬌があって人なつこくってユーモラスで、そして踊るのがとっても好きだった。舞踏というよりもダンスが向いていそう。ダウン症の子どもたちのダンスグループがあったな。

ダウン症の人たちは芸術方面に才能を発揮することが多いので、それでなんとか食べさせてもらえるような状況をつくりだす。

世界中にそういうサポート施設はあって、日本でも全国に出来てきているようです。

自閉症の子どもたちは舞踏向きです。奇妙奇天烈な踊りを繰り広げてくれます。とっても静かに踊ったり面白い仕草を繰り返したりするので観ていて飽きません。

自閉症の人たちもとんでもない才能を発揮するので、その才能をどう伸ばすかが重要。

少子化で学級はどんどん減っているけれど、特別支援学級は逆に増えているのだとか。同じ年齢で分けて集めるなんていう利便性だけを考えた作為に無理があるのだとやっと気づきはじめたか。

画一化して同じことをさせるなんていうことが出来ないとやっと気づいてくれたか。

多様であることは決して特別なことではない。

そうして多様なことを受け容れられる豊かな社会をつくっていきましょう。

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天才書道家、金澤翔子さんの作品。Photo by Google.
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2020年02月20日

エコー

子どもたちとのワークショップ、振り返っては「楽しかったなあ」と余韻に浸っております。

5回、1日2時間・・・2時間というのがやってみると手強かった。

毎回、振り回されて終わるとへとへとに疲れ果てて抜け殻みたくなっていました。

しかし、喉もと過ぎれば熱さ忘れる。

前回に拗ね気味になって、二人で長く対話したリョウスケが休んでいて残念だった。けれども同じチームのユウダイとチセアはそんなことはまったく関係なく楽しそうに踊っていた。

ユウダイとチセアは普段は踊りの才能を発揮する場所がないらしいので張り切っていた。

常に元気だったハルノ、カイト、シンゴのチームも楽しそうに遊んでいた。3人ともアイデアマンだから最後のさいごまで創意と工夫がとまらなかった。

静かな抑えた踊りをするタイガが休んでいて、二人で踊るのを楽しみにしていたので残念だった。けれども大人は一緒に踊らないほうが子どもがよく見えていいと今回、あらためて実感した。

ソラと踊っている東洋を見ても思った。大人のほうが目立ってはいけない。

ソウジロウとリコトとカノンとナナのチームも先生が一緒に踊っていたけれど、子どもたちだけにしたほうが良かったな。心配だから一緒にやりたくなる気持ちは痛いほどよくわかります。

けれどもそこは「ぐっ」と我慢して、信じてあげるほうが子どものためになるのです。揃っていなくたっていいし間違えたっていいし、どうなっても良いのです。

そして、それが面白いのだ。

そんな風に感じてカズマ、ハルマ、フク、トモキ、ソウタ、センショウ、リュウスケのチームと一緒に踊ろうと思っていたけれど、やめました。

子どもたちだけで踊るほうがだんぜん美しいのです。

石神井の学校でワークショップをやった時は、先生たちとのミーティングを重ねてだんだんと子どもから離れるようにしてもらった。

「子どもたちだけでやるなんて無理だ」という意見も最初は出たが、最後は勇気をもって離れてくれた。「手放すのは怖かったけれど、離れて観ていたら感動した。」と理解も得られた。

次回はそういうヘルプの先生たちとのミーティングもやろう。

女の子は「発表がある」とお洒落をしてきていたと、終わったあとに芸術家と子どもたちの舩元さんから聞いて「へえ」と思った。気づかなかったので反省。

全体的に振り返ると2回目の新聞をつかった日がクライマックスだったと感じる。責任者なんていない完全に自由な空間。観ているひとなんていない時間。

一瞬一瞬が二度とない掛けがえのないときだった。

帰りに「もう会うことはないかもしれない。」と彼ら彼女らの姿を見ながら思う。

けれどもそんなおっさんの感傷とは無縁に、子どもたちの日常は続いていくのでした。

「どうぞ、元気で幸せになってください。」

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子どもたちと踊るときに使おうかと思っていた扇子。結局は使わなかった。「岡田先生お疲れさまでした。ルツさんありがとう。」
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2020年02月19日

もっと自由に

子どもたちとのワークショップが終わりました。

残念なような寂しいような「ホッ」としたような複雑な心境です。

不安なのは毎回だった。

どうなるのかまったく想像を超えてくるので、頭が真っ白になることも毎回。

そのまま子どもたちと遊んでいればいいのだけれど「それでいいのか?」という大人の視線を感じるのでそうもいかなかった。

「なんとかしなければ・・・」

そこをどう受け止めるか。の度量が子どもたちと遊ぶときには必要になってくる。どこまで遊ばせるのか。どこまでも一緒に遊びたい。自分も遊ぶ。率先して遊べ。皆んなで遊ぼう。

何かをやらなければならない。何かしらの成果のようなものが必要だとかいうこころは、子どもにとってはまったく必要のない大人の都合。

けれど、大人の世界ではそういうことが求められる。

呼んでくれた岡田先生が率先して遊ぶようになって嬉しかったけれど、他の先生とは意思疎通をしていないし目標を共有していなかったのが惜しかったな。

次回からの課題です。

教師も全員が理想とする目標を共有していれば、もっと気を使わずに伸び伸びとさせることも出来たし自分も楽だったかもしれない。

昨日はまずは一人で踊って、ペアでからだをつかってお話しをする。そしてチームに分かれて踊りをつくって発表して、最後に皆んなでからだをつかってお話しする。

という流れにしようと思っていたけれど、行きの車中で東洋に「最初に皆んなでからだうごかしたりしますか?」と聞かれて「そうだよなあ。そのほうがいいか」と思う。

最初は皆んなでからだをうごかして、最後は皆んなでからだをつかって対話をしよう。

今回は音楽家の熊坂路得子さんが入ってくれたので、何をやっても良い感じになって有り難かった。

ルツコさんのアコーディオンの音色が子どもたちの踊りを包んでくれて、とてもとても素敵な瞬間に満ち溢れた。

最後に全員でからだで対話するというのをやりたかったが、時間切れになってしまって残念。

けれども予定は未定、計画通りになんかならないのが子どもとの時間の魅力。

休憩のあと全員が好き勝手に遊んでいるのが良かった。大人も子どもも皆んな好きなことをしていて、昨日で一番いい瞬間だったように思う。

「これでは休み時間と同じだな。」と思って止めようとするけれど「まるで休み時間のように自由に遊んでいて、それを止めてまでやるようなことなどあるのか?」と自問自答する。

意味のないことをするのが舞踏。

先日の2回目のテルプシコールの撮影でも感じたけれど、舞踏家というのはほんとうに役立たず。人間のクズのような存在です。

でもそれでいい。

もっと役立たずにもっと適当にもっといい加減に、どうでもいい何でもいい「これでいいのだ」とこころを遊ばせて、からだを遊ばせて魂を遊ばせるのです。

そうして意味から永遠に逃れ続ける。

率先して社会にとってまったく役に立たない存在になる。それでこそ逆に社会での存在意義が出てくる。

そんな風に思うのです。

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ルツさんのアコーディオンで何の変哲もない体育館がパリの街角のようになっていた。
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2020年02月18日

テルプシにて撮影

鷹野隆大映像作品『Red & Green』の撮影が中野テルプシコールにておこなわれました。

テルプシコールは舞踏の聖地のような劇場。

独立して一発目のソロ『アホとロマンの皮袋』をやった場所で、久しぶりに訪れたらやっぱり趣深い、いい空間で懐かしかった。

鷹野さんの作品は、ほぼ真っ暗な中でたまにフラッシュが焚かれてからだの影が白い壁面に残るというもの。そして、その影と踊るのを撮影する。

撮影で山海塾の蝉丸さんとはじめてお会いした。

噂はたくさん聞いていたけれど、第一印象は普通のおじいさん。しかし踊りはじめたら本物のオーラを発してた。美しく気品溢れる踊り。

蝉丸さんは撮影2日目だというので、リードしてもらいながらセッションした。自分の中にはないうごきだったので興味深く導いてもらった。

大駱駝艦の塾だったところからはじまって、独立して室伏さんのあとを追って皆んなで渡欧。

路上でパフォーマンスしているのをスカウトされパリ市立劇場で毎年新作を発表するところまで行くという、若者にとっては夢のようなサクセスストーリーを実現。

パリでの高田さんの落下事故を乗り越えて、天児さんとともに世界の山海塾へとのし上がった。

フロントマンの天児さんを陰に日向に支えながら、右腕として「ずーっ」と牽引し続けている。

飲みにいくのを楽しみにしてたけれど「明日の朝に富山で積み込みなんです。」とのことで残念。

蝉丸さんの住む富山に倉庫があってトラックに舞台美術を積み込んで、そのまま北九州へ移動だとか。

北九州芸術劇場にて『ひびき』の再演。ひびきは1998年の作品か。

先日、松岡君と話したら仕事が減ってきていると口にしていた。

いまはたいへんな時だから辞められないとも言ってたな。最後までやるとも宣言していた。山海塾の最後か・・・

撮影の合間に小屋主の秦さんがいたので立ち話し。「このあいだのイベント、健在だったわね」といわれて恐縮。

「そういえば、大森が良かったと言ってたわよ」ともいわれて耳を疑う。秦さんの旦那さまは大森政秀さんといいまして舞踏の草創期から活躍されている舞踏家なのです。

「良かった、硬派でいいオドリだった。 垂直に上に伸びていって一気にバタンと倒れるところなんかは憎い! 意表を突いた。

至近距離に室伏鴻がいて、遠くに田村哲郎がちらり。

頭を床にガンガンやって室伏チックなんだけれど「イテッ」というところは向かな・・・

自分勝手にのめり込んで行かずに、その孤独が良い按配でまわりに広がっていく。 己が持つ孤独が周辺に広がって行く・・・」by Masahide Ohmori.

大森さん、ありがとうございます。

ドイツでも田村哲郎さんに似てるといわれたな。

たむてつさんは大駱駝艦の大先輩で若くして亡くなられていますが、ユーモラスな踊りをする舞踏家で自分は若い頃から好きなのです。

褒められるのは嬉しいもの。

気持ちよく足取り軽く、撮影を終えて帰ったのでした。

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蝉丸さん。63歳だったかな、とてもそうは見えない肉体だった。
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2020年02月17日

mina perhonen

ミナ ペルホネン展覧会『つづく』

とっても感性が刺激を受けた・・・その真面目なものづくりの魂にふかい感銘を受けました。

教えてくれた工藤千愛子さんに感謝です。

「せめて100年つづくブランド」と1995年に皆川明さんがたった一人ではじめたファッションブランド。

だから今回の展覧会のタイトルも“つづく”なのだな。

いまやファッションだけにとどまらずに、東京都現代美術館で大展覧会をやるほどのブランドに成長。

品のいい女性がたくさん観に来ていた。一人、とんでもなくお洒落な男性もいた。ありゃあ、ファッション業界人だな。格好をつけてるとかではなくてセンスが滲み出ていた。

上野などの博物館や美術館へ大挙してくるおじいさん、おばあさんたちとは観客層が一線を画していた。

質感と手触りを大事にして、こころを込めて大切につくられたものたちが美術館の空間に所狭しと並んでいた。

アイデアスケッチの数々が可愛くて何点か模写をした。

北欧的なデザインが素敵だと思ったら、輸入家具を扱う祖父母の影響もあり皆川さんが北欧のいろいろなものから刺激を受けているようです。

ミナ ペルホネンは、流行のスピードが速いファッション業界においてまったく時代の流行とは関係なく、良いものを素材から手づくりで生み出す姿勢を貫いている。

テレビコマーシャルとかとはまったく無縁な知る人ぞ知るブランド。

ユニクロとは対極をなすブランドだな。対極なのだけどおそらくイメージの部分、理想的にはユニクロが目指しているところなのだろう。

だけど大量消費を即す巨大チェーン態勢と、大量消費に完全に背を向けるものづくりの態度の違いは決定的。

メールを送るのではなくて、顧客に手紙を出すというのに感心した。そういうひとつひとつのローテクなことを大切にするこころが違いを生み出す。

一生着ることの出来る服、一生使うことの出来るものを生み出し続ける努力が共感を呼ぶ。

使い捨ての時代のまったく逆を進み、使い捨ての時代が終わりつつあるいまは、その活動は最先端。

糸井重里さんを筆頭に感覚の鋭敏な人たちを惹きつけてやまないミナ ペルホネン。

パリでおこなっているファッションショーの模様を映像で観たら、演劇的でとってもセンスがよくてワクワクした。

マームとジプシーが衣裳を依頼していた。

そういう時代の最先端を纏いたいという気分はとてもよくわかる。ひと昔前なら山海塾がイッセー三宅に衣裳を依頼してたような気分。

向雲太郎がもっと有名で活躍していて、自分が制作だったらやはり衣裳を纏わせたいと思っただろう。よくわかる。痛いほどわかるけれど、俺は俺です。

皆川さん、1967年生まれで同い年だった・・・

自分も己れの好きな世界をこのまま突き進んでいこう。自分を信じて、それしかない。いまはまだ報われないけれど。

その先にあるのは何なのかはわからないけれど。

「頑張るぞ」

肚の底から力が湧いてきて自分に誓ったのでした。

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展覧会を観ていて、この『ブログ?』に写真だけではなくてどんどん絵も入れていこうと思った。模写に彩色。Illustration by Kumotaro Mukai.
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2020年02月16日

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし

イベント中に野村監督が亡くなられました。

84歳か・・・京都生まれだったんだな。

根っからの愛妻家でどう見ても悪妻の沙知代さんをこころの底から愛していたようです。

沙知代さんを亡くしてからメッキリ老けたとか。

奥さまが帰ってきてぽいぽい脱ぐ服を、あとから付いていって片付けてたらしい。偉いなあ。いや、愛ゆえに出来ることなのか。

「自分には野球しかない」そう断言していた。なかなか断言できるものではない。

もの凄い形相で怒ったとかいう逸話を知ると、執念のようなものを感じて師匠の麿赤兒を彷彿とする。

パリーグの南海ホークスで活躍し続けた。

600本塁打という大記録を達成した日は観客が7000人。いっぽうの巨人戦は5万人近く入っていた。

「悔しい思いもしたが、花の中にだってヒマワリもあれば、人目につかない所でひっそりと咲く月見草もある」

己を知る悟性だな。自分を冷静に見つめるというのはなかなか出来ることではないです。

観客が多い少ないというのは、やる気にも直結する。

土方さんも大野さんも、客が多くないと燃えなかったみたい。客が少ない方が燃えるなんていう、奥村勲みたいな役者さんもいますが。

家が貧乏だったので、バットを買えず一升瓶に水を入れて素振りしていた。

無名の高校生の時はデータを調べて正捕手の年齢の高い南海ホークスを狙ってテストを受けて、入団に成功。この頃からデータを分析するような性格だったのだな。

初打席は三球三振。

何度もクビになりそうになりながら、頭を使う野球でメキメキと頭角をあらわす。努力と工夫と研究も凄まじい。けれど当たり前か、プロだものな。

そこからの記録は数え上げたらキリがない。ワンシーズン、52本塁打は落合も並んでいるけれどいまだに破られていない。

キリがないのだけど選手時代の記憶を持つ人が圧倒的に少ないのだとか。それはやはりマイナーなパリーグで選手を続けたから。

自分も覚えているのはもう監督を兼務してて、選手としてはイマイチな印象の野村さんです。

勝つためにあらゆる手を尽くす。知略を巡らし作戦を練る。選手時代からそれは変わらないようです。

引退するきっかけは自分が試合に出たいために、味方の選手に「打つな」と思った時だとインタビューで語っていた。

監督になってからは名言が多数ある。

苦労をしているから人間洞察が途轍もない。ID野球と言うぐらいで頭のキレも抜群。常に論理的に考えているから説得力がズバ抜けている。

言葉にいちいち深いものを感じる。

「人や集団をうごかすものは言葉しかない。ほかに何があるんですか」が口癖か・・・これはどうなんだろう・・・自分が率先してうごくというのもある。あとは情熱なんてのもあるかもしれない。

人生という二文字から四つの人の生きる道を説いています。

「人として生まれる 人として生きる 人を生かす 人を生む」

自分も人を生かすところまでは行っているけれど、人を生み出すのはまだまだだな。

もっともっと素晴らしい舞踏家を生み出さないと、自分自身にも未来はない。

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1961年、日本シリーズ前の練習で長嶋茂雄と談笑する野村克也。合掌。Illustration by Kumotaro Mukai.

参照:2020年2月12日 毎日新聞 Wikipedia.
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2020年02月15日

イベントおわりの続き

キラキラした踊りを創りたい。

けれども東京芸術劇場の立石和浩さんがいっていたように、ダンス公演というもの自体が減ってきていてあっても観客が入らないというのも現状。

自主公演を打ってもお客さんが入らないから、赤字になって次々と借金を背負うことになってしまうという負の連鎖。

立石さんの話しを聞いていたら、そんな自分のことを省みて絶望的な気分になって考え込んでしまった。

圧倒的な牽引力のあるカリスマがいなくて、力が分散してしまっている。

土方巽、澁澤龍彦、三島由紀夫、etc...etc...

自分も含めて、個性の粒が小さいのだろうな。世代的なこともあるのか。

立石さん、お話しが上手で立て板に水ってな感じだった。もともとはセゾングループにいたとか。

新入社員でパルコに配属されて働いているある日、堤清二さんに呼ばれて車に一緒に乗って何処へいくのかと思っていたらプランBというアングラ小劇場だった。

そこで土方巽振付の白桃房の公演を観たらしい。文化的レベルが高い頃の逸話だな。

現代日本では唯一の本物のパトロネージュ、セゾン文化財団。

古くは足利家、遠く海外ではメディチ家など数々の芸術家のパトロンはあるけれど、真のパトロネージュというのは中々に難しいのです。

曰く「金は出すけど口は出さない」というやつです。いまは「口は出すし金は引っ込める」というのが横行していますが、困ったものです。

文化の水準が総じて低いのです。

立石さんの話しで一番記憶に残った言葉は「パルコ劇場には自動ドアがなかった」です。

自分でドアを開いて、その世界へと入るということの重要性を知っている人たちが創った劇場。

自分の手で自分の意思でドアを開いて、その世界へと入らせるという遊びごころを持つ人たちが創った空間。

いいなあ。

まあしかし、勝手にドアが開いて気付いたらその世界へと入っていたというのも今風ではあるな。

質疑応答のあいだもパフォーマンスの続きと、白塗りのからだを晒し続ける。いつでも踊れるように気を抜かずに3時間、存在し続けた。

一人の青年が「なんだかローカルなことを大切にされているみたいですね。」と嫌味っぽく言い出したので身構えます。

確かに内輪感は半端ない感じで話しは進んでいたかもしれない。

自分も昔話や思い出話ではない話しをとか思っていたけれど、許して微笑んでいるようなところがあったと気を引き締めます。

「日本的な身体とかよく言いますが、正直よくわからないので教えてください。」と聞かれて考えます。

と溝端代表に「むかいさん」と名指しされて了解です。真摯に答えてあげます。

ここで実際にからだをつかえば良かったとあとで反省。しゃがむということからしゃがんで歩くという西洋人には難しい行為を実演すればよかったな。

けれどもあとの祭り。

心配された質疑応答での混乱もなくて無事にイベントは終了。

「ほっ」と一息。ホテルへ戻って白塗りを落として部屋で一人、乾杯。

「お疲れさまでした」

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秦さんと立石さんの話しを聞くむかい君。Photo by bozzo.
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2020年02月14日

イベントおわり

イベントの続きです。

ソロリ、ソロリと丁寧に起き上がります。セオリー通りに何回か繰り返してさあ起き上がるぞと思うけれど起き上がれない。

ツンのゴムが尾てい骨にめり込んで凄まじい痛さです。

我慢しきれなくなって「痛っ」と声に出します。こういう時は素直な感情に従ったほうがいいのです。ちょっと反則気味に座って「さあ、どうしようか」

視線に苛まれ、視線にうごかされます。

アンケートの言葉を手がかりに踊ります。手で持とうとして「おっと、いけない」手で持つというのは文化的な所作。本の精としては、安易にはやってはいけません。

覗き込むように言葉を読みます。

「帰るところのない子どものよう」か・・・そのイメージで踊ります。これは本来なら10分ぐらいはかけて踊れるけれど、今日は時間が限られているので十全にやるというところまではいけなかった。

でもいま考えると時間なんて気にせずに、やりきったほうが絶対に面白かったな。反省。

また文字を覗き込みます。

「白塗りで震えたりしながらゆっくりと動くやつ」か・・・その言葉から踊ります。これも十全にやったほうがいいぞ。けれどもうまく震えられない。腕が鈍ったか。

こういう踊りは10分ぐらいかけてやりきると感動にまで至れるけれど、そこまでは行けなかった。反省。

「はあ」と力尽きて座り込みます。呼吸をゆっくりと整えて。

さあ、いよいよ土方さんの喋りのトレース。どうなるか。思い切って飛び込め。息を吐いて、大きく吸って・・・

「たっしょ、私もたべしっしpwかsづほうあ」舌がもつれて失敗。頭を叩いて自分を叱りつつ、気合いを入れます。

間合いをとって・・・

「たっしょ、わたしも食べるしあんたも食べればいいんじゃないの、一人でむしって食べるわきんじゃないんじゃないの。

あなたがわたしのからだの中に座ればわたしが立ち上がるし、わたしが立ち上がればあなたが座るでしょ、するとわたしが座ればあなたが座るということだけの関係じゃないでしょ。

わたし屋根から転げ落ちた時に口にガラス咥えてたのよ、それっきりたっ・・・たそれだけの理由でねえ。」

順調に喋り進みます。

最後のほうで一箇所しくじった気がするけれど、無我夢中だったのでどこで間違えたか忘れたな。まあまあの出来という感じだったか。

そのあとは四つん這いのけものにいって、室伏さんのコピーをして「むかい、舞踏忘れろ」

頭を舞台に打ちつけます。「あれ、あんまり痛くないぞ」と打ち続けます。本当に痛くなるまでやって終了。

パフォーマンスはチョイ見せデモンストレーションという感じだったか・・・

「ぷっ」と吹かせる瞬間はあったので良しとするか。

しかし当初の目標の爆笑まではいけなかった。でもまあ、お笑いではないのだしいいか。けれども、笑わせたら共犯になったということは確かにあるのです。

踊る機会がめっきりと減って来ています。

トークゲストの中野テルプシコール小屋主、秦さんが仰っていた「キラキラした踊り」がないという言葉には責任を感じる。

キラキラした踊りを創りたいなあ。

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『病める舞姫』@森下スタジオ。京都造形大学の学生が病める舞姫をもとにつくった衣裳を借りて踊った。撮影:尾野慎太郎 提供:ボディ・アーツ・ラボラトリー
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2020年02月13日

イベントはじまり

さあ、『舞踏という何か』刊行記念イベント当日です。

新橋のビジネスホテルで、ギリギリまで土方さんの喋りの練習をします。

土方さんの踊りのトレース作業はしたことがあるのですが、今回は喋りのトレース作業に挑戦です。

これは手強かった。

結局10日間ぐらいしか稽古をしなかったけれど本番では初っ端で舌がもつれてしまい、2回目に再度トライしたらラストで一箇所しくじってしまって残念。

稽古ではスラスラと出てくるけれど、観客に見つめられると平静な状態ではなくなってしまうのです。話芸のプロってのはたいへんなものです。

新橋のホテルから会場の日比谷図書文化館までは歩いて20分ぐらい。

そのあいだも喋り続けます。何人かに不審がられます。独り言だけでも不審だけど、喋っていることが完全にぴちがいなので仕方がない。

警官が何人かいたので、その近くを通るあいだは黙ります。本番前に捕まったらたいへんです。

途中のドラッグストアでカフェインを買います。普段はまったくカフェインを摂りませんが、頭をパッキリさせたいので購入します。

そういえば土方さんはヒロポンをやっていたと何かで読んだな。もちろん合法だった頃ですが、頭がパキパキな状態で1日に難解な本を何冊も読んでたとか。

もの凄いスピードで読むのだろうな。「わかる、わかる、わかるぞ、次!」

会場に着いたら皆さん揃っていて「おはようございます」

今日はドレスコードがあるとかで、皆さんスーツでキメてらっしゃいます。それぞれが自分の仕事をこなします。自分も最終調整しつついろいろと準備します。

ゲストの方も集まって来て、しかしこちらは異常な精神状態なので挨拶とかは失礼してごめんなさい。

「あっ」という間に開場時間。

だんだん人が来場して来ます。白々とした会議室の明かりなので、誰が来てるとか一目瞭然でやりにくいことこの上ないが仕方がない。

楽屋もないので白塗り開始時間まで会場の椅子に座って集中します。皆んな見て見ぬ振りですが、吉岡由美子さんだけが元気に手を振ってくれて可笑しかった。

開始15分前、舞台にあがって白塗り開始。

女の子が一人いて興味津々で見ています。白塗りを塗ってるのって見ててなかなか面白いのです。だんだん変身していくような感覚か。

大駱駝艦から独立してからは、ただ無自覚に白塗りをするということには疑問を呈する態度をとってきているので、今日も顔は塗りません。

顔を塗るか塗らないかは大きな違いでギリギリまで悩みますが、やはり安易に全身を白くしてしまうのは違うだろう。

顔も真っ白にしてしまったほうが格好が良いのは、誰でもわかるけれどやはり疑うというこころは大切です。

松岡君が報告をしているあいだは静かに横たわります。

たまに本の精として気にします。報告がどんどん進んで起き上がるきっかけだった、松岡君が台に座るというのがなかったのでどうしようか考えます。

そのまま報告が終了。

あらら、まあ仕方がないとゆっくりと起き上がります。よくある舞踏のはじまり方になってしまって申し訳ない気分でうごきます。

しかし丁寧に慎重にからだをうごかします。ソロの極意は「丁寧にやれ」です。

おっと1300文字にもなってた。続きは明日。

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ドイツでお世話になった舞踏家の吉岡由美子さん。相変わらず元気だった。Photo: schloss bröllin e.V. / Peter van Heesen
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2020年02月12日

イベント前日

『舞踏という何か』刊行記念イベント終了しました。

会自体は盛況で良かった。自分自身のパフォーマンスは・・・

前の日に会場入りしたらスライドの中で踊るというのが出来ないことを知ってピンチ、茫然としながら頭を抱えます。

どうしよう。

まずは机を片付けます。だいぶん空間が広くなる。正面で何かやるというのがつまらないけれど、どうかな。

まだどうすればいいのかイメージがまったくわかない。

溝端代表が「あんまのような」と口にしたので「ぱっ」とイメージが湧いて「なるほどそれならば」と舞台を会場の真ん中へと移動します。

客席が舞台を取り囲むように配置すると「さあ何かやれ」と迫って来るような空間に一転、面白そうなことがいまにも起きそうな場になってくる。

そういえば養生がわりにチラシを貼ると言っていたので並べていきます。

オブジェのようになってだいぶんいい感じ。

石山星亜良さんが「もっとランダムにして、はみ出したりして」と美的センスを発揮します。

こういう時は人が多いと色んな意見が出てくるので、興味深いのです。一人だと「うんうん」唸って同じところを堂々巡りしたりする。

だいぶん何をやればいいのかわかってきたので、松岡君と合わせてみます。TEDを意識してるという彼の報告と絡めそうなので試してみます。

色々と遊べそうな予感がして「にんまり」してしまう。

元大駱駝艦と現山海塾だからな。いまにも面白くなりそうだけど二回試してみて、あんまりやると報告という本来の意図とはズレてくるので自重します。

こういうことは時間をかけてつくらないと、悪ふざけで終わったりする危険な行為なのです。

いろいろと遊べそうな気がするけれど、伊藤キムさんの『病める舞姫』とかぶりそうな予感もするので文字と戯れるのは止めておこうと考える。

森下スタジオでやった自身の『病める舞姫』の短編では言葉と戯れることを存分にやった。あの時はリハは良かったけれど、本番で音楽の井上祐二とズレてしまって不完全燃焼で終わり惜しかったな。

もう一度つくりなおして長編にするか・・・

やはりキムさんとかぶりそうだな。意外と考えることは似ていたりするし、題材が同じだから発想も似てくるのです。

溝端さんが大崎の事務所から黒パンチを取って来てくれて戻って来たので、早速貼り込みます。これで白塗りをしても心配せずにうごけるぞ。

白塗りをして、それが付かないように気にしながら踊るということほど窮屈なことはないのです。

まな板の上の鯉ではありませんが、まな板の上に『舞踏という何か』が置かれてそれを来場者が取り囲むような空間。

「ある意味これについて語る会なので丁度いいと思います。」と溝端さんが言っていて確かに。更に、その上に肉体があってそれがどうパフォーマンスをするか。

代表に一度、通して観せて前日リハーサルは22時に終了。

本番の日は終わったらその場で散会だということで、中華料理屋で軽く打ち上げ。

「明日、よろしくお願いします。」

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大野一雄舞踏研究所の優秀なスタッフの皆さま。左から呉宮百合香さん、本田舞さん、溝端代表。
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2020年02月11日

人類終末

世界終末時計が20秒進みました。

世界終末時計は人類の運命を24時間の時計に見立ててあらわしたもので、アインシュタインらの提唱でつくられた。

科学者たちが「核を創り出してしまった」という罪悪感から創設したものだな。

夜の0時になると人類は終わりで、いまは23時58分40秒。あと20秒で人類は自滅するのか。

いまの子どもたちにとっては「さあこれから」という時に「地球はあと20秒で終わりです」・・・そんなことを言われたら希望がない。

設定された時は朝だったのか?

調べたら1947年に創設されたときには、すでに23時53分だって。おかしいやろそれは。

自分が生まれた1967年は23時43分だった。

そんなに時計を進めておいて、自分たちはさっさとこの世界からいなくなって「あとはよろしく」みたいな科学者の能天気さを感じる。

やっぱり朝からはじめるべきでしょう。

造り出してしまったのは仕方ないとして「人類の未来のあとは任せた」とその瞬間が一番早い時なのだと、次世代へは時計はリセットして手渡さなければならない。

危機感を感じさせたいという作為はわかるけれど、爆発寸前の時限爆弾を手渡すみたいな無責任な行為はかたちだけだとしてもいけません。

そうしてそんなものがあるとは、当事者の政治家や軍人たちが知らないのだものな。科学者の自己満足だと言われても仕方がない。

いま世界で核戦争の危機が差し迫っているのは、カシミールだそうです。

原因は植民地支配の後遺症と宗教的な対立。

核保有国インドは“報復”としてのみ核兵器を使用することを宣言している。しかしインドではヒンドゥーナショナリズムが盛り上がっていて、今後どうなるかわからない。

一方の核保有イスラム国家、パキスタンが先行して核兵器を使用する可能性が高まってきている。

AFPによるとインド議会が武装勢力に襲撃され、大半の議員が殺害された。

インド政府は報復として、インドとパキスタンが領有権を争うカシミールに戦車部隊を投入。

パキスタン政府はインド軍を核兵器で攻撃した。

これが引き金となり戦闘は激化し、全面核戦争に発展。膨大な量の放射能と黒煙が上空に放たれた・・・

これは、米科学誌『サイエンス・アドバンシズ』に掲載された2025年に起こる最悪のシナリオ。

研究では、1億2500万人が直ちに死亡し、最終氷期以来の最低気温を記録し、地球は新たな寒冷期に入り・・・いかんいかん、悪いことを考えるとその通りになる。

100万年前には巨大隕石が地球に激突して、その土煙が原因で大氷河期に入り生物の75%が絶滅した。

いまコミックモーニングで『望郷太郎』という、地球が大氷河期に入って人類が死滅して原始時代に戻るという漫画が連載されています。

漫画そのままの世界が、すぐそこにやってきているのかもしれない。

子どもたちの輝かしい未来のためになんとかならないものか・・・

無力な、いち舞踏家には何にも出来ないな。

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空気がなくても、餌がなくても、水がなくても、摂氏150度以上またはマイナス150度以下の温度でも、生き延びることができるクマムシ。次はクマムシの世界か。Photo by Google.

参照:NHK 2020年1月18日 AFPBB News 2019年10月3日 朝日新聞『科学の扉』2020年2月3日
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2020年02月10日

平和のシンボル

戦争遺跡が全国各地で老朽化を迎えて存亡の危機に瀕しています。

広島市に4棟残る被曝建物『旧陸軍被服支廠』について、広島県が2棟を解体する方針を示したとか。

震度6以上で倒壊する恐れがあるというのが理由だというが、地震で倒壊したらそれはそれで仕方ないのだから壊さなくてもいいのではないか。

いまだって近くに人は寄れないのだろうし、安全なところからだけ観れるようにすればいいではないですか。

県が実施したパブリックコメントでは、6割の人が県の方針に反対しているとか。それなのに何故、戦争の悲劇を伝える建物をわざわざ破壊しようとするのか?

立地が良いから県は商業施設か何かつくりたいのではないのか?

長崎の爆心地にあった浦上天主堂は、アメリカの策略によって反対を無視して取り壊されてしまった。

当初、天主堂遺構の保存に前向きであった当時の長崎市長の田川務がアメリカへと渡って帰って来たら、保存に否定的な態度へと一変していた。

アメリカでいったい何があったのか?

キリスト教国、アメリカは自分たちが落とした原爆でキリスト教会が全壊したという証拠を是が非でも残したくなかったというのが通説です。

「人類の責務において我等はこの被害のあとを詳細に記録せねばならぬのだ」by 國友 鼎(元長崎医科大名誉教授、元長崎市議会議員)

広島の原爆ドームは、原爆の威力の恐ろしさをまざまざと観る人に静かにしかし迫力をもって物語ってくる。

21年間という長く激しい存廃議論の末、1966年に保存が決まった。もしも取り壊されていたら広島で一番のあの平和のシンボルは、二度と観ることが出来なかったのです。

ポーランドのアウシュビッツ絶滅収容所はそのまま完全な姿で残されている。

広島でいえばいまは平和公園になっているあの空間がまるごと当時の姿で残されているようなもので、圧倒的な迫力でいまを生きる我々を迎え入れます。

そして、紛れもない歴史の真実を重く伝えてきます。

いま広島は清潔で美しい原爆資料館の中に、記憶を閉じ込めてしまっている。

凄惨な写真や悲惨な遺品の数々が語りかけてくるけれども、資料館から一歩外へと出ると平和な公園の雰囲気によって一瞬でいま見た“ものこと、事実”が消え去ってしまうのは現実。

それでも強烈な蝋人形の記憶は人々のこころに残っていたりしたけれど、その蝋人形はグロテスクすぎるとの理由で現在は撤去されてしまった。

実際はあんなどころの騒ぎではなかったはずなのに・・・

真実の戦争の惨禍を伝えようとしているのに、見る人の気持ちを忖度していったい真実など伝えられるものなのか?

壊すのはいつでも出来る。

そうして一度、壊してしまったら二度と元には戻らない。記憶も一緒に永遠の彼方へと消え去ってしまうかもしれない。

戦後75年を迎えて戦争を知る人たちが次々と亡くなられています。

子どもたちへ平和な未来を残すためにも、戦争のかたちある記憶としてなんとかして保存して行きたいものです。

原爆によって曽祖父を亡くした者として、こころから願います。

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原爆の凄まじい威力を伝えるいまはなき浦上天主堂・・・なぜ取り壊してしまったのだろう・・・残念。Photo by Wikipedia.

参照:毎日新聞『社説』2020年2月3日
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2020年02月09日

大丈夫だよ、大丈夫じゃない

明日は日比谷入り。

夜に通し稽古をするらしい。さあどうなるか、心配だなあ。

変なことを考えずに簡単に踊ってアピールすれば良かったのか・・・時間をもらって踊って終わり。次の仕事にもつながったかもしれない。

でもそういうことを許さない自分がいる。

書籍の刊行イベントで踊る。では「踊るとはどういうことか?」とまずは問いかける自分がいる。

「そんなんでいいと思うのか?」問いかけてくる自分もいる。「難しい方へ、わからない方へと向かった方が面白いではないのか。」そう考える自分もいる。

そういう自分を誤魔化せないので、いつもたいへんな目に逢うのですが。でもまあ仕方がない。

観ててもそのほうが、実はスリリングだったりするのです。

ギリギリまで面白くしようとする、骨の髄まで染み込んだ壺中天精神であり、嘘をつけない根っからの舞踏家魂。

真面目は禁物、クソ真面目なんてクソ食らえ。

ということで何をやるのか、まだ曖昧にしかわかりません。もしかしたら何もやれずに終わるかもしれない・・・それはないか。

人生最大のピンチかもしれない。だがピンチはチャンスだという言葉もある。想像もつかないような面白い展開になるかもしれないぞ。

本当か、本当にそんなことになるのか。

ゼロベース思考で考えてみよう。

問題:明後日、本番だけど何をやるか曖昧にしか決まっていない。心配だなあ。

ゼロベース思考:何かをやらなければいけないという思い込みを疑う。踊らなければならないという思い込みを疑う。踊りの中に踊りはないのだ。

「はい」

「いかんいかん」すぐに真面目に考えてしまう。もっと適当にいい加減に考える。それが舞踏の持ち味だったりするのです。

「ぷっ」て笑わせるようなことが出来るといいな。ふざけるこころが肝要だな。

何とでもなる。勇気をもって暗闇に倒れ込め。そうすれば思ってもみなかったドアが開くかもしれない。

とにかく明日の夜の通し稽古をワークインプログレスだと考えて、いろいろと試してみよう。

まずは白塗りをする。そしてスクリーンに入る。ここは見ながら考えよう。そのあとだな・・・土方さんの言葉を喋って歌をうたって「お母さん」と、バタンと倒れて・・・

問題はパフォーマンスのそのあとか。どうなっていくのかまったく想像がつかないのは。

舞踏のいっぽうの大きな柱、即興ということを大切にしてその瞬間の雰囲気や流れを感じつつ当意即妙で柔軟に自由にいこう。

そうして「これでいいのだ」という舞踏の真髄のようなものが感じられるところまで至れればいいなあ。

「いいなあ」とか言ってるようではいかん。

「至るのだ」

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難しく考えるな。左:江戸川萬時。Photo by bozzo.
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