2018年05月12日

向雲太郎

たぶん大阪駅から電車に乗ったのだろうけど覚えてない。

覚えているのは実家から出て、坂を下って行くところ。

晩夏の太陽の中 人は誰にも知られずに たった独りで泣くこともあるのだ

泣いてはいないけど。

東海道本線で紀伊半島を周って、米原とか豊橋とか浜松とか何回か乗り継ぎしながらガタゴトと電車に揺られ。期待と不安に胸をふくらませ。途中二泊くらいしたような・・・覚えてないな。

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神田あたりでビルが見えてきて、東京から新宿へ向かった。たしか大久保のビジネスホテルつばくろとかいうところにまずは泊まった。

そして歌舞伎町へ遊びに行った。コマの前の地下に降りていく店でぼったくられた。

二、三日新宿にいたのか。このままでは所持金がなくなると、アルバイトニュースを買って3食飯付き寮完備とかいうところに電話した。

池袋に来い。というので行って待ってたらワゴン車が横付けされて乗れと言われて。

そこから二、三時間車に乗ってどこかわからない風が吹きすさぶ荒野で降ろされた。車はわたくしを置いて走り去ってしまった。

少し待ってたら人が来て、部屋に連れて行かれた。職長の部屋だとかなんとか。『バリバリ伝説』が全巻揃ってた。

しばらくしたら職長が来た。もの凄いリーゼントで「どうぞ夜露死苦。」そんな感じ。

そこから大部屋に連れて行かれて、荷物を置いたらすぐに働き始めた。工場でチョコレートをつくる仕事。

といっても機械が全てやるので人間がやるのはスイッチを入れたり、カカオを入れたりとか単純作業。最初は流れてくるチョコの選別をやった。欠けてるのは、はじいて。

まだ明るい時間に終わって寮に戻ってた。洗濯したりシャワー浴びたりマンガを読んだり。ここで二曹式の洗濯機を初めて使った。

二段ベッドがずらりと並んでて、真ん中にスペースがあって巨大なドミトリーみたいな雰囲気だった。大部屋なので他にも色んな人が沢山いて面白かった。20人ぐらいは居たのかな。

しばらくしたら少年院出たての北海道の男の子と仲良くなった。ドアが壊れたシャコタンのクラウンに乗ってた。

むしゃくしゃすることがあったとかで「クソー!!」と思いっきりアクセルを踏んだら、ギアがバックに入っててドアが木にぶつかって開いたままになったと言ってた。

彼は、夜中に事務所に忍び込んで北海道の彼女に電話してるのが見つかってクビになった。いまどうしてるかな。

あとは刑務所出たての人もいたな。この人に近所のスナックによく連れていかれた。

そこが神奈川の茅ヶ崎というところだと知ったのはいつだったかな。

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そういえば2000年代になってから養子になって本名が変わるのですが、1980年代の本名は、向井研治。

しかし家を出て親元を離れるのだから、親につけてもらった名前は捨てようと決意。

セツモードセミナーに入ってから“向井雲太郎”と名乗り始めた。

大駱駝艦に入ってから、麿さんに「芸名をつけてください。」とお願いしたら「むかいくもたろうってのは良い名前じゃないか、向に雲太郎だろ。」と言われて、なるほど“井”は要らないのか。とそこから“井”をなくした。

そんな師匠と出会うのは、まだまだ先の向雲太郎のお話でした。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:11| ブログ?