2018年05月13日

blog?

そんなつもりはなかったのですが、なんだか生い立ちを語る。みたいになっています。別にいいのか。

そもそもブログとは何だろう?

インターネットで公開する“雑記”のような“日記”のようなという認識だったけれど。

百科事典マイペディアによるとWウェブログ(Weblog)の略称で、日々更新される日記型個人ホームページの総称”か。

だいたいあってる。

日記は、20歳ぐらいから書いています。子どもの時から書いている人もいるのに時すでに遅し。だけど「いまがいちばん早い時。」と意気込んで書き始めた。それから約30年書き続けている。

ノートにして100冊近くになってい
る。作品ごとにノートをつくってるから全体ではもっとあるのか。

いまは万が一、人に見られる可能性を考えて書いていたりするけれど、昔は全く気にせずに書いていたので恐ろしい。死後発表とかされたら恥ずかしい。そう恥ずかしいことを沢山書いている。

1992.jpg

いまたまたま1992年12月15日の日記があります。

「いよいよ出発。日本でとりあえずは、自分のやるべき事をやっている仲間の事を考えると、少し後ろめたい気もするが、隣のカワイイ女の子を見るとそんな事も忘れてしまう。」

うーむ。これはまあいいか。セツ時代にニューヨーク近代美術館にマチスの大回顧展を観に行った時の話だな。

当時のニューヨークは・・・その話はまだか。

20代の雲太郎は、依然茅ヶ崎のチョコレート工場で働いている。

近所のスナックには、めちゃめちゃ美人な女の子とタヌキに似てて前歯が2本ない女の子がいました。

皆んな美人さん目当てで行ってたけど、わたくしはタヌキさん派だった。

喋るとスースー空気が抜けて可愛かった。一回、横浜ドリームランドでデートしたなあ。それっきりだったけど。

同僚に、背の高いもの凄い馬面のおじさんがいた。

休日にベッドで寝転んで本を読みながら笑ってるので「何を読んでるんですか?」と聞いたら、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』だったのでびっくりしたのを覚えている。

他にも免停中の東京タクシーの運転手とか(この人は男前でウィンクの片方と付き合ってるだか付き合ってたとか言ってた。タクシーは、そういう人と知り合う機会が多いとか。)

劇団ひまわりで子役として活躍してて、いまは自分の劇団の借金を返すために働いてる若者もいた。

居心地がとっても良くて、2ヶ月ぐらい働いたのか。そうこうするうちに多分セツの結果が出たのだと思う。

家に電話したら母親が、なかなかその話をしないので聞いたら「今回は残念ながら・・・」速攻電話を切って。

このままではダメだ。と決心して茅ヶ崎をあとにしてさてどうするか?

どうしたのか。覚えてないな。。あー沖縄に行ったな。

その話は明日でいいか。

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最新の日記。photo by 2019.04/19.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 12:54| ブログ?