2018年05月24日

からだ?

大駱駝艦のワークショップに通いはじめて。まだこの頃は踊りというよりも、からだをうごかすことが興味深かった。

明らかにうごいていないことがわかる。そのうごかないからだが、自分のもののようで自分のものではないような。なんなんだこれは?やることなすこと何でも楽しくて。

takagi_kumo.jpg
photo by Nobutoshi Takagi

そのうち、たぶん鶴山さんだと思うけどイベントに出ないかと声をかけてもらって。ふたつ返事でオッケーして。

それが伝説の東京電力主催『1万人コンサート』。

原子力マネーを湯水のごとく使って毎年行われていたイベントで出演者5,000人、観客5,000人(全員抽選で招待。)というとんでもない企画で考えたのは、なかにし礼さん。

最初は国技館で次に場所を武道館に移し行なわれた。出演が市川團十郎、市川海老蔵、中村勘太郎、中村獅童。演目が変わって里見浩太朗さんになり。

そこにらくだかんも毎年、数十人で出演していた。らくだの男は数十人はいないのでアルバイトが駆り出される。そのうちの一人ですね。

ちなみに山下陽光も出て、打ち上げで坊主にされて眉毛も剃られてぷんぷんでらくだと絶交みたいになってしまった。陽光、ごめん!

いまだに仲が良くて、このあいだ舞台に呼んでくれて共演したコンテンポラリーダンサー柳本MASAともこのイベントで知り合っって意気投合した。ヨーロッパから帰って来たばかりだんたんだな。

いままで会ったことがなかった奴らも含めて、大駱駝艦の男性メンバー全員と顔を合わせた。

鶴山欣也、蹄ギガ、狸穴善五郎、若林淳、星野建一郎、菊池七変化、村松卓矢、徳久欣、大友透。
不良ばかり。

そして、このイベントの稽古ではじめて、不良の中の不良・麿赤兒と出会うのだ。

麿赤兒(まろあかじ、舞踏家、俳優)
状況劇場の旗揚げメンバーでアングラ界の大スター。

状況に出演しながら舞踏家・土方巽に師事。状況劇場から独立してビショップ山田、室伏鴻、天児牛大、大須賀勇らと1972年に大駱駝艦を旗揚げ。

役者としても鈴木清順、タランティーノ、北野武監督の映画で活躍し、、

なんていまでこそ何も見ずに紹介できるけれど。

実はその時、わたくし麿さんのことを知らなかった。

失礼な態度をとってたと思う。「はじめまして、むかいくもたろうと申します。」

いまならきちんと挨拶できるのだが、青二才の馬鹿者はまだまだ苦労が足らず世間知らずで生意気で。

麿さんには、らくだに入ってから目の玉が飛び出るほどこっぴどく怒られるのだが、この時はまだ「なんで眉毛剃ってんだ?あう?」と少し窘められるぐらいで。

この時は単なるバイトだから麿さんも遠慮してたんだろうなあ。

この初対面での「なんで眉毛剃ってんだ?」は、いまだに覚えてて “なんで?” と疑問に思って考えるといういまの活動の原点でもあるのだと思う。

林英哲さんの太鼓、麿さんの振付でらくだのメンバーが選抜で踊る群舞があって、これがめちゃめちゃ格好良かった。

俺もいつかあの群舞を踊りたい!このイベントでますます奥深くへと踏み込んでいく決意を固めていくのだった。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:31| ブログ?