2018年06月30日

1995年

2月12日 『海印の馬』通し稽古@板橋稽古場
安産祈願稽古 ノリに乗って入り込んでガンガン行こう。見せる形の追求も忘れずに。村松を喰うためには?考えろ。下手でもいい、気持ちだけで持っていくのだ。

2月13日 稽古ダメ出し 稽古終了後、チケット確認のTel, etc..etc...

2月14日 朝から積み込み 舞台監督・増やんこと増本知尋、怒鳴る力一杯に

2月15日 仕込み
いよいよ小屋入り、新宿ゼロに入る。仕込み開始。再び増やん、力一杯怒鳴る。活気づけなのか?緊張感をつくるためなのか?お祭り気分を盛り上げているのか。

安産祈願の軽い場当たり 遥か彼方の地平線に村松が…sud...あんなに遠いのでは喰うとかどうこうとか無理だな。

予想もしなかったことが起こり、大駱駝艦の本公演に出演するのだ。出られるだけで。が欲を出し、いつの間にか場位置に不満を持っている。いまの俺には何の力もないのです。いまいる俺は、自分の力でこの場所に立っているわけではないのです。初心忘るべからず。他力本願のオレ、違うだろう。

2月16日 照明シュート ゲネ スポットライトと 音楽と 気持ちがいいのだ
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いよいよ劇場入り。頑張ろう。


posted by Mukai Kumotaro at 07:35| 日記

2018年06月29日

十川英二さん

昨日は、用事があり十川英二さんと洲本までドライブ。道中にさまざまな話しを聞くのが、淡路島のいろいろについての勉強の時間でもある。

英二さんは、木谷家の次女・照子さんの旦那さんの弟でわたくしにとっては親戚です。今回、来年の合宿に向けていろいろと動いてもらっています。五色町で何かやるならば英二さんに相談すれば大丈夫というぐらいに力強い味方です。

いまは引退されていますが五色町の役場で定年まで務めあげて、最後は教育長を長く務められていた。御年83歳?!ですが、まだまだ現役で階段は、一段飛ばしで駆け上がるのでついていくのが精一杯。無類のせっかちで車の運転はスピードがすごいので隣に乗っているとヒヤヒヤする。

淡路島は完全な車社会なので、いま問題になっている高齢者が運転免許を返すとかなかなか難しいらしいです。しかし実は、遠い洲本市まで車でわざわざ行かなくても、なんでもインターネットで注文できる。野菜からパソコン機器までネットで注文できる時代だもんなあ。

五色町は過疎化が進んでいて、小学生が80人弱しかいないそうです。お年寄りの一人暮らしも多い様子。しかしこの問題は東京でも同じか。

空気は美味いし水は美味いし、遠浅で静かでとっても美しい海があって、魚は獲れたてで鮮度抜群で、土地は安いしのんびりしまくってて、こんな良いところに皆さん住めればいいですね。仕事は探せばいくらでもあります。

これだけ交通が隅々まで発達していて、インターネット化も進んでいるから日本中どこに住んでも、情報や経済、流通的には同じなのだと今回痛感した。

そういえば、淡路島の食料自給率は107パーセントです。

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わたくしが子どもの頃から愛してやまない、瀬戸内海の遠浅で穏やかな美しい海。
posted by Mukai Kumotaro at 07:09| 日記

2018年06月28日

1995年2月10日

「ヘラヘラ笑ってんじゃねえ!ニヤニヤしてんじゃねえよ!!」本公演稽古中に、麿さんにはじめて怒鳴られる。

「前の日に飲みすぎたんじゃねえの」てきな冗談めかした麿さんの質問に、冗談っぽく返したのだと思う。気に障ったんだな。

母親にはしょちゅう怒られてしばかれてて、滅多に怒らない親父にも包丁で刺されそうになったりして、怒られ慣れてたわたくしですが、麿さんの怒鳴りには肝がうわずって泣きそうになった。

怒鳴ったあと「しまった」という間が麿さんに一瞬あったのを覚えている。そこから超一流のお芝居が入ってきてわたくしに言いながらメンバーみんなへ訴えかけていた。

その日から「こいつは怒っても大丈夫」と麿さんが思ったのかどうかわからないけれど、しょっちゅう怒られるようになった。歴代のメンバーの中でも怒られた回数は一二を争うかもしれない。

怒鳴られたり殴られたり蹴られたり、いろいろとあったなあ。原因はいつもわたくしが生意気で、悪いことをするからだったんですが。いまとなってはいい思い出です。

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殴られても蹴られても、懲りずに粋がるわたくし。
posted by Mukai Kumotaro at 20:16| 日記

2018年06月27日

淡路島で合宿じゃ!

2018.6/26

晴れ。インターネットの時代だから世界中どこにいても誰とでもやり取りができてしまう。スカイプもあるので打ち合わせもできる。ここ淡路島にも日本中から移住して来て、そうやって仕事をしている人が沢山いることを今回知った。


午前中、某ファッション誌の請求書をつくる作業に追われる。これでできたと思って東京に送っても不備が見つかりやり直し。向いていない仕事。。


請求書を送ったり、メールで打ち合わせをしたり、映像の資料を編集してファイルで送ったり、YouTubeにしてアップしてアドレスを知らせたり。


いまも営業、売り込みのためにやるべき仕事は沢山あるけれど、一番やりたい仕事は、人前に立って踊る仕事。庭のスペースを舞台にして何かやれそうなので来年夏、企画しよう。


あと、合宿はここなら10人ぐらいなら泊まれそうなので、上のログハウスをいまから予約すればあと20人は泊まれる。計30人。夏祭りで踊って、庭でも踊って。

「淡路島で合宿じゃ!」

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photo by Jyunichi Matsuda


posted by Mukai Kumotaro at 13:20| 日記

2018年06月26日

淡路滞在、六日目

2018.6/25

昨日は、朝8時に自転車“薄空号”で出発して、二時間かけて山を越えてコーナンへ。帰りは大量の荷物があったので二時間半かかる。帰宅したのは15時。大変だったけれど天気が良くて気持ちが良かった。


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照子姉さんが庭に敷いた雑草よけの黒いシートがいい感じで、そのまま青空稽古場としてつかえることに気付く。のぶのところは『月明かりの移動劇場』だが、こちらはまんま『月明かりの劇場』綺麗に掃除してからだを少しうごかす。


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行く行くは平台を敷いて、テントで屋根をつくろう。

posted by Mukai Kumotaro at 10:25| 日記

2018年06月25日

淡路滞在、五日目

2018.6/24

朝から晴れ。さあ今日は大仕事。セルフ・リフォームのための道具諸々を買うために、山を越えて隣町まで買い物に行きます。続く

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帰ってきて、表札の文字を塗る。いい感じ。

posted by Mukai Kumotaro at 20:29| 日記

2018年06月23日

淡路滞在、四日目

2018.6/23

今日は土曜日か。休みがちで働こう。雨なので屋内作業に終始する。


二階の奥の三畳を掃除する。片付ける。倉庫がわりの場所なので、お宝がたくさん出てくる。


巨大な木箱が出てきたので開けたら伊万里の皿が対であらわれる。恒ちゃんの書の下に飾ってみる。そこだけいい感じの骨董屋になる。


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昨日お風呂の帰り道、お店にたまねぎが売っていたので、値段を聞く。有機栽培の最高級たまねぎ、1箱4,000円なり。

「今こちらにいまして。一ヶ月間、はい、木谷」とか雑談してたら「あーきだにさん。知ってるわよ」おばちゃんと急に打ち解けて。


そこへ丹下段平そっくりのお爺さんが軽に乗って登場。「へー、木谷先生とこの」「同級生おったな…えーっと75歳やから…あー照子ちゃんや」なんと段平、木谷家の二女・照子さんの同級生だった。お爺さん遠い目をして「木谷先生のとこ、町で初めてのプレハブやったんや。先生変わってるとこあるからプレハブにしはってんな」言うてた。


阪神淡路大震災で建て替えたそのプレハブの家も、20年経ち外側はけっこう痛んできてる。

posted by Mukai Kumotaro at 00:00| 日記

2018年06月22日

淡路滞在、三日目

2018.6/22

晴れ。まずは洗濯。その後、仏壇の掃除。木谷家は真言密教です。お位牌のホコリを払って外へ並べる。自分が木谷家の六代目だと確認。仏壇の金箔が剥がれて来てる。京都で安い金箔がブームやとか訪米が言うてたなあ。直したい。


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木谷家の家紋は桔梗です。


一番汚れていると思われる、台所の掃除にとりかかる。ゴミが出る。ごみ収集の曜日がわからないので、お隣の住吉堂さんへ。紙・ダンボールの収集が一ヶ月に一度だと聞いてびっくり。まあいいか。


14時、十川英二さんに挨拶しに高田屋嘉兵衛記念館へ。その後、洲本のコーナンへ連れて行ってもらう。浄水のカートリッジを購入。


二日ぶりのお風呂。しかも温泉。気持がちいい。また頑張ろう!という気になる。


帰ってビール飲んで、掃除してたら出てきた1994年のワイン飲んでおやすみなさい。

posted by Mukai Kumotaro at 16:09| 日記

2018年06月21日

淡路滞在、二日目

2018.6/21

要するに別荘の主人、というか管理人というか。ただの居候というか。柔らかい感じで毎日を歩いて行こう。


そういえば、昨日行った自転車屋の奥さん「その自転車の色は、薄空色でええんかいな」旦那さん「んん、薄空色。。そうやな」自転車の色の言い方が絶妙で旦那さんも納得の表現でした。


曇りのち、薄曇り。少し日が射したり。

お墓へ行って掃除、しきび交換。


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書を飾ったり。書:五女 恒子


いつ訪れるかわからない、美人で、頭が良くて、いつまでも若々しくて、キュートで、そしてかしましい5人のお姉さま方のために、思い出の詰まった別荘をぴっかぴっかにしておくのだ。いろんなところに気を効かせて、落とし穴を仕掛ける心持ちで。


掃除、片付けを続ける。だんだんとなんとなく。


とにかく皆んなが気持ちよく暮らせる家にしよう。

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posted by Mukai Kumotaro at 09:23| 日記

2018年06月20日

淡路滞在、一日目

2018.6/20

いよいよ淡路島に入りました。川西では地震に逢い縦揺れと横揺れの違いについて経験し、淡路では田んぼから水を抜くほどのめぐみの雨が一日中、降り続く。


一日目、まずは掃除から。どんな家にするのか?イメージ作り。

家の隅々までつぶさに観察する。大事に使われてるなあ。と感嘆しかり。女性の力、お陰さまを思う。


どうしたいのか?どうなりたいのか?舞踏について。お芝居について。あれこれと考えたり。少しうごいたり。アホになったり。ロマンを観たり。


I feel about Roots, Sky, Se,e Window.Space......


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舞踏レクチャーショウ 於:兵庫県川西市 

posted by Mukai Kumotaro at 21:09| 日記

2018年06月19日

訪米

映画監督・佐藤訪米に出会ったのは、1995年1月21日。飲み友達の木村さんという方の家で、星野建一郎を介して。

当時、訪米は映画を製作中で後日、京都の事務所に泊めてもらったけれど、事務所は若者が溢れてて雑魚寝したり酒盛りをしたりと梁山泊の様相を程していて興奮したのを覚えてる。

映画が完成してそのイベントに呼ばれ京都まで星野達と行って。ジャズバーだったので本番前に村松くんとウィスキーをしこたま飲んで。人生で酔っ払って踊ったのはあの時一度だけだな。適当でいい加減なイベントだった。

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訪米はその後、祇園南座の真裏でラーメン屋を始めて。鉄割京都ツアーの時に遊びに行ったり。得体の知れない人が店の奥で寝てたり相変わらず面白かった。

いつの間にか祇園の店はなくなってて。便りは京大の近所から届いた。

『ぴちがい裁判』京都公演の時に久しぶりに行って。奥村くんが日本で一番美味いと絶賛する中華そばを皆んなで頂いた。

先日も、その京大側のお店『みみお』に伺って夏にやる夜市というお祭りで踊るにあたっての打ち合わせをした。

これからもよろしく!
posted by Mukai Kumotaro at 06:54| 日記

2018年06月18日

1995年

1/17 (tue)雨月稽古。性格を超越したエネルギーとその“ふり”によって踊る。

イメージを想起させるもの、こと。シンプルなもの程、力強いし伝わる。

稽古中にニュース速報。神戸で地震。全ては他人事か。実家へ電話するが通じず。死者300人。

こころとからだの分離。つけない嘘 俺は平気?

1/18 (wed) 死者1500人 1500人? よくわからない。

1/19 (thu) 死者2400人 煽り立てるマスメディア。混乱が混乱を呼び、騒ぎは大きくなっていく。俺は相変わらず。

1/20 (fri) おそらくスポーツ新聞だろう。とてつもなく大きな見出し『死者5000人』…なんだか喜んでいるように感じるのは俺だけか。ただでさえ溢れる人間が一人でも多くいなくなる。とか。

雨月稽古。天界と魔界 結界 焦ることはない。落ち着け、イライラするな。思い通りに行かないからといってそれがどうしたというのか。うごかない身体。とまらない欲望。うごけない世界。

1/21 (sat) そのうち現金なスポーツ新聞などは、報道しなくなってしまうのだろうなあ。そして皆んな忘れていく。本当は何も終わりはしないし、変わってもいないのに。つくりだされる悲劇、美化される人の死、忘れ去られるいま、現在、未来。

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Illustration by Kumotaro Mukai

1995年1月17日、たしか稽古中にニュースが入って、皆んなでテレビを観た。その日は、まさかそこまで大変なことになるとは思っていなかった。

そういえば、3.11の時も世田谷パブリックシアター稽古場にて、本公演の稽古中だった。

村松くんとわたくしの二人のシーンで、いままで一回もそんなことがなかったのにアクシデントが何度も起きて。おかしいなあ。とやり直していたら地震が起きた。虫の知らせだったのか。

しかし、こればっかりは自然さんのことだから仕方がないのだと思います。神様といってもいいかもしれないけれど。自然という神は無情で容赦がなくて、人類のことなんてこれっぽっちも気にかけていない。大自然の前では、本当は無力な人類の姿がむき出しになってしまうのだ。
posted by Mukai Kumotaro at 11:21| 日記

2018年06月17日

ギチョ

昨日は、昔馴染の杉本浩二と久しぶりに会いました。アダ名はギチョ。

ギチョは、小学校1年の途中に大阪から引っ越してきて。

それまで杉本マサシがいて、左ギッチョでギッチョンというあだ名で呼ばれていた。けれども同じ苗字の杉本浩二が引っ越して来て、いつの間にかギッチョンのあだ名はマサシから浩二のほうに渡ってた。

ある朝、学校に行ったら廊下に男子全員が正座してて、どうしたのか聞いたら「杉本くんに正座してろ言われました」てなことがあったなあ。

当時の先生が大学出たての若い先生でギチョの横暴があまりにも目に余るので、「誰かギチョと喧嘩しなさい!」と言ったら杉本マサシがすぐさま手をあげた。机と椅子を片付けてギチョとマサシが喧嘩して、一発でギチョがマサシを投げ飛ばし流血し終了。熱血指導。

そんな喧嘩のめっぽう強いギチョの粘土を、引っ越して来たばっかりの時に壊したらしいけれど覚えてないなあ。

ギチョは、中学では野球部のキャプテンで番を張ってて。しかし高校は公立高校に進学して文武両道。

高校では有名な厳しい顧問のいるラグビー部に入って。一緒に入った同級生は皆んな辞める中で続けてた。そういえば杉本マサシも辞めずに続けてたとか。ど根性だな。

高校を出て、夜景の見えるところでギチョの家の車に乗って、二人でよく何時間も喋ってた。わたくしは東京に行くと言ってて、ギチョは海外に行くと話してた。

ギチョは、その通りにいまはインドネシアにいる。

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ラグビー、現役続行を決意した杉本浩二・51歳。
posted by Mukai Kumotaro at 15:23| 日記

2018年06月16日

伊藤キム

伊藤キムさんは、年齢が二つ上なだけでほぼ同年代なので兄貴分みたなもので。家に遊びに行ったり仲良くしてもらって。可愛がってもらっていたと思う。

その踊りは、切れ味鋭く自分で決めた振りを何度もなんども稽古して、納得がいくまで繰り返して鬼気迫るものがあった。

いまは違うかもしれないが当時はテクニックが大好きでそのうえ、もっともっとという向上心に限りがない人で、今日右手が10センチ伸びたら明日は11センチ、明後日は12センチという感じ。それを他者にも要求して。

丁度これから世に打って出ようという時期で、勢いに満ち溢れていて凄みすらあった。応援して贔屓にするファンも沢山いた。

麿さんからの影響は、歳が離れていたこともあって当時はあんまり自覚していなかった。キムさんからの影響は歳が近いぶんわかりやすくて強烈だった。

まずは身近な兄貴の影響を受けるような感じだったのかもしれない。

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photo by Nobutoshi Takagi
posted by Mukai Kumotaro at 12:32| 日記

2018年06月15日

1994年12月11日

13:00〜 海印の馬&雨月、稽古
水槽が段々と俺の友達になっていく。馬にはまだ乗れていない。

18:00〜 キムワークショップ
疲れて駄目だった。ワークショップ自体も中途半端に終わった。

22:00〜  打ち上げ
何かをやらねば、徐々に前に進まねば意味がない。

頭が固い自分、守っている自分、下らない経験を信じ、それをなぞる。

ぬるま湯に満足し、そこから飛び出さない。右に左に手はもっとうごくのだ。怒れ、叫べ、うごけ。

自分の既成概念を、凝り固まろうとしている、カビが生え腐った思い込みをブッ飛ばせ!

しなやかな心 しなやかな体 ちょっとずつでもいい 少しずつ 少しずつ 変えるのも自分 変わらなのも自分

基本があって、心があるのではない。テクニックなど、後でつければいいのだから。

「見慣れた決め振りなど見たくない。古臭い予定調和の踊りなど見ても仕方がない。そうじゃない、もっと違う、本当の雲太郎のうごきが見たい。本当のお前の心の叫びを聞かせろ」by 伊藤キム

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photo by Nobutoshi Takagi
posted by Mukai Kumotaro at 10:59| 日記

2018年06月14日

しろぬり?

某ファッション雑誌の撮影後、風呂へ。我々舞踏家は、白塗りを落とすために風呂に入ります。たまに風呂に入るために、白塗りしているのではないかと思うこともあったり。

この白塗りというのは大変な発明でして、塗れば自分ではない生きものになれるのです。

白塗りだけではなくて、金色に塗ったり銀色にしたり黒や緑、赤や黄色なんてのもある。そのどれもがコンセプトがあって、単に面白いから塗ったりしているのではありません。

いや、人の前でどう面白くあるのか?という問いかけがまずあるからこそ、色をからだに纏うという発想が出て来るのだな。

疑いなく舞踏だから白塗りだ。という考え方はよろしくなくて、きちんと自覚を持って塗らなければなりません。

わたくしも初期は塗るのが当たり前だと思っていたけれど、だんだんとなぜ塗るのか?と考えるようになりました。

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photo by Masami Mori

風呂から出て舞踏家の地位向上を実現するためにどうすれば良いのか、湯山大一郎と作戦会議。

400年前に河原乞食と蔑まれていた歌舞伎。いまでは銀座の一等地に巨大な建物を所有するような存在。

歌舞伎の祖であるといわれるお国が踊ったという四条の河原と、そこから10メートル足らずのところにある現代の京都南座。あのたった10メートルを移動するのに400年間かかったんだんなあ。と思う。

歌舞伎のご先祖さまたちが、400年前に河原で副業をしながらも必死に続けたお陰で京都南座があり、歌舞伎座があるのだ。

わたくしたち舞踏家の子孫もひょっとしたら、400年後にはベンツの後部座席に乗って偉そうにしているかも知れない。
posted by Mukai Kumotaro at 17:08| 日記

2018年06月13日

矛盾

アメリカと北朝鮮が歴史的な首脳会合だって。ド派手なパフォーマンスの成功でトランプさん鼻高々。自分の実績をつくって有権者にアピールすることと、北朝鮮にトランプさんの親友が経営する巨大カジノをつくるのが目的だとか。ワイドショーの情報です。

もともと政治家というのは弁護士がなるもので、利益を代弁する存在だからそれでいいのか。いいのか?

そして政治家の一番大切な仕事は、税金の使い道を決めることです。

安倍さんは、今回税金を一兆円!!つかってトランプに代弁を依頼、北朝鮮と直接対話を模索する機会をつくって頂いたそうです。

一兆円分の武器を買う代わりに拉致被害問題について解決をお願いしたのに自分でやれと言われて。。

自分の名誉と友人の利益だけではなく、国民のことを真剣に考えるリーダーが現れることを心から願います。

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anonymous "untitled"

ポイントは非核化だそうです。

自分は核を持っているのに、他人には核を捨てろと迫る矛盾はどうでもいいんだな。子どもでもわかる矛盾。

こども「おじさんは核兵器を持ってるのに何故、ぼくは持っちゃだめなんだ?!」
おじさん「ガタガタ言うな。言うことを聞かないとバラバラにするぞ!」
こども「・・・」

自らは核を所持するのに相手に非核化を迫る矛盾。核ミサイルのボタンを持って広島に来て平和を語る矛盾。人間が存在するという矛盾。人間は矛盾に満ちた存在です。

そういえば皆さんあまり知らないけれど、原子力発電所で核兵器は作れます。

原発を持っているということは、核兵器を所有していることと同じなのです。

posted by Mukai Kumotaro at 08:08| 日記

2018年06月12日

あさのれんぞくてれびどらま

朝の連続テレビ小説が面白いのだ。北川悦吏子さんの脚本がいいんだよなあ。流石です。

『マッサン』以来久しぶりに真剣に観ています。演出は前回までの朝ドラと同じ感じだけど、脚本に説得力があるから観てしまうのだろうなあ。

言葉が力強くて、強いだけではなくて限りなく甘くロマンチックだったり。ベタベタと甘いだけではなくて、非常に厳しい言葉もあったり。上手だなあ。引き込まれてしまう。

片耳が聞こえない女性のお話しだけど、北川さんが実際に突発性難聴で聞こえないらしい。自伝的要素が強いのだな。それも説得力がある理由なのかな。

わたくしも『ぴちがい裁判(原題:きちがい裁判)』という作品で脚本執筆に挑戦したけれど、気が狂いそうになり死にそうになり何度も諦めそうになり、公演中止を毎晩夢見てました。

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『ぴちがい裁判』@アゴラ劇場 photo by bozzo

何もないところから言葉で物語りを生み出す作業というのは、想像を絶するほど難しくて。1時間の作品なら、1時間を言葉で埋め尽くすのだから。しかもそれが観客を感動させるほどに、面白くなくてはいけないのだから。

ほんとうに特別な才能です。

ちなみに主役の永野芽郁さんは、わたくしの家の近所がご実家だとか。勝手に親近感。

朝ドラ終了後の博多大吉・華丸さんのコメントも楽しみなのだ。

そういえば朝の連続テレビ小説の終わる時間、8時15分はヒロシマの原爆が落ちた時間。
posted by Mukai Kumotaro at 09:44| 日記

2018年06月11日

ふぁっしょん?

昨日は、某ファッション雑誌日本版の撮影。メンバーは、湯山大一郎と松原東洋。

東洋は、星野主宰の大豆鼓ファームで鍛えられ、大豆がなくなってからも舞踏を続けている稀有で貴重な人。頑張ろう。

そして兄弟子・若林淳。若さまは1990年に浅草常盤座でおこなわれた『海印の馬』を観て入団したので4年先輩。だけど歳が二つぐらい年下なのでわたくしは皆んなと同じように“ワカ”と愛称で呼びます。

ワカとは、元ジャニーズのヤックン主演のお芝居『ビルマの竪琴』に二人で出演してツアーをしたり、『死者の書』という作品でデュエットを踊ったり。

私の作品にも何度か出ていて戦友です。

麿さんも認める大駱駝艦のプリシンパルだったワカは、様々な伝説を残して2007年に退団。いまはフリーで活躍中。

冷たい雨の中なのに野外、しかもツンいちで行われるという舞踏家にとってはよくある厳しいシチュエーション。

ちなみにツンとはパンツをジャズミュージシャン風にツンパと表現したことの名残だとか。ツンいちとは舞踏家の正装でツンを一枚だけ纏った状態のこと。早い話がほぼ全裸です。

身体感覚の気心が知れて、身体の使い方のツボも心得たメンバーとの撮影はさくさく進み、イタリア人とスイス人の二人のカメラマンも "beautiful!! excellent!!" を連発して大喜びで撮影は大成功。

「お疲れ様でした」

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某ファッション雑誌撮影現場、都内某所にて。
posted by Mukai Kumotaro at 12:09| 日記

2018年06月10日

デフ

昨日は、デフ・パペットシアター・ひとみのお稽古へ。去年公演した新作が今年からツアーで全国を廻る。デフは耳の聞こえない人と聞こえる人が共同でつくりあげ、公演するプロの人形劇団。

作・演出は立山ひろみ女史。立山さんは、まだお若いのに宮崎県立劇場のディレクターをおやりになっている。大したものだなあ。

パブリックシアター三上さんからの推薦で、オペラシアターこんにゃく座の立山さん作・演出作品の振付をやらせて頂いた時からのお付き合い。

オペラシアターこんにゃく座は創立50周年、デフの母体である人形劇団ひとみ座は創立70周年!

こんにゃく座もデフとひとみ座も、まずは、時間と労力とお金をかけて新作をつくり、その作品を劇団の大切なレパートリーのひとつにする。

その後、長年の活動で培ってきた日本全国のネットワークを通じてツアーで再演を繰り返えす。

そうして、新作をつくるのにかかったさまざまな先行投資分を回収しながら、劇団員のお給料も賄っていくというシステム。

こんにゃく座とひとみ座の仕事に関わらせて頂いて、遠大な歴史と圧倒的なそのシステムを目の当たりにすると、自らを省みてしまう。

己の力のなさと、独立してからの歴史の浅さに絶望的な気分になるけれど、ひとつひとつやっていくしかない。と自らを励ましたり。

とにかく一歩一歩、足を前に踏み出して少しでも歩き続ける。

それがあの

遥か遠くに見え隠れする

ビッグジャイアンツ達に

少しでも近づくための唯一の方法なのだ。

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ひとみ座の作品、『ひょっこりひょうたん島(1964年)』のドン・ガバチョとのツーショット。本物です。ちなみに“デフ〜deaf”とは耳が聞こえない。という意味。
posted by Mukai Kumotaro at 09:41| 日記