2018年06月18日

1995年

1/17 (tue)雨月稽古。性格を超越したエネルギーとその“ふり”によって踊る。

イメージを想起させるもの、こと。シンプルなもの程、力強いし伝わる。

稽古中にニュース速報。神戸で地震。全ては他人事か。実家へ電話するが通じず。死者300人。

こころとからだの分離。つけない嘘 俺は平気?

1/18 (wed) 死者1500人 1500人? よくわからない。

1/19 (thu) 死者2400人 煽り立てるマスメディア。混乱が混乱を呼び、騒ぎは大きくなっていく。俺は相変わらず。

1/20 (fri) おそらくスポーツ新聞だろう。とてつもなく大きな見出し『死者5000人』…なんだか喜んでいるように感じるのは俺だけか。ただでさえ溢れる人間が一人でも多くいなくなる。とか。

雨月稽古。天界と魔界 結界 焦ることはない。落ち着け、イライラするな。思い通りに行かないからといってそれがどうしたというのか。うごかない身体。とまらない欲望。うごけない世界。

1/21 (sat) そのうち現金なスポーツ新聞などは、報道しなくなってしまうのだろうなあ。そして皆んな忘れていく。本当は何も終わりはしないし、変わってもいないのに。つくりだされる悲劇、美化される人の死、忘れ去られるいま、現在、未来。

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Illustration by Kumotaro Mukai

1995年1月17日、たしか稽古中にニュースが入って、皆んなでテレビを観た。その日は、まさかそこまで大変なことになるとは思っていなかった。

そういえば、3.11の時も世田谷パブリックシアター稽古場にて、本公演の稽古中だった。

村松君とわたくしの二人のシーン。

いままで一回もそんなことがなかったのにアクシデントが何度も起きて。おかしいなあ。とやり直していたら地震が起きた。

虫の知らせだったのか。

しかし、こればっかりは自然さんのことだから仕方がないのだと思います。

神様といってもいいかもしれないけれど。自然という神は無情で容赦がなくて、人類のことなんてこれっぽっちも気にかけていない。

大自然の前では、本当は無力な人類の姿がむき出しになってしまうのだ。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:21| ブログ?