2018年07月01日

海印の馬

1995年2月17日
大駱駝艦天賦典式『海印の馬』新宿スペースゼロ公演開始。

海印の馬というのはその昔、豊玉陸橋そばにあった大駱駝艦の本拠地、豊玉伽藍という真っ赤な5階建てのビルのなかの劇場で育てられた作品で。

12ヶ月間で12公演やるという、とんでもないシリーズ企画のオムニバスでして名シーンだけを集めて再構成して一本の作品にしたという怪物で。

オープニングからエンディングまで、一分の隙もないコンセプトアルバムのような作品。

「“うみじるし”というのはなかなかないからなあ」と大鯨艦・艦長の宮内さんが言っていたけれど、わたくしは“海馬”と関係しているのだと睨んでいます。

人類の壮大なる共時的記憶のものがたり。

一年中、24時間つかえる劇場があるというのはとんでもないことです。

ただそれだけに地点の三浦君も言っていたけれど、幾らでも稽古ができるという言い訳ができない状況でもあるのも確かでたいへんなことでもあります。

やることがないから稽古をする。そして踊りが生まれる。

当時、妊娠中だった大先輩・古川あんずさんのために安産祈願という群舞を男共が稽古場兼劇場にて夜な夜な酒を飲みつつ創ったとか。

そんな由緒ある名作が初舞台という幸福なわたくしです。

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その頃やっていた、お化け屋敷のチケット。
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2018年07月02日

初舞台

1995年2月17日金曜日 19:00〜
オープニング 音響・大阿久さんの音があまりに大きすぎて合図が全く聞こえずボロボロ。だった。

楽屋に戻ってきて先輩・楠田健史さんの怒りが爆発。「オメエら何の為に稽古してたんだ!稽古してたんだろ!!」ドアをズンズン叩いて吠える。

しかしいちばん間違えてたのはこの楠田さんだったのだが。

ちなみに楠田さんは舞踏派ZEROというグループを奥様の筆宝ふみえさんと主宰をされていまして、先ごろ舞踊批評家協会新人賞を受賞されました。

おめでとうございます。

そして前出の現在は退かれていますが、長く大駱駝艦の音響を担当していた大阿久和夫さん。

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ニューヨークタイムズに大阿久の音は象に聞かせるのか。と書かれたとか、次に音響を担当していた関克郎さんには「難聴の大阿久」とか様々なことを言われていましたが、まあ音がデカかったのです。

メインのフェーダーを上げきったら、足でアンプのボリュームを上げていくらしいです。

音響:大阿久の時に、劇場でスピーカーの前に座っています。

時間になり照明が消えて行ってだんだん暗くなって。暗転になりました。

ト、スピーカーから「サーーーーー」というノイズが聞こえてくるのがもの凄く怖いんですね。そのあとの客を全員吹っ飛ばすほどの爆音が予想されます。

そんな大阿久さんですが、もう音響から退かれた後にパブリックシアターでの『海印の馬』稽古の時にふらりとあらわれて。

男性の群舞“安産祈願”のシーンでフェーダーを握ってくれて。それまでのダンサーが音を出していた時と全く違ってびっくり仰天したことがあったなあ。目に見えて踊りも良くなって。

音響ひとつで、こんなにも変わるものなのだ。と感動。大阿久さんお元気かしら。

そうそう初舞台。覚えているのは、オープニングのこと。安産祈願のこと。あとは、とにかく舞台が広く感じたことかな。
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2018年07月03日

ふたつの太陽

『ふたつの太陽』再演の準備に入っています。

メキシコ・パツクアロと淡路島・五色町都志でインターネットを介したやりとりをしてツアーの準備が進んでいます。

ふたつの太陽はわたくしの祖父、木谷真一が1945年8月6日、広島にて被爆死したことを取り上げた作品です。

8月6日の8時15分にとどまり彷徨い続ける木谷真一を軸に展開していく舞台です。

今回はメキシコとの共同制作ということで現地のダンサーを起用するという条件で、メキシコの劇場での公演が実現しています。

初演のメンバーを全員連れていければいいのですが、今回はそれができぬ。皆んな、すまぬ。

内容的にもだいぶん手直しをしようと、日々イメージを飛翔させております。

再演というのは初演で腑に落ちなかったところ、力及ばず曖昧になってしまったところなどを直すことができるのでいい機会です。

再演によって作品が成長していく。こんにゃく座やひとみ座のように日本全国にネットワークを持っていて、一年中ツアーでレパートリーを回していく。そんな日を目指して頑張ろう。

ツアーを重ねて色んなところでやることによって、どんどんと作品が強度を増して育っていく。そのためにはなるべくコンパクトな作品の方が有利なのですが。

ふたつの太陽は、美術や道具など結構なボリュームがあるのでたいへんです。

しかし日本国内では、最近お呼びがかからないけれど、こうして呼んでくれるところが世界の中にひとつでもあるのは、本当にありがたいことです。

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『ふたつの太陽』初演のメンバーでメキシコへ行くのはわたくしと川口隆夫さんだけです。photo by bozzo
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2018年07月04日

才能

『海印の馬』新宿スペースゼロ公演、あっという間に終わり。

中打ち上げで、舞台監督の増本さんに「お前才能ないんちゃうか」と言われて。売られた喧嘩は買いますよ。と結構深い夜になったような。

増やん、新人には必ずそれを言うみたいで。潰そうとかいう気はなくて挑発してるのだろうな。

まんまとはまって絶対にやめない。とこころに誓った夜。

増やんのひと言ではびくともしないけれど、麿さんに「お前は才能ない。やめろ」といつ言われるか恐れてた。覚悟もしてた。

はじめたのが遅いというのもあったけど、自信がなかったんだな。

才能とはなんだろう。努力では追いつけないもの。目に見えないけれど確かに存在するもの。

100メートルを9秒で走るとか、球を早く投げるとか遠くへ打つとかわかりやすい才能もあるけれど、芸術点とか入ってきたらわかりにくくなる。

むかし飛行機の中で観た映画。

ジュリアード学院に一族郎党から高い学費を出してもらって期待を背負って入り、皆んなの目指すソリストにもなって、その後フィラデルフィア管弦楽団に入り。

順風満帆で音楽家の道を進んでいた男の人が、ある夜「わたしはソリストにはなれないのだ。」と悟った。

誰かに才能がないと言ってもらえたら、いっそ楽なのだろうけれど、自分で気づくと言うのが残酷なのだけど、将来的には成長への大切なプロセスなのかもしれない。

「誰でも才能を持っているのですよ。この世に生まれたというだけで大いなる才能なのですよ。」

というのがわたくしの伝道していることですが、まだまだ世間の人にはその素晴らしさと真髄を理解してもらえていない。

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これでいいのだ。photo by Aiho Kaneko
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2018年07月05日

個性

ここ数年、特別支援学校や福祉施設でワークショップをやったり、デフ・パペットシアター・ひとみで振付をしたりと多様な人々と知り合いになっています。

自分自身でも勉強したりしていると、色々な社会の思い込みというか常識や根深い差別を思い知ります。

それもあって最近、いわゆる『障害』という言葉のことを考えます。

差し障りがあって害がある。何に対して差し障りがあるというのか?何に対しての害なのか?何をもって正常とするのか?

わたくし自身も眼が非常に悪いので、以前から疑って考えていました。悪い?何と比べて悪いのか?

視力を矯正すると言います。正常な状態に合わせることです。

正常?自分が見ている世界が正常だなんて自信をもって言える人などいるのだろうか。

そもそも他人が見ている世界がどんなものなのかなんて、誰にもわからないのに。

色盲の人もいれば色弱の人もいる。乱視に近視に斜視に片目の人もいて全盲の人もいる。それが世界でしょう。

私は他の人と同じように眼が見えているから正常です。数が多いものこそが正しい。という論理。

そこに異を唱えなければ、舞踏の存在価値などないとも思います。

眼が見えようが見えまいが耳が聞こえようが聞こえまいが、それが自分自身に与えられた世界だとしたら、その世界を受け容れて愛して信じて生きていくのをお勧めします。

誰かの価値観や社会が良いという世界に合わせる必要など全くないのです。

閑話休題。

障がい者福祉は金になるから。とひどいことを言う奴もいますが、確かにオリンピック景気のいま。

経済や利益追及の祭典で現実を無視しまくっている“オリンピック”は下らないが、この機会を利用できるだけ利用しまくる。

パラリンピックのほうの勢いも借りて、色々と日本の福祉の底を上げて、常識を変えていく。

そうすれば莫大な税金をかけてでも他のことをさて置いてでも、オリンピックとやらをやる甲斐があるのかもしれない。

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横尾忠則さんが“ハンデ”という言い方をしていたけれど流石だなと思った。うちの女房は“個性”と言います。それもいい。@光の丘 撮影:金子愛帆
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2018年07月06日

死について

舞踏は、死を嫌いません。どちらかというと好みます。初期の頃は暗黒舞踏派と名乗っていました。暗黒=死ですね。

暗闇でアンコを喰う舞踏だとか土方巽特有の韜晦で。ならばこっちはと『舞踏?』という作品で暗闇でマンゴを喰いました。

“萬國舞踏派”というのも15年ぐらい前に立ち上げようとしてました。

それはさておき。わたくし自身は、死なんておそれることではないのではないかと睨んでいます。

本当のところは誰にもわからなのだし。だっていま生きている人は、誰も死んだことがないのだから。当たり前ですが。

死後の世界とか生まれ変わりとか色々言われているけれど、実際のところ確実ではないわけでいまいち信用ができないし説得力に欠ける。

目に見えない世界は信じています。信じているしどちらかというと好きです。信じているだけに宗教的というか説教臭が漂ってくると嫌になる。

この世にわからないことの、ひとつやふたつあったっても罰は当たるまい。

死んだらどうなるかわからない。その末期「あー、はいはい」か「うわー!そうきた!!」か「えー!?まじでー」か。はたまた「…」か。大いに楽しみではないか。

近代知の巨匠・埴谷雄高が人類にできる最も意識的な行為が「自殺と子供をつくらないこと」と断言しています。

死は恐れないわたくしではありますがどちらも出来ません。

“死”という人類にとっての永遠の謎。死を考えることは“生”を見つめることでもあります。闇があるからこそ一筋の光にも感動できるのだ。

だからこそ土方巽は光よりも闇、この社会が忌み嫌う死・暗黒のほうを大切にしたのだと思う。

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澁澤龍彦はその著書『マルジナリア』で死刑の問題は、恐怖と苦痛にあると看破していた。
そういえば、死刑囚の俳句集を読んだことがあるけれど、壮絶だったなあ。
布団たたみ 雑巾しぼり 別れとす
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2018年07月07日

キロク

キロクアメというらしいです。歴史的記録的豪雨。世界中で異常気象が続いて。しかし異常がずーっと続くとそれはもう正常だな。

淡路島も、ものすごい雨と風でおそろしい。けれど外で神様たちが大騒ぎしてお祭りして遊んでいると考えるとちょっと興味深い。

アメリカでは台風に名前をつける。女性名詞をつけるのは何故だろう。スペイン・フランスでは海は女性名詞ですね。

「今夜、未明。室戸岬の海上から超大型の女神が本土へと上陸した模様です」なんて言われるとどんな凄い奴なんだろうと想像がふくらむ。

そういえば、地球の地軸が斜めになってきているらしいですね。何年後かわかりませんが、日本はブラジルの位置に行き、ブラジルが日本の位置に来るらしい。

南米化する日本。面白そう。皆んな真っ黒に日焼けしてサンバが流行って陽気な性格になって。サッカーも強くなったりして。

逆にブラジル人が肌が黄色くなって、四季を楽しんでワビサビとか言い出して。

恐竜が絶滅したのも気象が変化して寒くなったからと言われてますが、人類が絶滅するのもそんな理由なんでしょうね。

宇宙ができた時に人類はいなくて、宇宙がなくなる時も人類はいないのだろう。そんな大したことのない存在。それが人類。

鈴木大拙先生が「その昔、宇宙はひとりで孤独だった。対象になる存在が欲しくて人類を創った。宇宙を神と呼ぶのが西洋の宗教」と言っています。

宇宙にとって存在する役目を終えた時、人類は滅ぶのかもしれない。

一瞬で簡単に人の命を奪っていくこの大自然というもの。やはり畏怖して崇め奉るべき存在なのだと思います。

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ここ淡路島洲本市五色町都志も、何年か前に川が氾濫して水浸しになったとか。
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2018年07月08日

1995年、その2

2月28日 大駱駝艦天賦典式『雨月』

初日にエンディングで鎖から落ちる。高さは2メートルはあったのか。

めくるめく走馬灯。暗転中に駒ちゃんが助けてくれる。thanks!

それ以降、あまり動けず苦痛の日々が続く。。

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そういえば、この頃パンツで生活してた。新宿にもパンツ一丁で行ったりしてた。

新宿スペースゼロでの二本立ての2本目『雨月』その雨月のラストシーン。

全員で高下駄という30センチぐらいある下駄をはいて練り歩いた後、2メートルぐらいの高さに張ってある鎖によじ登り足でぶら下がって。というラストの一番盛り上がるところ。

稽古では、エアーでやるんですね。「はい、鎖にぶら下がっています。暗転!」とか言って暗転の中、整列してフィナーレ。ゲネでも一応やったけれど、ほぼぶっつけ本番。

暗転になるまでぶら下がり続けるという演出で。ところが本番ではなかなか暗転にならない。何故ならセンターで主役の麿さんがお芝居しているから。

ゲネでは麿さんは踊らなかったから短かったのだ。。

膝の裏でぶら下がっているのだけど、痛くて痛くてどんどんずり下がってきて。

暗転ギリギリまで耐えたけれど落下。下に脱ぎ捨ててあった高下駄に激突したりして。腰を強打して。

それ以来、腰痛に悩まされるようになった。あとで聞いたら皆んな手で持ってたらしくて。それは反則だろう。と思った。

思ったけれど、自分の身は自分で守ります。という現場の鉄則をまだ知らなかった。馬鹿正直に手で持ってはいけないと決めつけて怪我をしてしまった。

いまだったら、適当にお芝居をして誤魔化しながら、手で持つというのも踊りにしてしまえるのだが。

舞台というのは、怪我や事故とは背中合わせの危ないことをいつもやっています。

だからこそ保険に入ったり刃を落としたり、入念に有事に備えるということが必要になってくる。

しかしまだこの頃はそんなことも知らズ。

それ以来、結構長く後遺症に悩まされることになったのだった。
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2018年07月09日

淡路舞踏

今回、来年の五色町夏祭りで踊らせて頂くため、十川英二さんと一緒に洲本市の観光課へ行く予定でしたが、長く続いたキロクアメとかの異常事態などで次回に延期。

山を越えていくので、スリップして谷底に転落なんて洒落にならないですから。

8月末に淡路に帰ってくるのでその時に出直します。一年後のイベントのことなのでそれで大丈夫でしょう。

五色町の夏祭りは灯台から打ち上げられる盛大な花火を、真下の都志海水浴場から観ることのできる迫力ある花火大会が目玉で、結構大きなお祭りです。

四国や神戸からも車で人が集まって来たり、お盆で人出もすごく多いです。

なにをやっているのか。いったい何者なのか。じっさいに観てもらうのがいちばん。

我々のいちばんわかりやすい名刺がわり。口でいくら説明したところでなかなかわかってもらえない。

一度じっさいに観てもらう。すべてはそのあと。そこから始まるといっても過言ではないと思います。

まずは知ってもらい、だんだんと定着して根付いていく。

そうして、淡路島から関西に日本に世界に。と舞踏を発信していこうという意気込みです。

来年、五色町都志で世界中から参加者を募って合宿をやって踊りをつくって、五色町の夏祭りでおどって。そのまま京都の夏祭りでもおどって。

公共施設ウェルネスパーク五色で、地元の人たちを対象に舞踏体験ワークショップをこつこつやって。

ここからまたいちからはじめるのだ。『淡路舞踏』を立ち上げるのだ。タネをまき水をやりじっくりとしっかりと時間をかけて育てていくのだ。

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お隣の住吉堂本舗さん。とっても美味しい嘉兵衛餅という銘菓をつくられています。都志へお越しの際は、お土産にどうぞ。
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2018年07月10日

これから

淡路島を離れました。さらば瀬戸内の海よ。また会おう!

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一転快晴の中を一路、神戸三ノ宮へ。途中土砂崩れにて通行止め。二箇所迂回。

鉄割の練習のため東京に戻ります。

2018年8月9日から12日まで、鉄割アルバトロスケット・スズナリ公演よろしくお願いします。『無題です。』だそうです。ちからがヌケる。

今回はデュ社の湯山大一郎も初参加。湯山にとって良くも悪くもめちゃめちゃ勉強になると思います。

ちょいと偉そうで上から目線ですが、わたくし1999年からやってますんで。

鉄割は、親知らズと渋さ知らズが舞台の常識を蹴っ飛ばすようないい塩梅で。

演出とかプロデュースとか舞監とかは、ぜんぶ「自分の踊りを踊ればいいんだよ。」の心で。

しかし皆んながそれをわかっているわけではないところがらしくて。

その公演に関わることすべての適当でいい加減さが、舞台に集約されていて。しかし狙ってやっているのではないところが奥深い。ここもまた絶妙の塩梅で。

役者は手練れが揃っているので、舞台上では0.1秒の遊びをやっていたりします。鉄割をやるといつも「“間”なんだよなあ。すべては」と実感します。

終わって8月25日(土)京都、吉田町夜市にて踊ります。訪米よろしく。

どういう内容になるかはこれからです。キャストをもう一人探して、構成を決めて音を編集して振付をつくったりアンプを直したり、いろんな準備は鉄割と平行。

荷物も東京から京都へと送らねば。それだけの労力の見返りがあるかどうかは投げ銭次第。努力して頑張ります。

10月24日から11月12日までメキシコへ。『ふたつの太陽』再演です。

いろんな問題が山積みで、結構な変更になるけれど如何相成りますか。適当でいい加減に行こう。ラテンだもんな。

今回は萬時を連れていけないので、わたくしが木谷真一役をやります。川口隆夫さんと湯山大一郎と音楽の井上祐二とで行って参ります。

珍道中に、乞うご期待。

そして、2019年3月25日から31日まで森下スタジオにて『舞踏?』ワークショップです。一年ぶり。楽しみ!
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2018年07月11日

普遍的存在

昨日は大阪万博公園へ。太陽の塔の内部が再生されたとかで48年ぶりに拝見に。

万博が開催された1970年といえばわたくしは3歳ですが、真っ黒いアフリカのお面が沢山飾ってあったのをはっきりと覚えています。

当時の大阪万博のテーマが "人類の進歩と調和" それをテーマ館のプロデューサー岡本太郎はテーマが大嫌いと公言。全面否定するんだって。

「どだい進歩と調和なんていう甘っちょろいテーマからして気にいらない。進歩とは人間疎外を深化させることだし、調和とは他人の足を引っ張って無力化することを体裁よくいいくるめた言葉。」

未来に対する根源、進化に対する退化ともいうべき考え方。好きです。

明に対する暗、正に対する邪、という真逆の引っ張り合いをよしとする精神は、いまのわたくしにも引き継がれています。

ひょっとすると、50年近く前の体験が影響をしていたりして。

立候補しているのは2022年か。

次回、万博がもし開催されたら秋元康とか隈研吾なんていう政治的な人を選ぶのではなくて岡本太郎みたいな、とんでもない人に任せたら面白いのになあ。

いまそんな人は日本にいないか。いや麿さんがいるな。

自分も含めて個の規格というかスケールが小さくなっているのだろうなあ。もっとはみでてはずれてはぐれてもいいのに。

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なんともいえない素敵な造形。両腕の中の構造が圧巻でした。

万博公園にどっしりと屹立する太陽の塔の姿はとにかく格好いい。

ただ一つだけ残った普遍的な存在。

しかしかっこいいのだけれど色んな説明を聞いてしまうと、その当時他のパビリオンの中にあってこそのアンチテーゼで、存在価値があった気がして少し寂しくもの足りない感じもしたのだった。
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2018年07月12日

ターン

東京に戻って来ました。

人が多いですね。多すぎる。人の少ない淡路島にいたので余計に多く感じます。

だいぶん前に電車の中で「人が多すぎるんだよー!」と叫んでる方が居らっしゃいましたが、気持ちはわからないでもない。

東京一極集中がすぎる。けれど小池さんも東京自民党も人は多いほど税金が入ってくるからこれでいいのだろうな。

不動産屋さんもウホウホ。西東京市も巨大マンション建設ラッシュ、三菱地所に三井不動産etc...

東京の人口の1パーセントでも淡路島に行けばなあ。と思う。

東京で波に乗れている人はそれでいいと思うのですが、そうではない人、しんどいなあ。とかたいへんだなあ。とか都会の波に乗れていない人は地方に行くと人生が変わりますよ。

Iターン結構、Uターン上等。

場所によっては閉鎖的なところもあると思うが、淡路島なら大歓迎されます。

気候温暖で穏やかで美しい海があって人も大らかで。土地は安くて沢山空いています。とか言ってわたくしもそれに気付いたのは50歳過ぎてからだもんな。

自分も含めて都会に憧れる。みたいなのって何なんだろう。都会の魔力か。盛り上がっている感じがして、華やかでお洒落でチャンスが沢山あるみたいな。

しかし実際はそんなことなくて、上を見ればきりがなくて隣の芝生は青く見え、欲望は果てしがなくていつまでたっても満たされない。

人は多ければ多いほど競争が激しいのは当たり前で。都会はチャンスは多いかもしれないがリスクも高い。

それより何より都会ってのは環境的に、人が生きていくのには適していないのだと思う。スピードが速すぎるのだ。

まあ、そんなこと若いと関係ないか(笑)

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夕暮れの瀬戸内海。遠くに四国が見える。はやく帰りたいなあ。
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2018年07月13日

1995年雨月以降

2月28日『雨月』千秋楽

初日に鎖から落下するというアクシデントを経験したわたくしでしたが、悪夢のエンディングも終わり『雨月』千秋楽のフィナーレも終わり。打ち上げはあったのかな。覚えていない。

これで終わったんじゃない。これが始まりなんだという意気込みだったので覚えていないのか。

そういえば思い出したけれど、この新宿ゼロ公演の時に終演後に劇場の外にいたら「新宿駅はどっちかね?」とお爺さんに尋ねられて。

「あっちです」と答えて顔を見たら大野一雄さんだった。

大野さんは「ありがとう」と礼を言うとスタスタと軽快に歩いて行った。あの歴史的舞踏家・大野一雄と話した。ちょっと自慢。

3月31日〜4月2日@中野テルプシコール 伊藤キム+輝く未来『蝿の王』

キムさんが新グループを旗揚げ。その名も輝く未来。“現代にふさわしい、新しい「舞踏」の模索のため結成するダンスカンパニーです。”〜公演チラシより

ワークショップには相変わらず通っていたけれど参加はしなかった。

何故かは詳しくは忘れてしまったが、影響力の強いキムさんと距離を取ろうとしていたのは確か。けれど公演の手伝いは毎日やっていた。舞台の仕込みも手伝って。

4月21日22日『雨月』大阪公演。@吹田メイシアター

雨月のサブタイトルが“昇天する地獄” 。

阪神淡路大震災の直後だったのでそれはまずいのでは。ということになったように思うけれどそのままおこなった。

いま思うとなにがまずいのかわからない。地獄が昇天するのだからいいのでは。

この大阪公演、現代美術家の森村泰昌さんが特別出演。空中ブランコに森村さんそっくりの人形が乗るという演出があって。

そのそっくりの人形の制作を、村松卓矢とわたくしが任命されて。

最初マネキンを森村さんにつくり変えるという作戦だったけれどマネキンが見つからず。

わたくしが森村さんと背格好が同じだと言うことで、急遽石膏で型を取って人形をつくるということになり、板橋の稽古場で型取りした。

村松君は一応美大出身だということで石膏型取りは経験があるとか言っていたけど全身の石膏どりは難航を極めた。

特に下半身の型取りは、すべての毛が石膏に練り込まれて固まってしまうというとんでもない事態になり。

長い毛はハサミで切ってどうにか難を逃れたが、太ももやスネ毛ほか短い毛が如何ともし難く。気合いもろとも引きちぎるという荒技で。

ものすごく痛かったのを覚えている。恥ずかしい姿勢でうごけずに悲鳴をあげるわたくしを尻目に村松君が爆笑していたなあ。

とっても笑えた。いまとなってはいい思い出か。

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この頃、大駱駝艦のチラシのデザインをやり始めた。記念すべき第一作。無尽塾第1期生募集チラシ。イラスト:村松卓矢
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2018年07月14日

1995年雨月大阪公演以降

『雨月』大阪公演では維新派のメンバーがこぞって舞台の仕込みを手伝ってくれて大助かり。

維新派は、更地に巨大なセットを泊まり込みで一ヶ月以上かけて自分たちの手で立ち上げ、終演後にまたセットを完全にバラして更地に戻すという職能集団で。

主宰の松本雄吉さんが一昨年に亡くなられ、惜しまれながら解散してしまいました。

野外劇の先駆者で西の維新派、東の大駱駝艦と並び称されていました。

ツアー中は、吹田駅前の常行圓滿寺というお寺に泊めていただき、打ち上げの後にお寺で維新派のメンバーと朝まで飲むのも楽しかった。

7月28日〜8月19日
元シブがき隊の薬丸裕英さん主演の戦後50周年記念作品『ビルマの竪琴』に大駱駝艦ダンスマスター若林淳とともに派遣されるという抜擢をうけて。

沖縄、大阪、京都、名古屋をまわって東京公演とこれはもう張り切って色々と勉強をさせてもらいました。

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ビルマの竪琴パンフ出演者紹介文。

ビルマの竪琴のツアーを終えて夏合宿、冬、伊藤キム新作公演。そして1996年大駱駝艦天賦典式新作。

と、さあ。この“舞踏”という魔法のような表現方法の、完全にとりこになった向雲太郎はノリに乗ってズンズンと突き進んでいくのであった。

この頃、スターになると公言して止まなかったわたくし。若気の至りです。

しかし蜷川幸雄さん、ビートたけしさんや鶴瓶さんの若い頃の話しを聞くとやっぱり売り出そうと躍起になって、がむしゃらになりふり構わずに突き進んでいて。

そういう若気の至りが推進力になって、活躍への足掛かりになるのも本当のところだと思います。

しかし1997年に中野テルプシコールでソロ公演を目論んだりするわたくしですが、実現するのは大駱駝艦から独立した2012年。15年後か。なかなか思うようにならないのも事実。

人生、一歩進んで二歩下がる。みたいな感じだな。
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2018年07月15日

New盆踊り

昨日と今日、田無の盆踊りでした。

盆踊りってのは音楽がもうひとつなんだな。型にとらわれずにやれればいいのに。なかなか難しいか。もっと若い人が主導してやれればいいんだと思う。

田舎の方が逆に新しいことをする芽はあるのかもしれない。どうなんだろう?死者を弔う。そんな気持ちがあれば何でもいいのではないか。

近藤良平君が毎年、池袋の広場でやってるな。ニュー盆踊り。何がニューなのだろう?

一時期、踊ることとは即ち祈ること。と気付いてそればかり言っていた。ちと恥ずかしい。

そんな当たり前のことではなくて、もっと自由に遊べばいいんだよ。

絵を描く 歌を唄う サッカーをする デザインをする 踊りを踊る みんな遊び、人間の“生”を豊かにしてくれるこの遊びという大切なこと。

人類が遊びを発明したのは2万年以上前で、ヨーロッパの洞窟の中ではじまったとジョルジュ・バタイユは、その書『ラスコーの壁画』のなかで書いている。

何万年もまえに洞窟の中でやっていたのは、火を焚きながら音楽を演奏し歌をうたい絵を描きながらおどる。というものだったんだと!

いまかたちとして残っているのが絵だけなんだな。

この何万年も前の犠式を現代に蘇らせるというのが、わたくしたち舞踏家が舞台上でやっていることだったりします。

壁画をよーく見ると可笑しいんだよな。鳥の頭のかたちの杖を手に勃起したまま倒れている男とか。どういう状態なのか?

打ち殺した動物の魂を弔うというのが、この犠式のメインの目的なのだろうけれど何なんだろう?麿さんもよく作品のモチーフとしてつかっている。

ルーツというかそういう根源的なところを見つめるというのも舞踏の得意技。

自分の背景や背後に景色を立ちあらわす。舞台を勝手に自分の周りにつくり上げる技術。自分の周りの空間をごっそりとうごかす。

“圏”といいます。auraですね。どこまで気で支配するのか。

例えば劇場の空間で、舞台と客席。それも押し引きで恋愛と同じ。舞台側が押せば客は引いてしまうし、舞台上が引けば引くほど相手は惹きつけられる。

室伏さんの口癖でもあり能はもちろん、太田省吾さんもこの法則にしたがっている。

とか、あんまり関係ないグループ『鉄割アルバトロスケット』の練習がもうすぐ始まります。

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公演チラシ。シンプルだねえ。
続きを読む
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2018年07月16日

1995年3月8日

この世のすべての人間の不幸を一身に背負いこんだ様な孤高の立ち姿。

「失敗するかもしれない」この考えを今すぐ捨てることです。

大きな夢を描くこと。その夢に対して情熱を燃やすこと。必ず目標を達成してみせるという信念を培うこと。

いいことを思えば、いいことが起こります。

・心にはっきりと描く
・資料を読み研究する
・潜在意識に働きかける 一回一分 朝晩二回
・数分間、精神を集中して潜在意識にいいきかせる
・寝る直前にも
・明確な時間経過を持つ 半年!!

潜在意識と自己実現
プラス思考 前向きに 失敗は成功の母
中断するな 一気に行け!集中力 何からやるか?
信じれば不可能も可能となるのだ。

うごきの切れ=からだを自由自在に使いこなす
無駄のない動き=筋力+柔軟なからだ

まず、そのシステムから疑ってかかる。舞台、照明、振付、衣裳、音楽。だがそれは決してアンチであってはならないし、移行であってもならない。

なぜいまだにマイナーなのか。今あるものを守るだけじゃあ、前へ先へは進めない。壊すこと破壊することから始まる。

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そうそう。能書きとか、自己啓発もええけど具体的なアイデアを大切にな。28歳の俺。
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2018年07月17日

ビッグカンパニー1

死ぬほど恥ずかしい経験をした、初めての大駱駝艦ワークショップに参加してから約1年が経とうとしていた。

1年経たないうちに本公演に、しかも二本立てという大変な公演に出て。やることも二倍なら、覚えることも二倍で。

事故で死にそうになったのは、そういうすべての無理が溢れたのだろう。

抜擢をうけてのヤックン主演舞台の出演も無事に終え、やれるんじゃないかという自身もだんだん出てきて。

この頃どういう関係だったか忘れたがソロをつくって踊って。それがまた楽しくて。踊りをつくるということにも目覚めて。

当時、大駱駝艦のトップダンサーだった及川英貴(のちに蹄ギガと改名)と菊池創(のちに菊池七変化と改名)が主宰する“サルヴァニラ”にも当然のように関係するようになって。

菊池くんは、らくだに出演しているけれどメンバーではなくて、キャリアは圧倒的に長いけれどチラシの名前はわたくしより下で。そのへんは大駱駝艦は厳格で。

身長が2メートル近くもあって才能の塊のような及川くんと、対照的にスレンダーでナイフのように切れ味鋭い菊池くんのコンビが生み出すその世界。

それは、瑞々しく刺激的で世の中を挑発しながら先端を走ろうとする意志のようなものがあり、勢いがあって格好良かった。

そして鶴山さんがいなくなってナンバー2になっていた狸穴善五郎。次回この狸穴さんの話しをするか。

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もう少しあとかもしれないけれど、当時はカメラマン一本だった木伸俊氏のシリーズ『舞踏の彼方へ』より。左上から反時計回りで今も活躍中の大橋可也さん、及川英貴、菊池七変化、若林淳、向雲太郎
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2018年07月18日

狸1

狸穴善五郎。まみあなですね。渋谷のほうに狸穴町というのがあります。

命名は麿さん。本名は小林です。小林くんは、毛深くてのっそりとしてて狐ほどではないけれど人を化かすようなところがある。言い得て妙というか、流石は麿さんです。

麿さんに命名してもらった人は数知れズ。惜しくも亡くなられましたが、名優、根津甚八さん。根津さんは、麿さんの状況劇場の後輩です。

フランス政府から勲章をもらった大駱駝艦の出世頭、天児牛大。

おーすげえ。“あまがつうしお”と打ち込んだら自動で変換された。macにはデフォルトで入っているんだな。昔は“てんじぎゅうだい”と打ち込んだものです。

さて、狸穴善五郎ですが、“まみあな”なので『まみちゃん』と皆んな呼んでました。

わたくしは、まみちゃんには色々とお世話になったり、命を助けてもらったりしてて。

人前で平気で喋るようになったきっかけも、まみちゃんに貰ったり。

毎回、なかなかの無茶振りではあるのだが、わたくしもそういうのは嫌いではないので「上等じゃねえか」と受けてたって。

結果、自分のためになっている。いや、自分でしているのか。

その代りに、うだうだ言ってるのを爆発させてあげたり。これは大阪公演の打ち上げの時。

いつまでも煮え切らない狸を挑発しまくって最後は泣かして発散させて。次の日、昼まで泥酔して寝てて連れて帰るのが大変だった。

躁鬱的なところがあって一晩中喋り続けたりして、ツアーで同室になると寝かせてもらえなかったりもした。

一時期、ものすごい数のアクセサリーをつけていて。しかし金属アレルギーだと判明してつけられなくなって。

金槌で全く泳げないので伊豆の海に行ってもひとりで浜辺にいて。それがまた狸らしくて。狸だから泳げないなんてそのまんまだな。

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東映映画スターばりのアーティスト写真。男前だったんだな。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 14:36| ブログ?

2018年07月19日

生きているのか

1995年4月11日(tue)18:00〜
伊藤キムさんの新作のための稽古がはじまった。

案山子の上にガイコツ 風に吹かれて揺れている 笑うガイコツ 歩く 突然 台風がやってくる 飛ばされる

新鮮な気分で動く それだけじゃなくて それ以上のこと? あたまを柔らかくし 風の向くまま気の向くまま

テーマ“物”
◎いままで身につけてきた既成概念の範囲での物ではなくて、始めて出会う。名前はまだない。
◎遊ぶ。その物と遊ぶ。どんどんエスカレートして遊ぶ。
◎物に振り回される。発想の転換。風船をふくらませる。どんどんふくらんでも割れない。風船=割れやすいという図式を壊す。
◎面白い動きを見つけたら、何度も繰り返して踊りにしてしまう。
◎面白がること。どんなにつまらないと思えることでも面白くできる。創意と工夫とインスピレーション。
◎もしも失敗したら、それを繰り返して踊りにしてしまう。
◎こだわりは捨てる。恥をかくのを恐れない。阿呆になれ。偉大なる阿呆の王になるのだ。

ゲーテ『ファウスト』を読み終える。あっけない終わり。最後にファウストがメフィストの手を離れ、天使たちによって天へと導かれるのは、少し急ぎすぎのハッピーエンドに思えた。けれど偉大なる幻視。

4月12日(wed)13:00〜 イベント・ヤマトタケル稽古
鎖ひとつ振るのにも色々あるのだ。ダメ出しに次ぐダメだし。ドサっと切れる。中途半端はダメ。思い切り。続いてきたものがそこで切れる。面白がる。

4月13日(thu)10:45〜 ヤマトタケル稽古
疲れた。はじけない体と心。もっと愉しもう。

4月24日 ヤマトタケル終了

太宰治『人間失格』を読み終える。
「もはやわたくしは完全に人間ではなくなりました」
強烈な自己自虐に見えて、実は平気で人を傷つけ踏みつけにする利己主義で打算的な太宰自身をも含めた人間批判。

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OK!!
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 14:30| ブログ?

2018年07月20日

舞台でもそうですが、謎が深まるとそれを解決して欲しくなってくる。いつまでも解決されないとストレスが溜まってきて、しまいには腹が立ってくる。

平田オリザさんはその謎を解決する時間が短いとわかりやすく説明的に、長くなってくるとわかりにくく前衛的になってくる。

と、著書『演技と演出』の中で“観客の想像力の幅”という言いかたで書いてらっしゃいます。

麿さんの演出は、この幅が結構ながくて作品の最初から最後までだったりするので観客の想像力を限りなく羽ばたかせてくれます。

言葉がないというのも大きな要素であると思います。言葉があると途端に意味が欲しくなってくる。

少し前に東京Electrock stairs主宰のKENTARO!!君が演劇とダンスを、2本続けてだいたい同じような内容でやっていたことがあった。

演劇だと言われると物語り・説明が欲しくなって許せないのに、ダンスだと銘打たれるとどんなに意味がわからなくても全く気にならなくて。面白い試みだった。

なぜ、姉妹なのに一人だけ関西弁なのだろう?

キャメルアーツの現マネージャー渡邊達也のように学生時代、関西の大学に行っていて似非関西弁を喋るとかいうのならわかるけれど、流暢な関西弁だし。

何故だろう?…あっ朝ドラの話です。

一度引っかかると言葉がわざとらしく嘘くさく感じたりして。

また長くなってきているとの感想があったので、このへんでやめておこう。

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平田オリザさんの本は結構読んでます。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 17:33| ブログ?