2018年07月08日

1995年、その2

2月28日 大駱駝艦天賦典式『雨月』

初日にエンディングで鎖から落ちる。高さは2メートルはあったのか。

めくるめく走馬灯。暗転中に駒ちゃんが助けてくれる。thanks!

それ以降、あまり動けず苦痛の日々が続く。。

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そういえば、この頃パンツで生活してた。新宿にもパンツ一丁で行ったりしてた。

新宿スペースゼロでの二本立ての2本目『雨月』その雨月のラストシーン。

全員で高下駄という30センチぐらいある下駄をはいて練り歩いた後、2メートルぐらいの高さに張ってある鎖によじ登り足でぶら下がって。というラストの一番盛り上がるところ。

稽古では、エアーでやるんですね。「はい、鎖にぶら下がっています。暗転!」とか言って暗転の中、整列してフィナーレ。ゲネでも一応やったけれど、ほぼぶっつけ本番。

暗転になるまでぶら下がり続けるという演出で。ところが本番ではなかなか暗転にならない。何故ならセンターで主役の麿さんがお芝居しているから。

ゲネでは麿さんは踊らなかったから短かったのだ。。

膝の裏でぶら下がっているのだけど、痛くて痛くてどんどんずり下がってきて。

暗転ギリギリまで耐えたけれど落下。下に脱ぎ捨ててあった高下駄に激突したりして。腰を強打して。

それ以来、腰痛に悩まされるようになった。あとで聞いたら皆んな手で持ってたらしくて。それは反則だろう。と思った。

思ったけれど、自分の身は自分で守ります。という現場の鉄則をまだ知らなかった。馬鹿正直に手で持ってはいけないと決めつけて怪我をしてしまった。

いまだったら、適当にお芝居をして誤魔化しながら、手で持つというのも踊りにしてしまえるのだが。

舞台というのは、怪我や事故とは背中合わせの危ないことをいつもやっています。

だからこそ保険に入ったり刃を落としたり、入念に有事に備えるということが必要になってくる。

しかしまだこの頃はそんなことも知らズ。

それ以来、結構長く後遺症に悩まされることになったのだった。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:36| ブログ?