2018年07月15日

New盆踊り

昨日と今日、田無の盆踊りでした。

盆踊りってのは音楽がもうひとつなんだな。型にとらわれずにやれればいいのに。なかなか難しいか。もっと若い人が主導してやれればいいんだと思う。

田舎の方が逆に新しいことをする芽はあるのかもしれない。どうなんだろう?死者を弔う。そんな気持ちがあれば何でもいいのではないか。

近藤良平君が毎年、池袋の広場でやってるな。ニュー盆踊り。何がニューなのだろう?

一時期、踊ることとは即ち祈ること。と気付いてそればかり言っていた。ちと恥ずかしい。

そんな当たり前のことではなくて、もっと自由に遊べばいいんだよ。

絵を描く 歌を唄う サッカーをする デザインをする 踊りを踊る みんな遊び、人間の“生”を豊かにしてくれるこの遊びという大切なこと。

人類が遊びを発明したのは2万年以上前で、ヨーロッパの洞窟の中ではじまったとジョルジュ・バタイユは、その書『ラスコーの壁画』のなかで書いている。

何万年もまえに洞窟の中でやっていたのは、火を焚きながら音楽を演奏し歌をうたい絵を描きながらおどる。というものだったんだと!

いまかたちとして残っているのが絵だけなんだな。

この何万年も前の犠式を現代に蘇らせるというのが、わたくしたち舞踏家が舞台上でやっていることだったりします。

壁画をよーく見ると可笑しいんだよな。鳥の頭のかたちの杖を手に勃起したまま倒れている男とか。どういう状態なのか?

打ち殺した動物の魂を弔うというのが、この犠式のメインの目的なのだろうけれど何なんだろう?麿さんもよく作品のモチーフとしてつかっている。

ルーツというかそういう根源的なところを見つめるというのも舞踏の得意技。

自分の背景や背後に景色を立ちあらわす。舞台を勝手に自分の周りにつくり上げる技術。自分の周りの空間をごっそりとうごかす。

“圏”といいます。auraですね。どこまで気で支配するのか。

例えば劇場の空間で、舞台と客席。それも押し引きで恋愛と同じ。舞台側が押せば客は引いてしまうし、舞台上が引けば引くほど相手は惹きつけられる。

室伏さんの口癖でもあり能はもちろん、太田省吾さんもこの法則にしたがっている。

とか、あんまり関係ないグループ『鉄割アルバトロスケット』の練習がもうすぐ始まります。

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公演チラシ。シンプルだねえ。
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posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 12:59| ブログ?