2018年07月23日

ご奉仕

ボランティア精神は大切だと思いますが、わたくしボランティアは一回しかしたことがありません。

お金と時間に余裕がないととても出来ないことです。

被災地ではもう自衛隊とか引き払って行政に委ねられたんだな。そうすると何もかもお金が必要になってきて。

人が動くと対価を払わなくてはならない。当たり前。そこで無償のご奉仕が求められてくる。しかしこれは行政の人の善意への甘えだと思います。

お金がすべてではないけれど、大切なもので。対価・ギャラを支払うのはその人の心意気であったりする。

相手のことをどう思っているのか。言葉とか計れないものではなくリスクをしっかりと負っている。その証でもある。

こちらも、その計らいを意気に感じたり。

友達だからと安く踊ったりするのを師匠はとても怒りましたが、自分の芸というものを安売りするなという教えでした。

明日は我が身と言いますが、天災はいつ自分の身に降りかかるかわからない。

だから被災地だろうがそうではなかろうが、気にしつつ心配しつつも自分に与えられた場所で、一生懸命生きればいいのだといつも感じます。

自分のことで精一杯。それでいいのだとも思います。

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"Banksia Books" ふにゃけた表紙からは想像もつかない、大声で言ったら消されてしまう“おカネの本当の話”が書かれています。
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ビッグカンパニー2

1995年7月
及川君と菊池君のサルヴァニラという同世代の才能たちと付き合うようになり舞台にも出るようになり。

そういう流行の最先端というような格好よさを馬鹿にする、村松卓矢のような存在も一方にいて。

ダンスマスター若林淳のように自分の踊りにしか興味がないという人もいて。

中野新橋の事務所に居候してて、新宿スペースゼロ公演のときは毎日新宿ゴールデン街から劇場入りしてた星野建一郎(この時は星野葉二と名乗っていた)がいて。

彼は、ゴールデン街に戻って朝まで飲んでまた劇場に入ってというような生き方をしていた。

そしてわたくしと同期でやはり事務所に居候しながら、ゼロの時は麿さんの運転手を務めていた大友透がいて。その時の芸名は、えぼし床蔵だった。

麿さんの映画やテレビや舞台の現場にも運転手として付いて行って、面白い体験を沢山していて羨ましかった。

その当時は番頭になっていた狸穴善五郎もいて。

もうひとり無類の遊び人で、独特の交友関係と世界を持っていた徳久欣がいて。

そのうえ女性のメンバーが8人もいて。いま現在もビッグカンパニーだけど、当時も20人近くのダンサーを抱えていた。主宰の麿さんの器と魅力だな。

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音楽家で哲学家、東顔回さんの伊豆の別荘にお邪魔して。書斎にて文豪風のポーズをとる村松卓矢。
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