2018年09月23日

バイトについて2

大駱駝艦では、公演が近くなると稽古のほかに大道具の作業が始まるので朝から晩まで拘束されることになる。なので長期のバイトというのは出来ない。

そこで時間の融通が利くマッシュという派遣会社に登録した。色んな職種の様々なところへ派遣された。20年ぐらい登録してたのかな。ここでは、嫌な思いをいっぱいしたなあ。リーダーが嫌な人間だったり、一緒に働く人間が嫌な感じだったり。

しかしなんなんだろう、あのアルバイト現場の嫌な感じというのは。そこでしか威張れない人たち。仲間うちのへんな気持ち悪いノリ。まあそんなのどこでも同じか。そのグループの中にしか居れない人びと。

あ、手に職をつけようと補修屋もやったな。新築マンションの部屋の傷を補修する。しかし傷をその場しのぎ的に隠すような仕事の内容が最後まで好きになれなかった。

「これたぶんすぐに取れてしまうのだろうなあ。」とか思いながら。ここでは色んな面白い人と知り合えた。いまも付き合っている人もいる。

弟弟子、若葉幸平と中林ショウジとやった地下鉄工事は面白かった。最後の日に職人さんたちと飲みに行って。徹夜明けで飲んだもんだからべろべろに酔っ払って何万もする眼鏡を二本失くしてしまった。とほほ。

唐組の奴に誘われてやった阿波踊りの警備も面白かった。目の前を阿波踊りの連が次々と通り過ぎて行くので、警備がすぐおろそかになって気がついたら大混雑してたり。

アルバイトというのは、ほとんどが下働き。早い話がお手伝い。若い頃はいいけど歳をとってきて人のお手伝いをするのはなかなか辛い。けれど食べていけないのだから仕方がない。のか?

ある派遣現場で。舞台の稽古用のセットをつくる現場だったのかな。最後に仕上げで床のカーペットのゴミをガムテープで取る作業をしていたら「主役のホニャララさん入りまーす!」とかスタッフが声を上げてて。

入ってきた人を見上げたら麿さんの息子、大森南朋だった。「あれむかいさん?」って南朋に声をかけられて。かたや主役で颯爽と登場して。かたやアルバイトで床に這いつくばってゴミを取っている。

それ以降、アルバイトはやらなくなった。ほんとにそれ以降だな。

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いまの証明写真って何回も取り直し出来る。顔をシンメトリーにしようと頑張ったけど無理だったのでフォトショップで直してみた。インド風。違和感。
posted by Mukai Kumotaro at 06:58| 日記

2018年09月22日

バイトについて

アルバイトは、いまはしていません。40歳まではしていました。いままでに様々な数限りないアルバイトを経験しました。

大阪の頃はお歳暮の配達、引越し屋。神社のお手伝い。東京に出てきてからは、神奈川のチョコレート工場、高円寺のデザイン事務所。そのあとは西武運輸で10年ぐらいアルバイトをした。

最初、お歳暮の繁忙期に入って。きついからすぐ辞めるだろう。使い捨てだ。とスーパーこき使われたのだけどすぐ辞めるのが悔しくて頑張った。朝から晩まで荷物をさばきまくって、腕が上がらなくなって家に帰ってバタンキュー。

でも次の日も次の日も辞めずに行ってたらだんだん認められて。慣れて来たら頼りにされ始めて辞められなくなって結局10年も続けた。

大駱駝艦に入ってからは西武運輸をやめてラクダのメンバーがやっていた鳶職をやったりした。鳶職はとても危険な仕事で同じ舞踏家のえーりじゅんさんという人が事故で若くして亡くなっている。

それでやるのをやめたのかもしれない。同じくラクダのメンバーがやっていた大道具もやったけどこれは才能ないとすぐ辞退。

掃除は結構長くやった。渋谷のパルコ、渋谷の映画館、吉祥寺伊勢丹、新宿伊勢丹、ビルやマンションの掃除。派遣の掃除屋もやったな。

渋谷のパルコでわたくしに引き継ぎで教えてくれた奴が「ここはサボれるから。」とか「ここは人が来ないので寝れる。」とかそんことばかり教えてくれる奴で面白かったなあ。その通りにしょちゅうサボっていました。ごめんなさい。

今までで一番きつかったのは佐川急便の夜間のバイト。行ったら本当にここまで殺伐とできるのかってぐらいに雰囲気が最悪で。働いてるのは、ほとんどがペルー人だった。新入り全員名前ではなくて番号で呼ばれて。

夜の仕事が始まっても新入りには誰も何も指示をしてくれない。わたくしは「はあ、そういうことですか。」と周りを見回してしばらく観察して、手が足りなさそうなところに無理やり入って仕事を始めた。日本人の若者は一晩中、無視され続けて放ったらかしだった。

とにかく荷物が延々に運ばれ続けて来てそのどれもが重量物で、しかも朝まで休憩が一回もなくて。確かそのあと体調を崩して病院へ行ったりして結局アルバイト代はほとんど残らなかった。

本当にひどい現場だったなあ。あんなひどいことをしているから…まあいいか。人間は機械ではないのだよ。

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いままでに証明写真は何枚撮ったのか。2018年8月最新版。
posted by Mukai Kumotaro at 09:21| 日記

2018年09月21日

おぺら?

昨日は、オペラシアターこんにゃく座『イヌの仇打ち あるいは吉良の決断』を吉祥寺シアターにて拝見した。原作は巨匠・井上ひさしさん。演出は文学座出身の新鋭・上村聡史さん。

こんにゃく座は、東京芸大のサークル“こんにゃく体操クラブ”の出身者が中心になって結成されたグループで今年結成47年目。新しい日本のオペラの創造と普及を目的に活動している。

オペラと呼んでいますが常識的で一般的なオペラとは違って、あれは“こんにゃく座”というしかないもので、長い年月をかけて創り出された、唯一無二のものなのだと思ったりします。

一般的に舞踏と呼ばれるが”大駱駝艦”というしかないのと同じように感じたり。

最近は、現代表・萩京子さんの作曲が多いですが、今回上演されたのは長くこんにゃく座の音楽監督と座付作曲家を勤められた林光さんの作曲でした。

光さんは、(わたくしが関わりはじめた頃は、既に亡くなられていてお会いしたことがないですが、親しみを込めてこう呼ばせて頂きます。)武満徹さんなどと活動を共にされていた日本現代音楽の草分け的な存在で、その楽曲も現代音楽的というか聴いていても高級な感じがして結構難しい。

聴いていても難しく感じるのに歌うのはもっと難しいのだろうなあ。でもその難しい歌をしっかりと確かに歌い切るのだから、いまのこんにゃく座は力があるのだと思います。

年に何回か行う都内の劇場での公演は温かく見守ってくれるファンに囲まれた言ってみれば“ホーム”での公演。一方で一年中地方各地の学校での出張旅公演、こんにゃく座のことなんて知らない子どもたちの前での言ってみれば“アウェイ”の現場も経験。

独自の表現方法で唯一無二の新しい世界の作品をどんどんと創り、独自のファンもつくりつつ、旅公演の再演でどんどんと磨かれていき、新しい観客も開拓していく。そのいいバランスこそが、いまのこんにゃく座の底力を生み出しているのだと思う。

いいなあ。

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わたくしが振付で参加した『おぐりとてるて』。この宣伝ポスター?は…
posted by Mukai Kumotaro at 08:34| 日記

2018年09月20日

ナマ

なんでもナマで見て観て聴いて食べて触って体験したほうがいいと思います。 絵も実物を見たほうがいいですよ。写真では見ないほうがいいです。はじめてその絵の前に立った時の感動が薄れてしまうから。

ニューヨーク近代美術館で『アビィニヨンの娘たち』の実物を見たときは感動したなあ。高さが2メートル以上あった。写真で見たのとまったく比較にならないぐらいの迫力で圧倒された。教科書の小さな写真の中には何も写ってなかったんだな。

1907年、画商のアンブロワーズ・ヴォラールは、パブロ・ピカソのアトリエのある“洗濯船”へと向かっていた。今日の朝、ピカソから興奮した声で新作がやっと描けたと電話があったのだ。

逸る気持ちを抑えて彼は、ギシギシとなる暗い階段を上っていく。ピカソは明るい色調の絵で最近、売れて来つつあったがまだ無名に近かった。だが、ほとばしるその才能に惚れ込んでいた。

ドアをノックするとすぐにドアが開いてピカソのギョロ目が出迎えた。相変わらずの眼光の鋭さだが今日は機嫌がすこぶる良いようだ。

部屋へと招き入れられたヴォラールは、挨拶もそこそこに早速新作の前へと向かった。真っ白な布がかけられた巨大なキャンバスがそこにはあった。何か言い訳をしようとするピカソを制して彼は言った。「いいから早く見せてくれ。」

ピカソは意を決したように布を引き下ろした。「これが新作『アビィニヨンの売春宿』だ!」

ヴォラールは絶句した。いままでに彼が一度も目にしたことのないものがそこに存在していた。完全に狂っている。頭がおかしくなりそうだった。人がねじ曲がり立体的なのかなんなのか。特に右側の娘?なのか?一体どうなってるんだ!

理路整然と絵の解説を続けるピカソの声を聞きながら、ピカソは狂ってなんかいないのだ。と思った。少し冷静になり始めたヴォラールはこの絵をどう売り出すか。計算もはじめていた。これは事件になるぞ。そんな風にも思いはじめていた。ひょっとして絵画の歴史が変わるのかもしれない。

圧倒的な天才を前にひれ伏したいような感覚を覚えながら足が震えていた。「私はいま感動をしているのだ。」やっと自分の気持ちを整理出来はじめたヴォラールはそう思っていた。

窓の外は枯葉が舞い散り初めている。アトリエの中には暖房もなかったが、寒々とした部屋のなかで幾何学的に光り輝くその絵だけが異様な存在感を放っていた。

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開高健さんがパリでナマピカソを見たらしいけれど、「完全にゴリラだった。」と書いていた。
posted by Mukai Kumotaro at 10:01| 日記

2018年09月19日

本について1

本は同時に何冊も読みます。

いま読んでいるのは、漫画家もりむら大さんが教えてくれた『宇宙船とカヌー』。図書館で一回返してまた借りてる『羊飼いの暮らし』。みみおから拝借した『火垂るの墓』。三島由紀夫に挑戦『仮面の告白』。なんだかヘンテコなお話し『悪霊』です。

先日読み終えたのは、これもみみおから拝借した小沢昭一さんの『背中丸めて』。

枕元には何冊も本を置いて読みます。色んな小説の章ごとに読んで、それが一冊の本になっていくような感じ。

戦友で親友の村松卓矢とのあいだで流行ったイタリアの作家イタロ・カルビーノの『冬の夜ひとりの旅人が』と感覚が似ている。作家が本を出版するのだけど、印刷所のミスで色んな国の作家の本のページが混ざってしまう。とかいう内容だったと思う。そんな感じです。

この本、色んな国の作家の作風をカルビーノが真似して書いてるのだけど、それがなんだか微妙に間違えてて面白い。

日本はたぶん谷崎潤一郎の真似をしてるのだけど、主人公がありそうでないような名前だったり。おススメです。

読みはじめてなんだか止まらなくなるというのは、最近なくなったなあ。ベストセラーの口当たりの良い本とかではなくて、ちょいと難しそうな分厚い本なのだけど勇気を持って読みはじめると途中から「えっ?なんなんだ?」と引き込まれていく感覚。

1番覚えているのはスティーブ・エリクソンの『ルビコン・ビーチ』。二、三ページ目で突然文字が浮き上がってくるようなはじめての感覚だった。世界がどんどん変化していく。どんどん引き込まれて。もうどうにも止まらない。

逆に全然進まなくて止まっている本は沢山あります。ツァラトゥストラ、白鯨、ドン・キホーテ、ユリシーズ、失われた世界、etc..etc...名作に多いな。

名作だから挑戦するのだけどすべて途中で止まっています。たまに開いて数行でまた断念して。入っていけないんだな。訳の問題もあるのだと思う。言い回しだったり形容詞だったり、なんか違和感がある。そういうのも入っていけない理由かも。

『死霊』も結構かかったなあ。5年ぐらいか。一回止まって何年後かに読み始めたら、スイスイ読めたのですが。集中して読む時間というのがなかなか取れないというのもあるのかな。

『百年の孤独』は10年ぐらいかけて読み終えました。100年間生きたおばあさんとその一族のおはなしだから、100年かけて読んでも良かったのかも。

本を読んで一番笑ったのは、芥川賞候補作家で親友・戌井昭人の『俳優亀岡拓次』です。電車の中では読まないほうがいいですよ(笑)

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『ルビコン・ビーチ』装幀は、横尾忠則さんです。翻訳は島田雅彦さんか。翻訳も良かったんだな。
posted by Mukai Kumotaro at 10:38| 日記

2018年09月18日

わからない

大駱駝艦へ作業の手伝いに行く。作業が終わってもまだ帰らずにトイレを借りに地下へ。炊き出しの用意を新船さんがしている。ジャングルのような台所をなんとか登って上へ。変なところに上がってしまい山本良ちゃんに笑われる。

モタモタしてたら通し稽古が始まりそう。気をつかって早く帰らねば。麿さんが真っ白なカツラをつけて寝ている部屋の前をそーっと通って玄関へ。

新作の稽古に入ってて、マーチングバンドがいたり、若者が大勢いて賑やか。玄関へ行くがどんな靴を履いてきたか覚えていない。大量の草履があってどれかわからない。

幸平が若い奴にビーチサンダルについてレクチャーしてる。楽隊のリーダーがラッパを高らかに吹き鳴らしてて盛大である。

そうこうするうちに通しが始まって。奥に村松君や我妻さんが一列で正座して並んで踊りがはじまる。音楽が何度もリフレインしてワクワクする。

あっ、夢の話です。

らくだの夢は大抵、出番なのにもう始まってるというのが多いです。全然場所がわからなくて焦りまくる。ひどい時は終わってしまう。「あー、麿さんに怒られるなあ。」どうか夢であってくれ。

鉄割アルバトロスケットの夢もよく見ます。鉄割は大概台本を覚えてないというのが多い。

このあいだ見たのは、演目がまったくわからなくなる夢。

てつわり本番中。今どこまで進んでいるのかがわからない。モニターを見るとビックバンドの生演奏で何かの演目をやっている。鉄割もここまできたか。なんて感心してる場合ではない。

昨日、休演で台本を見なかったのがよくなかったか。反省しきり。出番を終えて戻ってきた湯山が「むかいさんいなかったから。」とかなんとか興奮して低くていい声で喋っているけど何を喋ってるのか皆目わからない。

愛想笑いしながらも、今なんの演目をやっていてどこまで行ってるかがまったくわからない。まだ一回も舞台に出ていないのだ。どうか夢であってくれ!

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blue flyer. なんだろう。わからない。
posted by Mukai Kumotaro at 14:33| 日記

2018年09月17日

何必

今日は東京への移動前に京都へ。父の知り合いがやっている、京都現代美術館へ体調が優れない父の代わりに挨拶にいった。

いまは吉田カツさんの個展をやっている。

ここ京都現代美術“何必館”は八阪神社の参道・祇園に居を構える美術館でその立地だけでも驚きだが、一歩足を踏み入れると観光地特有の喧騒とは隔絶した別世界の雰囲気にも驚かされる。

考え尽くされていて、でもけっしてやり過ぎてはいない空間に絵や写真や彫刻、焼き物がこれまた考え尽くされて展示されている。

館長、梶川芳友さんの徹底した審美眼に基づく展示品と美術館の空間は静かに、でも厳しく“美”とは何なのか?と問いかけてくる。

そこに展示されているのは有名、無名を問わず梶川館長の琴線に触れた作家の作品なのだけど、来る度にその空間すべてで「お前は一体何者なのだ?」と問いかけられている気がする。

そして自分のいまの境遇や状態を省みて「まだまだだなあ。」と落ち込んだり、「頑張らねばいかん。」と発奮したりする。

“何んぞ必ずしも”との問いかけは、この世に確かなことなどはない。というひとつの答えと、本当か?それは本当なのか?との問いかけである。

芸術と呼ばれるすべてのものへの問いかけでもあり、作家と呼ばれるすべての存在が己へ問いかけなければならないことなのだ。

だからこそ、わたくしはまずは疑うという舞踏の精神とも通じるその魂に激しく共鳴するのだった。

樹木希林さんは、この何必館に撮影で訪れてから惚れ込んで何度も訪れていたようです。でも連絡して行くとかではなくふらっと立ち寄って梶川さんがいれば会うし、いなければそのまま帰る。とそんな感じだったみたい。飾らない希林さんの人柄そのままのエピソード。

セツモードセミナーの先輩でもあったし、ぜひ一度お会いしてみたかった。

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中島芭旺君ではないけれど、会いたいと思う人には自分から会いに行かなければならないのだな。
posted by Mukai Kumotaro at 18:32| 日記

2018年09月16日

ぶろぐ?

誰も見てないブログだったけれど、だんだんと見る人が出てきて反応や反響が出てきているので、細部の言い表し方に気を配らないといけません。人の悪口なんてのも書いてはいけません。これは当たり前か。。本当か?個人への誹謗中傷にも気をつけないと。

この誰かが見てるというのが、日記と違うところだな。そもそも読まれることを前提に書くweblogというのはFacebookやInstagram,TwitterというSocial Netwoking Serviceと同じことなんだな。

読まれることを前提で文章を書くことを仕事にしている人は大変だ。わざと過激に書いて売れている人もいるけれど。

毎日見ている人が何万人なんていうことになったら恐ろしい。小説で100万部突破なんてよくあるけれど、100万人が読んでいるなんて想像がつかない。

1億総評論家時代だからめちゃくちゃ言われたりするのだろうなあ。その上いまはSNS真っ盛りだからWEB上でもクソミソに言われて。それも有名税みたいなものか。

読んだ人が皆、喜んでくれればいいのだけど無理。観た人全員が良いという舞台をつくりたいけれど難しいのと同じか。しかし舞台なら不可能ではない気がするから不思議。ライブだからその場の雰囲気というものが味方になってくれることがある。

価値観なんて多種多様で100人いれば100通りあるのだから。そこで最大公約数を取ろうとすると毒にも薬にもならないしょうもないものになってしまう。

創作に毒はつきもの。人から攻撃されることを恐れていてはものなんかつくれない。そして常識的な人々の逆鱗に触れるようなものでないとつまらない。スポンサーの意向を気にしなければいけないテレビが見ていられないのはそこが原因。

作品で言いたいことが言えなくなってしまったら終わり。スポンサーなどいないので金銭的に危険。

そんな自主公演だからこそ自由に好きなことがやれるということは絶対にあると思う。

帰りたい人は帰れば良い。別にわかってくれなくても良いですよ。そういう気概があったからこそ『春の祭典』や『アヴィニヨンの娘たち』なんていうのは歴史に残っているのだと思う。

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1996年に観て、生まれて初めて立って拍手したダムタイプの『S/N』。気がついたら立って拍手してて、「はっ」として周りを見たら会場の、本当に全員が立って拍手していた。あの感動はいまも忘れない。
posted by Mukai Kumotaro at 11:17| 日記

2018年09月15日

料理について

料理と作品づくりは似ています。だからか師・麿赤兒は一切料理をしないとか。

作る人がいない時も缶詰しか食べないというから徹底している。普段、作品づくりをしているのに他に何かを作るのが嫌なのだと思う。面倒臭いというのもあるのか。

わたくしは一人暮らしなので料理します。

まずはカレー。最近はもっぱらゴールデンカレーです。牛脂不使用、添加物も不使用。結構美味しいです。

まずは玉ねぎを飴色になるまで炒める。これが肝要。玉ねぎは炒めれば炒めるほど甘くなります。

肉は安売りのを買ってきてラップをはずして水気を拭き取り、塩を振ってそのまま冷蔵庫のチルド室へ。三日ほど置いとくと味の凝縮した熟成肉の出来上がり。

牛肉ならば圧力をかけるととっても柔らかくなります。

野菜をぶち込んで煮込んで、時間があれば一回冷やすと味が染み込んでさらに美味くなります。冷える時に味は染み込んでいくらしいです。

次は鶏肉のさっぱり煮。安物の骨つき鶏肉を酢と醤油と砂糖で煮込むだけ。ジャガイモや大根や卵など自分の好きなものを入れて。生姜を入れるとさらに美味い。酢が効いてて甘じょっぱくて匂いもタマランチ会長です。

最近は器にも気を使ってます。これは本当に大切だと思います。たとえコンビニで買ってきたお惣菜でも、一手間かけて器に盛りつけ直すだけで気分が変わります。

小沢昭一さんが料理人の「工夫にナキ、心遣いにシビレ、味に感動するのです。」と仰っていますが、やはり一手間かけるかどうかなのだと思います。

この辺の匙加減が作品づくりと同じでやりすぎるといやらしいし、さりげなく気を効かせる。というのが大事。この辺になるともう勘とセンスの話になってきますが。

このあいだ、実家で親父に晩ご飯を作ったのですが「四流の料理屋。」と一刀両断されました。へんに格好をつけてお洒落に盛りつけをしたのが失敗。

ありのままで格好をつけずに普通の盛りつけをすれば良かったのだ。と勉強。

雑誌、ブルータスでいま料理の特集をやってますが、写真映えするように格好良く盛り付けるとかお洒落とかはどうでもよくて味で勝負の店、

本当の本物はいくつあるのだろう。

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今日の朝ごはん。明日のチラシ撮影のために移動なので、冷蔵庫の中のものを全部煮込んで卵でとじて雑炊に。
posted by Mukai Kumotaro at 21:44| 日記

2018年09月14日

バニョレ1

1996年6月7日から20日まで伊藤キム作品、振付コンクール本戦参加のためフランス・バニョレへ。

いまはもっとだと思うけれど20年前、すでにパリ郊外のバニョレはアフリカからの移民ばかりでちょっと異様でカッコよかった。

パリではあまり黒人を見かけないと思ったら城壁から中へは入れないようにしているんだって。さすがは意地悪なフランス人。パリでは英語で話しかけても無視されることが多いけれど、「ここはフランスなんだからフランス語を喋れよ。」という人たち。

それはさておき、13泊14日という長丁場。だけどコンクールの本選は一回という短期決戦。体調管理に苦労した。

到着して次の日にゲネプロ。時差ボケでまったくからだが思うようにうごかなかったのを覚えている。フワフワと浮いてるような感じで、現実感がまったくなく力が全然入らなかった。

だけど本番は1週間後。そこから各国の本線参加代表グループの作品を観まくった。

フランス代表の終演後「ブラボー!」の嵐だったけどまあまあの拍手で。わたくしは全然良いと思わなかったのを覚えている。一緒に観ていたキムさんも「本当に感動していたらあんなもんじゃない。」と言ってた。

あとのグループのことも日記に事細かく書いてあるけれど、これ以上はやめておきます。評論家ではないのだし。

しかししょうもないコンテンポラリーダンスを観て腹を立てていたと思う。「舞踏はまだまだ外へ出ていくべきだ。」と書きつけてある。

バニョレのこともこっぴどく書いてある。
6/11 20:30〜 バニョレフェスティバル初日
「これは振付の優劣を競うコンクール、品評会なのだ。下らない、こんなものは消えてなくなっていい。馬鹿な客、能天気な出演者。いんたーなしょなるだかなんか知らないがこれじゃミソもクソも一緒という感じだ。フェスティバル自体の質を疑う。どんどん伝統化してどんどん化石化して行ってそして消えてなくなれ。」

痛烈に批判していたバニョレはしばらくしたらその通りになくなった。けれどいま調べたら名前を変えて残ってるみたい。

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バニョレのポストカード。は洒落乙。
posted by Mukai Kumotaro at 07:48| 日記

2018年09月13日

新月?

先日は、新月だったので色々と新しいことをはじめる。新月は新しいことをはじめると良いのだそう。迷信か。でもいい。

ふたつの太陽メキシコバージョンのために映像を見る。この映像を見るという行為が本当に苦手です。自分のつくった作品の未熟なところ、力が及ばなかったところが目について。

そして作品をつくっていた時の苦い思い出などが一気によみがえる。何度も何度も繰り返し反芻していたのを、また見なければいけない。

嫌だなあ。という気持ちを振り切って思い切って見る。そうするとなかなか面白かったりして。こうすればもっと面白いな。とアイデアが浮かんでいい時間を過ごす。

データで見たので画像が悪く途中まででやめて、東京に戻ってDVDで見ることにする。宿題。

申請書を書く。舞踏の限りなくゼロに近い観客数という問題についての企画。その問題を解決する。なんていう大袈裟なことではなくて、少しずつ需要を増やして観客層の拡大を草の根的に地方からやっていく。そんな企画。

種を植え、水をやり育てていく。そのことが需要が限りなくゼロであるという問題の解決に微力ながらつながっていくのだと思う。

常に廃業の危機の際を心配しながら歩いている。そんな不安を抱えずに仕事ができるようにしたい。

売れて舞踏を有名にするというアプローチもあるけれど、職業として食べていけるように成立させる。そのために。

能も狂言も歌舞伎も最初は職業ではなかった。落語が職業になるのは江戸時代。最初はやはり大道の芸だったんだな。

素人が副業でやっていたのがプロとして専門でやるものがあらわれた。新しい職業が生まれるのは時代の要望もあるのだろうなあ。

そういう風に考えると舞踏は、もう時代が要望していないから需要が限りなく少ないのかもしれない。しかし、これから必要とされる時代がまた必ず来る。そう猛信して続けていくのだ。

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能や狂言のルーツはインドにある。インドの神様ポスターTIRAKITA.com
posted by Mukai Kumotaro at 07:59| 日記

2018年09月12日

宿命

「運命は変えられるが、宿命は変えられない。」と親友の天才喜劇俳優・奥村勲氏が言ってますが、そうかもしれねえ。

天皇家に生まれたという宿命は変えられない。奉りあげられ、悪くいうと利用され最後には責任を負わされる。か。

日本人は、すぐに責任というけれど、そういう政府をつくった全ての大人の責任でしょう。国家社会主義ドイツ労働者党も合法的に国民が選んだ政府だし。

いまもし日本が戦争をはじめたら、投票をした人も棄権した人も関係なく、そういう国にしてしまったわたくしも含めた全ての大人の責任だと思います。

話しは変わりますが、いま地方では議員の成り手がなくて困っているとかいうニュースを見たけれど、時代が変わって来ているのだから議員制度なんて無くしてしまえばいいのでは。

だいたい議員なんて代議士で国民の代弁者。わたくしたち国民に主権があってあの人たちはただの人形みたいなものです。

それが人形なのに税金を2,000万ももらってるのだから、年収200万の人形遣いの代弁者になれるわけがないです。

不正、隠蔽、偽装、水増。。嘘ばかりで自分と自分の周りの人間の利益や利権のことしか考えない。そんなリーダーや政治家、官僚ではなくて本当に天下国家のことを考える、維新の頃の政治家・西郷隆盛や坂本龍馬のような人物が出てきてほしいなあ。夢物語か。

人間は嘘つきで自分のことしか考えない生きものだけど、それは死ななければなおらないのかもしれない。

海が死ぬ けふも死ぬ 日が暮れる

月が死ぬ けふも死ぬ 夜が明ける

時が死ぬ けふが死ぬ 人も 死ね

惜しげなく いくたび死んで 時がまたくる

死ぬ海の 死ぬ月の うつくしさ

色あせず 暮れもせず のこるなら

人だけが醜からう 人も 死ね

吉原幸子『瞬間』

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人としての昭和天皇の人柄がわかるある夏の日の記事。側近が暗殺された2.26、亡き娘の命日、ヒロシマ、ナガサキ。何か悲劇があった日は外出を一切しなかったとか。見習おう。
posted by Mukai Kumotaro at 16:35| 日記

2018年09月11日

1996年春

「お前は自分を狭苦しく感じている。お前は脱出を夢見ている。それもいいだろう。だが蜃気楼に気をつけるがいい。脱出するというのなら、走るな、逃げるな。

むしろお前に与えられたこの狭小な土地を掘れ。お前は一切をそこに見出すだろう。虚栄は走る。愛は掘る。たとえお前がお前自身の外に逃げ出したとしても牢獄はついて回るだろう。

だがもしお前が中に留まって自身を掘り下げるならばお前の牢獄は天国へと突き抜けるだろう。」

そういえば1996年の春頃、『パニックエンジェル』というシリーズ物のVシネマに出演した。はじめての映像出演で、なんと狸穴善五郎とW主役。

わたくしたちの前に村松卓矢と大友透もW主役で撮影を終えていて。楽しそうに話してるのが面白かった。こちらは舞台が銀行であっちはバスだった。

初日に狸穴くんが大遅刻して雰囲気は殺伐として。滑り出しとしては良くなかった。撮影は毎日深夜に及んだけど若いのでそんなのへっちゃら。その後撮影は、好調に進んでクランクアップ。素人なりに張り切って精一杯頑張りました。

頭の弱い弟役で、まみちゃんが兄貴役。兄弟で次々と女性をレイプするという極悪非道な役。だけどそんなに酷くなくて結構笑える演出だった。

「俺たちゃ強姦ブラザーズ、ラブリラブリラブリ〜。愛してる〜」主題歌をスタジオで録音したなあ。
日記に書きつけている言葉とのギャップが関係あるようなないような。

この映画をステップに本編に打って出ようと目論んでいたイデ監督元気かな。そしてビデオはもうラクダカンにも残ってないかも。幻の主演作なのでした。

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同じ頃、狸穴善五郎主宰の“ライズーム”の旗揚げ公演が行われた。麿さんに「今回、むかいは男を上げたな。」と褒められ。お芝居はへなちょこな向雲太郎でしたが、本職の方ではメキメキと頭角を現してきていた。
posted by Mukai Kumotaro at 08:37| 日記

2018年09月10日

馬鹿と阿呆

横尾忠則さんが『アホになる修行』という本を出版されたようですが流石です。

昔からアホになろうと修行を続けているわたくしですが、まだまだアホになりきれません。関東なら馬鹿ですね。

鉄割に“馬鹿舞妓”という演目がありますが、鉄割を観た後輩が「この人たちは本当は馬鹿ではないのに馬鹿なふりをしている。何故だろう?」と思ったと感想を漏らしていました。

何故そんなことをするのか。

舞踏は舞台上で頭のおかしいふりをする。気が狂っているふりをする。そしてそれを価値観のバロメーターにしたりする。まだまだ普通だなあ。常識的だなあ。とつくり直す。

何故そんなことをするのか。

しかしわざとらしさがあってはいけません。本当に気が狂ってると思わせないといけません。だから本物が舞台に立つと喰われたりしてしまう。これは昔からよくあることです。「あっちは本物だから。」という言い訳ですね。

舞踏家は頭が良すぎてはダメですが、アホすぎてもなれない。と言われています。舞踏家には知性が必要だともされています。わたくしも若い頃はとにかく猛烈に本を読みました。

土方さんは高卒でしたが圧倒的な読書家で、当時の知性の最高峰、埴谷雄高や澁澤龍彦、三島由紀夫といった人たちを翻弄してしまうぐらいに頭のいい人でした。

反面そういうインテリたちが及びもつかないぐらいの狂気を持ちあわせた不良で、最高なアホでもありました。

知的だけど不良で想像を絶するような馬鹿なことをする。そこが格好いいんだよなあ。伝説や神話が沢山残ってますが、その神話や伝説を真似して追いかける輩がいますがそれは格好悪い。

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巨匠・細江英公撮影、土方巽。限りなく格好いい。
posted by Mukai Kumotaro at 19:22| 日記

2018年09月09日

修業と修行

小沢昭一さんがテレビの中は芸を磨き上げる修業なんてものはいらない世界だとその著者『背中丸めて』で看破されています。ナマな素の面白さがどんどん消費されていく世界。永六輔さんも同じことを仰っています。

まるでいま大流行の回転寿司と同じですね。機械で握ったシャリの上にナマをただ乗っけるだけ。それが大人気でどんどん消費されていく。回転寿司の世界には、修業して磨き上げられた職人の腕前なんぞはまったく要らない。

さてわたくしはこの『ブログ?』を毎日記すのは修行だと思って続けています。

お坊さんは生きることすべてが修行です。朝起きてから食べて座って寝るまで。『食う寝る座る』という30歳のサラリーマンが永平寺の雲水として修業するとっても面白い本があります。

その本によるとまずは、最初に入門してきた新入りの常識を徹底的に破壊。信仰宗教や自己啓発セミナーが真似してますので気をつけましょう、魔性。禅の世界では徹底的に破壊して空っぽにしてからが修行のはじまり。こちらホンモノ。

他人に空っぽにしてもらえない場合は自分で努力します。真っ白な空っぽのアホになろうとする。毎日毎朝そこからのスタートです。

座禅の目的はとにかく空っぽになること。心を空にして何も考えない。なかなか難しいことです。

ましてや都会に住んでいたら何も考えないなんてほぼ不可能。大量の情報が常に追いかけてくる。混雑している道を歩く時に人は莫大な情報処理をしています。心がとても忙しくなっているのですね。

急に眠くなったりするのはそれが原因。精神がリセットを要求している。ZZzzz...

たまに田舎の山や海へ行くと癒されるのは、情報が限りなく少ないから。せっかく海へ行っても芋洗状態では元も子もないですが。

限りなく広がる水平線に身を委ねていると、からだの“圏”がどこまでも広がってゆく心もちがします。“圏”とは舞踏用語でからだの周りの感覚です。成層圏の圏。西洋ではアウラ“aura”と言います。オーラとも読みますね。

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”圏”図解 by Kumotaro Mukai

都会ではこのオーラが小さくなってしまいがちです。満員電車ではまさに身を縮こませてどんどん肩身を狭くして。圏なんて無くなってからだにめり込んでしまいます。

自分の心を大きくして、生きることすべてを修行だと考えれば嫌なことも進んでやれるかもしれません。また修業して腕前を磨いた料理人のつくるものは、永遠不滅であり必要とする世界は必ずあります。そんなことを考えながら今日も頑張って生きていくのだ。
posted by Mukai Kumotaro at 10:11| 日記

2018年09月08日

ぴちがい

軍隊式の厳しいバイト。重量物を運ぶのだけど危険な仕事で。威張りちらす嫌な奴がリーダーで。それの威を借りる狐が沢山いて非常に感じが悪い。

移動するというのでその隙に逃げて帰ろうとするが置いてあった自転車がなくなっている。

しまった。逃亡防止に全てまとめてどこかに移動されたか。仕方なく皆んなを追いかける。

商店街の巨大な体育館に凄まじい人数が整列しててまるで軍隊のよう。皆、殺気立ってる。一番後ろに並んで何とかバレなくてセーフ。どんどん進んで行くが一体、何があるのか?

あっ、夢の話しです。

わたくし、日記をつけ始めてから同じように夢日記も覚えている時だけ書いています。目が醒めた時にすぐに書かないと忘れてしまうので枕元にずーっとノートを置いています。

最近はスマホも置いてこうして記しています。夢日記は色んな作家さんがつけてまして、まだ生きていられる方で有名なのは横尾忠則さんですね。

ちなみに夢日記を書いてると気が狂うとか言われてますが、この商売少々気が狂ってるくらいの方がいいものを創れます。ので大丈夫です。

子どもの時に、岡本太郎さんがぴちがい病院に入院してたとの噂を聞いてとっても恐ろしかったのを覚えている。

けれど、いま太陽の塔を見たりすると常軌を逸してるぐらいの心ではないと、あの常識はずれのものは創れなかっただろう。と納得したり。

だいたい舞踏なんてものは頭がおかしいぐらいではないと面白いものはつくれない。

壺中天の頃、村松君とわたくしの間では価値の判断基準は気が狂ってるかどうかで、これを街中でやったら捕まるかどうかだったり。まだまだ気が狂ってないなあ。つくり直し。みたいな。いまはどうか知らないけれど。

常識を疑って、常軌からはみ出して夢みたいな面白い作品を創りたい。そう思うからこそ夢日記をつけたり不良の魂を忘れないようにして、ふざけて不真面目であろうと日々精進するのだ。

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NYのスタジオ"CAVE"のご主人シゲさんの話しを興味深そうに聞くデヴィッド・ボウイ。彼も夢日記をつけていた一人。
posted by Mukai Kumotaro at 09:14| 日記

2018年09月07日

地震、カミナリ、火事、台風

台風の次は地震です。天災は忘れた頃にやって来るのではなくて、次々とやって来ます。

こんなに大変な場所によく住んでるな。日本人。南海トラフ大地震とかいうのも100%来るとわかっているのに逃げずにじーっと待ってるなんて。

しかし世界中どこに逃げても何かしら天災はあるのか。天災に合わなくても事故にあったり。。いかんいかんネガティブ思考。自己啓発は下らないけれど、一理あることは確か。悪いことを考えればその通りに成るよう自分で選んで生きていく。

だいたい良いことも悪いことも突き詰めていくと自分で選んでいる。というのはその通りだと思う。日本に住むことを選んでいる。東京に住むことを選んでいる。淡路に住むことを選んでいる。

そういえば、日本列島は地震が多いからそういう場所に原発があったらどうなるか?壮大な実験だった。という噂がまことしやかに流れてたな。被害妄想。か?

世界地図の西を上にすると、アフリカ大陸から中央アジアを通ってまるでパチンコ台の受け皿のようになっているのが日本列島だとか。もうその先は海しかなくて。

良いことも悪いことも世界中の全てが最終的に流れ込んでくる。そんな場所。そしてそこで色んなことが熟成されて発酵してガラパゴス化していく。そんな島。なのかな。

地果てるところ、日出ずる黄金の国・ジパング。エデンの東は日本だと色々な作家さんが言ってるけどそうかもしれねえ。

しかしわたくしも含めて一度経験してみないと実感としてわからないのだと思う。どんなに大変なことなのか。戦争も大地震も。

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パチンコ台説、実際にやってみるとあんまり説得力ないな。誰に聞いたのだっけ。考えてみれば情報発信元も曖昧だし。けれどもエデン(アフリカ)の東というのは事実。
posted by Mukai Kumotaro at 10:30| 日記

2018年09月06日

死者ノ書‘96

大駱駝艦天賦典式『死者ノ書'96』の稽古がはじまった。

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宣伝美術:奥村靫正 宣伝写真:野上眞宏

折口信夫『死者の書』〜中将姫が主人公ではなく、死者としての大津皇子から見たこの世の物語。

神話の神々や伝説の人物ではない、赤裸々なありのままの人間像を描き出す。

人にわかってもらおうとしないこと。その心は媚びを生み弱みを生み、押し引きの関係にさし障る。「舞台は恋愛と同じ」by 室伏鴻

例えば “匂い、臭い、ニオイを嗅ぐ時” に人はそれをどう持つのか?何を匂うのかによって持ち方が変わってくる。どんなニオイか?それによってニオイを嗅いだ時の反応も違ってくる。どんな状況か?その状況によってからだ全体の在り方が決まってくる。

それらをイメージして設定して、内容をつくり出してうごきに必然を持たせる。それが観る人に説得力を持って訴えかける。

舞踏はパントマイムと似ている。パントマイムは動きに嘘がないように工夫をしてつくっていく。舞踏もうごきに嘘がないように工夫をするのだけどイメージでアプローチをするところがパントマイムとの大きな違いか。

壁を触っている。どんな質感の壁か?表面はどうなっているのか。座って触っているのか?そもそも地面はあるのか。ひょっとして壁にぶら下がっているのか。壁の凸凹に指を一本一本引っ掛けている。とか。

そのイメージをどこまでからだで忠実に表現できるか。そこに嘘はないか?一本の指でぶら下がっているならば、一本の指以外は脱力をして重力に従っているはず。

からだに芯を通す。どこが中心なのか常に意識をする。そのためには吊られるのが簡単。芯、軸、中心。全てからだが吊られていればつくり出せる。

いや。芯とはそもそもつくり出すようなものではないのか。からだの感覚。臍下丹田の一点とおなじ。

自分のからだの内側の感覚で他人には決してわからない。自分だけの自分にしかわかり得ない感覚。いまそこに確かにある感覚。
posted by Mukai Kumotaro at 08:13| 日記

2018年09月05日

台風一過

いま、淡路島にいるのですが、昨日は真上を台風21号が通って行きました。

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はじめに五女の恒子姉さんから電話があり。1961年の室戸台風の時は「洲本で下宿してたけど瓦が外をビュンビュン飛んでガラスを割って飛び込んできたのよ。」とか、上沼恵美子は淡路島の人で「お母さんに抱っこされてた時に瓦が飛んできて頭に当たったらしいわよ。」とか色々とビビらせるので雨戸を全部閉めて二階に避難。

しかし風と雨が雨戸に当たる音が凄まじくて。耳栓をして昼寝をしようとするけれど、家が地震ぐらい揺れて。窓を少し開けて外を見たらこれは瓦が飛ぶなというぐらいの暴風で。

次に四女の衣子姉さんから電話があって「一階の方が揺れないわよ。二階に避難は洪水のときね。」と言われてなるほど。と速攻下へ移動。そしたら台風の目に入ったのか静かになって。

耳栓をしてキャットナッパー。うとうとして目が覚めたら通り過ぎてた。

そういえばチャーチルが「これをお勧めする。」と全閣僚に勧めたのは昼寝だったとか一昨日のテレビでやってたな。

“キャットナッパー”は、アメリカのモンロー研究所が開発したCDでちょうど30分間で目が醒めるようにできている昼寝のための音楽。ナップは昼寝。その名も『猫の昼寝』

それはさておき、台風ですが甚大なる被害と多大なる大混乱を関西中心に巻き起こして、いまは北海道を過ぎたあたりで温帯低気圧になったのか。

今日の淡路は台風一過、よく晴れていい天気。

今回の台風で犠牲になった人が昨日は、一人だったけれど今日見たら11人とか。死者の数でその被害を語るのは人類の常だけど人数ではないのだといつも思う。ご冥福をお祈りします。
posted by Mukai Kumotaro at 09:43| 日記

2018年09月04日

グルーポ

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コンタクトゴンゾの塚原くんが、昨日呟いてた“グルーポ・ヂ・フーア” 観たかったなあ。

その瞬間にバスに飛び乗って、新幹線を乗り継いで電車乗り継いで往復30,000円かけて行けばギリギリ観れたかもしれない。

しかしそこに運命のように居合わせて観てしまう。というのがいい。塚原くんは偶然いたのか。もしかして狙ってたのか。レジデンスか何かしてたのかな。

売れっ子だからいい場所に居合わせる機会も多くなり、それが刺激となってまたいい作品を生み出し更に活躍する。選ばれた人の持っている相乗効果だな。

『イノア』 映像で少しだけ観たけれど塚原くんが評価する理由がわかった。ブラジルのストリートから生まれてきたダンス。いま世界でも有数のスラム街があるブラジル。貧富の格差の問題は世界的だけど日本なんて比べ物にならないぐらいに貧富の差が大きい。メキシコも。

問題意識を持っていまここのダンスを生み出す。そこには切実な身体とそのからだから生み出される切実なダンスがある。

身体を駆使して時にスリリングに放り投げ出して世界とコミットしようとする、イライラとした屈折した意志のようなものが垣間見え。更に先端を走るセンスの良さもピカリと光り、それがまた危うい感じを掻き立てる。

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舞踏がかつて持っていた身体を投げ出す危うい感じ。いまはもう絶滅危惧種かもしれない時代の先端を走っているような雰囲気。悔しいがこういう時にいつも亡き室伏さんを思い出す。

室伏さんは結局グループを維持することができなかったけれど、フーアはその“感じ”や“雰囲気”を共有できているのも素晴らしいと思う。

しかしYCAMはいつもいいプログラムをやってるなあ。一度しか行ったことがないけれどアンテナがビンビンの優秀なプログラマーが揃っているんだな。いつかコミットしたい。
posted by Mukai Kumotaro at 09:11| 日記