2018年09月13日

新月?

先日は、新月だったので色々と新しいことをはじめる。新月は新しいことをはじめると良いのだそう。迷信か。でもいい。

ふたつの太陽メキシコバージョンのために映像を見る。この映像を見るという行為が本当に苦手です。自分のつくった作品の未熟なところ、力が及ばなかったところが目について。

そして作品をつくっていた時の苦い思い出などが一気によみがえる。何度も何度も繰り返し反芻していたのを、また見なければいけない。

嫌だなあ。という気持ちを振り切って思い切って見る。そうするとなかなか面白かったりして。こうすればもっと面白いな。とアイデアが浮かんでいい時間を過ごす。

データで見たので画像が悪く途中まででやめて、東京に戻ってDVDで見ることにする。宿題。

申請書を書く。舞踏の限りなくゼロに近い観客数という問題についての企画。その問題を解決する。なんていう大袈裟なことではなくて、少しずつ需要を増やして観客層の拡大を草の根的に地方からやっていく。そんな企画。

種を植え、水をやり育てていく。そのことが需要が限りなくゼロであるという問題の解決に微力ながらつながっていくのだと思う。

常に廃業の危機の際を心配しながら歩いている。そんな不安を抱えずに仕事ができるようにしたい。

売れて舞踏を有名にするというアプローチもあるけれど、職業として食べていけるように成立させる。そのために。

能も狂言も歌舞伎も最初は職業ではなかった。落語が職業になるのは江戸時代。最初はやはり大道の芸だったんだな。

素人が副業でやっていたのがプロとして専門でやるものがあらわれた。新しい職業が生まれるのは時代の要望もあるのだろうなあ。

そういう風に考えると舞踏は、もう時代が要望していないから需要が限りなく少ないのかもしれない。しかし、これから必要とされる時代がまた必ず来る。そう猛信して続けていくのだ。

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能や狂言のルーツはインドにある。インドの神様ポスターTIRAKITA.com
posted by Mukai Kumotaro at 07:59| 日記