2018年10月21日

Awaji Butoh Shrine

ただいま、淡路に帰っております。

舞踏家集団"duex shrine"の本拠地"Awaji Butoh Shrine"にて副代表の湯山大一郎と鋭意、合宿中です。

毎日、朝から晩までのんびりと稽古しています。

大駱駝艦の本拠地”壺中天”もそうでしたが、稽古場が隣にあるというのは本当に贅沢なことです。

淡路島という雄大な自然の中で暮らしていると、色んな瑣末なことがもうどうでも良くなってくるので「いかんいかん。」と頭をフリフリ。

どうでもいいかもしれないけれど、生きていくために必要な様々なことを頑張ってやります。

そういえば「締め切りのある人生は短い。」んだって。(毎日新聞 “時の過ぎゆくままに”岡田満里子)

効率的に生き無駄がないように生きる。そして最速で死に向かい死んでいく。

自給率120%の淡路島にいるとひよっとしてここだけで生きていけるのではないのか。という気分になってくる。米を作って野菜を育てて。

「俺を観たいならこの部屋ごと連れていけ。」と言ったという舞踏の始祖・土方巽。

ほどではないですが「俺を観たいなら淡路までおいで。」という気分になってきたり。

淡路人形座というグループがありましてなんと立派な(実はまだ行けてないのですが。)劇場をお持ちで、毎日、朝から晩まで公演をやられています。(これは本当です。)

福良高校だったかな、近くの高校生が毎年就職して新メンバーになるらしい。

今度お世話になる松本の劇場でも公演をされてて、この間は大駱駝艦がフランスの本拠地にしているパリ文化会館でも公演を打たれている。憧れの存在。

人形つながりですが、ひとみ座の人形遣い60年という良子さんと朝ごはんを一度、一緒に食べたのだけど、食べていた60分の間で生い立ちから芸の極意まで伝授された。

あれにはびっくりしたなあ。

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メキシコ公演と帰ってきてからの神戸ダンスボックスで行われる金粉ショウの稽古もしています。
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2018年10月22日

いよいよ

昨日は、十川英二さんにランチを湯山とご馳走になりました。

山の上にあるゴルフ場の高そうなレストランでした。

美味かったなあ。俺はカツカレーで湯山はテールスープ。最後の和食と思って頼みました。

前にも記しましたが、わたくしはカレーが大好物でして子どもの頃、誕生日にお母親が「何がいい?」と聞いたら「カレー!」

明石家さんまさんは、インド人もびっくりするというぐらいにカレーが大好物らしいですが、俺も負けないくらいに大好きです。

舞踏家になってからは、盆と正月以外は食事制限をしているので、カレーはなかなか食べられなくなりましたが。

それはさておき、メキシコへいよいよ出発です。まずはバスを乗り継いでから伊丹空港へ。伊丹空港から成田へ飛びます。飛びます。

成田で衣裳の富永美夏さんから新しい衣裳を受け取って真鍋淳子から新しいツンを受け取って、そのまま走って成田空港へGO.

コンビニで何かを買って、チェックイン。両替をしなければ。幾らするか?毎日朝飯と昼飯と晩ご飯は作ってもらえるようなので、酒代だけか。あとお土産代とでえーと。まあいいか。

さて出国です。ここでペットボトルを捨てます。これはテロ対策という名を借りた・・・

まあいいか。長い列に並んで顔をジロジロ見られて、判子を「とん」と押されて無事出国。

でもまだ日本なのか?曖昧な感じ。さあ一番面倒くさい荷物検査へ。

人を疑うのが仕事の人達にレントゲン検査されます。そろそろとゲートを通ったら「ピンポン!」。

前にも記しましたが、わたくし幼き頃に右大腿骨骨折という大怪我をしてまして、足に鉄のボルトが入ってます。ので必ずゲートがなります。

なんだかヘンテコなテニスラケットみたいなもので身体を弄られます。

さて無事無実の罪が晴れまして、とそこに広がるのはお金をふんだんに持っていたら大騒ぎしそうな免税店。

散財しそうになるのをなんとか抑えて、ゲートを確認。ふーっとひと息。

続きは明日。

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教育長だった英二さんの五色町への貢献は計り知れないです。
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2018年10月23日

宗教

遠藤周作さんの小説『沈黙』を読了しました。

ポルトガル・イエズス会の高名な司祭、フェレイラ教父が日本の長崎へ布教に赴く。

しかし捕まって通称”穴吊り”という拷問を受けて、棄教したとの報告がポルトガルまで届いた。

稀にみる神学的才能に恵まれた不屈の人。若い司祭たちの恩師でもあった。

その人がいかなる拷問をされたとしても、神と教会を捨てて異教徒に屈服したとは信じられなかった。

遠い東の果ての島まで行き、ことの真相をその目で確かめたいと三人の若い司祭が日本へと潜入する。

主人公の祭司、ロドリゴは次々と起こる困難の中で自問自答し続けます。

「神はいるのか、いないのか?居るのならば何故、黙っているのか?」

読み進めるとだんだん『沈黙』というタイトルは、決して黙っている神のことだけを指すのではないのだとわかってきます。

捕まったロドリゴが「転べ。」「棄教せよ。」といくら説得されても黙っていることも指しているのだとわかってきます。

自分の信じるものを踏みにじらせる日本人考案の拷問“踏み絵”。

踏むだけにとどまらず、唾を吐きかけ詰らせる。

その拷問を経験することによって、辱めと侮蔑に耐える顔が人間の表情の中で最も高貴であることに主人公は気づきます。

自問自答し苦悩する彼を余所に番人と罪人が笑いながら話しをしていたり、祭司の果てしない悩みとニホンの限りない長閑さとの対比が鮮烈で目眩を覚えるほどです。

フェレイラを転ばせた拷問”穴吊り”をとうとう受ける時、深夜に入れられた悪臭漂う穴の中で、彼はいびきを聞く。

もうすぐ死を迎える自分とは関係なく他人は眠りこけ無関心である。

「なんという滑稽。」と豚のように眠りこける人間たちを馬鹿にして嗤い出してしまう。

そして怒り出してしまう。自分の神聖な殉教の場をいびきで汚されたくないと。

しかしそのあと、そのイビキが棄教しない自分の為に穴吊りという拷問にかけられる信徒たちの苦悶の呻き声だと知らされて・・・

最後に彼は気づきます。

あの人は決して沈黙していたのではなかった。答えは自らの中にずーっとあったのだと。

キチジローという弱虫がいたりして、要約なんてできないほど奥深くて、”信じる”とは”信仰”とは何なんだろうと考えさせられる小説です。

自ら切支丹である遠藤周作さんの格調高い文章と相まって凄まじい物語りが胸に迫ります。

調べたらマーティン・スコセッシが2016年に映画化していた。
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2018年10月24日

メキシコ1日目

日本から12時間かけてメキシコシティに到着。入国審査の長い列に並んで重い荷物を持ってジリジリジリジリと進みます。早く出たい後ろの日本人にぶつかられながら進みます。

メキシコの入国審査はアメリカ程に差別的ではないです。アメリカも人によるといえばよるけれど、だいたい偉そうで上から目線です。

今回、パフォーマンス集団『世界装置』主宰の斎藤栄治に小道具のリトルボーイをメンテナンスしてもらって箱も新調して荷物として預けました。

メキシコ税関で得体の知れないものだというのでチェック検品を受けました。それはそうです。原子爆弾の模型ですから。

言いがかりをつけられて絡まれて、カツアゲのように金を取られたりしながら這々の態で入国。この辺はアメリカより野蛮。だけど仕方ない。国なんて元々が、、まあいいか。

エスパルの出迎えを受けてとにかくホテルへ。メキシコは雨季ということだけど、快晴でタクシーの窓から爽やかな風を受けながらホテルへ。

荷物を置いてから「疲れを癒して欲しい。」という横尾咲子ちゃんのこころ遣いでお風呂へ。日本のお風呂とはだいぶん違うけれど豪華な感じですっきりと旅の疲れを癒します。

そのあとは晩ご飯。お目当てのマヤ料理屋は閉まっていたのでチョコレートで肉を焼くお店へ。なかなか流行ってた。

虫の乗ったトルティーヤと豚肉のスープと肉のチョコレート焼きでお腹いっぱい。ぶらぶら帰ってたら猛烈に眠くなります。

そのままホテルに帰ってばたんキュー。明日は劇場で朝から四件取材を受けてそのあとバスで移動。夜の8時にやっとこさ目的地のパツクアロへ到着です。

それでは、アシタマニアーナ。

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メキシコはもうすぐ死者の祭り。街には骸骨が溢れている。
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2018年10月25日

メキシコ2日目

今日は、朝から取材です。

本番を行う劇場へ。その前にお店で腹ごしらえ、スープを食べます。「サブロッソ。

劇場裏のカフェで先ずは一件、メキシコ有力紙の女性記者からインタビューを受けます。

Q: ヒロシマに関する作品をメキシコで再演するきっかけは何ですか?

A: もともとエスパルタコと大駱駝艦のつながりがはじまりです。

そして横尾咲子さんと私がつながり、メキシコでエスパルとデュオを何度も踊り、広島の神楽がメキシコで行われたりと段々と再演のきっかけが整ってきた。そんな感じです。

Q:『ふたつの太陽』における、あなた自身の想い、模索に関して語ってください。

A:この作品がメキシコ公演の成功を経て世界へと羽ばたいていって欲しいと想っています。

広島の若い人は原爆の話にうんざりしていると聞きます。そんな“いま”だからこそ、この『ふたつの太陽』という作品を日本で公演をしたいと模索しています。

Q:『ふたつの太陽』は原爆のトラウマを忘れないために創られたと想像しますが、ヒロシマで起きた非道を73年経った今、どのように捉えますか。

A: 何年経とうが、決して風化させてはならない。そう捉えています。

Q:作品の中には、政治批判がありますか?

A: 作品の中に政治批判はありません。舞台上で解釈が起こってはならない。ましてやスローガンやメッセージなんてのもあってはならない。そう考えています。

Q: 舞踏に関してですが、あなたの長いキャリアの中で舞踏はどんな問いを投げかけてきましたか。また、どんなことを明らかにしてくれましたか?

A: 舞踏は付き合えば付き合うほど興味深く、何かが明らかになるようなものではありません。問いを投げかけ続ける精神が大切なのだと思います。

Q: 舞踏家としてのあなたの狙いは何ですか?

A: 狙いというのは特にはありません。

Q:舞踏に見られる、“精神(メンタル)”と“無意識"について語ってください。

A: 常に常識を疑う。というのは舞踏の大切な精神のひとつです。 また方法として、無意識的にうごかされる。というのはあります。

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公演が行われるメキシコシティ市立劇場へ。100周年だそうです。
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2018年10月26日

稽古開始

CEDRAMにて稽古が始まりました。

劇場に隣接するスタジオにて先ずは舞踏の基本から。そのあとオープニングを稽古。

今回、参加してくれるシェラとイラセマはメキシコで著名なダンサーだそうです。2人ともプロなのでさくさくと進みます。

予定のシーンよりも先へと進んで、「よしっ。」てな感じ。

やはり再演というのは、初演とは比べ物にならないぐらいに楽です。初演に労力と時間とお金をかけた結果です。

再演でそれを回収していく。報われていく苦労。

てな感想はまだ早い。成功してこそ報われる。必ず成功するように全力を尽くします。頑張れ、俺。

さて、今回まずは俺の言葉を湯山が英語に、それをエスパルがスペイン語に通訳して。ということがインタビューの時にありました。

まさにリアル鉄割の演目みたいでなんなんだろう。この感じは?不思議です。

カナダでは英語圏とフランス語圏に完全に分かれているらしく、植民した人たちの母国語がいま使われている。ということですね。

「国なんてなくなれば平和になるのに。。言葉も同じだったらいいのになー。」

みたいなことをぼやいたら、隆夫さんが「いや、雲太郎くんそれは違うわよ。言葉は分かれてるからいいのよ。」

その時は「うーん。」と思ったのですが今回、その意味を噛み締めています。

ちなみに隆夫さんは、3ヶ国語を喋ります。日本語、英語、スペイン語。

言葉というのは、不思議で面白いものです。

エスパルと咲ちゃんの息子のじげんが、たまに日本語で話しかけてくれます。

それが誰にもわからない秘密の暗号を喋り合っているみたいで、密やかな楽しみであると発見。

その人のわかる言葉で喋ることが出来る。コミュニケーションが取れる。素敵なことなのです。

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今回、新しく加わる骸骨“カタリーナ”。『アホとロマン』で創り上げエスパルと育てたピースが大切な役目を負います。
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2018年10月27日

あいのうた

昨日も稽古は、朝10時からはじまって快調に進みましていい感じ。

16時に終わってランチです。

こちらメキシコは、だいたい16時ぐらいに遅めのランチを盛大に食べます。

それからシエスタ・昼寝してまた仕事して、夜は軽めに食べて終わり。

CEDRAMの食堂でドーニャ・ルルおばさんお手製のランチを食べます。これがほんとうに美味しいのです。優しい味でホッとします。

ルルおばさんの本職は女優でありまして市民演劇の指導者でもあります。『ふたつの太陽』のナレーションもお願いします。

ランチを食べ終わって、みんなで街へ出て伝統音楽のライブへ。

少し文化レベルが高い感じのカフェにて、音楽を聴きます。

しかし、ミュージシャンが遅れているとかでしばしお姉さんのスピーチ。なんだか早口で喋りまくってます。言葉がまったくわからないのでまるでお経を聞いているよう。

きっかけよく席を立ち、店の中をぶらぶら物色。

そうこうしているとミュージシャン到着。小太りの4人組でコントラバスとギターが2人、1人は手ぶらです。

超絶演奏が始まると、手ぶらのお兄さんが歌い始めました。おそらくラブソングを歌い上げます。

4人は一曲歌い終わるごとに店から出されたテキーラを飲んで、特にボーカルのお兄さんは立ってるのもやっとのほぼ泥酔状態。

しかし一度歌い始めると、風態や顔からは想像できないファルセットボイスな声を絞り出します。

恋い焦がれる彼女の家の中庭で、2階の彼女の部屋にめがけて伴奏を従えてラブソングを熱唱している。そんなイメージです。

めちゃめちゃノリのいい曲なのだけど、4人がまったく乗っていないのがまた素敵で格好いい。

乗りというのは極力抑えたほうが格好いいもので、内側でノリノリになるのです。乗りを内燃させるともいいます。踊りでもそれは同じです。

メインボーカルのお兄さんの弁髪が印象的でした。泥酔状態でお客の前に出なければいけない理由。いやそもそも理由なんてないのか。

でも、彼の唯一の気概とアイデンティティをそこから感じるのでした。

サボテンのどぶろくというのを飲んでほろ酔いで帰りました。

それではまた明日マニアーナ。

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CEDRAMに飾られれるという、どでかいポスターを発見。こちらはいちいちスケールが大きい。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 19:42| ブログ?

2018年10月28日

懸案

昨日は、初演でうまくいってなかったシーンの創りなおしでした。

こういう手直しは下手をするとドツボにはまって手こずって、時間ばかり食うということがあるので気を引き締めて稽古に向かいます。

けど真面目は禁物、ふにゃふにゃ頭のこだわりゼロで向かいます。思い込みや決めつけも要りません。

幸い遊び大好きなメンツなので、心配していたようなことは起こらずに面白くかたちになって行きます。良かった。

先へ進もうかとも考えるけれど予定よりも進んでいるので、このシーンをかためます。

何回も通すと、よりいい感じになって稽古を終了。ひと安心。

ルルおばさんの美味しいランチを食べて「サブロッソ。」

細い麺の入ったトマトスープと、鶏肉と温野菜の盛り合わせでした。ライムとチリを入れて、さらに美味しくします。

ここメキシコには400種類のチリがあるらしく、家庭ではだいたい10種類ぐらいを使い分けるらしいです。

そのあとエスパルと、床にはる舞台美術を引き取りに郵便局へ。

そして今回は骸骨が4体になるので、街へ出て骸骨探し。死者のお祭りが近いので、街には骸骨が溢れているとか。

そういえば、ここパツクアロは死者の日の中心的な場所で、メキシコ中から人が集まってくるとか。

昨日の夜も一晩中大騒ぎをしていました。うるさかったなあ、夜12:00に花火って。

さて街には適当な骸骨がなかったので、自分たちでつくることにします。なるべくつくれるものは、自分たちでつくるのが大駱駝艦魂です。

夕方から雨が降りはじめ夜通しシトシトと降り続けます。天気がスッキリしないと気分もスッキリしないもの。

こんな日は、お酒も飲まずに読書をしながら眠りましょう。また明日。

と思ったけど眠れなさそうなので、ビールとパツクアロの地テキーラ”メスカル”を頂きながら作品のことを考えます。

今回、骸骨を四人にしようかと考えていたけど一人の方がいいと気づく。

人数が増えると派手にはなるけれど、力が分散してしまう。一人の方がやっていることがわかりやすく集中してみれる。

こういう気づきは、時間が経たないと出てこなかったりするので恐ろしい。

そのまま本番をやってしまったりして、取り返しがつかなかったりするのです。

CEDRAMの猫”ピンチ”と咲ちゃん。
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2018年10月29日

神楽から

今日から神楽舞に入ります。

その前に、今までの復習をしようということになりました。やってみると意外と忘れているものです。

その日の調子や雰囲気によっても変化してくるので、微調整します。目の前に見えるものを面白くする。ただそれだけ。

では、足りないこともあるけれど最終的にお客さんがどう感じるかは、本番になってみないとわからない。適当にしましょう。

蛍光灯と無音でまあまあ面白かったら、照明と音楽が入ったら相当面白いと考えていいのです。

稽古場でどこまで創っておくのか。創りすぎると重たくなって、ガチガチのつまらないものになってしまうなんてこともある。塩梅です。

ただ蛍光灯の方が面白かった。ということも起こるから不思議。

明かりは、まわりの雑多なものを隠して見えなくしてくれるので有り難い。ですが、観せるポイントを照明家がわかっていなかったら台無しになってしまいます。

今回、CEDRAMのテクニカルスタッフ・ジージョにたいへんにお世話になっています。

ジージョの本職は照明でしてなんとメキシコで3本指に入る、有名な照明デザイナーです。前回のメキシコツアーの時は照明をデザインしてもらいました。

そしてCEDRAMとメキシコシティの公演では、ジージョの兄貴分で同じく照明家のバレンティンが明かりを担当してくれるということでとっても心強い。

ジージョは俳優のようないい男ですが、兄貴分のバレンティンがこれまた渋さの不破さんを小綺麗にした感じのナイスミドルでして、女性にもモテモテだとか。

そういえば、CEDRAMのボス、マエストロ・チャマコも素敵なおじさまで女性にめちゃめちゃモテるそうです。

腹違いの子どもが3人いて、いまは咲ちゃんと同い年の女性とお付き合いしているとか。

それはさておき。メキシコで3本指に入る照明デザイナーにお世話になって、本番はその兄貴分に照明デザインとオペレーションをしてもらう。

ということは、3本の指の2本にお世話になっているということなのか。

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右:ジージョ、左:バレンティン。
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2018年10月30日

子ども

エスパルと咲ちゃんには、子どもが3人います。

毎日午後から稽古に参加しますが、まあ賑やかです。しかし子どもを見てると自分にあんな頃があったなんて信じられない気持ちになります。

嫌なことは嫌。と言うことを全く聞かない。心が自由なのだ。一時もじっとしていない。けれどその方が自然なのだ。

人の目や教育や躾によって規定されてしまっている、からだのうごき。

そんなこと関係なく自分のうごきたいように生きる。そうすると怒られる。

でも全く気にしないし、決して懲りない。なんていうことを次男のジゲンを見てると思う。常にうごき続けてじっとしていない魂。

子どもというのは本当に遊びの天才です。常に遊んでる。

木があったら登る。棒があったら持って振り回して、斜めの板があったらとりあえず乗ってみる。

花があったら両方の鼻の穴に突っ込んでみる。これはミヤビですが。

あの遊びへの欲望と探求の心を、大人になると忘れてしまう。

からだのすべてを使って遊び倒すのではなくて、小手先の小さな遊びで満足するようになってしまう。残念。

お姉ちゃんのシズちゃんは、そんな大人への階段をすでに登り始めている。美人さんなのでエスパル心配だろうな。

末っ子のミヤビは、まだまだ赤ちゃんなところが残ってます。

そういえば、咲ちゃんも3人兄妹の末っ子で、ミヤビの気持ちが良くわかるらしいです。放っておくと何処までも行ってしまう。

突然「ブルファナキソの人と結婚するから。」と言い出すなんてことが想像される。

でも咲ちゃん的には「どうぞどうぞ。」な気持ちでいるらしいです。いいね。

ジゲンがそのまま大人になるとエスパルになる。ミヤビがそのまま大人になると咲子になる。そんなことが見てると想像できるので面白いです。

子どもを産めよ増やせよ。身勝手にそんな風に思います。

しかしパツクアロというおおらかな田舎だから、子どもが3人いても平気なのかもしれない。とも思います。

日本で、とくに東京だったら3人なんてたいへんです。

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土方さんの前のエスパルとミヤビ。
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2018年10月31日

言葉について

日本語ってなんだろう?

だいぶん前にテレビで日本語について考える番組を見た。いまの若い人が方言を喋らなくなっているという内容だった。恥ずかしいのだな。

いわゆるテレビの中で使われている言葉”標準語”を喋りたい。そういう気持ちなんだろう。

俺は東京に来てからしばらくは、関西弁を喋っていた。

高円寺の風呂屋で殴り合いになったのも原因は言葉だった。関西弁を馬鹿にされたのだと思う。

子どもの頃に淡路島へ行くと東京からいとこが来るのだけど、影響されて標準語を喋ってしまうと気持ち悪くて恥ずかしかったのを覚えている。

テレビの影響で標準語を喋る人たちを”モノリンガル”というのだそうです。だいたい30代まで。

どちらも喋れるのが”バイリンガル”。30代から60代。

いっぽうで方言しか喋らない人たち、70代から上の世代がいる。

いま、子どもたちとおじいさんおばあさんが話せないらしい。言葉が通じないから、コミュニケーションを取れない。

そこで潜在話者と呼ばれる、間の俺たち世代がとても大切な役目を担うのだそうです。

でもまあ、関西弁ぐらいなら問題ないけれど、山形弁だとまったくわからなかったりするらしい。ましてや他国語だったらお手上げ降参状態。

そうするとコネクター、通訳的役割が必要になって来るのです。

シズとかジゲンが相手によって、パッと言語を切り替えるのが見てると頼もしくてかっこいい。

どんなに知的なことを考えていたって、相手に伝えることができなければ仕方がない。

外に出す方法がない。幼児レベルでしか言葉を発することができない。ということは要するに知能が幼児レベルだという風に見られてしまう。誰にも通じない思い。考え。

コミュニケーションってなんだろう。

言葉によるコミュニケーションが全てではない。けれど大切な手段のひとつであることは確か。シティで迷子になったときはもうダメかと思った。

知ってる言葉が「ありがとう。」だけ。道を聞くことも、ここが何処かも訪ねることができない。

『母を訪ねて3000里』の主人公マルコになった気分だった。

「あー、このまま中南米で道に迷って、最後には南米の方まで流されてさまよって・・・」

めちゃめちゃに歩いてたら偶然もとの劇場に戻ってきて、安堵したけど危なかった。

まあ万が一、日本に帰れなくなったら大道芸で食べて行くのですが。

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骸骨とバカボンのパパ。「これでいいのだ。」
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