2018年10月11日

南朋

師・麿赤兒の次男坊、大森南朋と知り合ったのは1995年ぐらいなのかな。

当時はまだ大学生で、吉祥寺のいせやで呑んでたら挨拶に来て。俺は初対面だったけど大駱駝艦のイベントにアルバイトで来たりしてたので村松君と透は知り合いで。少し一緒に飲んだのかな。当時の彼女、バレリーナだとかいう子も一緒だった。

そのあと映画でも一緒に踊ったりして。

あの頃、ラクダのメンバーの中で舞踏家たるもの、反社会的な悪いことをしなければならない。みたいな雰囲気があってよくつるんで悪いことをしてた。

でも南朋は、一緒にいるのだけど決して悪いことはしない透明感のある清潔ないい男で。一緒にいると見透かされてるというか悪いことしてるんだな。という気にさせられるのだった。

そのそこはかとない高貴さのようなものが評価されたのか、しばらくしたら段々と売れはじめ。

全然タイプと違う主役を見事にこなした(ごめん、見てない。)『殺し屋-1-』でブレイクしてあれよあれよという間に売れっ子になった。

その頃は、まだキャメルアーツという大駱駝艦の芸能プロダクションに所属してたけど独立。

一緒に独立したのが南場尚さんといって、ナチュラルボーンマネージャーみたいな人で、南場さんがいたから南朋は売れた。といっても過言ではない人で。

「あれは売れるよ。どこの現場に行っても南場がいるんだからよー。」と兄貴で映画監督の大森立嗣が言っていた。伝手のある色んな現場に顔を出して南朋を売り込み続ける。

しかし、そのあと熾烈な芸能界の軋轢のせいなのか病気になって南場さんは故郷に帰ってしまった。

だけどいまは、復帰してまたマネージャー業に精を出しています。よかった。

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だんだん親父さんに似てきてるわー。怖い。
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posted by Mukai Kumotaro at 21:34| 日記