2018年12月31日

晦日

大晦日といえば、ひと昔前は『紅白歌合戦』ではじまり『ゆく年くる年』で暮れていく。除夜の鐘の音が厳かに流れて子ども心に「あー、大晦日だなあ。」と静かに思ったものでした。

いまは『笑ってはいけない』ですね。風流のかけらもありませんが、毎年観ています。舞踏家がこんなものを観て馬鹿笑いしていてもいいのか。いいのです。笑い過ぎていつも疲れて寝てしまいますが。

ダウンタウンさんは、兵庫県出身の先輩です。いつかお会いして挨拶したい。「自分、川西なんです。昔から大ファンで『ヤングタウン』毎日聞いて録音までしてました。」本当です。俺の人格形成に多大なる影響を与えているダウンタウン。

松本さん、自民党から立候補しないかな。絶対に入れるのに。

笑いが大好きです。「舞踏に笑いはいらない。」とか馬鹿なことをほざくオジさんと議論になったことがありますが、そもそも師匠の麿赤兒が石川県出身の奈良育ちで笑いは結構意識してはる。

思い込みと決めつけのある人は放っておいて我が道を突き進みます。笑いという大切なもの。人生を豊かにしてくれるもの。笑いがなくなったらどうなるのか?アウシュビッツでは笑いはなかっただろう。

『戦争』をなくすためには、まずは国を無くさなければなりません。

戦争は、国に認められた正当な外交手段だからです。この世界から戦争を本気でなくしたいなら、まずは天下分け目の関ヶ原が必要。日本でいえば家康のような覇者が出てきて、西郷のような志士が出てこないと無理。

世界でいえば一番そこへと近づいたのはチンギス・カンか。

ユーラシア大陸のほとんどを制覇してた。ちなみに紙幣を発明したのは大ハーンだとこのあいだ機内で見たドキュメンタリーでやっていた。

それまで戦いの報酬を銀で払っていたのをモンゴル帝国発行の紙幣で支払ったとか。武将たちは大激怒。しかし覇者には逆らえず渋々ただの紙切れを受け取って。

市場に直行してものを買おうとしても商人に相手にされなかっただろう。浸透するまで混乱する経済。しかしいまでは常識。

さてトランプがどうしても戦争をしたいみたいですが、プーチンは受けて立つのか。それとも中東やアフリカでの代理戦争を続けるのか。超大国、中国も黙ってないぞ。

天下分け目の関ヶ原をやるか?それで国がなくなってこの世界から戦争というものがまったくなくなって、いまの日本のように平和になるのなら、未来の子どもたちのためにはいいのか?

国といういろんな意味で破綻をきたしているシステムを破壊しよう。無血開城できればなお最高です。

戦争がなくなって笑いだけが残る。そんな世界に来年はなって欲しいと心から願います。

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だいぶん片付いてきた舞踏家集団デュ社東京事務所。の入り口。
posted by Mukai Kumotaro at 04:47| 日記

2018年12月30日

大掃除

さて年末。昨日、今日と舞踏家集団デュ社、東京事務所の大掃除です。ゴミというのはいくらでも出てきます。捨てても捨ててもまた入ってくるので、根気が要ります。

分別というのがまた面倒臭い。

燃えるゴミと燃えないゴミが混在してる商品が沢山ある。鉄と紙が一緒になってるものとか。外すのに結構な時間がかかる。無駄な時間。

残り少ない人生、無駄なことをしている時間はない。けれど誰かがやらなければならない。

「要らないものが多すぎる。」

淡路本社の掃除は11月中に終わらせてきましたが大量のゴミが出ました。それでもまだまだ捨てきれないゴミが残っています。家の中は掃除し終わってきたので、春になったら庭を手入れしたい。

このあいだの淡路合宿の時、敷地外の気になっていた気持ちの悪いゴミを捨てました。

たぶん中国人か犯罪組織が偽造キャッシュカードを処分しようとしたのだろう、半分溶けててくっついて塊になった黒焦げの残骸。そのままゴミ袋へ in。

昔、キムさんのところで知り合った女の子の実家が、ゴミ清掃業者さんでいまだにバナナが嫌いだと言っていた。ゴミの中で一番臭いのがバナナだそう。

バナナといえばアジアでは禁断の果実です。だからか麿さんは舞台上でバナナをよく食べる。人間を象徴するバナナを食べるという行為。りんごだと西洋的すぎてつまらない。

人間が口にした禁断の果実、バナナ。そのバナナに人が触れるとゴミになってしまう不思議。

笠井さんは、ドイツで神秘学を学んでいるので西洋的。俺は真言宗なので完全にアジアです。だからバナナです。一度、わかっていない方の舞台でバナナを食べようとしたら真剣に怒ってた。無知ゆえの反応です。

あっ、ゴミの話し。最近、家の周りを担当しているごみ収集業者さんが、とっても格好いい。蔑まれる仕事だけどもっと評価されていいと思う。

蔑まされる理由はやっぱり匂いなんだな。自分が出した匂いなのにそれを棚に上げて臭いだのなんだのって「ぼーっと生きてんじゃねーぞ。」

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淡路に送るべきものがまだまだ沢山ある。その荷物が片付かない原因。
posted by Mukai Kumotaro at 20:34| 日記

2018年12月29日

さて

来年、2月のザ・スズナリ公演の稽古に入っています。からだの調整をだんだんと始めています。

最近、一ヶ月では足りなくなってきているので二ヶ月かけます。米、うどん、そば、パスタ、パンなど主食を控えます。餅はもちろんです。正月なのに辛い。だが仕事だから仕方ない。

仕事になっているのか?二ヶ月準備に費やして稽古しているのに数万しかもらえないのでは哀しくなってしまう。しかし仕方ないな。知名度が低いから。

舞踏家のギャラなんて言い値ですから、誰かが上げて実績をつくってなんとかしていかないと仕方がない。

高いギャラをもらって責任を持ってそれに見合う働きをする。それ以上の活躍をする。目にものを言わせる。

お金の話をするのはしたないですが、いまワンステージがだいたい値段が決まっています。もちろん予算があるでしょうから相談に乗ります。

「今回予算がなくて1万円しか出せないのです。」とか最初から言われると情けなくなります。

それなのに、打ち合わせに行ったら銀座の最高級ホテルのペントハウスで食事をしてて「予算は、どうなってるんだ?」と首を傾げたくなります。要するになめられている。

お金とは心意気である。相手が自分のことをどう思っているかのバロメーターです。言葉をどんなに費やすよりも、お金を用意することに労力を費やすのが大切です。

あと「食事を今度、奢るから。」というのも良くないです。どんなに小さな手伝いでも予算に組み込んで少しでもいいのでギャラを仕払うべきです。食事をご馳走するならそれとは別で。

これは俺も気をつけないと。人にしたことは自分に帰ってくるので。

有名な話ですが、大駱駝艦の大先輩・室伏鴻のギャラはワンステージ100万円でした。海外でのしかもフランスに限った話ですが。国内ではわかりません。

麿さんは幾らなんだろう?国内でも100は行ってると思いますが。劇団☆新感線とかの客演はものすごいもらってそう。知名度と実績。

一時期、プロデューサーの小沢康夫さんが麿さんのギャラを上げようと頑張っていた。あの頃で幾らだったのか。

有名にならないと。有名になるためには活躍をしないといけない。活躍をするためにはまずは売れないと。売れるためには売り込みをしなければならないけど、売り込みなんてこの5年間あまりしてこなかったから仕方がない。

さて、来年2月15日(金)は”禅問答”です。タイトルは『舞禅〜まいぜん』だそうです。新春ぽい。琴かなんか流れてそう。京風ですね。「舞禅セットご注文いただきました。」

一年ぶりです。この一年でどれぐらい成長しているか。自分自身も楽しみです。

今回もノルマが40枚ありますのでメールか何かで連絡していただけると幸いです。ご来場、心よりお待ちしております。

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また絵の具でぐちゃぐちゃになるのか。あっ、ノルマは冗談ですがご連絡お待ちしています。
posted by Mukai Kumotaro at 06:13| 日記

2018年12月28日

ありがとう

さてそんな山本良ですが、制作でなくてはならない存在となりバリバリと仕事をしていました。プライベートでも彼氏ができて順風満帆。ご馳走さま。

そんなある時、事務所へ行ったら彼氏のKさんがガンだと告白されて。

何を言ったらいいのか?どうすればいいのか?まったくうごけずにただ見守ることしかできなかった、不甲斐ない自分を覚えています。

Kさんはしばらくして亡くなられ、良は心労から激ヤセして見ているのも痛々しいほどでした。

人はいつかは亡くなります。これは自然の摂理です。しかし早すぎる死というのは周りを置き去りにしてしまいます。もし、それが最愛の人だったら。。

そういえばあの頃、色々とガンのことを彼女が調べていて「ガン細胞というのは、母体の人間が元気であればあるほど活発に活動をするんですって。」と言ってた。若い人がすぐに亡くなってしまうのはそれが原因。

歳をとって元気がないとガン細胞も元気がなくなり進行が遅いんです。しかし早い遅いはあるにしても、母体の人間が亡くなればガン細胞自身も死んでしまう。

「ガンは阿呆やなあ。頑張れば頑張るほど自分の死ぬのも早くなるのに。」良が戯けた口調で言ってたのを覚えています。

俺はお葬式にはいけなかったのだけど、行った若林淳が「もの凄く悔しそうな死に顔で見ていられなかった。」と言っていた。

ちなみに舞踏の稽古として若は死顔を観察することに務めているようですが、手を合わせてキョロキョロと死者の姿を観察する姿が先日、見かけた賽銭泥棒と瓜二つでした。手を合わせてキョロキョロと賽銭を物色する泥棒と。ちょっと無様。

それはさておき。激ヤセしていた良ちゃんですがすぐに体重も戻って生活も一見、元に戻ったように見えましたがやっぱりぽっかりと空いた穴は大きく。

そのことを忘れようとして仕事に励むみたいなところがあって、以前にもまして厳しさと激しさが増していったのか。

「かけがえのない者の死は、多くの場合残された者にあるパワーを与えてゆく。」

良とは独立してからはあまり会う機会もなくなり。公演を観にいって受付で言葉を交わすぐらいで。いろんな人からいろんな噂は聞くけれどそれは単なる噂であり。

大駱駝艦から離れるにあたり長文のメールが届いていましたが、心機一転。これからですね。

彼女にとっては人生の大きな節目。そして節目があってこそ大きくなっていけるのだと思います。お互いにのびのびとしなやかに行こう。

裏方として長く支えてもらい感謝の気持ちしかないです。「お疲れさまでした!」

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形見分けとして良にもらった、Kさんのジッポー。拳銃みたいにくるくる回せて格好いいのです。
posted by Mukai Kumotaro at 18:28| 日記

2018年12月27日

壺の中のリョウ

良とは、やはり壺中天での作品の創り手と制作者として二人三脚で歩んだ日々が1番の思い出です。

色々とあり過ぎてここには記しきれないですが、一緒に修羅場もくぐっていわば戦友です。

劇団というのは家族みたいなところがあります。甘えたりその甘えを許したり許さなかったり、言いたいことを言い合って喧嘩したり。もちろん笑って歌って踊って。

まだ戯族シリーズの頃だったか。チラシを作るときに「良が美大出身だから絵を描いて俺がデザインしたらええんちゃうか。」と二人で盛り上がって。

次の日だったか早速、家で良が絵を描いてきて新船さんに見せたのかな。そしたら「こいつら正気か。」みたいな感じで即却下。

良の才能を伸ばしてやろうみたいな親心が見え見えで恥ずかしかった。学園祭ノリでプロに徹し切れていない甘い心がありました。反省。

長女ゆえの気の強さがあり、決して引かないようなところもあった。女ゆえの気紛れさにたまに翻弄されたりして、だんだん俺の中で怖い存在になっていく。

常識人と非常識人なのでどうしても怒られるのは俺になってしまう。非は俺にあり。

警察官然り、嫌われ者の役というのは集団には必ず必要です。皆んなが遊び出してしまったらどうなるのか?裏方がしっかりすればするほど、表方が存分に遊ぶことができる。歌舞伎なんかでも常識とされていることです。

本公演のある時、パブリックシアターにて。

出番ではない時にトイレへといって楽屋に戻ろうとしたら良とばったり。彼女は、大駱駝艦の受付をしていますので、お化粧バッチリ、黒スーツでキメた超美人さんに化けております。

「あれ観ないんだ。」と言ったら、「私が座る席があるぐらいなら、一人でも多くのお客様に観て頂くために努力します。」みたいなことを言われた。

「あー、成長したなあ。」と感じました。公演を観てファンになってグループに憧れて入ってくるけれど、いつかはファンをやめなければならない。ここは結構大事で、表も裏もこれが出来ずに去っていく人が多いのです。

結局、20年近くいたのか。大駱駝艦は『滅私奉公、公私混同』がモットーですが長くいると自分が偉いような勘違いをしてくる。

偉そうにできるのは麿さんの虎の威があるからであり、一歩外に出て大切にしてもらえるのは、大駱駝艦という看板のお陰である。

これは離れてみて、はじめて分かることかもしれませんが。

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左から、11月いっぱいで大駱駝艦を離れた山本良、在籍最長記録を更新中の村松卓矢、デュ社へと移籍した湯山大一郎のスリーショット。
posted by Mukai Kumotaro at 22:04| 日記

2018年12月26日

歌2

大駱駝艦で歌が上手いといえばまずは、若林淳。若の『夢芝居』は、乾いた女性も一瞬でとろとろに濡れそぼると言われるほどの甘さです。

その次は、山本良かな。良の歌を聴いているとうますぎて嫌になってきます。

裏方の方は皆、上手いです。プロデューサーの新船洋子女史は、その立場から賞候補には上がりにくいですがとってもお上手です。

さて、そういえば良ちゃんが大駱駝艦を卒業したようです。

良は元々は塾生でした。卒業公演でぴっかりコニカを片手に持って客席を「パチリ。」写して笑いを誘ってました。

大駱駝艦に入艦してからは、明るい性格とお笑い好きだからか面白担当みたいなところがあって、皆んなにその才能を求められていました。

最終的に本公演で女戦士みたいなソロの役を与えられ”ずっこけ”の稽古を、麿さんと延々やってたのを覚えてます。

上手くいかなかったずっこけのダメージから。というわけではないでしょうが、その本公演のあとだったか表方をやめて裏方である制作部に入りました。

大駱駝艦の表方は常に常識を疑いながらどうやったら面白い存在になれるのか?と自問自答しながら日々不真面目に生きていたりします。

しかし、裏方は正反対というか当たり前ですが真面目に仕事することを求められます。

反社会的なことをする存在から社会的な世界の一員へ。最初は戸惑うことも多かったと思います。

そのぶん表方への愛は強かった。ある時、大豆鼓ファームに出ている時か、良が様子を見にきていて。俺がソロを踊るシーンで出来があんまりよくなくて。

「よくなかったなあ。」と思ってたら「いい加減にしてください。こんな向さんを観にきたわけではないです。」とか本気で怒られた。

それ以来、良くないなあ。と自分で思った時は怒られるようになって怖かった。

その後、だんだん麿さんと新船さんに鍛えられて、いい制作者になっていくのでした。

セゾン文化財団の助成金に応募しろと言ったのは彼女です。1回目に落ちてもうやめようと思っていたら「何回も出すことが大切です。」と言われて、「はい。」とそのあとも頑張って出し続けた。

シニアフェローは、2000字のエッセイを書くのだがそれが結構大変だった。しかしへこたれずに出し続けた。

そのへんが功を奏したのかわかりませんが、45歳迄という年齢制限のラストの年と独立が重なるという幸運にも恵まれ選ばれた。

「通ったら叙々苑に焼肉を食べに行きましょうよ。」と言ってたのにまだ行ってないな。今度行こう。

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まだ、ダンサーだった頃のプロマイド。フィリピン系の美人さんです。
posted by Mukai Kumotaro at 06:10| 日記

2018年12月25日

五月蝿い

さて先日、23日は、西東京市市議会議員の選挙でした。うるさかったなあ。街頭宣伝カー。完全に逆効果だからやめればいいのに。

自民党も公明党も共産党も無所属も街頭宣伝をやってるのを見かけると「お前だけには、入れねえ。」と心から呟きます。

誰も聞いていないし、うるさいだけ。騒音のレベルとしては相当なものです。イヤホンの音楽を最大にしてもまだ聞こえる。地下鉄に乗ってるときでも最大にはしないのに。

そんな西東京市議会議員選挙ですが、入れる人はもう決まっています。森てるおさんです。本当のことしか言わない人で、学生の頃は全共闘に参加して逮捕。大学を追われたらしいです。

すべて手作りで広報も自分でつくって自分でポスティングしているようです。もちろん街宣車など借りずにまったく違う発想で活動しているのだろうな。一度も見かけなかった。

選挙前に突然うるさく活動を始めるのではなく、普段から草の根運動的に活動をしているから慌ててない感じがする。思想や活動方針なんかも手作りの広報で届けているから浸透している。

何よりも人間が信用できる。議員なんてここが一番大事です。市長なんてなったらもっと。

党の力とか金持ちの支持を得てるとかその人たちの利権のために尽力してるとか、そんな理由で選ばれてはならないのです。

その人間が我々の税金の使い道を勝手に決めているのだから、生活が豊かになるわけがない。だんだん腹が立ってきたぞ。

だいたい長なんて、なってくれと言われて仕方なくなるものだろ。人格者で皆んなから信頼されてて。私利私欲がまったくなくて、そんな人だからこそ皆んなに慕われて。

同級生の弁護士、亀若くんは川西市の市長になってくれと言われてずーっと断っているようです。同じく同級生の某航空会社で重役を務める「三浦くんのほうがいい。」と推薦したりして断っているようです。格好いい。

ちなみにこの亀ちゃんは、お袋さんが車にはねられた時に弁護してくれました。そういえば、うちのお袋は川西市市議会議員でした。女の未来をひらく会。選出だったかな。

家出して5年ぶりぐらいに電話があって話してたら「そういえばお母ちゃんなあ。」「うん。」「市議会議員になったから。」言われてびっくりしました。

あっ、そろそろ終わりにしないと。

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料理が趣味の森てるおさん、当選しました。よかった。
posted by Mukai Kumotaro at 06:28| 日記

2018年12月24日

雲太郎ブルーズ

寒空ひとり 流れゆく 唄をうたえぬ 迷い鳥 おてんとさまに願かけりゃ 背なで 泣いてる 影法師 ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜 ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜

夕焼け小焼けの新宿に ポツポツともる 赤提灯 チューハイ 梅ハイ ウーロンハイ 二人で飲んだ レモンハイ ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜 ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜

19でクニを飛び出して いまだ彷徨うはぐれ鳥 流れ流れて どこへ行く 探し求めた 俺の空 ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜  ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜

そしてこうしてここで飲み おどりおどって歌うたう 羽を休めるひとり鳥 ここからどこまで飛べるのか ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜 ヨイヨイ〜ヨイヨイ〜

肩に秘めた 青い龍 誰に見せるか 青い龍 どこへ飛ぶのか この思い 届け 届け〜

さて台湾から無事に帰ってきた雲太郎のブルーズを、中野の事務所で星野建一郎、徳久欣、村松卓矢、大友透、等と作詞作曲しました。

隣で当時のプロデューサー:小沢康夫さんが、次の本公演のための仕事をしてるのに馬鹿騒ぎしてました。

「うるさくして、ごめんなさい。」です。でも怒られなかったから不思議だな。小沢さんも実は聴きながら楽しんでいたりして。

皆んなで歌詞を書き直しては透がギターでメロディをつけて。そうだ、この時に名曲『ボリビア岬』も生まれたのだった。

ボリビアの夜は ずっと悲しい恋がある〜

とか、そんな歌詞だったか。メロディーはいまも覚えていて口ずさめるから不思議。

さて『雲太郎ブルーズ』は、透の弾き語りで板橋の稽古場の頃に紅白歌合戦で発表。多分、優勝したのではなかったか。その頃は賞金とかもなかったので、忘れてしまって覚えていない。

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歌といえばこの人。リー”スクラッチ”ペリー。
posted by Mukai Kumotaro at 06:35| 日記

2018年12月23日

さて。そろそろ年末。忘年会の季節ですね。大駱駝艦では、年末に皆んなで大掃除をして次の日に大忘年会です。

百人以上の人が集まってまずは餅つき。忘年会で餅つきをするところは結構あるようです。

ダンサーは一人ずつ挨拶して裸になってつきます。顔見世興行のような側面もあるので若いダンサーは顔を売るチャンスです。餅つきは長くいるダンサーのほうが上手いです。

一番上手なのは麿さんです。状況劇場の頃から入れると40年以上ついてるのか。杵を「くるっ。」と回したりして格好いいんだよな。ものすごい早くついたりとかバリエーションもある。

大駱駝艦メンバーのあとはスタッフがついて、そのあとお客さんを司会が紹介しながら進行します。そう。らくだの忘年会は司会がおります。俺も昔、やらされそうになって全力で断りました。

その場でついたお餅を丸もちにして、お雑煮やぜんざいやきな粉もちにしたりします。搗き立てだから本当に美味い。あと大根おろしのやつも美味かったなあ。いつもここでもらったお餅を二つ重ねて鏡餅にしてた。

さて、餅つきが終わったらいよいよ、恒例の紅白歌合戦が始まります。賞金がかかっているので皆んな目の色が違います。大賞は何万ももらえたりするので真剣です。

現役の頃は、毎年この歌合戦が嫌だった。「なぜ舞踏家なのに歌を歌わなければいけないのか?歌を歌うプロがいるのだからその人たちに任せて俺らは踊りを踊ってればいいのに。」いつも思ってた。

でも板橋の頃とか吉祥寺の初期は弾き語りとか工夫を凝らして面白かった。けれど、カラオケを誰かが使いはじめてつまらなくなったと思う。

舞踏家は歌が好きな人が結構いて、そもそも歌合戦みたいなのをはじめたのは土方さんだったと大鯨艦艦長、宮内さんが言ってた。麿さんの兄貴分・石井満隆さんも歌が大好きでソロ公演のあとリサイタルになったりしてた。

そもそも麿さんが歌が好きでギターを琵琶みたく縦に使っての「諸行無常の虫の声〜〜。」は、もうお金を取れるレベルです。当たり前か。舞台で歌もよく歌ってるもんな。

そうやって考えると、俺も鉄割でよく歌は歌わされています。お金を頂いて。

裏芸としての歌。それも修業のうちなのだ。わかります。けど嫌だったなあ。しかし死にものぐるいで練習して歌詞を覚えてやっていた。

大賞も取ったりしたな。麿赤兒賞なんてのももらった。年末のボーナスとしてとても嬉しかった思い出です。

メキシコのドーニャルルーのお店で歌を歌うように無茶振りされて、仕方なくボブマーリー&ウェイラーズの"One love"を熱唱する舞踏家、向雲太郎51歳。
posted by Mukai Kumotaro at 09:58| 日記

2018年12月22日

俳優

あー、まつもと演劇工場ワークショップ面白かったなあ。皆さん、表現者だから東洋大学とはまた違った面白さがあった。

しかし、俳優・別名:役者というのは大変な商売です。戌井昭人:作の台本に「役者なんて腐るほどいるんだ馬鹿野郎。」って言葉がありますが、まつもと市民芸術館の大量の置きチラシを見ていると気が遠くなります。

生まれ持った才能があっても、勘とセンスがなければ苦しいし、それらがあっても運と縁がなければ仕事としてつなげていくのは至難の技。

混雑してて自分が座る席がほとんど空いてない世界を、レッドオーシャンと言います。一方で誰もいなくて席が、がら空きの世界をブルーオーシャンと言います。

いま友人が原宿でクレープ屋をやるとか言い出したら、わざわざレッドオーシャンの中へと飛び込むようなもの。全力で止めましょう。淡路島でやったほうがまだいけるかも。

そうやって考えるとレッドの代表、役者・俳優という世界で食べると言うのは、完全ブルーである舞踏の世界で食べるよりもひょっとしたら難しいのかもしれない。

何を目指すのか?何をやりたいのか?ということもあるのだと思います。売れたいのか?テレビに出たいのか?演じることが好きなのか?

樹木希林さんの頃は、俳優の世界で一番重んじられ皆んなが目指してたのは文句なく舞台。

二番目が映画で三番がテレビ。CMってのは誰もやりたがらなかったらしいです。なんなら蔑まれる仕事。

文学座で「誰かCMの仕事があるのだけどやらないか?」と声がかかって誰もやりたがらないので、「じゃあ、私やります。」と新入りの希林さんが立候補した。とSWICHのインタビューに書いてありました。

いまはいろんな意味で逆。おいしい仕事順だと一にCM、二にテレビ、映画と舞台はそれぞれの好みかもしれないがギャラは安いことが多い。時代が変われば価値観もかわるもの。

しかしいま流行っている世界は、間違いなくレッドオーシャン。

希林さんのように誰もやりたがらないブルーオーシャンを目指すのが、結果的に売れる早道だったりするのかもしれないです。

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山田うんちゃんと串田和美さんの対談がのっていたまつもと市民芸術館の季刊誌『幕があがる。』
posted by Mukai Kumotaro at 06:02| 日記

2018年12月21日

あー

昨日は、まつもとにてワークショップでした。早めに出て普通電車でのんびり座って行きます。

駅について並んで電車を待っていたら、女房から電話「チケットこっちにあるで。」財布を調べたらチケットなし。
朝、早く目が覚めたので財布を片付けたりしてて、そのまま忘れてしまったようです。なんたるチーヤ。慌てて戻ります。

自転車でもう一度、家に帰りチケットを持って再び駅へ。なんやねん。とか思いながら自分のせい。誰を責めるわけにもいかず情けなくなる。しかし結構早めに出てたのでぎりぎりセーフ。

新宿から特急あずさ号に乗り一路、松本へ。電車の中でワークショップでやることを考えたり。しかし決めつけないように柔らかく行こう。考えるのをやめて『ブログ?』を記したり、過去のブログの文字の間違いを直したり。絶交が絶好になってた。恥ずかしい。

駅について腹が減ってるので立ち食い蕎麦を探す。なかなか良さそうな店なのでin。

上に野沢菜のようなものがのっている長野限定みたいな蕎麦があったので頼んでみる。野沢菜の酸味がつゆに入り込んでいまいち。冷凍の蕎麦って美味しくなっているのに。とか思っていると、入ってくる人みんながそれを頼むので意外。人気があるのだな。

気を取り直して芸術館に向かいます。まっすぐの道を寄り道したりしながら向かいます。お洒落な画材屋があるので少し覗いたり。

さて、ここ”まつもと市民芸術館”へ来るのは、1ヶ月ぶりなのにまるで昨日きたような感じ。歳をとると月日のたつのが早くなりますが最近、急速。

昨日の東洋大学ワークショップは、20人以上いたけれど、今日は11人。少ないほうが一人一人がよく見えていいのです。

挨拶して開始。いつものようにあたまとからだを空っぽにしてはじめます。そのあと、流れるように続けますが、なんとなくノリが悪いというかピリッとしない雰囲気。

なんなんだろう?気分が能動的ではない感じ。言われたことをただやっている。そんな雰囲気。張り合いがないのでそう説明し急遽展開を変更。

雰囲気をガラリと変えます。前回やろうと思ってやらなかった一人一人のソロをやることにします。しかしソロダンスだとつまらないので、踊らない。演じないというルールでやることにします。

戸惑いながらやる一人一人の何というかパフォーマンスが様々で面白かったり面白くなかったりして興味深い。雰囲気をガラリと変えたのが功を奏す。良かった。

しかし、スタートが違うとそのあとの展開がまったく違ってきます。なんとか軌道修正しようとするが、なかなか難しく迷路へと入っていきます。

ワークショップ生は戸惑っていますが、工場長・加藤直さんの手紙にもありましたがこの『まつもと演劇工場』は実験をモットーとしているところがあるので、そのまま突き進みます。俺自身も実験です。

なんだかへんてこな感じになって、さてここからが面白くなるかも。というところまで来ましたが時間切。悔しい。しかしこのままでは終われないので、百戦錬磨の腕前で再度展開をガラリと変えます。盛り上がり終了。

「また会いましょう。」

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今回、俺を推薦してくれた山田うんちゃんが串田和美さんと対談してました。
posted by Mukai Kumotaro at 06:43| 日記

2018年12月20日

続きの続きの続き

大駱駝艦稽古場発表会『みほどろ』。タイトルの意味は結局、聞かなかった。

だがググらない。この世の中、知らないことなんて沢山ある。そして、知らないほうがいいことも沢山ある。知っても知らなくてもどっちでもいいこともあるし、ほっといても知ってしまうこともある。

ラスト、「これは麿さんの演出か?」という曲がかかり大団円を迎えフィナーレ。結構いい感じの拍手。阿目虎南が格好良く挨拶して終わりか。と思って席を立とうとするとなんと、麿さんと篠原勝之さんこと”クマさん”が舞台にすーっと登場。

クマさんの本の宣伝です。軽妙で絶妙なボケとツッコミの漫才を繰り広げ笑わせます。麿さんが言うことを忘れて「えー、それで。」とか言ってるのにクマさんが突っ込み的な助け舟を出します。

完全にラスト、二人に食われて終了。外に出て、来ていた弟弟子・中林勝司と連れションへ。しかし話すことはやはり本編の感想です。

そのあと勝司とバラシを手伝い、打ち上げへと出る権利を得ます。配膳も手伝って、そうこうしているあいだにお風呂へ行っていたダンサーも帰ってきて打ち上げスタート。

ダンサー一人一人の挨拶があり、麿さんの結構本気の苦言があったりしてピリッとしてから私も挨拶させられ。昔取った杵柄、挨拶しながら”ヒット&アウェイ”で皆んなを笑わせます。

楽しかったなあ。結局、朝までいました。やっぱり居心地がいいんだな。次の日は完全に使い物にならない感じで色々と忘れてしました。ごめんなさい。

さて、そして昨日は東洋大学国際哲学研究センターにてワークショップでした。もう今回はほとんどカリキュラムを決めないで臨みました。

人生とは即興。マニュアルやカリキュラムなんてないのです。いつ何が起こるかわからない。次の瞬間には車椅子のワークショップ生が現れるかもしれない。その時にどう面白く対応できるか。

柔らかく自由自在に、適当に良い加減に生きろ人生。

結果、わたくしを呼んでくれた河本英夫先生も大喜びで終了。昨日は、ワークショップの流れといい感じが、からだに染みついているなあと実感しました。

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篠原勝之著『戯れの魔王』を読む魔王、師・麿赤兒。
posted by Mukai Kumotaro at 10:51| 日記

2018年12月19日

続きの続き

そうこうしていると、そろそろ時間です。「Radies and Gentlemen.」幸平が英語で、直哉が日本語で挨拶。こんなところも気が利いてるなあ。と感心。

暗転になって仕切り直し、ゆっくりとした明転。このゆっくりとした明転というのが難しくて未熟な照明家だと「ぱかっ。」とついて「あーあ。」となるのですが素晴らしい明転。誰がやってるのかな。

今日は稽古場発表会なのでスタッフもすべてダンサーがやります。このダンサーが音響や照明をやるというシステムがミソで、自分たちの踊りの稽古にもなっているのです。

うまいダンサーは音響をやらせてもうまい。センスのいいダンサーは照明をやらせてもセンスが良かったりするのです。俺も昔は、音響をやっていて兄弟子の村松卓矢や八重樫玲子を唸らせたものです。

それはさておき。今回は珍しく音楽家が入っての生演奏です。オープニングはカラオケのようですがたぶんその音楽家の録音です。ゆっくりと白塗りが浮かび上がってきます。この瞬間がワクワクするのです。何か訳のわからない得体の知れないものがゆっくりと浮かび上がってくる。

幸平と直哉が椅子に座っています。シャム双生児のようにからだを絡ませてまるでくっついてるような錯覚をさせる。と、なんだか上手の方に誰か寝転んでます。見たことのないダンサー。なのか?しばらくして「あー、この人が音楽家か。」と気づきます。

音楽家も白塗りをしていて驚きます。でもまあ、あるのか。そういうことは。音楽家だから白塗りをしない。とかいう常識は壺中天にはありません。この音楽家・四家卯大という人が面白くてだいぶんいいところを持って行かれてた。

踊ろうとするのではなくて、楽器を演奏する姿がすでに踊りになっている。嘘のない踊り。踊ろうとするとそこには作為やテクニックが見えてきてしまい、面白くなくなってしまうのです。

そんな舞台を見ていると、「テクニックを磨くのではなく、踊りを磨くのだ。そして踊りを磨くために、人間を磨くのだ。」という言葉が頭に浮かんできます。

そこからは、へんてこな若羽幸平ワールドが満載、圧巻は幸平のソロで、そのまわりで皆んなが止まっているところ。完全に意味がわからなくて気が狂っていて爆笑しました。

打ち上げで幸平に聞いたら彼の中ではつながっていて理路整然としてたらしいのだけど、観客として観たら何をやってるのかまったくわからなくて意味不明。しかし嫌なわからなさ、意味不明さではなくて笑ってしまう面白さがあった。

そう。幸平の人間自体はあんまり愛嬌もなくてユーモアもない感じですが、作品はユーモアに溢れていたのでびっくり。

10年以上付き合って失礼な言葉を何回か吐かれて絶交したりしてたけど、はじめて知る彼の面白さを見た思いがした。

人間というのは、わからないものです。

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見事な演奏を聴かせたいただいたチェリスト:四家卯大さん。
posted by Mukai Kumotaro at 06:40| 日記

2018年12月18日

続き

えー、今日とうとうおかんとLINEをはじめた舞踏家、向雲太郎・51歳です。さて昨日の続き。

串ものは二本なので、野菜盛り合わせにした方がいいということでそれを頼みます。6種類で一本づつ。「全部食べられますかね。」とマスターに聞いたら「ペロリです。」と言われる。

もつ煮込みがきたので食べたら酸味が聞いてる。腐ってるのか?一瞬疑いが頭をよぎるがそういう味付けだと納得。だけど酸味は余計だな。と思ったり。野菜盛りもきてビールと一緒に頂いてちょうど食べ終わったら開場時間。清算して店をでる。

すでに開場で入場が開始されている。階段を降りていくと「ん、前にいるのは若か。」

すぐ前に兄弟子・若林淳がいました。さらに階段を降りていよいよ壺中天へと入ります。ドアマンの阿目虎南からチラシを受け取ります。お気に入りの入ってすぐの席が空いているので座ります。あっ、ちなみに阿目虎南も麿さんの命名です。

とっ、顔を上げると今回の振付・演出の若羽幸平がいるではありませんか。なんと座長自ら客入れをやっているのです。

壺中天での稽古場発表会は大駱駝艦のメンバーが座長を務め演出・振付・美術などほとんどのことを責任を負って行います。作品創りに必死になって最終日は、疲れ切ってて客入れ中は楽屋で暗く三角座りしてたりするのですが。

幸平が話しかけてきたので「余裕だな。」と返すと「余裕ッス。」とかえってきて。今日は村松卓矢を筆頭に兄弟子たちが仕事でいないらしくそれで余裕なのだとか。そういうことなのか?と訝しく思いながら折り込みに目を落として。

そんな客入れをしている小田直哉と幸平の姿を見ていると、一緒に立ち上げた大道芸のグループ『ゴールデンズ』での活動のことが蘇ってきます。結局俺は、独立したのでゴールデンズは幸平と直哉が引き継いでいまでもずーっと頑張ってやっています。

以前にも記しましたが、大道芸というのは守られた劇場という空間とはまったく違い、楽屋なんてものもないので最初に場所についたときから客に姿が丸見えで用意もすべて一挙手一投足見られている環境です。

そして、一瞬でも面白くなかったらお客さんは「ぷいっ。」といなくなってしまいます。わかりにくいことや難しいことをやっても一瞬で「ぷいっ。」といなくなってしまいます。

だからと言って客に媚びるのではなく、ヒット&アウェイというかうまーく引きつけて引き込んで自分たちの好きなこともしながら、時には脅して畳み掛けて最終的には感動まで持っていく。そして財布の紐を緩ませる芸です。ほんとうに厳しい世界なのです。

とか思いながら、お客さんとリラックスしてやりとりしている二人の姿を見ていると「あー、いままでやってきたゴールデンズの活動が見事に結実しているのだなあ。と深く納得して感慨深いものがあるのでした。

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ゴールデンズ@上野公園 photo by Junichi Matsuda
posted by Mukai Kumotaro at 23:59| 日記

2018年12月17日

壺へ

昨日は、古巣の壺中天に若羽幸平の初演出・振付作品の稽古場発表を観に行きました。

壺中天は吉祥寺にある大駱駝艦の稽古場です。ちなみに若羽幸平という名前は、師匠の麿赤兒、命名です。

麿さんが命名した人は、沢山おりまして一番古いのは、故・根津甚八さんなのかな。続きまして、大駱駝艦の出世頭・天児牛大。

山海塾は、もともとはらくだの舞踏塾の名前で命名はやはり麿さん。谷川楕長さんは、夭折した天才。狸穴善五郎は変人、etcetc...

さて、田無から吉祥寺へと自転車で向かいます。約20年間、毎日往復していた道を走ります。だいたい30分かかります。

この道を何往復したのか?365日×20は、約7000回。多い時は1日に3往復なんてしてたから10000万回は通ったのか。

めちゃめちゃ急いでて信号全部無視して15分でいく。なんて時もあった。危ないなあ。何回か車に轢かれそうになってて、一回は引っ掛けられてこけて新品の自転車のスポークが折れ曲り。

奥村君に言わせると慰謝料をもらえるチャンスだったけど、急いでたのでそのまま。もったいないことをした。ああいう時は、まず警察を呼んで待たなければいけないのだ。

それはさておき。今回は久しぶりに”ぱんぱん”になるらしいので早めに行きます。壺中天の初めの頃は、もう本当に入れるだけ入れててそれこそ客席はぱんぱんでした。

男のソロオムニバス『千秒の孤独』の時が最多記録なのかな。客席側にもイントレで客席をつくって。その頃はまだエアコンを入れてなかったので気持ち悪くなる人続出で。

伊藤キムさんが来てくれてて隣に座ってた一行に「この暑さは、なんとかならないのか。」と怒ってたらしい。

さて、開演の1時間前に行って整理券をもらいます。客入れまで30分あるので、駅前の立ち飲み屋“カッパ”に行くか迷います。カッパは、もつ焼き屋でとっても美味い有名な名店です。

時間的にあれなのでどうするか?と、壺中天から出るとその先に赤提灯が。ここでいいか。と言うかここがいいか。チェーン店の『一番』です。壺中天から1分という立地の良さに負けます。

寒いので、入って先ずはもつ煮込みを頼みます。「飲み物は?」と聞かれたので「生ビール。」と答えます。メニューを見ながら焼き鳥かあ。と呟きます。肉よりも野菜を食べようと玉ねぎ串、それと〜。

最近、また長くなっていると言われているのでまた明日。

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『みほどろ』振鋳・演出・美術:若羽幸平、音楽:四家卯大。
posted by Mukai Kumotaro at 20:53| 日記

2018年12月16日

読了

吉村昭著『破獄』読み終わりました。四度も脱獄した死刑囚のお話しで実在の人物がモデルになっているらしいです。

閉じ込められても閉じ込められても、それを破る男。それを防ごうと苦心する男たちの息詰まる攻防。

クソ寒い淡路島で読んでいたけれど、零下30度なんていう網走刑務所の記述があると比較して大したことないなあ。と思ってしまう。

そう、歴史上一度も破獄されたことのない網走刑務所に送られるが、そこからも脱獄する。極寒の刑務所から逃げるために、頭しか入らない扉ののぞき穴から出る。邪魔な服を全部脱いで褌一丁で逃げ出すのだから考えただけでも震え上がる。

その網走からは一年間も逃亡していた。わがままでまったく言うことを聞かない男の話しを読んでると、だんだん頭にきて腹が立ってきて早く撃ち殺せ。とか無茶なことを思ってしまったり。

最終的に網走でも捕まり64時間かけて汽車で府中まで送られる。64時間!メキシコの田舎町パツクアロまで48時間かかってへとへとになったけどもっとです。大変だ。

府中刑務所の所長がどうすれば逃げないか?と考えて、常識を次々に破っていくのに感動する。今までは、逃げないようにと閉じ込めることに腐心していたが、それに反発して脱獄を繰り返していたのだった。所長は逆に信用して温情を次々にかけていく。

そうすると男はその温情にだんだんと反抗的な態度を改めていく。その記述にまた感動する。そんな簡単なこと。と思うけれど、この思い込みや常識を破るというのが本当に難しくて勇気がいるのだ。

最後のほうのこの所長の心情の記述が圧巻で文章を読んでは本を閉じ、自分の心の中に染み込んでいくのをゆっくりと味わっていました。

人間というのは”心”なんだな。と思った。人の心をうごかすのは”心”なのだ。とも思った。当たり前のことだけどその当たり前がなくなっている東京というところ。

あっ、東京に戻ってきました。心が狭いんだな都会の人たちは。大らかさのかけらもない人たち。そんなに急いで何処へいくのか。心を亡くすと書いて忙しいと読みますが、東京の街を歩くと忙しくて目が回ってしまいます。

そんな、東京に年内はおります。そして今日は古巣・壺中天へといって後輩、若羽幸平の作品を観ます。壺中天の限られた空間の中にどんな宇宙が生まれるか。

壺の中にこもって死にものぐるいで創作するが、端から見てると別に死ぬわけではなし。何をそんなに必死になっていたんだろうと。思い返したりもします。

もっと気楽にどうでもいい、なんでもいい。これでいいのだとやれればいいのにな。

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壺中天で最後に創った作品『底抜けマンダラ』より。photo by Manami Midorikawa
posted by Mukai Kumotaro at 08:20| 日記

2018年12月15日

盲ろう

先日、教育テレビで手話の話題をやってて何気なく観てました。なんだか不思議な光景で変だな。と思っていたら見たことのない手話だからなのでした。

お互いの手を触りあいながら手話をやっているのです。観ているとやがて『盲ろう』と言われる視覚と聴覚のない人たちの手話だとわかりました。

ヘレンケラーの世界です。聞こえないから同時に喋ることもできない。見えない聞こえない喋れない。盲ろう者同士のコミュニケーションの場の映像です。

一般的な手話は見ることで理解するけれど、見えないので触れることによって手話を成立させる。この分野は世界的にも人口が少ないらしく、特に後進国ではまったくケアがされていないらしい。

インドには40万人の盲ろう者がいて、そのほとんどが手に職を持っていないらしいです。

そして、この盲ろう者同士のコミュニケーションには必ずもう一人介在者が必要らしいですが、それができる人がほとんどいないらしいのです。

触れることでしか他者を感じることのできない人々。触れることでしかコミュニケーションをとれない人々。触覚だけに特化しているから鋭敏なんだろうな。

ひとつ情報が遮断されると、残りの情報器官が敏感になる。

映画『Ray』でレイ・チャールズが女性の手を触って人となりを判断するのが印象的だった。手を触るとすべてがわかってしまう。

そういえば、大駱駝艦の夏合宿で昔、目隠し鬼というのをよくやってて文字通り目隠しして鬼ごっこをやるのだけど、視覚を奪われることで周りの反応がまったく違って感じられるのが面白かった。

周りが取り囲んで外に出ようとする人を押し返すのだけど、膝でグイグイ蹴られたりしてものすごく悪意を感じる。

そんな時に好きではない奴の顔が浮かんだりして。見えないからわからないのだけど。不思議。

最近は、この目隠し鬼はやってないのかな。面白いのだけど。あり得ないタイミングでしゃがんでその上を鬼が手を伸ばしてスルー。とか。

けれど本気の鬼ごっこなので怪我人が出たりしてやらなくなってしまった。デュ社で復活させよう。視覚障害者とやったらより面白いかもしれない。

パラリンピックの影響でこういう番組が、だんだん増えているけれど良いことだと思います。日本人は特別に優勢意識が強い民族らしいので、劣勢の人々には普段は凄く厳しいですから。

チャンスです。どんどん利用していまのうちに市民権を強めていこう。

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日本には約2万人の盲ろう者がいるらしいです。
posted by Mukai Kumotaro at 07:06| 日記

2018年12月14日

観たい

東京でのデュ社の最終的な動員は500人弱でした。500人だと予算を組むのが難しい。たとえ助成金があっても自分はノーギャラなんてことになってしまう。

3月のワークショップの折り込みをするにあたり動員予想を見ていたら、笠井叡さんが1,100人だった。さすがは大御所。舞踏の草創期から活躍し続けている。大したものです。

1,000人超えたら何とか予算を組むことができる。それでも助成金をもらわないとスタッフに十分なギャラを渡すのは無理か。

勅使河原三郎さんが1,800人だって。相変わらず人気があるのだな。しかし狂信的な人気で最近、裸の王様みたいになっている気がするのは俺だけか。

立川志の輔さんが3,200人。独演会で3,000人超えるって化物だな。当然、テレビに出ている影響力でもあると思うけれど。

山田うんちゃんが750人か。あれだけ売れてても1000人行かない。厳しいな。一度観にいってとっても面白かった『パラドックス整数』は500人か。ギリギリだな。

いっぽう、新感線は27,000人だって。タレントを使って公演を打ってるから。麿さんが出てるので一度観にいったけど。。やめましょう。悪口になるので。

しかしあの時の麿さんはかっこよかった。事務所の力やバーターとか出ている人を見ていたらそんなことが感じられたけど、麿さんだけが自分自身の力でこの舞台に立っているのだなあ。と思った。

その説得力が凄まじかった。圧倒的な存在感だった。師匠だからそう感じた。というのもあるけれどそれだけでは決してなかったと思います。

さて、面白いことをやっていればお客さんは集まるようになる。これは現実だと思うけれど時間がかかるのも事実。

俺らデュ社も関西へと移ってこれから一から出直しですが、集客などの制作と作品を創る才能はやはり別物。

これからそんな制作者とも新しい出会いがあっていろいろと進んでいくと思うけれど、俺はこのまま突き進みます。不真面目にいい加減に適当に不良の魂を持ち続け、面白いことだけを考えるようにして。

そのために生きていきます。そういえば土方さんがセゾン劇場で公演をやったときは10,000人集まったそうです。観たいと思わせる存在。

コンテンツフリーのいま。舞台へいって生で本物をどうしても観たいと思う存在になる。それが集客への一番早い道かもしれません。

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もっと自由に。もっとどうでもよく。『春の祭典』photo by bozzo
posted by Mukai Kumotaro at 11:47| 日記

2018年12月13日

ない

教室で俺以外は、若者。授業をやってていろいろと相談に乗ったりしてるけど俺だけ教科書がない。そろそろ帰ろうと思ってリュックを探す。さっきまであったのになくなってる。

教室中をずーっと探してるけどない。おかしいなあ。「ないない。」騒いでたら背負ってた。

直哉と何処かへ向かっている。街を歩いてる。極彩色のお化け屋敷みたいな、気持ち悪い風俗店街で直哉とはぐれる。直哉もしかして、入ったのか?しばらく探すがいない。電話するがでない。

歩いていると通りに面した教室がある。俺の名前を呼ぶ声がするので入ると一行がいる。ろれつが回っていない。酔ってるのか?

何かの説明会で他の生徒やスーツの人に見られていて迷惑そうなので、後ろ髪を引かれながら外へと出る。

繁華街で店の中へ迷い込んだりしながら歩いている。女性の足が見え隠れ。おばさんが二人立っていて、頰にうぶ毛が生えていて光っている。

巨大施設の上まで行っている。何をしてたのか?わからない。人が大勢登ってきたので、こっそりと降りていく。誰にも疑われないようにそーっと降りていく。

無事、地上に出て柵をくぐり抜けて脱出。誰かに声をかけられるが無視して出ていく。

あっ、夢の話しです。

リアルな夢というものは、昔から持ってなかったですが強いて言えば歌舞伎座でのソロ公演です。

昔、鉄秀氏が「お前の夢なんや?俺の夢はな、ヨット買って、」とか言うてたけれど、すべてお金で解決できることばかりだった。それは夢ではない。現実です。

叶いそうにないのが夢。現実にありそうもないことが夢。

もうすぐ正月ですが、初夢で縁起の良い夢といえば『一富士二鷹三茄子』

「なすびの夢見たんや。」「へえ縁起ええな。どんな夢や?」「ものすごい大きななすびの夢や。」「へえどのぐらい大きかった?」「暗闇に”へた”つけたぐらいや。」

江戸時代の小咄ですが、規模がでかくて宇宙的。

さて、淡路を離れました。川西から京都へ行って湯山の新居を見てから、東京に戻ります。現代の東の都も、江戸ぐらいにスケールの大きい洒落が効いていれば面白いのにな。

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どこ?
posted by Mukai Kumotaro at 10:09| 日記

2018年12月12日

来年

昨日は、本格的に京都へと移住した湯山大一郎と電話にて会議しました。いままでは、実家に居候をしていましたが家を借りて引っ越しも済ませたようです。

さて年内は、東洋大学でのワークショップ、まつもとでのワークショップで終了。

来年前半は、3月に森下スタジオにてワークショップがあるだけなので、4月か5月に関西にて公演を打つことで合意、そのあとワークショップをやります。

場所を探しますが、限りなく所場代の安いところを見つけてリスクを最小限に減らします。

小屋代が30万円なんてことになると、チケット代3,000円にしてお客さんが100人入ってやっとペイできるなんていうことになってしまいます。

チラシを作って折り込みしてDM送って宣伝してそれで100人がきてくれてやっと小屋代が出る。あと100人入れてスタッフ費、あと100人入れて諸々の経費を払います。

あと100人入れてやっと自分たちのギャラが出るなんてことになるので気が遠くなります。

すべてをチケット収入で賄う、手打ち公演の大変さです。そこで助成金の申請となるのですが、日本の助成金はまず赤字になっていてその赤字分の半額が支払われるなんていう仕組みなので変なことになります。

赤字になる前提で予算を組まないといけないので、危険極まりないです。

しかも助成金を頂くために赤字になるように予算を組んでたら、貰えなかったなんてことになるとさあ大変。予算を無理して切り詰めて縮小して作り直すか、さもなければアイホールの時のように公演中止です。

声をかけていた様々なスタッフ・関係者に謝って。劇場に手付金を払っていたりしたらもう返ってきません。

公演ができたとしても、赤字分の半分ということはもう半分は自分で何とかしなければなりません。お金を持っていないと助成金がもらえないという変な仕組み。

暗い気分になってきたので話題を変えましょう。

4月か5月に公演をやってそのあとワークショップをやって新入社員を勧誘して、8月は淡路島で合宿をやりたかったけれどできないなあ。

人の手伝いをしている場合ではないのですが。仕方ない。しかし「時間はあると思うな。」という土方さんの言葉が胸に刺さってきます。

2019年11月7日〜17日まで城崎国際アートセンターにて湯山と新入社員とでレジデンスして作品を制作します。ここで創った作品を来年どこでやるのか?湯山が色々とうごいて探しています。

京都の"E9"は30万もするらしいので無理。これ以上は借金を抱えられないので絶対に赤字にならないようにしないといけないのだ。

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2019年11月城崎は『舞踏?レクチャーパフォーマンス』です。乞うご期待。
photo by bozzo
posted by Mukai Kumotaro at 07:29| 日記