2018年12月17日

壺へ

昨日は、古巣の壺中天に若羽幸平の初演出・振付作品の稽古場発表を観に行きました。

壺中天は吉祥寺にある大駱駝艦の稽古場です。ちなみに若羽幸平という名前は、師匠の麿赤兒、命名です。

麿さんが命名した人は、沢山おりまして一番古いのは、故・根津甚八さんなのかな。続きまして、大駱駝艦の出世頭・天児牛大。

山海塾は、もともとはらくだの舞踏塾の名前で命名はやはり麿さん。谷川楕長さんは、夭折した天才。狸穴善五郎は変人、etcetc...

さて、田無から吉祥寺へと自転車で向かいます。約20年間、毎日往復していた道を走ります。だいたい30分かかります。

この道を何往復したのか?365日×20は、約7000回。多い時は1日に3往復なんてしてたから10000万回は通ったのか。

めちゃめちゃ急いでて信号全部無視して15分でいく。なんて時もあった。危ないなあ。何回か車に轢かれそうになってて、一回は引っ掛けられてこけて新品の自転車のスポークが折れ曲り。

奥村君に言わせると慰謝料をもらえるチャンスだったけど、急いでたのでそのまま。もったいないことをした。ああいう時は、まず警察を呼んで待たなければいけないのだ。

それはさておき。今回は久しぶりに”ぱんぱん”になるらしいので早めに行きます。壺中天の初めの頃は、もう本当に入れるだけ入れててそれこそ客席はぱんぱんでした。

男のソロオムニバス『千秒の孤独』の時が最多記録なのかな。客席側にもイントレで客席をつくって。その頃はまだエアコンを入れてなかったので気持ち悪くなる人続出で。

伊藤キムさんが来てくれてて隣に座ってた一行に「この暑さは、なんとかならないのか。」と怒ってたらしい。

さて、開演の1時間前に行って整理券をもらいます。客入れまで30分あるので、駅前の立ち飲み屋“カッパ”に行くか迷います。カッパは、もつ焼き屋でとっても美味い有名な名店です。

時間的にあれなのでどうするか?と、壺中天から出るとその先に赤提灯が。ここでいいか。と言うかここがいいか。チェーン店の『一番』です。壺中天から1分という立地の良さに負けます。

寒いので、入って先ずはもつ煮込みを頼みます。「飲み物は?」と聞かれたので「生ビール。」と答えます。メニューを見ながら焼き鳥かあ。と呟きます。肉よりも野菜を食べようと玉ねぎ串、それと〜。

最近、また長くなっていると言われているのでまた明日。

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『みほどろ』振鋳・演出・美術:若羽幸平、音楽:四家卯大。
posted by Mukai Kumotaro at 20:53| 日記

2018年12月16日

読了

吉村昭著『破獄』読み終わりました。四度も脱獄した死刑囚のお話しで実在の人物がモデルになっているらしいです。

閉じ込められても閉じ込められても、それを破る男。それを防ごうと苦心する男たちの息詰まる攻防。

クソ寒い淡路島で読んでいたけれど、零下30度なんていう網走刑務所の記述があると比較して大したことないなあ。と思ってしまう。

そう、歴史上一度も破獄されたことのない網走刑務所に送られるが、そこからも脱獄する。極寒の刑務所から逃げるために、頭しか入らない扉ののぞき穴から出る。邪魔な服を全部脱いで褌一丁で逃げ出すのだから考えただけでも震え上がる。

その網走からは一年間も逃亡していた。わがままでまったく言うことを聞かない男の話しを読んでると、だんだん頭にきて腹が立ってきて早く撃ち殺せ。とか無茶なことを思ってしまったり。

最終的に網走でも捕まり64時間かけて汽車で府中まで送られる。64時間!メキシコの田舎町パツクアロまで48時間かかってへとへとになったけどもっとです。大変だ。

府中刑務所の所長がどうすれば逃げないか?と考えて、常識を次々に破っていくのに感動する。今までは、逃げないようにと閉じ込めることに腐心していたが、それに反発して脱獄を繰り返していたのだった。所長は逆に信用して温情を次々にかけていく。

そうすると男はその温情にだんだんと反抗的な態度を改めていく。その記述にまた感動する。そんな簡単なこと。と思うけれど、この思い込みや常識を破るというのが本当に難しくて勇気がいるのだ。

最後のほうのこの所長の心情の記述が圧巻で文章を読んでは本を閉じ、自分の心の中に染み込んでいくのをゆっくりと味わっていました。

人間というのは”心”なんだな。と思った。人の心をうごかすのは”心”なのだ。とも思った。当たり前のことだけどその当たり前がなくなっている東京というところ。

あっ、東京に戻ってきました。心が狭いんだな都会の人たちは。大らかさのかけらもない人たち。そんなに急いで何処へいくのか。心を亡くすと書いて忙しいと読みますが、東京の街を歩くと忙しくて目が回ってしまいます。

そんな、東京に年内はおります。そして今日は古巣・壺中天へといって後輩、若羽幸平の作品を観ます。壺中天の限られた空間の中にどんな宇宙が生まれるか。

壺の中にこもって死にものぐるいで創作するが、端から見てると別に死ぬわけではなし。何をそんなに必死になっていたんだろうと。思い返したりもします。

もっと気楽にどうでもいい、なんでもいい。これでいいのだとやれればいいのにな。

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壺中天で最後に創った作品『底抜けマンダラ』より。photo by Manami Midorikawa
posted by Mukai Kumotaro at 08:20| 日記

2018年12月15日

盲ろう

先日、教育テレビで手話の話題をやってて何気なく観てました。なんだか不思議な光景で変だな。と思っていたら見たことのない手話だからなのでした。

お互いの手を触りあいながら手話をやっているのです。観ているとやがて『盲ろう』と言われる視覚と聴覚のない人たちの手話だとわかりました。

ヘレンケラーの世界です。聞こえないから同時に喋ることもできない。見えない聞こえない喋れない。盲ろう者同士のコミュニケーションの場の映像です。

一般的な手話は見ることで理解するけれど、見えないので触れることによって手話を成立させる。この分野は世界的にも人口が少ないらしく、特に後進国ではまったくケアがされていないらしい。

インドには40万人の盲ろう者がいて、そのほとんどが手に職を持っていないらしいです。

そして、この盲ろう者同士のコミュニケーションには必ずもう一人介在者が必要らしいですが、それができる人がほとんどいないらしいのです。

触れることでしか他者を感じることのできない人々。触れることでしかコミュニケーションをとれない人々。触覚だけに特化しているから鋭敏なんだろうな。

ひとつ情報が遮断されると、残りの情報器官が敏感になる。

映画『Ray』でレイ・チャールズが女性の手を触って人となりを判断するのが印象的だった。手を触るとすべてがわかってしまう。

そういえば、大駱駝艦の夏合宿で昔、目隠し鬼というのをよくやってて文字通り目隠しして鬼ごっこをやるのだけど、視覚を奪われることで周りの反応がまったく違って感じられるのが面白かった。

周りが取り囲んで外に出ようとする人を押し返すのだけど、膝でグイグイ蹴られたりしてものすごく悪意を感じる。

そんな時に好きではない奴の顔が浮かんだりして。見えないからわからないのだけど。不思議。

最近は、この目隠し鬼はやってないのかな。面白いのだけど。あり得ないタイミングでしゃがんでその上を鬼が手を伸ばしてスルー。とか。

けれど本気の鬼ごっこなので怪我人が出たりしてやらなくなってしまった。デュ社で復活させよう。視覚障害者とやったらより面白いかもしれない。

パラリンピックの影響でこういう番組が、だんだん増えているけれど良いことだと思います。日本人は特別に優勢意識が強い民族らしいので、劣勢の人々には普段は凄く厳しいですから。

チャンスです。どんどん利用していまのうちに市民権を強めていこう。

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日本には約2万人の盲ろう者がいるらしいです。
posted by Mukai Kumotaro at 07:06| 日記

2018年12月14日

観たい

東京でのデュ社の最終的な動員は500人弱でした。500人だと予算を組むのが難しい。たとえ助成金があっても自分はノーギャラなんてことになってしまう。

3月のワークショップの折り込みをするにあたり動員予想を見ていたら、笠井叡さんが1,100人だった。さすがは大御所。舞踏の草創期から活躍し続けている。大したものです。

1,000人超えたら何とか予算を組むことができる。それでも助成金をもらわないとスタッフに十分なギャラを渡すのは無理か。

勅使河原三郎さんが1,800人だって。相変わらず人気があるのだな。しかし狂信的な人気で最近、裸の王様みたいになっている気がするのは俺だけか。

立川志の輔さんが3,200人。独演会で3,000人超えるって化物だな。当然、テレビに出ている影響力でもあると思うけれど。

山田うんちゃんが750人か。あれだけ売れてても1000人行かないんだな。厳しいな。一度観にいってとっても面白かった『パラドックス整数』は500人か。ギリギリだな。

いっぽう、新感線は27,000人だって。タレントを使って公演を打ってるから。麿さんが出てるので一度観にいったけど。。やめましょう。悪口になるので。

しかしあの時の麿さんはかっこよかった。事務所の力やバーターとか出ている人を見ていたらそんなことが感じられたけど、麿さんだけが自分自身の力でこの舞台に立っているのだなあ。と思った。

その説得力が凄まじかった。圧倒的な存在感だった。師匠だからそう感じた。というのもあるけれどそれだけでは決してなかったと思います。

さて、面白いことをやっていればお客さんは集まるようになる。これは現実だと思うけれど時間がかかるのも事実。

俺らデュ社も関西へと移ってこれから一から出直しですが、集客などの制作と作品を創る才能はやはり別物。

これからそんな制作者とも新しい出会いがあっていろいろと進んでいくと思うけれど、俺はこのまま突き進みます。不真面目にいい加減に適当に不良の魂を持ち続け、面白いことだけを考えるようにして。

そのために生きていきます。そういえば土方さんがセゾン劇場で公演をやったときは10,000人集まったそうです。観たいと思わせる存在。

コンテンツフリーのいま。舞台へいって生で本物をどうしても観たいと思う存在になる。それが集客への一番早い道かもしれません。

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もっと自由に。もっとどうでもよく。『春の祭典』photo by bozzo
posted by Mukai Kumotaro at 11:47| 日記

2018年12月13日

ない

教室で俺以外は、若者。授業をやってていろいろと相談に乗ったりしてるけど俺だけ教科書がない。そろそろ帰ろうと思ってリュックを探す。さっきまであったのになくなってる。

教室中をずーっと探してるけどない。おかしいなあ。「ないない。」騒いでたら背負ってた。

直哉と何処かへ向かっている。街を歩いてる。極彩色のお化け屋敷みたいな、気持ち悪い風俗店街で直哉とはぐれる。直哉もしかして、入ったのか?しばらく探すがいない。電話するがでない。

歩いていると通りに面した教室がある。俺の名前を呼ぶ声がするので入ると一行がいる。ろれつが回っていない。酔ってるのか?

何かの説明会で他の生徒やスーツの人に見られていて迷惑そうなので、後ろ髪を引かれながら外へと出る。

繁華街で店の中へ迷い込んだりしながら歩いている。女性の足が見え隠れ。おばさんが二人立っていて、頰にうぶ毛が生えていて光っている。

巨大施設の上まで行っている。何をしてたのか?わからない。人が大勢登ってきたので、こっそりと降りていく。誰にも疑われないようにそーっと降りていく。

無事、地上に出て柵をくぐり抜けて脱出。誰かに声をかけられるが無視して出ていく。

あっ、夢の話しです。

リアルな夢というものは、昔から持ってなかったですが強いて言えば歌舞伎座でのソロ公演です。

昔、鉄秀氏が「お前の夢なんや?俺の夢はな、ヨット買って、」とか言うてたけれど、すべてお金で解決できることばかりだった。それは夢ではない。現実です。

叶いそうにないのが夢。現実にありそうもないことが夢。

もうすぐ正月ですが、初夢で縁起の良い夢といえば『一富士二鷹三茄子』

「なすびの夢見たんや。」「へえ縁起ええな。どんな夢や?」「ものすごい大きななすびの夢や。」「へえどのぐらい大きかった?」「暗闇に”へた”つけたぐらいや。」

江戸時代の小咄ですが、規模がでかくて宇宙的。

さて、淡路を離れました。川西から京都へ行って湯山の新居を見てから、東京に戻ります。現代の東の都も、江戸ぐらいにスケールの大きい洒落が効いていれば面白いのにな。

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どこ?
posted by Mukai Kumotaro at 10:09| 日記

2018年12月12日

来年

昨日は、本格的に京都へと移住した湯山大一郎と電話にて会議しました。いままでは、実家に居候をしていましたが家を借りて引っ越しも済ませたようです。

さて年内は、東洋大学でのワークショップ、まつもとでのワークショップで終了。

来年前半は、3月に森下スタジオにてワークショップがあるだけなので、4月か5月に関西にて公演を打つことで合意、そのあとワークショップをやります。

場所を探しますが、限りなく所場代の安いところを見つけてリスクを最小限に減らします。

小屋代が30万円なんてことになると、チケット代3,000円にしてお客さんが100人入ってやっとペイできるなんていうことになってしまいます。

チラシを作って折り込みしてDM送って宣伝してそれで100人がきてくれてやっと小屋代が出る。あと100人入れてスタッフ費、あと100人入れて諸々の経費を払います。

あと100人入れてやっと自分たちのギャラが出るなんてことになるので気が遠くなります。

すべてをチケット収入で賄う、手打ち公演の大変さです。そこで助成金の申請となるのですが、日本の助成金はまず赤字になっていてその赤字分の半額が支払われるなんていう仕組みなので変なことになります。

赤字になる前提で予算を組まないといけないので、危険極まりないです。

しかも助成金を頂くために赤字になるように予算を組んでたら、貰えなかったなんてことになるとさあ大変。予算を無理して切り詰めて縮小して作り直すか、さもなければアイホールの時のように公演中止です。

声をかけていた様々なスタッフ・関係者に謝って。劇場に手付金を払っていたりしたらもう返ってきません。

公演ができたとしても、赤字分の半分ということはもう半分は自分で何とかしなければなりません。お金を持っていないと助成金がもらえないという変な仕組み。

暗い気分になってきたので話題を変えましょう。

4月か5月に公演をやってそのあとワークショップをやって新入社員を勧誘して、8月は淡路島で合宿をやりたかったけれどできないなあ。

人の手伝いをしている場合ではないのですが。仕方ない。しかし「時間はあると思うな。」という土方さんの言葉が胸に刺さってきます。

2019年11月7日〜17日まで城崎国際アートセンターにて湯山と新入社員とでレジデンスして作品を制作します。ここで創った作品を来年どこでやるのか?湯山が色々とうごいて探しています。

京都の"E9"は30万もするらしいので却下。これ以上は借金を抱えられないので絶対に赤字にならないようにしないといけないのだ。

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2019年11月城崎は『舞踏?レクチャーパフォーマンス』です。乞うご期待。
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posted by Mukai Kumotaro at 07:29| 日記

2018年12月11日

呆け

先日、娘が学校の社会勉強で特別養護老人ホーム通称”特養”へと行ってきました。

一階が一般の老人で二階が認知症の老人が入っていて、1日目は一般で2日目が認知症のかたのいる二階で社会勉強をしたらしいです。

感想ですが、二階のほうがいる人が明るくて楽しかったそうです。人が子どもに返ってるからか。

親友のお母さんも施設に入ってるのですが、会ったら自分のことを覚えてなくてちょいちょい女を見せてくる。言うて文句を言ってました。

立場と状況と諸々で変わってくるお話しですが、このあいだテレビを見てたら、やはり認知症のことをやっていました。

夫婦のお話しで奥さんが時々、記憶を失うらしくさっきまで話してたのに旦那さんが「俺だれや?」言うて聞いたら奥さんが「知らん。」

しかし知らない人と部屋で二人きりでも平気なのが不思議だった。記憶はないけどからだで覚えてるとか。

東洋大学教授の河本先生は常に忘れる努力をしてるそうですがそんな人も世の中にはいます。俺も別に覚えておくべきことは特にないかもしれない。

そもそも舞踏界で一番有名な大野一雄さんは、アルツハイマーでした。呆けててもできる、それが舞踏です。

1998年、6月にシアターコクーンで『無』という大野一雄さんの公演を初めて観たのですが、共演の観世栄夫さんが四人ぐらいだったか引き連れて厳粛な感じで舞っている、そこを大野さんがうろうろしてました。

能の重々しい舞の中をまるで子どものようにそう”うろうろ”してて、めちゃめちゃ面白かった。

舞台の上手と下手をいったり来たりしてて上手にいったなあ。と思ったら思い出したように下手へいって。

花か何かを持ってたと思うけれどひたすらに軽い感じであの姿は、忘れられない。踊り?なのか、何なのか?何なんだこれは?ぶっちぎりで面白かった。いままでに観た踊りというか存在というかベストワンです。

大野一雄舞踏研究所代表の溝端俊夫さんに最近その話しをしたら、もうその頃は呆けてて舞台の上手と下手がわからくなってたらしいです。が、あんなに面白いならそれでいいのです。

いま年表を見てたら俺と同じ年齢の51歳の時は、まだ国内でのみ知る人ぞ知る存在で、世界的に有名になってブレイクするきっかけの土方さん演出作品「ラ・アルヘンチーナ頌」を踊るのは1977年、71歳の時。

なぬなぬ。ということは、1998年は、92歳だったのか。まじか。

大野さんの年齢には追いつきませんが、最近だいぶんやる気が抜けてきてどうでもいい感じで舞台に臨めるようになってきました。

まだまだ全然ですが、71歳の時にはもっともっと呆けていい存在でいられるようになるかもしれません。

生きてるのかな。

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Kazuo Ohno, Tatsumi Hijikata(ⒸEikoh Hosoe)
やっぱり本物は格好いい。
posted by Mukai Kumotaro at 08:33| 日記

2018年12月10日

真似について

むかし、鉄割アルバトロスケットの看板俳優、奥村勲氏にお芝居とは?と唐突にしかし真剣に尋ねたことがある。

「猿真似ですよ。」即答してた。さすがは、小学生の時にバスに乗っていてお金がないことに気付いて、降りる時に養護学校の生徒の真似をして難を逃れた男。

奥村君が最初にお芝居をした体験なのかな。バスの運転手さんはどう思ってたのか。案外わかってたりして。

もしわかってたとしても、見逃してもらえたのは真に迫るお芝居だったからだろう。

バスを降りるまでやり切ったらしい。小児麻痺の真似。しかし咄嗟にそれができるのは、普段から興味を持って観察してたから。いま現在も人の真似をするのはとっても上手です。

音楽は真似から始めます。コピーですね。それは楽譜を見たり耳で聞いてだったり様々ですが、すべて真似・コピーから始まります。

美術になってくると違うのか。もちろん人物や風景を模写することもしますが、まったくの想像で描けなんてのもある。と言ったってそこで出てくるものも、何かの影響だったりどこかで見たものだったりするのだが。

そう。人は生きてくる過程で誰かの影響を何かしら受けているし、毎日眼にする光景や風景や写真や絵なんてのの影響を受けている。

いまはネットの時代だから世界中のありとあらゆるものを眼にする機会があるので、影響は様々に受けているだろう。

舞踏の始祖、大野一雄の真似をして売れている人がいますがなんだかなあ。と思います。最初はまあいいかと思っていたけど、ここまで引っ張っていい気になって続けられると、客観的に良い加減にしたらどうだろう。と思う。

似ても似つかない、オリジナルとの違いがどうしても眼についてしまう。ただオリジナルの音楽が良いから騙されてしまう人もいる。構成も上手なんだよな。見せかたが上手だから騙されてしまう。ファンも多いみたいだし、まあいいか。

美術界の真似のパイオニアは森村泰昌さんですが、あのぐらい徹底してコピーばかりやられると説得力があるし迫力が違う。オリジナルを越えている面白さもあるし。

最近、鉄割アルバトロスケットの演目がほぼ何かのパロディになってきているのですが、真似なんだけど真似になっていなかったりまったくの別物になっていたりするので笑ってしまう。

人生なんて八百長ばかり、嘘ばかりの世の中で何をやったっていいじゃないか。所詮つくりもののこの世界、なんでもありでこれでいいのだ。

と思うのだけど、真似を許せない人がいるのは確か。

俺も大野一雄の真似をしている人のことを、とやかく言うのは気に入らないからか。メキシコですげー大変な時にわがままばかりを言われて、嫌になったというのもあるけど。それが原因だな(笑)

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『舞踏?プレゼンテーションショウ』@Bank ART studio NYK, photo by bozzo.
posted by Mukai Kumotaro at 08:01| 日記

2018年12月09日

トア

『トア』ってのは、フランス語でルーフトップ、屋根とか屋上とかってな意味で、物件が屋上にあったので付けました。

デュ社の”デュ”ってのが『ふたつ』というフランス語なので洒落てもみました。

ここは、約2年ぐらい借りてたのか。プレハブは前に記しましたが、冬はめっぽう寒くて夏はべらぼうに暑いです。季節をよく感じられるのでいいですが。

夏場は、閉め切って熱々の辛ラーメンを食べてダラダラ汗をかくなんてことをわざとやってました。いまはもう出来ないな。熱中症で病院へいく羽目になります。

いろんなところを最初に直して本棚や机、荷物を持ち込んだけどとにかく広かったので、からだをうごかしたり稽古もしてた。仕事を集中してやるときは泊まり込んで。人はあんまり呼ばなかった。知らせることもあまりしなかった。

なぜか?事務所というより部屋って感じだったからか。そんなに威張って事務所を借りました。と大々的にお知らせするような物件ではなかった。

戌井君には秘密のアジトと呼ばれてました。まさにそんな感じだった。

ツアー中以外は毎日行ってた。自宅から自転車だと30分でちょうどいい距離で。

『春の祭典』はここで考えた。『舞踏?プレゼンテーションショウ』もここで考えて稽古もしてた。

最終日にへとへとで卓袱台とか大量の荷物を持って帰ってきてからの、ひとり乾杯は良き思い出。

前の日に本番を終えて馬車道に泊まって、朝帰ってきたのか。寿司と天麩羅を準備して、ご褒美に獺祭の二割五分を買ってきてビールも発泡酒じゃないのを用意して。

荷物が多くて大変だったけど無事に帰ってこれたのと、本番をやりきったのとで充実感が半端なかった。

そのあとある誤解から揉めて大変なことになるのだけど、そんなことになるとは知らずに能天気でいい塩梅に酔っ払ってた。晴れた日で気持ちがよかった。そのあと昼寝して。

そう、舞踏?プレゼンテーションショウは、途中からラクダカンの大先輩、室伏鴻さんの踊りのトレースに入るのだけどこのトレース作業をなぜか馬鹿にしていると受け取る人がいて。

尊敬と憧れからの真剣な作業だったけどトレース、ミもフタもない言いかたをすれば真似だからそんな風に感じる人が出てくるのだと思う。

現役最高齢、舞踏評論の大家・合田成男先生にも褒めてもらい、特にトレースのところは絶賛してもらったが最後に作品にケチがついてしまった。

この世にオリジナルなんてない。とか言い訳したり、偶像を破壊する。とか美化したり、自分のからだをメデュームにして。とか理論づけすることはいくらでもできるのだけど、真似・コピー問題はこれからも、ずーっと考えてみるべきことだな。

はい。トアで昼寝して起きたら夕方。諸々片付けてそのあと自転車に乗って、のんびりと家路につきました。

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奥の八畳からのトア。だいぶん、かたちになってきたぞ。
posted by Mukai Kumotaro at 10:17| 日記

2018年12月08日

TOIT

2013年から2015年まで公益財団法人セゾン文化財団から助成金を頂いていました。一番額のでかいシニアフェローでした。シニアに選ばれるのは毎年、日本で数人。ありがたいことです。

初年度と2年目は250万円、3年目は300万です。カルロス・ゴーン容疑者と同じで決めるのはすべて自分。けれど一銭ももらわなかった。公演に使って、出演者・スタッフに支払って終わり。

自分は一銭も貰わないどころか借金です。いまもこの頃の借金で苦しんでいます。とほほ。

しかしお金の匂いというかそういうことに敏感な人がいて、見事にあの三年間だけしか付き合わなかった人が大勢いる。お金の切れ目は縁の切れ目。たかられてたともいうのか。

お金にまつわるトラブルも沢山経験しました。どう考えても最初の提示額が高すぎたので相談したら「詐欺じゃないですか。」と罵られたり。えー?!詐欺?そんな。

愛とか理想を口にするくせに最終的には、お金のことでごねだして揉めるなんてこともよくあった。その点、師匠はそんな綺麗事はまったく口にしないので逆に信用できる。「金じゃ、金。金持ってこい!」

大変な勉強でした。お金というのは心意気なのだと思います。その人のことをどう考えているのか?どう思っているか?その証です。言葉をいくら重ねるよりも、ギャラを支払うことの大切さがあるのです。身に沁みて知りました。

さて、3年目は助成金を元手に念願の稽古場を借りようと右往左往しました。しかしなかなか難しい。

維持するためには公演をやるしかないのですが、そのためには駅からのアクセスの良さが必須条件になる。しかし駅近だとバカ高になるので痛し痒し。

いろんなところを見に行った。図面上ではわからないことが行って見るとよくわかる。

どう見ても夜逃げをした後のボロボロのクリーニング屋とか。あれはひどかった。10万ぐらいしたのか。

あんな物件を平気で紹介できるなんてひどい。先のピンピンの靴を履いた兄ちゃんだった。他にも変なのがいっぱいいた。不動産屋ってのはあんな感じなのか。

一番ひどかったのは高田馬場の不動産屋。武蔵関の物件を見に行ったのだけど待ち合わせに遅刻してきて謝りもしなかった。デブの男でロボットかと思った。気持ちの悪い奴だったなあ。そのあと脅しのような着信伝言録音がされてて拒否して削除した。

そうこうしているあいだに武蔵境の不動産屋『ドリーミングホームズ』と知り合って。やっぱり人なんだな。懇切丁寧に物件を探して紹介してくれた。

駅前にあるチェーン店は、物件を仲介してその手数料で利鞘を稼いでるのだけど、ここは自分のところで物件を抱えてて面白いところをたくさん紹介してもらった。

ただ稽古場となると音の問題でやはり地下とかになるし、そうなると賃料が高くなってしまう。

「家賃が10万円を超えてくると、一月滞納したら終わりなんです。次の月に20万円を払わないといけないから。」担当の大野君がまっすぐに俺の目を見て言ってくれて納得。

稽古場を借りるのは断念して事務所を借りることにした。そして見に行って一目惚れして借りたのが『トア』"TOIT"でした。

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床の間付きの奥の八畳。フローリングカーペットを敷いてだんだんと荷物を持ち込んで。「やるぞー。」と意気込んでた。
posted by Mukai Kumotaro at 05:20| 日記

2018年12月07日

寒い

さあ、寒波がやって来るみたいです。ここ、津志の家はプレバブです。プレハブは寒いですよ。武蔵境に借りていた事務所、通称『トア』"TOIT"。ここもプレハブでしたが、寒かったなあ。

まだそんなに寒いと思ってなかった時に簡単な布団で寝たら朝、寒くて寒くて目が覚めて。

ブルブル震えながら芋虫のようにエアコンの下までいき、スイッチを入れて強風にしてしばらくそのままいたら生き返った。

あれは、寒かったなあ。次の日から布団を持ち込んで、さらにその中で寝袋で寝たらなんとかなりましたが。

ここは屋上に立てたプレハブで、八畳床の間付きに六畳南北に広い窓ありと広い台所とトイレと便所が別で、見晴らしが良くて風通しが良くてとてもとても良いところだった。

けれど匂いがどうしても最後までダメだった。家の匂い。玄関の匂いトイレの匂い風呂の匂い、台所の匂い。台所はキッチンハイターみたいなのを何回もやったけれどダメだった。

たぶん前に住んでいた人と相性が悪いのだと思う。「あれ、良い匂いだなあ。」と振り返ってしまうなんて人とはとっても相性が良くて結婚しても上手くいく。たぶん。

あと、トイレがネックで何度も壊れて、直しては壊れて直してを繰りかえしてた。

あるとき、でかい穴が空いててびっくりした。前の晩に宴会だったので、酔っ払いが蹴って穴を開けたのだろうけど驚いた。

ネットで直し方を調べて材料をDoitで揃えて、タイガーボードを買ってきてサイズにカッティングして打ち付けてたいへんだった。

その割に出来がイマイチ。陽のあたり加減で直したのがわかるので、解約の時にビクビクしてた。

「木谷さん、すみませんがトイレなんですけど穴が空いてるみたいで直すのに五万円かかるので、敷金の方で直させていただきました。」不動産屋がいうて来たらどうしよう。大丈夫でしたが。

たかだか十人ぐらいの宴会でそんなトイレに穴が空いたりするんですよ。大駱駝艦の宴会っていったら100人ぐらいいるんです。そりゃあパトカーが5台きたりもします。

それはさておき、田無で借りていた稽古場もプレハブで冬は行くたびに「はあー。」とため息が出た。寒々しいんだよなあ。最初。

さて、そんな津志でのはじめての冬宿泊体験。しかし本当に寒いのは2月なのです。でも2月は幸いと言ってはなんですが、スズナリで舞台があるので東京にいます。

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舞踏家集団デュ社、武蔵境事務所『トア』"TOIT" まだ引っ越してきたての頃。
posted by Mukai Kumotaro at 11:32| 日記

2018年12月06日

芝居がはじまる

いつだったか忘れたが、イギリスの劇団『テアトル・ド・コンプリシテ』の”ルーシー・キャブロルの三つの人生”をグローブ座へと観にいった。

誘ってくれたのは彩乃木さん。彼とは、『ビルマの竪琴』という某元アイドル主演の舞台で知り合いました。ついでに言うとこの舞台は大コケして危うくギャラを踏み倒されそうになりました。

彩乃木さんはインド兵という大したことのない役をとても面白く演じていた。そんな彼を思い出すと「ダメな役があるのではない、ダメな役者がいるだけだ。」という『俳優亀岡拓次』の文庫の中に出てきた一節が頭をよぎる。

さて、グローブ座の公演は、珍しく同時通訳だった。海外の演劇作品はだいたい字幕で、その字幕を追っているうちに俳優のお芝居を見逃してしまうのでよくないのです。

「へー。」と思いながら、受付でイヤフォンだったかヘッドフォンだったかを渡されて、席についたらチラシの束をどうするか。とにかく床に置いてひと息。

舞台がはじまりました。俳優たちが舞台奥に亡霊のようにあらわれて、一列に並んで舞台の前へとゆっくりと歩いてきます。

そうして舞台前に置いてあった靴を全員が履きます。一気に本編のはじまりです。『ガラスの仮面』のモデルになっている演劇のはじまりです。

このコンプリシテは、木や牛や馬や自然のあらゆることを人間がやるので有名になった劇団なのです。舞踏はそんなこと昔っからやってましたが。

それはさておき、いつの間にかお話しに引き込まれて最後まで、三時間という長い時間をまったく感じさせない舞台で人生二番目にいい舞台でした。

一番めは、ダムタイプの”S /N”。オープニングからグイグイと最先端の明かりと音に責め立てられながら、というお話しはまた今度します。

そういえば同時通訳。

それがまた良いんです。なんの感情も入っていない言葉が耳にスルスルと入ってきます。俳優の声に混じって意味だけを無機質に伝えてくれる女性の声。

なぜそんなに素晴らしい同時通訳を他でもやらないのか?首脳会談ではいつもやっていますが。首脳会談が字幕だったら大変だな。全部、自分で読まなくてはいけない。

それはさておき。ひとつには、その良さをあまり皆んな知らないというのがあると思う。

もうひとつの理由は、値段が高いのかな。このあいだテレビでやってたのですが、たいへんな才能でやれる人があんまりいないのだったか。日本に二、三人?とか。

しかし咲ちゃんとエスパルなら簡単に呼んできそう。そういう得体のしれない南国のエネルギーとパワーと明るさに満ちているもんな。二人は。。

あっ、メキシコで『改題・ぴちがい裁判』をやるときの話しでした。同時通訳。面白くなるぞ!

posted by Mukai Kumotaro at 14:21| 日記

2018年12月05日

アイデア

1997年6月8日 客出し、スライ&ファミリーストーン『ケ・セラセラ』

2001年に発表して成功した『2001年壺中の旅』のアイデアが書きつけてあった。認めたのは麿さんで、大ヒットさせたのは新船さんなのだが。

自分で幾ら売り込もうとしてもダメなんだ。この、自分とは違う人が認めてヒットさせるという図式が肝要。まずはレパートリーをつくり、そして売り込む。

独立してからもレパートリーは結構あるのだが。

独立してすぐのソロ『アホとロマンの皮袋』白塗りとの決着という気概を込めて舞台で白塗りして舞台上で白塗りを落とした。エスパルに差しあげた”ガイコツダンス”は、ここで生まれた。

森下スタジオで作品の発表をしようと思ったけれどワークインプログレス的なものしかダメです。と言われて、ではとその名も『ワークインプログレス』と題して公演。

何か作品があってそのためにワークインプログレスをやるというのが一般的なのだが、その常識に挑戦。そのコンセプトに従って連日、観客の意見・感想を取り入れて内容を更新し続けた。

ハイウッドの高樹プロデューサーが忙しいのに毎日観に来てびっくり。聞いたら「だって面白いんだもん。」だって。この作品はどこかでまたやりたいなあ。ワークショップでやると面白いと思う。けっして完成しない発表会。

苦しんだだけあってコンセプト的にもしっかりしている。人生とは誕生という始まりがあって、死という終わりがあるもの。ではない。その途中、過程をどれだけ楽しんで生きるかが問われるのであって、それが目的だと言っても過言ではないのだと思います。Life in progress.

『舞踏?』これもよくできたソロ作品だった。伊丹のアイホールでの再演が決まりそうだったけど関西アーツサポートの助成金が下りずに断念。一応延期としているが自主公演は勢いが肝心。どこか他で買ってくれないかな。

『遊機体』壺中天時代の作品の再演。これは完全にやりきったな。ちなみに、この時に背負った借金でいまだに苦しんでいます。

そして『ふたつの太陽』。独立してから再演できたのは『ふたつの太陽』だけか。残念だが仕方がない。力不足です。だがこれから投資した初演の資金を必ず回収していくぞ。

『春の祭典』前編無音の問題作。再演するなら直したいところが沢山ある。そう再演とは作品を見つめ直すチャンスでもあるのです。ふたつの太陽も作品としてとても成長しました。成熟と言ってもいいのかもしれない。

『舞踏?プレゼンテーション・ショウ』これはかたちをかえて来年に城崎でやります。なんとか赤字にならないようにしないと。関西アーツサポートにもう一度申し込んでみるか。けれど電話の対応がもの凄く嫌な感じだったからなあ。

連絡しますと書いてあった期限を過ぎてもいっこうに連絡がない。手付金をアイホールに払い込む期限が迫っているので、電話したら「はい、はい、あー落ちてますね、はいはい」ガチャン!みたいな。腹が立ったなあ。頭にきた。まあいいか。

『改題・ぴちがい裁判』これはもっともっと面白くなる作品です。アイデアも沢山あるのだが。再演したいなあ。メキシコでやりたいな。同時通訳で、メキシコ市劇場の小ホールで。音楽監督を築山建一郎に頼んで、舞台美術を束芋さんに頼みたい。いや頼みます。

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床の間の椿が咲いた。椿は散り際がいさぎいいんだよな。
posted by Mukai Kumotaro at 11:21| 日記

2018年12月04日

1997年4月

台湾自主稽古。細かい振り移しは必要か?部分ではなく全体を表層ではなく本質をうごきではなく思いを技術ではない何かを大切に。はい。

4/20 新宿アルタ前にて路上、星野建一郎主宰大豆鼓ファーム。逃げずに立ち向かい、はっちゃける。面白く踊れました。

4/22 30歳である。まだ何者でもない。別にサボっていたわけではない。無計画に生きてきたわけでもない。遊んでばかりいたわけでもない。いや。俺の人生、遊んでばかりだったか。

いまは遊びが仕事みたいなものだから、これからもどんどん遊んでばかりで生きていくのだ。もっと遊んで。背筋が寒くなるぐらいに遊んで。遊び倒しまくって。

いろいろと小難しい理屈だのをこねくり回したりするけれど、舞踏なんてどれだけ面白い遊びができるかの競い合いみたいなところがあるのだ。

そのために普段から心を遊ばせて、寄り道したり回り道したりして面白いことを探してる。アイデアの種を拾って水をやって育て続ける。

この世の中には、想像できる舞台と想像ができない舞台がある。観にいきたいのは想像のできない舞台。創りたいのも想像がつかない舞台。

4/27 東京電力主催1万人コンサート『ヤマトタケル』本番。5,000人の無料招待客と5,000人の出演者という、莫大な原子力マネーを湯水のごとく使った正気とは思えないイベント。この頃は、まだ両国の国技館を貸し切ってやっていたのか。

企画・作・演出:なかにし礼。企画だから考えたのは、なかにしさんか。『愛と平和への旅立ち』そんなスローガンを平気で掲げてた。

なかにしさんが、ある時に稽古で借りてる体育館へ平気で土足で入っていったのをよく覚えている。傲岸不遜を絵に描いたような人物だった。お金を腐るほど持っているとあんな風になるのか。

あの頃は、お金があり余って余って仕方がなかったんだなTEPCO。このあとも演目が変わってどんどん続いて行った。主演も市川團十郎さんと海老蔵君に代わって。勘太郎君に獅童君もいたな。

関連企画で年末のカウントダウンイベント、出演者が佐久間良子さんに多岐川裕美さん、ヒロインが宮沢りえちゃんなんて時もあった。海老蔵君がりえちゃん相手にタジタジだったのが興味深かった。

打ち上げの挨拶で多岐川裕美さんが「はじめて脇役をやりました。」言うてたのにびっくり。

そのあと主役が里見浩太朗さんに変わって。大駱駝艦のメンバーで持ち上げたりしてたけど多分ロールスロイスより高かった。ので落としたら大変だった。半分ぐらい素人だったもんな。

皆んな原子力マネーの恩恵を授かってた。2011年3月11日、永遠に消滅した。

さて、そろそろ『死者の書』台湾公演へと旅立つのかな。

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アルタ前にて。前列左から星野建一郎、石川正虎、徳久欣、向雲太郎。二列目左から佐々木あやこ、青山健一、正虎の彼女で名前忘れたごめん!今井敦子、ミュージシャンの男の子、ダンサー名前忘れた、すまん!後列左からあやこの妹の旦那で名前忘れた、いまは四国にいるなっちゃん、猫カメラマンになってる柏村さくら、名前忘れた、一番右は田村一行。
posted by Mukai Kumotaro at 10:35| 日記

2018年12月03日

哲学ガイコツ

1997年3/27  『死者の書』台湾公演では遊ぶぞ。舞台も遊びも一番だ。

失敗したら失敗したままを観せる。やり続ける。格好悪いなら格好の悪さを観せる。やり続ける。

舞踏のイメージさせる力に注目する。からだの重力とからだの軸について話す。”ランディングサイト”。

押す押される。押しかえす力を自覚する。舞台上の見る見られる。『離見の見』と『目前心後』の違いについて教えてもらう。狂気・原始的世界の応用。ズレを確認する。目にこだわる、目を殺す。

「からだは常に透明でなければいけない。」by 河本英夫

透明?内側が見える?いや向こうが見える、透けて見えるような身体?そもそも何故、からだが透明でなければならないのか?

まるでガラス張りのような身体とは、世界とつながるための身体なのだ。不透明だと世界とつながれないということか。

先生は、物質的なことを言ってるのではない。世界へと開かれているかどうか?を問うているのではないか。わかりたい。わかりあいたい。そのために自分自身の全身全霊での透明化を試みる。

経験をうごかすために、経験を捨てる。忘れる、放り投げ出す。手放す。

哲学ガイコツになるために、アホみたいにアホになる。アホになっている、わたしはアホだ。

お互いが操る、操られる。という曖昧なところから未分化な身振りの世界へと入っていき、その世界で遊んで旅をして帰ってきましょう。

未分化な身振りの世界とは?未分化?

線引きされていない、まだうごきが整理されていない、ジャンル分けされていない世界。

ムダが多い、統制のとれないうごきの世界。名付けられないもの。目に見えぬ世界はあるのだと思う。

教育や躾で整えられてしまう前の身振り手振りを、からだの振る舞いを呼び醒ます。でも、まるっきりでたらめではない。無秩序で解き放たれた世界だけど、ハーモニーもある。何をしてもいいし何もしなくてもいい。

年をとって衰弱すればするほど良しとする舞踏。そんなにいい商売?「土方さんが苦悩の中から何かを生み出していくのと違って、大野一雄は調子に乗りすぎている。」by 大野慶人

”生命の根源に触れる”とはどういうことか?「夜毎、自分の肉体に橋げゲタをかけて降りていく作業のくり返し。」by 大野慶人

舞踏?自分が助かる仕事を創り出す。

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ガイコツといえばメキシコ。どこかで展示されていた作品。
posted by Mukai Kumotaro at 13:43| 日記

2018年12月02日

からっぽ

何もするな。何も考えるな。感じろ?考えるな、感じろ?

一昨日は結局、海を見に行ってしまい何もしないと言う目標が叶いませんでした。なので昨日こそは、何もしない。寝ていろ。起き上がるな、立ち上がるな。

とか思っていたけど、色々とうごいてしまう。家でじっとしていられないのが人間の不幸のはじまり。

さて、次は東洋大学哲学科でワークショップ『哲学ガイコツ』by Akito Inui。です。「あたまを空っぽにする。考えない。阿呆になる。馬鹿になる。」ワークショップでは最初にこれをやります。

この簡単なようで難しいことをからだを使ってやります。哲学ガイコツだから徹底的にやろう。

阿呆になる〜アホになっている〜あほだ。三段活用。わたしはあほだ。空っぽなあほだ。

ワークショップつながりで、まつもとのお話しをもう少し。

今回俺を、まつもと演劇工場の講師に推薦してくれたのは山田のうんちゃんです。うんちゃんは山田くんというセツモードセミナーの同Q生の妹さんです。「妹がダンスをやってる。」と約三十年前に聞いてた。

わたくしが大駱駝艦から独立するかしないかぐらいなのかな、だんだん売れはじめて。いつも案内はもらってて、スパイラルホールの公演をはじめて観に行ったら、めちゃめちゃ面白くてびっくり。

ひと言ではとてもいいあらわすことのできない不思議な舞台だった。踊りまくるのだけど、元気なだけではない鬱屈してるだいぶん変な世界で。とらえどころのない感じ。でもそこが良かった。

「何でもありなんですよ。この世界。」みたいな舞踏的な一つの答えも感じることができて「そうなんだよ。」と激しく納得してしまうようなしっくりとくる舞台だった。

その後、あれよあれよという間に世田谷パブリックシアターでソロをやってしまうような大物になってびっくり。あの大空間でソロって。

黒沢美香さん亡きいま、冗談ではなく日本のダンス界を引っ張っていく一人だと思います。

そんなうんちゃんの推薦で仲間に入れてもらったまつもと演劇工場には、まずは串田和美さん、加藤直さん、という両雄がいらっしゃって。

二人ともお会いしたことがないので、そのうちお会いできるのが楽しみです。

白神ももこさんに木内宏昌さん、長塚圭史君に木ノ下裕一君なんていう有名な売れっ子達もいて。木ノ下君にはセゾン文化財団の新年会であったことがあるけれど、向こうは覚えていないかも。

さて、俺にできること。究極的には舞踏の真髄のようなものを感じてもらうこと。いい加減で適当で訳のわからない得体のしれないもの『舞踏』。

それを伝えるためにどんどんいい加減で適当で訳のわからない自由な存在に、わたくし自身がならなくてはならない。

ん、もう十分になっているのか。では「もっと。」だ。「もっと自由に。」

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ガイコツといえばメキシコ。有名な教育省の壁画。作:ディエゴ・リベラ。
posted by Mukai Kumotaro at 07:00| 日記

2018年12月01日

みため

顔とは何か?18歳で顔を失い、21歳で顔の大移植手術を受けた米国人女性の物語を”NATIONAL GEOGRAPHIC”で読みました。

『人は見た目が9割』なんていう馬鹿みたいな本もありますが、見た目って何だろう?

外側に命をかける“VOGUE”の中の有名ブランドが見た目なんて関係ないんだという広告戦略を展開しているのを見ると、そうなんだよなあ。と納得する。

外側というわかりやすいもの。内側という目に見えぬもの。見た目で印象は決まるけれど、付き合ってみないとわからないことだらけ。何年も付き合ってはじめて知る人間性もあったり。

国内で付き合っているとそんなことなかったのに、海外ツアーというたいへんな時に急にわがままなことを言い出すなんて人もいたり。人間性が出て来てわからないものだなあ。と思った。

長く付き合わないと分からなかったその人の本性。そして離婚。なんてこともありそうだな。

そんなことは、パッと見の外見なんかでは計り知れずまったくわからないもの。ましてや不慮の事故で顔が完全に変わってしまったらどうなるのか。後天的な顔の変化にまわりはどう対するのか。

あとは、生まれながらにそういう顔だったというのもある。エレファントマンがそうですね。見世物として生きていくのか。奥座敷に閉じ込めれて生きていくのか。

ベトナム戦争で帰還した兵士の娘が枯葉剤の影響で、顔がない病気になってしまったという動画をだいぶん前にYouTubeで見かけた。

たしかに「気持ち悪い。」「ぞっとする。」「見たくない。」という人がいるいっぽうで、「こんなの普通ジャン。」なんていう人もいたり。麿さん見たく「まあな。」なんていう人もいたり。

俺は、見た目とかほんとうにくだらないと、ずーっと思っていますが、若い頃は結構気にしていたのかもしれない。

いまは、デブはデブ、ハゲはハゲ、出っ歯は出っ歯を武器に生き残ればいいのだ。と思いますが。

そこでどう自分を見切るか。己を知る。悟性とも言いますが、簡単なようでこれが、難しいのです。

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Performance by #Kumotaro Mukai @ Raft photo by bozzo
posted by Mukai Kumotaro at 18:36| 日記