2018年12月11日

呆け

先日、娘が学校の社会勉強で特別養護老人ホーム通称”特養”へと行ってきました。

一階が一般の老人で二階が認知症の老人が入っていて、1日目は一般で2日目が認知症のかたのいる二階で社会勉強をしたらしいです。

感想ですが、「二階のほうが、いる人が明るくて楽しかった。」そうです。人が子どもに返ってるからか。

親友のお母さんも施設に入ってるのですが、会ったら自分のことを覚えてなくてちょいちょい女を見せてくる。言うて文句を言ってました。

立場と状況と諸々で変わってくるお話ですが、このあいだテレビを見てたら、やはり認知症のことをやっていました。

夫婦のお話で奥さんが時々、記憶を失うらしくさっきまで話してたのに旦那さんが「俺だれや?」言うて聞いたら奥さんが「知らん。」

しかし知らない人と部屋で二人きりでも平気なのが不思議だった。記憶はないけどからだで覚えてるとか。

東洋大学教授の河本先生は、常に忘れる努力をしてるそうですがそんな人も世の中にはいます。俺も別に覚えておくべきことは特にないかもしれない。

そもそも舞踏界で一番有名な大野一雄さんは、アルツハイマーでした。呆けててもできる、それが舞踏です。

1998年、6月にシアターコクーンで『無』という大野一雄さんの公演を初めて観ました。

共演の観世栄夫さんが四人ぐらいだったか引き連れて厳粛な感じで舞っている、そこを大野さんがうろうろしていた。

能の重々しい舞の中をまるで子どものようにそう”うろうろ”してて、めちゃめちゃ面白かった。

舞台の上手と下手をいったり来たりしてて上手にいったなあ。と思ったら思い出したように下手へいって。

花か何かを持ってたと思うけれどひたすらに軽い感じであの姿は、忘れられない。

踊り?なのか、何なのか?何なんだこれは?ぶっちぎりで面白かった。いままでに観た踊りというか存在というかベストワンです。

大野一雄舞踏研究所代表の溝端俊夫さんに最近その話をしたら、もうその頃は呆けてて舞台の上手と下手がまったくわからくなってたらしいです。

けれど、あんなに面白いのならそれでいいのです。

いま年表を見てたら俺と同じ年齢の51歳の時は、まだ国内でのみ知る人ぞ知る存在だったんだな。

世界的に有名になってブレイクするきっかけの土方さん演出作品「ラ・アルヘンチーナ頌」を踊るのは1977年、71歳の時。

なぬなぬ。ということは、1998年は、92歳だったのか。まじか。

大野さんの年齢には追いつきませんが、最近だいぶんやる気が抜けてきてどうでもいい感じで舞台に立てるようになってきました。

まだまだ全然ですが、71歳の時にはもっともっと呆けていい存在でいられるようになるかもしれません。

生きてるのかな。

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Kazuo Ohno, Tatsumi Hijikata(ⒸEikoh Hosoe)
やっぱり本物は格好いい。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:33| ブログ?