2019年01月01日

謹賀新年

明けましておめでとうございます?

めでたいかどうかはひとまずは置いておいて、世界平和を願います。

一年の計は元旦にあり。今年一年も大らかにのびのびと楽しんでいきましょう。いつ死んでもいいように、いまを生きる。悔いのないように惜しみなく生きよう。その第一日目。

ひとつひとつ一歩一歩、歩んでいくのだ。それがあの遥か遠くに見え隠れするビッグジャイアンツの頂へと、自分を運んでくれる唯一の近道です。

ヘリコプターで頂まで行くようなズルはいけません。そんなことをしても身につかないしすぐにボロが露呈する。

さて、今年の主題は”間”です。はざま。”はざまかんぺい”ってとってもいい名前だな。"HAZAMA"とローマ字で書くと急にダサい。格好をつけすぎな感じ。

間を揺らめく。平和と戦争の間。平和すぎるのも不気味だし、戦争は絶対に嫌だから。いつもお腹を空かせて、物も何も手に入らないしお酒も飲めないなんて絶対に嫌です。

さて本年、まずは毎年恒例の儀式めいてきましたが、禅問答ライブペイントが下北沢ザ・スズナリ劇場にておこなわれます。俺の出るのは今年で終わりですが。

1年間でどれ程、成長したのか?問われる舞台になると思われます。その結果を、そして過程を見届けて頂けたら幸いです。ご多忙の事とは存じますが、是非ご高覧賜りたく。ご来場を、心よりお待ち申し上げております。

新春のデュ社は、3月森下スタジオにて春の舞踏?合宿"Spring Butoh? Camp"です。今回は、最終日に公演をやります。金粉ショウです。乞うご期待!!

そして5月に、関西にて公演を打ちます。内容はまだ未定です。大丈夫なのか?大丈夫です。持ちネタは沢山ありますので。何をやるのか?ワクワクします。

8月は中旬までドイツでフェスティバルに参加、帰国後すぐに鉄割アルバトロスケット本公演です。楽しみだなあ。

あとは、11月の城崎国際アートセンターの新作に向けて全力を傾けます。そういえば7月にイギリスに行くといってたけどどうなったのかな。

合間にワークショップをいろんなところでやると思います。

スケジュールは、まだまだガラ空きです。お仕事どんどんお引き受けします。

それでは、本年も向雲太郎と舞踏家集団デュ社を、どうぞよろしくお願い致します。

2019年1月1日

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今年も初日の出を拝むぞ。
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2019年01月02日

正月プラスワン

ローソクを燃やしていたら消すときに煙が大量に出て、窓を開けて換気してる。そしたら消防署が来た。

上から見下ろしながらものすごく疑ってて、長くなりそうで嫌だなあ。

あっ、昨日見た初夢です。確か火事の夢は縁起がよかったと思うけれど微妙なライン。

さて、今年からフェイスブックやツイッターなどのSNSをやめようかと思っています。

宣伝のために続けてましたが、効果があるとはあまり思えない。宣伝を本気でやるならもっとお金をかけて、雑誌に広告を打つとか新聞に広告を出すとかテレビに出るとかしないといけない。

SNSは手軽で安上がりだが範囲が友達に限られてしまう。届いても友達の友達まで。なんだかマイナーなところで蠢いている感じ。

要するに知名度なんだな。大きく宣伝するためには、まずは有名にならなければならない。

有名になるためには活躍をしないと。活躍をするためには売れないと。売れるためには先ずは知名度を上げないといけないというパラドックス。

SNSをやめると、こちらから情報を発信できない代わりに、向こうからも情報が入ってこない。これは魅力的。

「他人のことはどうでもいいから、自分に集中することが大切だなあ。」といまは思います。

これからは、自分の中を刺激して耕すならば舞台とかではなくてもっと違う “こと” や “もの” から刺激を受けないと、独自性は出てこないのだと思ったり。

なんだか似たような舞台が多いのは、近いところで蠢いているから。まったく違う発想やアイデアは、関係ないところに存在してるのだと思う。

滅多に他人の活動を目にすることはなくそこから情報を受けとることはなくなるが、羨ましいとか目移りしたり惑わされることもなくなる。

ひとつ情報を遮断することで、違う新しい情報が入ってくるとも思ったり。

テレビはもともと好きではないので観ない。テレビってのは本当に暴力的な装置です。一瞬でお茶の間の団欒を奪い、一方的に情報を垂れ流し、ぼーっとしてると影響を受けてしまう。

影響力が半端ないので気をつけて付き合わないと、テレビの情報に知らず知らずのうちに振り回されることになる。というのは大袈裟か?

テレビやSNSの二次元のことではなく、大自然の中を散歩しながら360度の全方位的な感覚を研ぎ澄ます。そんなことのほうを優先したいと考える新年です。

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今年の初日の出。
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2019年01月03日

三箇日

正月から三日間は、昔から皆んな何もかもやめて休みます。何故なのか?知りません。宗教的な何かなのかな?

いまの東京は休みません。正月から働きます。儲かるので休みません。なんなら自分の国ではないところから人間を連れてきて、奴隷のようにこき使います。

うちの近所のコンビニは夜から朝にかけてはネパール人です。昼は中国人です。

昔、佐川でバイトしたときは俺以外、ペルー人でした。

幸平、勝司と地下鉄工事をしていたときは、他の業者は中国人を使っていました。

このあいだ京都に行ったら、コンビニの店員はすべてインド人でした。どこに居るのかわからない不思議な気分でした。

ところで、松の内ってのはいつまでなのか?七日までか?昔は15日までか。もっとのんびりすればいいのにな、東京。

俺はのんびりします。正月は朝から風呂に入ってビールを飲んでお酒を飲みます。そしてまた寝ます。起きたら風呂に入ってビール飲んで寝ます。そうこうしてたらお昼です。ビールを飲んで楽しみます。

二日も三日も同じです。しかし合間に仕事をしています。やっぱり休めないんだな。

でも休もう。舞踏家は本番ギリギリまで考える仕事なので、いつでも時間があると仕事をしてしまう。

休もう。これで終わります。

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今年は中吉でした。静かにしていろ。みたいなおみくじでした。いやです。
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2019年01月04日

仕事はじめ?

仕事はじめだそうです。休まないですね、現代人。世間に倣って、俺も仕事をはじめました。2月禅問答の自主稽古です。1月16日には、大阪で稽古です。

禅問答は若い頃、勉強しました。いつも変なことばかり考えているので、気が狂ったりする危険な修行です。師に問われて、とっさに頭にわらじをのせて歩き去ったら悟ったといわれるような世界です。

舞踏家もいつも変なことばかり考えているので、興味津々です。

座禅のパイオニア、初代は釈迦で達磨は28代目です。先日のラジオで5代目とか言ってましたが間違いでした。中国禅宗の創始者でもある。その達磨さんですが有名な伝説が、面壁八年。

八年間壁を見つめて坐禅を組み続けて、足が腐ってなくなってしまった。足が腐ってなくなってしまうまで座るって、阿呆です。途中で痺れて感覚がなくなって。そのうち血が止まって肉が腐りはじめる。匂いも凄かっただろう。

排尿排便はどうしてたのか?お世話をする人がいたのか。いるよなそりゃあ。食事もすべて用意してもらって。本人は座っているだけ。すべて垂れ流し。除菌スプレーとかその頃はなかっただろうから、アンモニアの刺激臭が強烈だったろう。目が痛くてたいへんだ。

すべては修行のため。修行はなんのためか?仏の悟りを得るためか。

そんな達磨大師ですが、毎日入門させてくれとくる僧がいました。名前を慧可といいます。毎日きますが達磨は「だめだ。」の一点張り。毎日通ってたと思うけど、どれぐらいなのかな。落語家の弟子になるのとはわけが違うから何年も通ったのだろうか。それとも次の日だったりして。

その日、慧可が自分の左腕を切り落として達磨の前へあらわれた。捧げ出された左腕を見て達磨が「よし。」と頷いて入門を許された。この話をすると皆さん様々な反応を示します。

麿さんと夏合宿で話す機会がありこの逸話を説明したら「達磨は慧可の左腕に、自分の面壁八年間と同じものを見たんだろう。」と言っていた。なるほど。

俺はこの逸話が大好きです。師匠が壁に向かって座り続けて足がなくなったおじいさんで、その弟子が入門をしたいからって自分の腕を切り落としてって、完全にぴちがいです。カッコ良すぎる。

舞踏もこういう、ぴちがいすれすれの阿呆みたいなことをよしとする価値観を大切にしています。

さて禅問答です。完全に筋書きのないドラマ。構成なんてもちろんない世界。即興の極致。そんな禅問答という名前を拝借して公演をやります。禅問答の名前に恥じないものにしないと。

即興の極意は「100%の自由と100%の協調。」

本当か?本当にそうか?

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『慧可断臂図』京都の国宝展で本物を拝観しました。禅僧雪舟77歳の時の作。書き込むところと省略するところのメリハリがが際立っている。
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2019年01月05日

絵を描くな

よく軽々しく演出とか口にする人がいますがわかっていなかったりするので、気をつけましょうましょう。

演出とは構成を考えることではありません。それは構成という別の仕事です。構成作家という人がいるぐらいですから。

演出という仕事は、一見格好いい。兄弟子、村松曰く社会的にとても信用のある仕事です。不動産屋で演出家だといったらすぐに信用してもらえたらしいです。

舞踏家と名乗ったら「はあ?」と言われて相手にしてもらえない。そんな理由で俺も演出家と一時期、身の程知らずにも名乗ってたことがあります。お恥ずかしい。

演出家ってのは大変な仕事。演出だけに特化して食べていくなんて並大抵ではありません。

舞踏作品は、ダンスと同じで演出と振付が混じり合っている。チラシなどにはわけて書きますが、言うことはほぼ同じだったりします。

言葉ではなくて、振付で作品が構成されて進んでいくからこういうことが起きるのですね。

しかし若い頃は演出ということがなんだかよくわからなくて、猛勉強しました。

作品を観て「こうなって欲しい。」という思いと気持ちとアイデアが出てきたら、それは演出の範疇なのだとわかってきたのは30歳過ぎてぐらいか。

作品を面白くするためのアイデアを考えるひと。

稽古をしながら「オープニングで雪が降ってたら面白いな。」とか、「あれっ、舞台が回ったら面白いのじゃないか。そんで舞台終わるまでずーっと回ってるとかな。」もっと面白くならないか?と寝ても覚めても考えている人。

作・構成・振付・演出・美術・主演とすべて同じ人だったりするのは、俺はワンマン過ぎて恥ずかしい。新しい血を注入して世界を広げて遊びたいと思っています。

ところでナルシストと、ユーモアは相入れない。と最近思います。舞踏は自己愛を許しません。

舞踏の祖・土方巽も、はしたないからやめろと言っています。でもわかっていない人は自分に酔ってしまう。

さて。

どう踊るかはどうでもいいのです。問題は何を踊るか。

これは絵も同じで、どう描くかなんてまったく問題ではない。何を描くか。

人前で絵を描くから絵を描く稽古をする。要らない。

人の振り見て我が振り直せ。人前で踊るからと踊りを踊る稽古を昔はしてた。どう見られるか。なんていう余計なことを考えていた。

「踊ろうとしてはいけない。」これはいつも言われることですが、同じように絵を描こうとしてはいけないのだと思います。

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壺中天で行ったライブペインティング『遊機体』。この時は麿さんの演出で「絵をかけ。」言うてたけど、禅問答では逆に「絵を描くな。」photo by Junichi Matsuda
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2019年01月06日

new moon

新月です。新月は新しいことをはじめるのに良い日。とういうことで3月森下スタジオ"Spring Butoh? Camp"のチラシのデザインをはじめました。

助成金もない自主企画で予算が少ないので、わたくしがデザインします。デザインはもうやらないと大阪を出てきたのに「田井中さん、ごめんなさい。」

昔とった杵柄、なんとか格好をつけますが、一線を超えるのがなかなか難しい。プロの仕事を見てると惚れ惚れとする。何が違うのだろう?デザインはセンスがすべての世界、いまはアマチュアなので最前線の研ぎ澄まされた感覚が鈍いのか。

デザインはいわば外側です。内容が大切ですが「伝えたい。」という気持ちが強すぎると文字が多くなって説明的過ぎて手に取る気をなくしてしまいます。内容があってのデザインだけど、内容に沿い過ぎずにコンセプトをひと目でわからせることが肝要。

デザインを依頼するときは、最初にデータを渡さなければいけないので内容はその時までに決まっていないといけない。これが結構難しい。

変更はデザイナーの手を煩わせるのでないほうがベスト。だけど変えたくなることが出てくる。その都度、謝って変更してもらう。

その点、自分の企画でのデザインだとチラシを作りながら内容も考えられるので良いのです。デザインを進めることによって作品や企画の内容も進んでいく。

壺中天公演の時にデザインはしょっちゅうやっていましたが、自分の公演の時は力が入ります。デザインしながら発見や閃きがあったり、出演者の名前を見ながらアイデアを巡らしたり。キャッチコピーを考えながらイメージをふくらませたり。

独立してからは、新しい出会いを求めて外注していました。それでも半分ぐらいは自分でやったのか。

はじめての外注は『舞踏?』の時でデザイナーは坂本モッツ、写真が木伸俊。2バージョン作って贅沢だった。評判はいろいろだった。

『遊機体』のときは色々ともめて大変だったなあ。デザインでもめてお金でも、もめて。何だったんだろうか一体全体?

『ふたつの太陽』は、東學さん。維新派のデザイナーを永く勤め、大駱駝艦の本公演のデザインもやっている大デザイナーに依頼。思ってたのとは違う感じになったけれど評判は良かった。

ちなみに東さんは、禅問答のフィクサーで絵は誰がどう見てもとても上手。

高校生の時の卒制がニューヨークメトロポリタンにパーマネントコレクションされてる。お兄さんは、京都の有名なヒッピーで行方知れず、お父さんは京都の扇絵師というサラブレッド。

容姿は小太りで松田君の大好物ですが、絵を描くその姿は優雅で刷毛を持ってうごく姿はまるで舞っているよう。絵を描くためのうごきで嘘がない、自然な仕草で格好いいのです。東さんは作務衣ではなくて袈裟のほうが似合うと思う。

俺の演出だったらそうするのにな。

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プロフェッショナルさんたちの素敵な仕事を眺めながら刺激を受ける。
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2019年01月07日

松の内

今日は七日、関東では松の内は終わりです。うちは関西風なので15日まで松の内です。正確には15日までお正月です。

とか言いながら今日も朝から仕事です。禅問答の稽古をして、3月ワークショップのデザインをします。

やりたくないなあ。デザインするのが嫌で家出をしてきたようなところがあるのに、どこまでも追いかけてくる。大駱駝艦でもずーっとやっていた。お金を頂くので仕事なのだけどやりたくなかった。締め切りがあるのも辛かった。

「締め切りのある人生は短い。」という編集者の言葉があるぐらいで締め切りというのは「あっ。」という間にきてしまう。恐ろしい。戌井君が「締め切りぶっちゃってすみません。」て冗談で謝ってたけどたいへんそう。

さて、こちら締め切りは1月10日なのでもうすぐです。ラクダの頃は締め切り前は徹夜してましたが、今回は久しぶりに徹夜か。

表のビジュアルはなんとかでできるけれど、裏面は3月25日から31日まで実際にやることの情報をのせる。

ウェブ上だったら修正がきくけれど印刷は取り返しがつかないので怖い。日にちとか修正して貼ってあるチラシをたまに見かけるけれどかっこ悪い。

さて、3月の内容ですけれど儲けようと思ってはいけないけれど、赤字にならないようにせねば。

ラストに金粉ショウをやる予定だがお金がかかりすぎるか。ワークショップ生も何人くるか全くわからないので予算の見込みがつかない。困った。

前回は、助成金もないのにガリガリのベートーベン、天才:井上祐二 a.k.a Dillに全日ライブで音をつけてもらうというとんでもないことをして赤字になってしまいました。

その代わりと言っては何ですが、とてもいいワークショップになりました。その雰囲気に合わせてくれたり合わせなかったり、音を支配してくれる人がいるという贅沢な時間だった。

今回は残念だがカラオケでやります。音楽をかける人を雇わねばならない。人件費が、、うーむ自分でやるか。照明も頼まねば。人件費が、、自分でやるか。受付が要るのか。人件費が、、自分でやるか。

『ぴちがい裁判』の時に大失敗してるからな。人に頼んだほうが安心なのは当たり前。けれどすべてはお金、人件費の問題なのだ。赤字にはなりたくない。これ以上の借金は。。

まあでも麿さんといい、平田オリザさんといい黒田育代ちゃんといい借金には上がいる。俺の借金なんてまだまだ甘っちょろいか。

+81公演『ケ・セラセラ』の稽古でバレエのパートを俺のために、超スローで踊ってくれた黒田育代。ゆっくり踊ることほど難しいことはないのです。「ありがとう!!」
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2019年01月08日

自分でやる

いつだったか。もう独立していたから2013年以降か。

北欧の妖精みたいなパフォーマー吉福敦子さんのフェイスブックで、萩原さんという人の公演を知る。

なんだか面白そうなので、千歳烏山の吉福さんの素敵な自宅兼スタジオまで観にいった。

前情報がまったくない状態でいってみると受付にラクダの松田君が好きそうな、頭の禿げた小太りのおじさんがいてお金を払って中に入る。

客が俺だけで少々緊張、

萩原さんと俺だけだったらどうしよう。

とか思ってたらお客さんがぱらぱらと来て。真っ白な空間に蛍光灯が煌々とついてて眩しいぐらい。

と、先ほど受付にいたハゲで小太りのおじさんがステージに登場、開演前の挨拶をはじめた。

と、思ったらなんだか落語家のように喋りはじめました。

台風が来ている時だったけど、その台風が「昨夜未明、紀伊半島から上陸しました。って生きものみたい。」とか何とか話しを面白おかしくしている。

そのうちにだんだんと喋りながら踊りはじめて、それがまた自然でかっこよくて「え?もしかしてこのハゲでデブのおじさんが萩原さんか?」と驚いてたらそこから、一気にラストまでぐいぐいと引き込まれて。

気づいたらラスト。

最後に「終わります。」

って挨拶した頃には完全にノックアウト、

感動してた。

1時間、「無音で蛍光灯の白けた明かりだけで、からだ一丁こんなことができるのか!」と衝撃を受けた。

『せぬまま』という世阿弥の言葉からインスパイアされて創ったソロ作品で、その「空虚に勝るものなし。」みたいな世阿弥の言葉そのままに、何の演出も作為もないのがとっても良かった。

お金をかけて高い音響を雇ったり照明家に頼んだりしなくても「たとえ受付を雇えなくて自分でやっても面白いことはできて感動もさせられるのだ。」ということを目撃できたのはいい勉強でした。

終演後、宴会になって萩原さんと話したらゴッドマザー黒沢美香さんのところで活動をしてると言ってた。

なるほどと腑に落ちたのだった。

大切なのは、お金ではない。コンセプトとアイデアなんだ。

ワークショップ生がたくさん来て、お客さんも喜んで感動してもらえる。しかも赤字にはならない。そんな企画になるようにします。

その第一歩、チラシ制作。

やります。。

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時間、空間、世間、人間。隙、遊びがないと苦しい。ダンスも芝居も噺もすべて、生きるも殺すも”間”なのです。
illustration by Kumotaro Mukai.
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2019年01月09日

お酒

昨日は、お酒を抜きました。

だいたい1週間に1度は抜くようにしています。しかし公演があったり人と会ったりイベントがあると抜けません。

年末から新年とお酒を楽しんで、そのまま惰性で飲み続けていました。しかしここらで1度リセットします。からだのために仕切り直します。

お酒を愛しています。お酒の何もかもが好きです。会えなくなったりしないように、あっ、間違えました。飲めなくなったりしないように、アルコールを抜きます。

どんな局面でもお酒は答えてくれます。飛行機の中の肩身の狭い空間でも機内サービスのビールを飲むとその極小の場が、極上のバーへと変化します。

少々気が滅入っていても、最初の一口で気分が上がります。最初の一口がまた美味い。ゆっくりと飲みたいときはここで三分ぐらい間を置きます。

そうするとアルコールを感知してからだがアルコールを受け入れる準備をはじめるらしいです。

「おーい、おっさんが酒を飲みはじめたぞ。準備しろ。」「イエッサー!」

今日は酔っ払うぞ。というときは間なんてあけません。グイグイ飲みます。そのうちに楽しくなってきます。

「飲んだら笑え、酔ったら歌え、話しは明日だ。」とばかりに笑って歌って踊ります。

もう何もかもが、どうでもよくなってきます。ここがポイントでアルコールが入ると老若男女どんな人でも意識がゆるゆるになってきます。

陽気になれればいいのですが、陰気になってしまう人もいます。何故だろう?もともと根暗なのか。

あと普段大人しくて真面目なんて人は要注意、普段おさえている本当の自分の心が敷居が低くなるので姿をあらわします。

それもやっぱり明るくあらわれてくれればいいのだけど、人に嫌われるようなことになってしまう人が大勢います。

一度の失敗はいいのです。しかし二度三度と、それが度重なると誰も相手にしてくれなくなる。

すべては自分次第。

そういう自分に一度酔ってしまって、しかもそれを怒ってくれる人や、止めてくれる人がいなかったりしたら悲劇です。

自分に酔っての暴言や絡みを許されてしまった成功体験として、からだとこころが覚えてしまう。

そして、次もその成功体験をなぞろうとする。

これはもう本当に、自分で気をつけるしかないのです。

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皆んなお酒が大好き。ワインに合わせるために嬉々としてチーズを切り分ける高樹プロデューサー。
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2019年01月10日

お酒2

もう少しお酒の話を。

皆さん勘違いしていますが、日本人は、よっぽどからだが強くないとアルコール中毒にはなれません。

中毒になる前にからだが壊れて病気になってしまいます。日本人の多くはアルコール依存です。

アル中は禁酒してアルコールを抜けば治りますが、依存症は禁酒ができません。

死ぬまで飲むか、一切飲まないかのどちらかしかない。精神的なものなので自分ではどうしようもないのです。

ひとつの心の病。

俺は、お酒を愛しています。2度と会えないなんてのは絶対に嫌なので1週間に1度、頑張ってお酒を抜くようにしています。

抜く前の日から準備します。「明日は酒を飲まないぞ。」と気合いを入れます。

本を読みながら寝るとすぐに眠れるので、読みたい本を準備して心を盛り上げます。

いま読んでいるのは、星野道夫さんの『旅をする木』です。最近経験したことがないような寒さが続いていますが、「星野さんが15年住んでいたアラスカに比べればどうってことないなあ。」なんてぼんやりと思ったり。

深くて静かで詩的なアラスカの大自然の表現を読んでいると、まるで目の前にその風景が広がっているような錯覚を感じる。とか思ってたら眠くなってZzzz,...「おやすみなさい。」

アルコールを抜いた次の日は生まれ変わったように朝からリフレッシュ。「健康ってのはいいなあ。」と感じます。ぐっすりと眠れているからでしょう。お酒を飲んで寝てしまうのは気絶してるのだとか。

からだが健康でないと美味しく飲んだり食べたりできない。けれど健康であるためにお酒をやめるという選択はしたくない。

健康とお酒のどちらか選べといわれたら、迷わずにお酒を選ぶ。。かもしれない。

そんな或る日、背中が不自然に痛み不安に思って病院へ行ったら「膵臓炎かもしれません。」と言われてびっくり。お医者さんの話しではお酒でやられるのは、意外にも肝臓ではなく膵臓が一番多いのだとか。

血液を採取、精密検査することに。「一ヶ月後にまた来てください。」いわれて

恐る恐る「お酒は飲まないほうがいいですか。」と聞いたら

なんといわれたのか忘れてしまったが、とにかく一ヶ月間禁酒しました。

辛かったなあ。

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嬉しくなる風景。左から以前、メキシコシティで買って来て飲んでない虫入りテキーラ。パツクアロのセントロで買った量り売りのメスカル。パツクアロのドンチーチョの店で買ったメスカル。頂きものの高級焼酎。さいさいへのお土産の高級メスカル。
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2019年01月11日

お酒3

病院で膵臓炎かもしれないと告げられてから、一ヶ月のあいだ。

気持ちを切り替えて「ひとつ失うと、ひとつ得るものがあるのだ。」なんて自分を励ますけれどすぐにしょぼくれてしまう。

元気が出なかった。かけがえのないものを失った。それは大袈裟か。

この膵臓、急性だったら一年だか半年だったか禁酒すればまた飲めるようになります。しかし慢性膵炎だった場合は、一生飲めません。

飲んでもいいんですが確実に亡くなります。膵臓が自分で自分のことを溶かしてしまうのだそうです。

恐ろしい。最後は溶けてなくなるのか。

ミュージシャンの松本じろうも膵臓を痛めて飲めなくなりました。じろちゃんはとっても素敵で可愛いギターを弾いたり、力任せに叩きつけるように格好よく弾いたりします。

ナイスガイですがナイーブなので、酒を飲まずに外に出られないみたいな感じか。医者から止められて。

森下スタジオであった時、俺が膵臓かもしれないと言ったら、「ガハガハ。」笑って大喜びしてました。

ちょうどセゾン文化財団の新年会の頃になってしまい、烏龍茶でパーティに参加したのだった。それはそれで面白かった。

批評家の桜井圭介さんがものすごい酔っ払ってて、ありえないようなバランスでグラスを持って歩いていたのを覚えている。「ほお、俺も酔ってる時はこんな風になってるのか。」としげしげと観察してました。

この時、じろちゃんの奥さま黒田育世ちゃんと娘さんがいてずーっと遊んでた。シラフだから本気で相手をして、楽しかった。

さて、一ヶ月後。

運命の日、そうだ朝、病院に行くときに地震があった。急に警報がなって怖かった。結構揺れたと思う。

病院に行って結果はなんともなく、その日はたぶんいい日本酒で乾杯した。

よかった。そして今日はとっても嬉しいことがあったので祝杯です。後輩の直哉と高架下の“あぶさん”というもつ焼き屋で新年会です。

あぶさんでは、よく女房と飲んでます。

ミュージシャンの築山建一郎や、湯山とも来ました。安くて旨くて濃いです。気をつけないとベロベロになります。湯山と飲んだとき高い帽子をなくしました。

あの帽子、どこへいったのかな。

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三十年間通っている高円寺の行きつけの店『抱瓶』の貼り紙。
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2019年01月12日

年賀状

若い頃は年賀状マニアでした。父親に届く大量の年賀はがきに憧れていたのかもしれません。

百枚以上は出していました。すべて手書きしていたので、毎年用意がたいへんだった。いまは、パソコンとプリンターという強い味方がいるので楽チンです。

最近は、印刷屋さんに出して作っています。あとでポストカードとして使えるように宛名面は空白にしています。

そしてだんだんと出す人を絞っています。人間関係の断捨離です。基本的に来た人にしか出さないようにしています。去年お世話になった人にはもちろん出します。

リトルモアの孫家邦さんには毎年出していますが、手書きの年賀がいつも届きます。忙しいのに。

リトルモアはとっても格好のいいおしゃれな本ばかりを出しているところで、映画の配給などもやってます。

一番近いところでは、『夜空はいつでも最高密度の青色だ』でこれは最果タヒさんの詩集を映画にしたものです。

試写会の案内を頂いたので駆けつけた。山本周五郎ぶるわけではありませんが何かを見るときは、タダではみないように気をつけています。

作品創りに関わったとかではない限り、お金を払うというリスクを負わないと身につかないと思っています。

批評家や評論家が太鼓持ちになりがちなのは、招待されてタダで観ているから。

今回は特別に駆けつけます。新宿の試写会に行ったら孫さんがいて挨拶。招待してもらったお礼を述べて、それから本編。

いまの東京のどうしようもない現実の中での純愛物語りで、最果タヒさんの詩そのもののヘンテコなロマンチックで、弱者から見た都会の片隅で。

「都会を好きになった瞬間、自殺したようなものだよ。」

ヒロインを石橋凌さんと原田美枝子さんの娘さん、石橋静河さんが演じてた。初主演だけど堂々としてました。

『びちがい裁判』に出てた野嵜好美さんが、印象に残るとってもいい役をしてて面白かった。野嵜さんもっと売れないかな。

なんだか元気が出ない時期で落ち込んでいたけれど、映画を観て「頑張ろう。」と思いました。

帰りに原作の詩集を紀伊国屋で購入し読んでみる。いまを切り取っていると思った。

「世界が美しく見えるのは、あなたが美しいからだ。そう、断言できる人間でいたい。」最果タヒ

この映画は数々の賞を受賞し見事、キネマ旬報のベストワンを獲得。

「おめでとうございます。」

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元リトルモアでいまはHeHeの代表、中村水絵さんから素敵な年賀状が届きました。
MICHAEL SOWA "SPECHT" 
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2019年01月13日

新年会

応援していた本当のことしか言わない、本物の政治家:森てるおさんがトップ当選しました。「おめでとうございます。」

だるまに目を入れたり、万歳三唱みたいな馬鹿なことはやってなさそうで、勝ち負けとかではないところに重点を置いてそう。

それにしても3731票でトップか。二位の自民党候補は3282票。しかし自民党の当選者は9人もいてしかも公明党も4人いるから圧倒的に不利だ。

西東京市の有権者は16万5942人いるけれど投票したのは6万1138人、6割近くの人が投票しなかった。

皆さん、自分が払った税金がどう使われるのか興味がないのかな。

常に監視していないとすぐに不正をする動物なので困ったものですよ人類。自分もそんな嘘つきですぐ不正をする人類の一員ですが。

さて今日は、鉄割アルバトロスケットの新年会です。

演出の牛島みさをさんは来れないらしい。残念。みさをさんは、博多生まれの博多育ち、なのか。あれ、北九州だっけ。

どちらにしてもガラが悪いです。青春の門の世界です。たぶん中上健次も入ってます。

サルバニラのメンバーで、麿さんに「わしのおしっこを飲んだら出してやる。」と冗談でいわれて本当に飲んで大駱駝艦の本公演に出た男、田脇ふさのりも博多の生まれです。

炭鉱夫だったお父さんが家で浮気してるあいだ、お母さんは幼い田脇と兄弟を連れて外で待ってたとか。

みさをさんのお父さんは、焼酎をビールで割る通称“バクダン”というのを好んで飲んでるらしいです。

バクダンは炭鉱夫の飲みものです。

焼酎をノンアルコールのホッピーで割るととっても旨くて飲みやすくて、めちゃめちゃ酔っ払いますがホッピーではなくてビールで割るのだからおそろしい。

けれど、こうして記してたら飲んでみたくなって来たぞバクダン。一瞬で酔っ払って寝てしまうのか。そう最近、飲むとすぐに寝てしまうようになってしまった。

若い頃は飲んで寝てしまう奴を「だらしがねえなあ。」と軽蔑してたけど、自分がそうなってしまってる。「吐いた唾、飲まんとけよ。」気をつけます。

さて、新年会は13:00からです。鉄割も子持ちが多くなって来たので今日は、子ども仕様です。寝てもまた起きて飲めばいいか。

天気がいいから気持ちがいいぞ。

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中島朋人サイン入りプロマイド。鉄割会場にて購入。
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2019年01月14日

黙祷

市原悦子さんが亡くなられてしまいました。

残念です。

市原さんとは、麿さんと共演された『怪しき村の旅人』ではじめてご一緒しました。

あの頃はまだ、遠い存在で。

二回目の共演は、石川淳原作、塩見哲演出の『狂風記』だった。

ほんとうに可愛い人だったなあ。いつも笑顔で。チャーミングとはこのかたのことをいうのだと思った。いつも誰かに囲まれていた。見た目とは違って運動神経が抜群だったんだって。オリンピックも目指せたとか。

狂風記の本番で俺が台詞を間違えて、めちゃめちゃに喋っても笑って許してくれた。どころか面白がってくれて。

塩見さんと一緒に何度も壺中天に作品を観にきてくれた。特に何かを言われた記憶はないけれどいつも喜んでくれてた。

ご冥福をお祈りします。

合掌

梅原猛さんも亡くなられました。

梅原さんの著書は、父親の影響で何冊か読みました。見方が面白いんだよな。

京都大学哲学科卒業だって。ダムタイプを生んだ、京都市立芸術大学の学長も務められたのか。

またひとり、日本の良識的な頭脳が失われてしまいました。

合掌

そして、カメラマンの森雅美さんの奥さまが亡くなられました。

森さんには大駱駝艦の頃から応援してもらっていて、写真も特別に撮影してもらっていました。

去年の禅問答のときにお誘いしたら「妻が病気で観にいくことが叶わない。」とお返事をいただいて。

ご冥福をお祈りします。

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最初に撮影してもらった時の写真をはじめてのソロ公演の宣伝写真として使わせていただいた。photo by Masami Mori
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:43| ブログ?

2019年01月15日

鉄新

先日、鉄割新年会で田山マークス雅楽子さんの新築豪邸へお邪魔しました。

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メインのリビング。天井高が4メートルぐらいあった。地下の物置というか音楽室で古澤くんが「俺の部屋ぐらいです。」言うててそうだよなあ。と思った。

あまりにも豪邸すぎて、笑ってしまいました。あるところにはあるのだ。すべてにこだわった雑誌から抜け出てきたようないい家だった。

しかし家というのは、いかに物を減らすかが一番寛容だと思った。新築で注文建築でも物が増えてきて生活感が溢れてくると台なしになるかもしれない。

あとは掃除ですね。どんなに広くても薄汚れていたのではどうしようもない。

子どもが二人いるとどんどん散らかっていく一方だろうな。それとも専門の業者が入っているのか。

旦那さんのデーヴィッドは、『アメトラ』の著者で超大手IT企業に勤務してらっしゃいます。会社で重責を担いつつも、まずはライターであることが仕事なのだそうです。


面白そう。読みます。

鉄割の皆さんは、戌井くんを筆頭にサラブレッドが多く政治家の娘さんだったり、会長さんの娘さんだったり創始者の息子だったりする。

その中でも親友、小林成男は歴史上の人物の息子さんです。

お父さんは、本にも名前が出て来たりするような方です。しげちゃんを見てると本物の育ちのいい男とはこういう人のことをいうのか。と思う。

雄大で豊か。やることなすことスケールがいちいちでかい。英語とスペイン語はペラペラで、今回習得した中国語を入れると世界中のほとんどの人と話すことができるそうです。

ある時まで、彼の向こうに偉大なお父さんを感じて嫉妬していました。了見が狭い自分を恥ずかしく思います。

「ごめんなさい。」

いつだったか住んでいる北京へ遊びにいっていろいろな話しをした。

親の力ではなく自分の力で人生を切り拓きたい。そんなことを語っていたと思う。

いい男なんだよなあ。女性には、お金を支払わせない。一度、現場を目撃したが絶対にお金を受け取らなかった。その女性も中国共産党幹部の娘さんで裕福な方だったが。

さて、しげちゃんが東京に帰ってきているらしいです。「秘蔵の虫入りテキーラがあるので一緒に飲もうぜ。」

山内誕生日、「おめでとう。」
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 23:58| ブログ?

2019年01月16日

えん

いま川西に滞在中です。明日の禅問答ライブの稽古のためです。

そしていまこの瞬間は、Kawasakiの酸素の供給カプセルの中にいます。

真っ白くて曲線が美しい、高そうな機械です。イチローの家にありそうなやつです。

現代人はストレスによって慢性的に酸素不足らしいです。それを気圧を上げて供給する?「耳抜きをしてください。」書いてある。

気圧が下がると耳抜きするのか。深海へもぐるときは耳抜きする。飛行機に乗っても、耳抜きしないと鼓膜が破れます。一度、耳抜きが上手くいかずに耳が遠くなったことがあった。

遠くから音が聞こえてきて、まるで自分だけ遠いアナグラにいるみたいな感じでした。

さて、同級生の石原賢治の整体院に来ています。

石原とは小学生のときの同級生です。同級生ですが、彼はスポーツ能力がずば抜けてて足が一番速くて、野球が一番上手なスーパーマン。

かたや足も遅けりゃ野球もあんまり上手じゃない下等民の俺とでは住んでる世界が違い。当時は、スポーツできるか勉強できるかどっちかじゃないとモテなかった。

そんな石原は中学から兵庫県の野球の名門『報徳学園』へ野球留学しました。

彼とは一度も同じクラスになったことがなくて、俺は知ってるけど向こうは知らないみたいな関係で。

かたや運動会の主役で、いっぽうの俺はバケツリレーでずっこけて皆んなを爆笑させるような存在で。

俺がグレて馬鹿なことばかりやってる頃、やはりラクビーをやりに報徳に行った悪友の本家隼人から「石原、目やられて補欠やねん。」と噂を聞いて。

外野はフライをキャッチするために、空を見上げるので眼をやられやすい。いまはサングラスをかけるのが常識だけどあの頃はまだそんなことしてなかった。

挫折。

各学校のスーパーマンが集まって、その中から群を抜いたものがプロへ行く。けれどその中でもまた挫折が繰り返される厳しい世界。

その頃、俺は糸の切れた凧のように遊びまくっていたので石原のことなんて忘れてしまい。

そんな元スーパースターの石原にこれからスターになろうという51歳舞踏家、遅咲きの向雲太郎がからだを触ってもらっている。

縁は異なもの、アジなもの。

そんで、たまに人にからだを触ってもらうと気持ちもいいのだ。

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近所のサボテン公園、あんまりここでは遊ばなかった。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 19:30| ブログ?

2019年01月17日

悪魔さん

うちの近所には、悪魔さんがいます。

いつもベランダでタバコを吸っています。どんなに寒くても外で吸うのだ。その辺は常識的です。

それ以外で外に出るのは、買い物の時だけ。ノーブラで出かけます。結構巨乳なので驚かれます。

あっ、悪魔さんは女性です。あれ悪魔に性別は関係ないのか?

アンケートで男か女かを書く欄があると何を知りたいのだろう?と思います。分析に使うのだろうけれど時代遅れ、多様な“性”があるのに。

そういえば、“GLBT”のBがバイセクシュアルで、Tがトランスジェンダーだと昨日知りました。俺も時代遅れ。

閑話休題。悪魔さんです。

1日に一回だけ、近所のマックスバリューで買い物をします。くわえタバコで出かけます。皆んなに白い目で見られますが平気です。

なんせ悪魔ですから。

サンダルをつっかけてだるそうに歩きます。人とぶつかったって謝りません。悪魔だから。

彼女はマンションに住んでいます。ダンゼンセコムです。

セキュリティーがしっかりしたマンションに住んでいます。そう、彼女はお金持ちです。別れた旦那さんが金持ちでした。

タバコを吸いにベランダへ出るのとスーパーへ買い物に出る以外は部屋にいます。

カーテンを閉め切って、ずーっとテレビを見ています。朝から晩まで見ています。無表情で見続けます。

笑ったりするかな。

コタツに入って、寝たり起きたりです。夜は晩酌はするのか。お酒は飲まないのかな。何を生き甲斐にしているのだろう。

生きがいなど要らないのか。生きてるような死んでいるような、何もかも興味がないような生きかた。

昔はやっぱり天使だったのか。子どもの頃から悪魔だったのか。

そんな彼女は、自民党を応援しています。

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いつもすっぴんです。化粧することはあるのかな。illustlation by Kumotaro Mukai
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:59| ブログ?

2019年01月18日

とんぼがえり

いまは、兵庫県の川西市にいます。

生まれ故郷、川西市萩原台の鳥かごの鳥たち。この大嫌いだった灰色の街からはじまった。

どん詰まりの通りでダイヤモンドのような夜景を観ながら、夢を語り会ったあの時。

幼馴染で親友の杉本浩二”ぎちょ”は「俺はな、むーさん。世界を股にかけて飛びまわる男になるんや。」いうて本当に世界を飛び回りいまは、インドネシア・ジャカルタにいる。

俺は「東京へいって絵で食うんや。」いうて一旗あげるために家出したがその夢は破れた。その後、舞踏と出会いなんとかかんとか食べさせて頂いてる。

そして次の夢へ。

一昨日に今回は、会えなくなった湯山大一郎と電話で会議。今年から来年にかけてのスケジュールの確認をしました。

まずは、3月25日(月)〜28日(木)まで森下スタジオでおこなう『特別集中舞踏?講座』の時間帯を決め。

5月ゴールデンウィークに淡路島都志のデュ社本拠地でおこなう公演について。

8月ドイツ、11月城崎、12月本公演、3月森下などなどさまざま話しあいました。

昨日は、大阪玉造で久原鉄秀氏と2月15日(金)におこなわれる『禅問答ライブ』の稽古でした。核心部分を確認し、しっかりと掴みとり終了。その後、旧交を暖めました。

そんで今日は、湯山と打ちあわせしそのあと淡路島都志へ帰るつもりでしたが急遽、鉄割主宰:戌井昭人氏と演出:牛島みさを氏との打ちあわせが決まり東京へ移動します。

今年の3月29日(金)〜31日(日)、森下スタジオにておこなう鉄割アルバトロスケットとの共同企画について話しあいます。

どんな面白いことができるのか。楽しみでしかたありません。

その後、東京に滞在し3月の準備をします。

淡路に戻るのは4月か。結構留守にする。

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萩原台中央公園通称”おっぱい公園”のモニュメント。中学生の頃、大幅に遅刻して「どうするか?」ここで思案してた。口が臭いといじめられてた幼馴染のT子ちゃんもよくここでサボってた。高校生の時に可愛いと噂になって「そんなことは昔から知ってる。」と思ってた。いまどうしてるかな。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:35| ブログ?

2019年01月19日

よしとさん

わたくしは舞踏の創始者、土方さんが大好きです。だから『舞踏?』という作品で完コピしました。

何故、舞踏の先駆者、大野一雄さんのことは真似したいとは思わなのか?ずーっと考えてきました。

土方さんは男性的で硬質。大野さんは女性的で柔らかい。わたくしは、男性的なほうが好きで硬いほうが好みです。

最近、大野さんはナルシスティックだからあんまり好きではないのかな。とも思いはじめています。

踊ってない時の大野さんは大好きなんです。でも踊りはじめた瞬間に好きではなくなってしまう不思議。

1998年にシアターコクーンで観た『無』での大野さんがなぜ良かったかと考えると、呆けて踊れなかったからかな。と思ったり。

ある日、大野一雄さんの映像を見ていたら、息子の慶人さんの立ち姿に目がいった。ダサい衣裳に古臭い音楽。とにかく無音にして慶人さんに集中。

めちゃめちゃ格好が良かった。

この世の中には三種類の人がいるといわれています。ひとつは本物。二つ目は偽物。三つ目が似て非なるものと書いて似非もの。真似は所詮、ニセモノかエセもの。

賛否両論だった川口隆夫さんの『大野一雄について』初演のd-倉庫公演の時に、トークゲストが慶人さんだった。

公演が終わって慶人さんが登場、花束を持ってたのだけどそれを舞台に二度三度と、叩きつけたのを見てとても驚いたのを覚えている。

本物の凄みと迫力をその一瞬で感じた。

1959年の伝説の舞台『禁色』に出てたんだものな。舞踏のうまれた瞬間に立ち会っている存在。すげえ。

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『禁色』これは再演の写真です。初演はほぼ真っ暗だったとかで写真がない。左、慶人さん。右、土方巽。

終演後に一人でお茶を飲んでいる慶人さんに近づいて自己紹介、そんで

「なぜ、花束を舞台に叩きつけたんですか?」と聞いたら「舞台にも礼をしなければだめでしょう。」とか仰っててなるほどなあ。と思った。

ちなみに慶人さんは若い頃にアルコール依存症になってしまい、いまはお酒を飲まないらしいです。大野一雄舞踏研究所代表の溝端さんに聞いたら「原因は、ストレスですね。」といってた。

偉大な父を持ってしまった、他人にはわかりようのないプレッシャーとの闘い。か。

それはさておき。本当のホンモノ、大野慶人さんをはやく人間国宝にしたほうがいいです。

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左、土方巽。右、大野慶人。photo by William Klein
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:44| ブログ?

2019年01月20日

Butoh?

舞踏は、1959年に日本で生まれた舞台芸術です。

何故、1959年かというと三島由紀夫原作、土方巽振付の『禁色』が発表された年で、舞踏評論の大家:合田成男先生がこの年を舞踏元年とする。と仰ったからです。

この伝説の作品に出ていた舞踏家の大野慶人さん。その慶人さんから今年の11月に城崎国際アートセンターでおこなう『舞踏?レクチャーパフォーマンス』の推薦状を頂きました。

ちょっと自慢になりますが、全文を記載させてもらいます。

推薦状

向雲太郎君の「舞踏?レクチャーパフォーマンス」を城崎国際アートセンターのアーティスト・イン・レジデンスプログラムに推薦します。

「舞踏?レクチャーパフォーマンス」は、当研究所が主催する大野一雄フェスティバル2015での滞在制作によって創作が開始され、翌年、NPO法人ダンスアーカイヴ構想が主催し、当研究所が協力するDance Archive Project 2016で初演されました。

「舞踏」は、日本の60年代に生まれ、今日世界中に広がりました。

しかし、私達は「舞踏とは何か」という問いになかなか答えることができません。

向君は、自身の体験を持ってこの問題に向き合い、その分析をパフォーマンスとして提示する一方、レクチャーによって、「舞踏」の歴史や技法を解説します。

本作品は、大駱駝艦の中心ダンサーを長く務めた向君が、あえて「舞踏」に疑問を投げかけ、「レクチャー」(言葉)と「パフォーマンス」(身体)という二様のメディアを自在に行き来する斬新な形式によって行う意欲作です。

この作品の対象は、そのテーマに於いて、舞踏を知らない、新たな観客層に向けられています。

従って、舞踏にあまりなじみのない、城崎の人々との交流は必ずや良い刺激と大きな実りをもたらすものになると思われます。

なぜなら、向君の意図するのは啓蒙行為ではなく、双方向の交流を通した「舞踏の革新」にあるからです。

21世紀の舞踏の可能性が、城崎の新たな観客の視線と共に探求されるのです。

「舞踏」は日本発信の文化として、世界の共通言語となりつつあり、城崎滞在で生まれる向作品もまた、世界に発信されるものとなることでしょう。

またそれは、今後関西に拠点を移して活動を企画する、向君とデュ社にとってのあらたな飛躍の契機となるに違いありません。

このたび城崎での滞在制作が実現し、作品がさらなる成長を遂げることを願っています。

大野一雄舞踏研究所
大野慶人

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現在80歳だけど舞台上でパンツ一丁で踊ってる。俺は果たして80歳の時にパンいちで踊れるのか。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 18:35| ブログ?