2019年01月04日

仕事はじめ?

仕事はじめだそうです。休まないですね、現代人。世間に倣って、俺も仕事をはじめました。2月禅問答の自主稽古です。1月16日には、大阪で稽古です。

禅問答は若い頃、勉強しました。いつも変なことばかり考えているので、気が狂ったりする危険な修行です。師に問われて、とっさに頭にわらじをのせて歩き去ったら悟ったといわれるような世界です。

舞踏家もいつも変なことばかり考えているので、興味津々です。

座禅のパイオニア、初代は釈迦で達磨は28代目です。先日のラジオで5代目とか言ってましたが間違いでした。中国禅宗の創始者でもある。その達磨さんですが有名な伝説が、面壁八年。

八年間壁を見つめて坐禅を組み続けて、足が腐ってなくなってしまった。足が腐ってなくなってしまうまで座るって、阿呆です。途中で痺れて感覚がなくなって。そのうち血が止まって肉が腐りはじめる。匂いも凄かっただろう。

排尿排便はどうしてたのか?お世話をする人がいたのか。いるよなそりゃあ。食事もすべて用意してもらって。本人は座っているだけ。すべて垂れ流し。除菌スプレーとかその頃はなかっただろうから、アンモニアの刺激臭が強烈だったろう。目が痛くてたいへんだ。

すべては修行のため。修行はなんのためか?仏の悟りを得るためか。

そんな達磨大師ですが、毎日入門させてくれとくる僧がいました。名前を慧可といいます。毎日きますが達磨は「だめだ。」の一点張り。毎日通ってたと思うけど、どれぐらいなのかな。落語家の弟子になるのとはわけが違うから何年も通ったのだろうか。それとも次の日だったりして。

その日、慧可が自分の左腕を切り落として達磨の前へあらわれた。捧げ出された左腕を見て達磨が「よし。」と頷いて入門を許された。この話をすると皆さん様々な反応を示します。

麿さんに夏合宿で話す機会がありこの逸話を説明したら「達磨は慧可の左腕に、自分の面壁八年間と同じものを見たんだろう。」と言っていた。なるほど。

俺はこの逸話が大好きです。師匠が壁に向かって座り続けて足がなくなったおじいさんで、その弟子が入門をしたいからって自分の腕を切り落としてって、完全にぴちがいです。カッコ良すぎる。

舞踏もこういう、ぴちがいすれすれの阿呆みたいなことをよしとする価値観を大切にしています。

さて禅問答です。完全に筋書きのないドラマ。構成なんてもちろんない世界。即興の極致。そんな禅問答という名前を拝借して公演をやります。禅問答の名前に恥じないものにしないと。

即興の極意は「100%の自由と100%の協調。」

本当か?本当にそうか?

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『慧可断臂図』京都の国宝展で本物を拝観しました。禅僧雪舟77歳の時の作。書き込むところと省略するところのメリハリがが際立っている。
posted by Mukai Kumotaro at 14:53| 日記