2019年02月26日

キーン

ドナルド・キーンさんが亡くなられました。96歳!

いま、新聞をみていたら日本国籍を取得してたんですね。

「日本から外国人が逃げ出し、腹立たしかった。私は日本人とともに生き、ともに死にたい。」と東日本大震災をきっかけに日本人に。身も心も日本人になったのか。

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漢字の通称名は『鬼怒鳴門』だって。

「外国人のときはお客さんなので遠慮したが、日本人なのだから言いたいことを言う。」文楽を知らずに「面白くない。」と決めつけて補助金を削除しようとした、橋下徹市長に「文楽は日本が世界に誇る文化」とたしなめたんだと。

日本人よりも日本人文化をとてもよく知るひと。日本文化の最良の理解者。

戦後、古臭いとみなされて”第二芸術”と呼ばれた俳諧を英訳して海外に紹介した。川端康成がノーベル賞を取ったのもキーンさんと故エドワード・G・サイデンステッカーさんの尽力によるところが極めて大きいだって。

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三島由紀夫とは、自決する三ヶ月前に”最後の晩餐”を楽しんで。

原点は戦争体験。米海軍の語学士官だったキーンさんは、北太平洋のアッツ島で日本軍の玉砕に直面した。いま問題になっている沖縄への上陸作戦にも通訳として参加。

18歳の時に偶然手にした英訳本「源氏物語」。その繊細な美の世界とはまったく相容れない理解不能な戦争体験。

生涯をかけての日本文化の研究は、その疑問の答えを求める旅でもあった。

終戦の8年後、京都大学大学院に留学。「飾ろうとしないので、それが一層、親近感や安心感を抱かせる。」と、日本での初の著作『碧い眼の太郎冠者』に文豪、谷崎潤一郎は序文を寄せた。

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太郎冠者を演じるドナルド・キーン。

司馬遼太郎は、生前「キーンさんほど、少年時代を想像しやすい人はいない。今と同じだ。」と話した。

両親の離婚で貧困に苦しんだが、学業優秀で飛び級を重ね、16歳で奨学生としてコロンビア大学に入学。小柄でスポーツは苦手だが、好奇心旺盛。

権威や権力を嫌って少し挑戦的。そして、情熱的な教育者、コロンビア大学では、何も持ち込まずに即興で講義をしてたとか。いいなあ。

日本をこころから愛し、多くの日本人に愛されたキーンさん。

キーンさんは、舞踏にももちろん造詣がふかくて土方さんや大野さんとも仕事を一緒にやられていました。

一度お会いして話しを聞いてみたかった。ご冥福をお祈りします。

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英訳された日本文学の6割はキーンさんとその教え子たちによる。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:31| ブログ?