2019年04月14日

文章について

ブログというのは、日記というより人に読まれるということもあってエッセイに近いのではないか。と最近、思っています。

エッセイは調べたところとにかく気楽に書くものらしく、この『ブログ?』もとにかく気楽に記しています。

けれど、文章の言い回しや“てにをは”は気をつけるようにしています。

漢字が多すぎると固くなりすぎるので、これも気をつけます。

こどもの表記は“子ども”で統一しています。これはお世話になったことのある“芸術家と子どもたち”の名前に準じています。

動くと記すときは“動”という漢字がしっくりとこないのであまり使いません。うごく。

からだは、色々な書き方がありますが“身体”だと運動的すぎるし、“カラダ”ではなんだかスポーツ飲料の宣伝みたい。“体"はなんだか拍子抜けしてもの足りない。

面倒なのでひらがな表記にしています。からだをうごかす。

この辺は商売柄こだわります。麿さんは、からだより“肉体”と呼ぶほうを好みますが。

最近、カテゴリーというので分けようとして最初から見直しています。

文章のおかしなところや誤字脱字などをついでに直しています。追加したり。

あまりにも長いと句読点を入れて、でも入れすぎるとうるさいので気をつけます。

この句読点は井上ひさしさんの『私家版日本語文法』によると、結構いい加減で規範のようなものはないようです。

書き手に委ねられている。

ところで、カギ括弧の中の文章の最後に丸。をつけるかつけないか?『ブログ?』をはじめた頃に考えて、しかし曖昧にしていた。

調べてみたら新聞や小説や日本のあらゆる文章が、カギ括弧の中の文章には丸をつけていません。

たぶん新聞社が規範を作っているのだろう。けれども舞踏家としては右に倣えはまっぴら御免だし、疑うということが信条なので気にしません。

自分で文章を記すときに丸をつけないと、しっくりとこない時があったり。擬音のときはつけないけれど、会話とかこころの声であったりするとつけたくなる。

なのでいまでも、ずーっとそうしています。

そんなある日、ふと芥川龍之介はどうしているのだろう?と調べて見ました。

なんと芥川は、カギ括弧の中の文章に丸をつけていました。

こころのなかで小さく「やった。」とガッツポーズ。だって芥川賞の本家というか本人というかその芥川龍之介が・・・

まあ、別にどっちでもいいか。

「世界を分けないように気をつけよう。」とか、言うてて文章をカテゴリーで分けようとする矛盾。

カテゴリーで分けるのはやめにしました。ひとつのほうがいい。

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いま調べたら宮沢賢治もカギ括弧の文の最後に丸を入れていた。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:09| ブログ?