2019年04月30日

四月

もう4月も終わりですね。

大駱駝艦にいる頃は、毎回新作を4月に創っていました。

本番が5月のこともあったけれどだいたい4月頃。なので春は憂鬱な時期だった。

最初に創った作品『2001年壺中の旅』が様々な要素と色々な条件がかさなって、ビギナーズラック的に成功したので続けて作品を発表する機会をもらえた。

もらえたのだけど、二匹目のどじょうは易々とは手に入らず悪戦苦闘しました。まわりの期待もあったりしてプレッシャーもあったりして。

回を重ねるごとにアイデアをつかい果たし、アイデア不足にも苦しんでいた。

イメージしてストックしていて面白いと思ったことを、いざ稽古場で展開してもいまいちだったり。

現場でどんどん面白くしていければいいのだけど、まだそこまでの力がなかった。

いき詰まって、春の街をひとりうろうろしたり公園で苦悩したり。いま振り返ってみると自分でブレーキを踏んでいた。

できないと思い込んでいた。だめだと決めつけていた。面白くないと諦めていた。それはないか。稽古場に戻るときが苦痛だった。

稽古場で朝から晩まで「あーでもないこーでもない。」と試行錯誤を続けるけれど、ぜんぜん進まなくて絶望したりして。

ぎりぎりまで面白くしようと根をつめて、なんとか本番を迎えるけれどやっぱり最初の成功体験は越えられないのだった。

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『2001年壺中の旅』壺中天再演時のちらし。クリスマスにキャストを二つに分けて公演、再演の恐ろしさを思い知る。

2001年から2012年までだから、10年以上はそんな感じだった。

何度もチャレンジしたけれど、結局らくだかんにいるあいだは処女作を超える評価をうける作品は創れなかった。

いや、越えようという意識がもう違ってたのだと思う。そうではなくて、まったく違う世界とアプローチと角度と切り口ではないといけなかったのだ。

しかしそれに気づかなかった。気づけなかった。離れたいまはわかるのだけど。

距離感という不思議なもの。離れれば離れるほど大きくなれる。大木のそばでは、新木が育てないのと同じ。

麿さんという大木の陰から離れたいまこそ、ぜんぜん違う自分にしか創れない作品が生み出せるのです。

春は無我夢中で作品を創っていた時期。なので誕生日を祝ってもらった記憶が20年ぐらいない。

稽古場でサプライズ的にお祝いするというのが、舞台人なら一度は味わう楽しさのはずだけど。それどころではなかったのです。

さて最近、まったく新作を創れないですが機会をじっと待ちます。

低くしゃがめばしゃがむほど、高く飛び上がれる。

そしてアイデアだけは日々集め、そのアイデアの種に水をやり大切にあたため続けるのです。

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二作目『ダラーの宇宙』より。
悪戦苦闘のはじまり。ニューヨーク公演のとき、麿さんに「これはこれで面白いんだけどな。」と言われたのを覚えている。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:59| ブログ?