2019年06月11日

隣人

最近、気付いたら川崎に住んでいた51歳の男のことを考えています。

ほぼ同い年なので、他人事とは思えないところがあったりするけれど、想像を絶するところもあったり。

51年間の人生で写真が一枚しか無いということがどういうことなのか?そんなことがあっていいのだろうか?

いいわけがない。

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たった一枚の写真。どこにでもいそうな男の子が、40年間で殺人鬼に変貌を遂げてしまった。photo by Google.

何故そんなことになってしまったのか?考えています。

想像しています。

両親が自分の子どもの写真撮影をしなかった。何故か?

離婚とかでバタバタしててそれどころではなかった。愛情がなかった。撮りたいと思う存在ではなかった。

両親に一枚も写真を撮ってもらえなかった。何故か?

可愛げがなかった。愛されていなかった。

友だちに写真を撮ってもらうこともなかった。先生にも撮ってもらえなかった。

一緒に住んでいる伯父夫婦にも撮ってもらえなかった。

何故か?

「ほとんどの犯罪は三つの不足によって起こります。」by ノルウェー法務省官僚。

幼児期の愛情不足、生育期の教育不足、成人してからの経済的余裕の不足。このいずれか、またはこれらが積み重なって犯罪は起こるのです。

川崎の男は、完全に幼児期の愛情不足です。51年の人生で、一枚しか写真が残っていないのが如実にそのことを証明しています。

中学までしか行っていないようだから、生育期の教育不足も少し当てはまる。

定職につかずにほぼ、引き篭もり状態だったようだから経済的な余裕はあった。伯父夫婦の小遣いで生きていたとか。

中学卒業から約40年間、ほとんど誰とも没交渉で私生活が謎のまま。憶測が憶測を呼んでいるけれど想像の域を出ない。

親代わりだった伯父夫婦は事件の直前、国家に頼ろうとしたけれど未然に事件を防げなかった。

日本は“魔”を生んでしまった。このままでは、これからも生み出し続けるでしょう。

そしてその魔ものは、隣に住んでいるかもしれません。

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『魔もの』で検索したら出てきた。愛がなかったのだけれど、ユーモアも足りなかった。『笑い』は何もかもを救ったりする大切なものなのです。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:55| ブログ?