2019年06月24日

壺の中の旅のはじまり

『2001年壺中の旅』は構想10年、あの頃の自分のできることそれまでに考えていたアイデアのすべてをぶち込んだ作品でした。

タイトルは安易で、2001年に壺の中を旅する物語。

もちろん大好きなスタンリーキューブリックの『2001年宇宙の旅』にかけた。

それまでも、後輩の石川正虎と共同で作品を創ったり『千秒の孤独』と題して20分のソロ作品を創ったりしていたけれど丸々一つの作品を責任を持って創るのは初めてだった。

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『漂遊戯族』チラシ。今は亡きジャズミュージシャン古澤良治郎さんが音楽。舞台上で焼きそばを投げ合ったり好き勝手やって楽しかった作品。

大駱駝艦稽古場『壺中天』で新しく始めるシリーズの開幕作品でもあり、張り切りまくって臨んだ作品だった。

狸穴善五郎と村松卓矢という兄弟子二人に出てもらうという贅沢な座組みで。まずは村松君が決まったのか。

電話で弟弟子・田村一行に出演交渉をした。

話してる時に「僕は男全員を使って作品を創りたいんです。」とか一行が言ってて、感じ入って壺中の旅も舞台監督の石川正虎と若林淳以外男が全員出る作品となった。

初めて創る作品なのにそんなに手を広げて大丈夫か?いまなら心配になるが、あの頃はやる気が横溢してたので関係がなかった。

稽古に入る前から構成はだいたい決まっていた。しかしそんなものは叩き台にすぎない。

面白くするのは現場である稽古場で、面白くなければ面白くなるまで考えて稽古をした。

兄弟子の村松卓矢ができた群舞にいちいちケチをつけるのでその度に創りなおした。たぶんその度に面白くなっていったのだと思う。

まだ新人だった松田篤史がリップシンクをするというアイデアは、結構前から決まっていた。確かドラッグクイーンのショーを観に行って思いついたのか。

途中の群舞はやりたいアイデアがあってそこにどうつなげるか?という演繹法で創ったのが功を奏した。

素股の群舞をやりたい。素股のアイデアは、海印の馬の麿さんのソロから頂いた。

素股になるためには、ちんこが無くならなくてはならない。どうするか?

三途の川で奪衣婆に服を剥ぎ取られるが服も着ていなけりゃあ、六文銭も持っていない男たち。

そいつらが最後の金目のものというか大切な“ちんこ”を替わりに切り落として、三途の川を渡してもらう。というのではどうか?

そのちんこを秤にかけて罪の重さを測って通してもらったりして。

馬鹿みたいな話だが大の大人が大真面目に考えて実行した。このシーンがまさか中盤のクライマックスになるとは思ってもみなかった。

人生、何が起こるかわからない。

アイデアは思いついて考えるのは簡単だけど、実行して実現させるのが大変。そしてさらにそれを面白くするのが肝要。

大変でしんどいのだけど、それこそが醍醐味だったりするのです。

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振り付け、麿赤兒ともいうべき卓袱台のソロ。再演を重ねるたびに麿さんに稽古をつけてもらいどんどん強度が増して行くのだった。photo by Junichi Matsuda.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:56| ブログ?