2019年06月25日

壺の中の旅のつづき

紙吹雪を大量に降らせるアイデアがあって、村松が冗談で「クライマックスは惜しまずに最初にあったほうがいいでしょ。」と言うのを真に受けてオープニングに持って来た。

新しく始まるシリーズのオープニングで暗転して明転したら大量の紙吹雪が降っている。

悪くない。これは強烈でオープニングが終わると拍手が起こるようになった。

それはいいけれど大量の紙吹雪をどうするか?片付けるしかない。その転換も見せてしまおう。

大音量のノイズの中、転換が行われるアイデアはゴキブリコンビナートを観に行った時に頂いて温めていた。

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チラシ候補案。兄弟子・村松卓矢にだいぶん気を使ってる。illustration by Kumotaro Mukai.

村松君のシーンで「線香を大量に咥えたい。」言うててこの人は一体何を言ってるのだろう?と思っていたが初七日の線香だと気付くまでには何年もかかった。

死者たちは、線香の煙の陰に隠れて鬼たちに見つからないようにあの世を旅するのです。

毎日毎日、稽古場に泊まって夜遅くまで稽古をした。

一人で壺中天に残りウンウン唸ってあらゆることを考え尽くした。狸穴君のやりたいという赤玉づくりにも付き合って。

この辺りのことは無我夢中であまり覚えていない。

真剣勝負である師匠・麿赤兒に初めて観せる総見の日。出来ていようが出来ていまいがとにかく最後まで通す。

「これでお客さんに観てもらおうと思います。」師匠に観せて審判を仰ぐ。

実際に紙吹雪も作って紙吹雪を片付ける時に投射するスライドとか色々と本番並みに仕込んで、ものすごい緊張したけれど企んでいたことが面白いように決まって気持ちが良かった。

舞台監督の石川正虎曰く「初めはそんなに面白いか?と思った。」作品は麿さんの賞賛という予想外の反応を得てとうの本人たちも驚く結果となった。

面白いとか面白くないとかいうことを超越して麿さんの心に響いたようで観終わった後に「驚いた。」とかいうようなことを麿さんが言ってたと思う。

一番驚いてたのは自分だった。自分自身がわかっていないことも沢山、師匠には届いたようだった。

壺中の旅の一番の理解者の誕生であり、超強力な後ろ盾を得た瞬間だった。

総見の後の稽古でちんこ切りのシーンで秤を使うことになったり、麿さんも色々と面白がってくれてアイデアを幾つか頂いた。

こうして師匠も共犯になってくれるのが、壺中天の唯一無二で素晴らしいところなのです。

多分、本番初日にジャパンソサエティーの塩谷陽子さんが来ていてニューヨーク公演が決まったのだと思う。

ニューヨークを皮切りに“壺中の旅”の快進撃が始まるのだった。

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『2001年壺中の旅』初演チラシ。design by Hidejiro Kimura.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:43| ブログ?