2019年06月26日

壺の中の旅のつづきのつづき

“師、麿赤兒『毛皮のマリー』全国ツアー中”

新しいシリーズでは、麿さんのことを作品の中でどう位置付けるかもそれぞれが考えてチラシに提示することになった。

それまでは“伏魔殿”と記載されてたけど、あまりいい意味ではないというので麿さんが嫌っていた。

俺にとって麿赤兒とはどういう存在か?こういう時はあまり考えすぎずにシンプルなそのままがいい。しかし“師”という言葉がなぜ出てきたかは覚えていない。

それまでは「師匠。」と麿さんのことを呼ぶ者はいなかったかもしれない。結構画期的だった。大友透なんかは麿さんのことを友達だと言ってた。

だからかギャラを貰うようになったのが気に要らないとも言ってた。「お金をもらった瞬間に主従関係ができてしまうんだよ。」

壺中の旅の初演は、チラシにも書いてあるように師匠はいなかった。

サブタイトルの“麿のゐぬまに”があんまりいい意味ではないと責められたのを覚えている。

「儂のいない間に何か悪いことでもやるつもりか?」

実際は、大したことはできなくて師匠に内緒で村松卓矢がフルチンになって踊るぐらいだった。

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村松のシーン『暴走機関車』photo by Junichi Matsuda.

そう、本番初日は“ツン”を履いていたけれど終わった後の飲み会で「村松らしくない。」とか「ツンなんて要らない。」という話になって二日目からはフルチンで踊るようになった。

今もそうだけど、本番が開けてからも「あーでもない。こーでもない。」と話してどんどん面白くしようという気概に満ち溢れていた。

村松君のフルチンは、これ以降定番化して結構長くそのままだった。

ある時、若林淳が替わりに村松君の役をやることになってフルチンではなくなった。

ちんこにも人格があって村松君のは邪気がないのだけど、若だと途端にクレームが出た。許せないちんこなのだな、不思議。

何日目かに市川海老蔵君と中村勘太郎君が観に来てくれたりして、大いに盛り上がって終了。

新しいシリーズのオープニング役をド派手に決めて鼻高々、サンフランシスコで麿さんにその鼻をへし折られるまで意気がりまくってた。

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オープニング『ファンタジーの終わりから始まる』photo by Junichi Matsuda.

初演の打ち上げの時に村松が「なんでこんなに評判がいいのかわからない。皆んな騙されてるのではないか。」と挨拶してて「確かになあ。」と思ってた。

村松という天才的なアイデアマンがいて狸穴善五郎という稀代の変人がいて、村松のシーンは村松が狸穴のシーンは狸穴のアイデアで創られた作品だった。

さらに田村一行というしっかりとしたダンスマスターがいて、松田篤史という魅力的なターレントがいてこその壺中の旅。

それらをまとめあげたのは自分だが、一人で創ったわけではないということは重々承知していた。

しかし、どうしても作・演出・振付にスポットが当たってしまう。

ヤキモチと言ってしまうと身も蓋もないけれどこれ以降、嫉妬に苦しめられることになるのだった。

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エンディング『家族の肖像2』photo by Junichi Matsuda.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:43| ブログ?