2019年06月30日

二作目

さて処女作で師匠も唸ってびっくりするような傑作をビギナーズラック的に創ってしまってさあ大変。

2002年、翌年にはもう新作を創りはじめた。

「向なんか嵩にかかってどんどんやればいい。」麿さんのそんな言葉にも後押しされてやる気になった。

二作目は皆んなの期待もあるしプレッシャーもあったと思うけれど、そんなに心配はしていなかった。

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『ダラーの宇宙』公演チラシ。design by Hidejiro Kimura.

座組は前回と同様、出られる男全員。

もう少し考えて工夫をすればよかった。油断したのか。いや、まさかそこまで苦心するとは思ってもみなかった。

アイデアはそれなりにあって、壺中の旅の続編という位置づけで考え始めた。

稽古始めの前にはそこそこ構成やシーンが出来ていたけれどいきなり難航した。

とにかく兄弟子・村松卓矢がまったくやる気がなくてやる気がないだけならまだいいけれど、足を引っ張ってやろうという気が満々で彼もそれを隠そうともしなかった。

嫌がられせだな。稽古中もずーっと喋っていてこちらを見ながら隣のやつに耳打ちしたりして中学生か。でもこれは嫌だったなあ。

自信満々でそんなことは気にせずにやれればいいのだけど、創作中というのはそこまで自信がなかったりする。

先輩だし注意するのも憚られたりして言えなかった。言わなかったのか。村松君のことは好きだったし、けれどそんな甘いことを言っててはダメだったのだが。

弱かった。一作目の負い目もあった。「じゃあ一人でつくってみなよ。」そんな声も聞こえて来たりして。

時間だけが過ぎていって毎日毎日、村松のシーンで止まってしまって「手が痛い。」と稽古もしなかったり。気ばかり焦るけれど進まない。

若手にも悪影響が出てやる気のある奴がいないような状態になってしまって、制作的に進行が完全にストップしてた。

しかし誰のせいでもなくて自分の力不足だった。

演出と振付不在のような状態になってしまって、村松が勝手に振付を始めたりしてめちゃめちゃだった。でもそれを許してしまう雰囲気も出来てしまっていた。

途中、テレビの取材が来たけどまったく余裕がなくて相手ができなかった。

ダメだなあ、30歳の俺。まだまだよのう。

毎日稽古場に行くのが苦痛だった。でも頑張って行ってた。当たり前だけど。

なんとかかんとか這々の体で、麿総見にたどり着いたけれど不本意だった。

期待された二作目は、前作を踏襲したり苦肉の策に満ちていたけどまあまあの出来で終わった。

ニューヨーク公演の時に麿さんの部屋に用事があって行ったら「この作品はこれで、なかなかよく出来ていて面白いのだけど・・・」そんな風に言われた。

「前作は超えなかったな。」

とは言われなかったけど、それは事実で皆んなそう思ってただろう。

さあ、それから約10年に及ぶ、あまりにも出来過ぎた処女作との闘いが本格的に始まるのでした。

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エンディングシーン。今、思い返してみたらそれなりに面白い作品だった。都志での再演が楽しみ。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:26| ブログ?