2019年07月04日

三作目

二作目から三作目は3年間も開いている。

処女作から連続で作品を創ったけれど、二作目で辛い目にあってさすがに懲りたのか。

ノートは2003年からつけている。面白いアイデアがたくさん書きつけてあるのに、活かされていないのでもったいない。

数あるアイデアの中から結局は、なぞりの方向へと納まってしまう不思議。安易なんだな。

レクチャーパフォーマンスのアイデアも書いてあったけれど、実現できずに力不足。

さて、三作目ですが女性だけでやることに決めた。

雰囲気をガラリと変えたかった。兄弟子・村松卓矢と、二度と一緒にやりたくなかったのでそこをかわす意図もあった。

いま思えば二作目でそれをやるべきだった。後手後手に回っている感じ。惜しかった。非常に惜しい。しかし人生なんてそんなものか。

初の女性への振付・演出。

結構良い感じで進んで、稽古を妨害する存在もいなくて皆さん協力的でどんどん出来ていく。

オープニングは壺中と同じにしてそれを女性でやってみるという試み。まずこの時点で間違っていた。出発点が間違っていた。

二作目も踏襲しているところがあったのに、またなぞるという愚行。三匹目のドジョウを狙う愚行作戦。楽をしようと思っていたわけではないのだが・・・

軽く考えていたんだな。適当で良い加減だった。

出発点はなぞったけれど、そのあとは当たり前だがそのまま行けるはずはなくどんどん違う世界になっていく。

弟弟子、松田篤史のリップシンクもなぞってしまってこちら苦し紛れでアイデア不足だったか。壺中の旅では「バシッ」と決まったが。

そんで女性独自の肉体とその踊りをわかっていなかった。突っ込み不足と感性の不足。

男性のからだというのは、それだけで馬鹿っぽい。女性のからだは馬鹿にはなりにくい。存在が家を守るとか伝統とかという趣がある。

大駱駝艦女性ダンサーの華、ゴムまり娘・八重樫玲子さんと今はフランスにいる全身全霊ダンサー・小林裕子がサポートしてくれて心強かった。

当時、絶賛売り出し中の我妻恵美子がダンスマスターで絶大なる頼りになりまくった。

八重樫さんのコタツの踊り良かったなあ。コタツの天板を股に挟んで布団を引きずり揺れながら道ゆく。流石の舞踏。

女性の群舞でいままでやったことがなかったけれど、本公演の振付を少し拝借して創るということをやったり。

決して麿さんの振付を揶揄するなんていう意図はなかったけれど、何故かそう師匠に伝わって逆鱗に触れるのだけどまさかそんなことに成るとは思ってもみなかった。

ほんの少しのボタンのかけ違いで、修羅場になってしまうこともあるのです。

若羽幸平、その頃は谷口哲平ですが。も出ていた。何故か?

何か魂胆があったのだろうけれど、覚えていない。けれど確かにぴかりと光り効いていた。俺の分身だと言われたりして。

音楽は初めて依頼した築山建一郎。

それまでもライブペインティングは、一緒にやって気心が知れていたのでかっこいい音楽を何曲か創ってもらった。

建一郎の曲は、ダンサーを踊らせてくれるので踊りを創りやすいのです。

脳も登場させて壺中から続く、三部作的な面持ちになってきて。

さあ仕上げを御覧じろ。

名称未設定 1.jpg
三作目『ジャーオデッセイV』公演チラシ。design by Hidejiro Kimura.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:06| ブログ?