2019年07月10日

まだまだもっと

娘はいま中学3年生ですが、学業優秀でずーっと学年トップを独走しています。

朝から晩まで猛勉強をしています。「追われるよりも、追うほうが楽だ。」と言ってます。

完全に反面教師です。「お父さんのように成りたくないから勉強をしている。」

彼女は決められたことをきちんと守るタイプ。こちらは決められたことなんて守ったことがない。どころかやってはいけないこともやってた。

向こうは無遅刻ですが、こちらは毎日遅刻しててなんならサボってた。

そんなやることなすこと正反対の娘が最近、自分の父親を友だちに紹介するのに苦心しているようです。

舞踏家と紹介しても相手は「・・・ぽかーん」としているので、ダンサーと言い換えると「えー、やっぱり優秀な人のお父さんはすごいんだ!」となる。

それが嫌で「小さな小さな、ほんとに小さな会社の社長だよ。」と言うと「えー、社長なんだ、やっぱすごい!」となってしまうとか。

社員二人の弱小団体だとは言えない。なんせ相手の父親は社員何万人なんていう大会社の社員だったりするので。

どうでもいいですが、この肩書というのは本当に下らない。どうでもいいし面倒臭いので舞踏家と名乗っているところもあります。

このなんと呼ばれるかは、やっていることの本質とは関係がなくて大した意味もないのです。

実は舞踏家と呼ばれようがダンサーと呼ばれようが社長と呼ばれようが構いません。

決めつけずにこだわりを捨てて、もっとどうでもよく良い加減に適当に生きるのです。

面倒くさいし下らないのだけど、社会的には大きな違いでダンサーと名乗るほうが仕事が来たりする。

その社会に媚びているような態度が嫌でわざとわかりにくく、一般的ではない舞踏家を名乗っているところもあるのですが。

何度も記していますが、兄弟子の村松卓矢が言うように演出家と名乗ると社会の態度が豹変したりします。

先生扱いをしてもらえたりする。社会的信用度が舞踏家とは雲泥の差。

その兄弟子の言葉の影響で"演出家”と名乗っていたことがありますのでお恥ずかしい。

しかし舞踏の舞台は原則的に振付も演出も自分でやるので強ち間違いではないのですが。

演出が好きというのもありますが、好きとそれで食べているというのは別です。

舞踏の草創期から活躍し続けている笠井叡さんは、ダンサーと名乗っているようです。しかし、もしも亡くなったら新聞は舞踏家と書くのだろうな。

俺が亡くなったら・・・いま亡くなったら記事にもならない。

まだまだ死ねないゾ。

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師匠と笠井さん。撮影は笠井さんの長男坊、爾示君。photo by Chikashi Kasai.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:04| ブログ?