2019年07月17日

千の太陽よりも明るく

1945年、7月初めに日本の敗北は決定的になっていた。

それでも、昭和天皇が日本の敗北を認めなかったのは、敗戦後の天皇制の保護が保証されていなかったからです。

日本の指導部が敗けを認めないあいだにニューメキシコの砂漠では、原爆開発計画がいよいよ佳境に入っていた。

最終実験は、7月16日に決まった。

同じ頃、陥落したベルリンにはポツダム会談に向かうトルーマンとチャーチルが到着していた。

ceda230c05bdd369715552e51dad47d7.jpg
談笑するスターリン、トルーマン、チャーチル。日本の運命は三人が握っていた。photo by Google.

“ボロ実験室がオシャカを生むと 首に落ちるはトルーマンの斧 見よ、立って戦う学者の勇姿 聞け、世界に轟く不発弾”

一方の緊迫した実験場ではそんな歌が流行っていた。

20億ドルの原子力爆弾がウインチで慎重にゆっくりと引き上げられていく。

そして地上30メートルの高さにある塔の所定の小屋にセッティングされた。

実験予定時刻の7時間前、ニューメキシコ・ロスアラモスの天候は荒れていた。稲光が不気味に光り霧雨が降っていた。

原爆開発計画の最高責任者、ロバート・オッペンハイマーと軍の責任者、レスリー・グローヴスは話し合いを続けた。

オッペンハイマーはやせた先鋭的なインテリ知識人、グローヴスは太って保守的で粗野で知性のかけらもなかった。

このあらゆる面において対照的な二人は、不思議な相乗効果で原爆開発を推し進めていた。

決行か、延期か。夜明けまであと3時間、爆発実験を正確に観測するには暗いうちに実験を行わなければならない。

二人は嵐がおさまることを祈り、5時半まで待つことにした。

名称未設定 2.jpg
グローヴスとオッペンハイマー。photo by Marie Hansen. Google.

午前4時半「雨が止み雲も切れ徐々に散りつつある。」報告書がオッペンハイマーに提出され実験は午前5時半に行うと決定が下された。

午前5時10分「予定時刻20分前。」砂漠の拡声器から声が鳴り響き、続いて秒読みが始まった。

秒読みが続き警報のサイレンが基地に鳴り響く。物理学者や軍人たちはそれぞれ近くの塹壕の中に身を伏せた。

「1分前・・・50秒前・・・」

45秒前、自動制御装置のスイッチが入れられた。

10秒前、最後のスイッチが入れられた。

「10、9、8、7・・・」

基地中の誰もが固唾を飲む中、秒読み係が声を限りに叫んだ。

「ゼロ!」

次の瞬間、千の太陽を集めたよう。と表現される核爆発が起こった。

1024px-Trinity_Test_Fireball_16ms.jpg
トリニティ実験の爆発直後の火の玉。爆発から0,016秒後、火球は200メートル幅に及んだ。地平線に沿った黒点は木々である。(撮影:Berlyn Brixner. photo by wikipedia.org)

「音もなく太陽が輝いた・・・電離した空気が発光して息を飲む光景だった。」by オットー・フリッシュ(物理学者)

「まだ夜中なのに・・・朝が来たようだった。」by フィル・モリソン(物理学者)

完全な静寂がずっと続いたあとに凄まじい爆発音がやってきた。残響は長いこと鳴り響き続けた。

あるものは泣き、ほとんどの者は無言だった。その時、オッペンハイマーの心にバガヴァード・ギーターの一節がよぎった。

「われは“死”なり。世界の破壊者なり。」

「あの時の気持ちは言葉ではとても言い表せない。いまでもそのショックが残っている。恐ろしくて不吉で、心の底まで凍りつくようだった。」by イザドア・ラビ(物理学者)

人類はとうとうパンドラの匣を開け、人為的にはコントロールが難しい未知のパワーを解き放つことに成功したのだった。

800px-Trinity_shot_color.jpg
Jack W. Aeby, July 16, 1945, Civilian worker at Los Alamos laboratory, working under the aegis of the Manhattan Project. - This image comes from the Google.

参考文献『ヒロシマを壊滅させた男オッペンハイマー』ピーター・グッドチャイルド著 池澤夏樹訳 白水社
池澤夏樹さんの訳が素晴らしくて読みものとして単純に面白いです。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:22| ブログ?