2019年08月01日

ベルリン滞在、11日目

昨日は古谷の家に泊めてもらって朝、パートナーのかなこさんを空港へと見送りました。

サマーヴァケーションで日本へと帰るということで、慌ただしくバタバタと出かけて行きました。

先ずは豊洲で友だちに会って、東京で仕事を終わらせてから故郷、静岡へと向かうとか。

楽しんできてください。

入れ違いで、湯山大一郎が成田からドイツへと向かっているはずです。

かなこさんを見送ったら、古谷と散歩します。

川岸をぶらぶらと歩きまして、途中友だちに会ったりしながらぐるっと一周しました。

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まるでハックルベリーフィンのよう。「ブルーリン行きます。」言うてた。

ここベルリンは都会なのに自然豊かで、気候も過ごしやすくて気に入りました。あらゆるものが、いちいちスケールが大きくて清々しい。

皆さん、それぞれ自由に過ごしています。個人主義というか人は人、自分は自分。という考え方が徹底している感じがして気持ちがいい。

道ゆく人も個性的で面白いです。警官が全身刺青だらけでかっこよかったり。

散歩をしながら、古谷に最近やっているベルギー人とのパフォーマンスの話を聞きました。ジャングルジムをつくってそれを解体するとか。

話だけ聞くと、無駄なことをしている。しかしその無駄こそがひとの人生を大いに豊かにしてくれる大切なものなのです。

いかにその無駄をつくり出すか。遊び、余白と言いかたは何でもいいですがその無駄を許容できないような社会はつまらないのです。

古谷は最初は、大駱駝艦の先輩・海田勝さんのところで活動をしてました。そのあと星野建一郎の主宰するグループで活動してました。

舞踏の魂が注入されていますが、いまは舞踏家というよりもパーフォーマーとして活動をしています。

今日はベルギー人とのリハーサルがあると出かけて行きました。

いろいろとお世話になりました。「ありがとう!」

こちらは少し家に残らせてもらってブルーリンへの移動に備えます。カリキュラムのことを考えたり、こうして『ブログ?』を記したり。

洗濯は無理か。お礼に家を掃除して片付けます。

ほこりをかぶってるものはほこりを払って置きなおしてみます。昼は頂いたタイラーメンを食べます。

昼過ぎに家を出て、地下鉄で移動して吉岡由美子さんと合流して少し打ち合わせをしてからブルーリン城へと移動です。

ブルーリン城か。どんなところだろう。

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半年間預かっているという“ルナ”。
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2019年08月02日

結果より過程

ブルーリン城に来ています。

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宿泊する棟。ガラス張りのドアだったりと豪華なので行政の力も入っているのか。

昨日は今回のイベントの主催者、吉岡由美子さんのお宅の近所に集合。

そこから車移動でしたが通常1時間半で来れるのが、渋滞でノロノロ運転で途中止まったりしながら5時間近くかかって到着、腰が痛かった。

ベルリンからポーランド、アウシュビッツを経た約10日間のノマド生活が終わりまして、旅の終着点に着きました。

寝床が確保されているのが安心ですが、食事に困らないというのもありがたい。

ここブルーリン城は、レジデンス施設になっていて専属のコックさんがいて朝昼晩と食事が出てくるのです。

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食事はセルフサービスのビュッフェ方式。

相部屋は正朔さんといいまして、土方さんのお弟子さんだそうです。正統派の舞踏だな。

今日は他の講師やアシスタントの方がやってきて、明日合宿参加者が60人以上やってくるとか。多いなあ。

そうして明後日から二週間にわたる合宿がスタート。

明後日は、10分間のデモンストレーションをやって合宿生へとアピールします。男性が集まるようなデモンストレーションにしたいなあ。

どうしようか・・・湯山をうまくつかって・・・その場の雰囲気を見ながら閃きでスリリングで最高の瞬間を創り出します。

講師は、8人いて最初の1週間はそれぞれがワークショップを開催。参加者はそこに参加しながら最終的に作品制作に参加したい人を決めて4組にわかれて作品をつくる。

そこから約一週間で作品を創り上げる。お客さんを入れての公演になるようなので楽しみです。

本番に勝る稽古はありませんので、全力でそこへと向かいます。

しかし、結果ではなく過程こそが大切だったりするので、本番へと向かうのだけど過程も味わい尽くすのです。

そうやって考えるとここブルーリン城へとくる前の10日間の寄り道も大切なことだったのだ。

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食堂のある棟の前で。お城の跡地で実際にお城があるわけではない。
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2019年08月03日

立ち止まって振り返る

ブラックホールの全貌が明らかになりはじめています。

銀河のサイズを超える巨大なエネルギーのジェット噴射を続ける“宇宙のエンジン”

“ブラックホール”

いままでの暗黒的なイメージとはだいぶん違う。逆にジェット噴射で起こるガスが眩く明るく光り輝くのだとか。

エンジンのジェット噴射によって、いったい全体この宇宙というものは何処へと向かっているのか?

想像が膨らみます。

ところで核融合への道は、二人の科学者の雑談から始まりました。

「ねえ。あの太陽だけど。」

「太陽?」

「どうして燃え続けてるのかな?」

「どうして?」

「だって普通なら燃え尽きてしまうだろう。なのにあの太陽は人類が生まれるずーっと前から同じように燃え続けてるんだよ。」

なるほど・・・永遠に燃え続けるエネルギーか。そんなものがもし人工的につくり出せたら夢のようではないか・・・

そうして、人類はE=mcの自乗という数式を導き出し凄まじいスピードで核融合を成功させた。

1945年8月6日8時15分、ヒロシマの上空600メートルのところに太陽の表面温度のなんと2倍というエネルギーを解き放った。

都市をひとつめちゃめちゃにして多くの人間を殺した。

続いてナガサキの空にも核エネルギーを解き放ち多くの人を殺した。

第5福竜丸を被曝させ、南の島々の人々を被曝させ、そうしてチェルノブイリで多くの人々を犠牲にして、フクシマでも多くの人々を犠牲にした。

人類は人為的には制御できない怪物を解き放ってしまった。

同じように、あのブラックホールを人間の手でつくり出せないだろうか。と誰かが考えたりして。

人類はイメージしたことは実現させる力を持っているので、多分そうなるのでしょう。

核融合なんて及びもつかないような莫大なエネルギー。

しかし、そんなもの必要か?

人類は未来ばかりを見て進むのではなくて、立ち止まって“いまここ”をしっかりと見据えて大切にしなければいけません。

そしてたまには、振り返ることが必要なのです。

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最新のブラックホール想像図。
参考文献:『千の太陽より明るく』ロベルト・ユンク著 菊盛英夫訳 文藝春秋新社
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2019年08月04日

8月に入りました。

日本では“8月ジャーナリズム”が始まっているかな。

8月は、沖縄上陸戦と広島への原爆投下と長崎への原爆投下、そして終戦が重なっているので戦争の話題が集中することをそう呼びます。

さて2019年1月の夜、NHKにて『原爆投下知られざる作戦を追う』という番組が放送されました。

74年前の1945年8月、日本への人類史上初の原爆実戦投下で21万人以上が亡くなるとアメリカ国内では推計されていた。

当時、多忙を極めていたアメリカ合衆国大統領ハリー・S・トルーマンは、そのことについて議論をしたり日本国民に思いを巡らせたりするどころではなかったそうです。

そうして市民の上に原爆を落とすという命令を、トルーマンはしていないとドキュメンタリーではいっています。

では、勝手にアメリカ軍部が決断したことなのか?そんなことが可能なのか?

「原爆の威力が隅々まで行き渡る、市民が暮らす都市部に原爆を落としたい。」という科学者たちの知的好奇心からの提言をトルーマンは止めきれていなかった。

22億ドルがかかった兵器の責任者としてアメリカ国民に効果を証明しなければならないレスリー・グローヴス将軍は、もちろん賛成をしていた。

グローヴスは、当時日本に原爆を大量投下することを計画していた。その数17発?!

東京も、もちろん投下目標になっていた。

「いや原爆を落とす場所は軍事施設に限り、決して女性や子どもをターゲットにしてはならない。」トルーマンは当時の日記にそう書き記している。

グローヴスは、人口が密集していて殺傷できる人数が多く効果が大きい京都へ落とすのが一番だと主張、京都駅も目標地点に選ばれていた。

しかし有識者や知識人のあいだで「アメリカがヒットラーを凌ぐほどの残虐行為をしてしまう。」無差別爆撃にあたるのではないか。との懸念があった。

同時に親日派の軍人スティムソンが京都への原爆投下を反対していた。

戦後の世論への配慮など議論が重ねられ紆余曲折を経て、人類が初めて核を解き放つ場所に選ばれたのは広島だった。

「2発目以降は準備が出来次第投下せよ。」とグローヴスの命令があったとされる。by NHKドキュメンタリー。

テニアン島ではエノラゲイが飛び立ったのと同じ時に、既に2発目の原爆“ファットマン”投下準備が整っていた。

グローヴスの命令通り2発目が長崎に投下される。

そこからグローヴスの計画では、17都市への連続原爆実戦投下が予定されていた。

原子爆弾の大量投下で日本を壊滅させてそのあと本土へと上陸、火炎放射器や毒ガスやサリンで生き残った人も全滅させて無血占領するのがアメリカ軍の計画だった。

その名も“オリンピック作戦”と名付けられていた。

それにしても何故8月だったのか。

気象学者の「8月は統計的に晴れの日が多い。」という意見があったのでその意見に従ったのだそうです。

そんな学者の提言で真夏という残酷な季節が選ばれた。

投下後の炎天下の腐乱腐臭地獄、大量のハエの発生はそんな学者の一言で決まってしまったのです。

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お礼に古谷の家に置いてきた名著『夏の花』原民喜著。8月6日に被曝した原は若くして自殺してしまう。死神に魅入られたような人生だった。
参照:2019年1月6日『原爆投下知られざる作戦を追う』NHK
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2019年08月05日

大切なこと

さあ、いよいよドイツ・ブルーリン城でのコンテンポラリーダンス合宿が始まりました。

合宿は大好きなので、ワクワクが止まりません。

世界各国から60人集まります。多い!

大駱駝艦の夏の合宿は30人なのでその倍。たいへんだぞー。ドイツをはじめとしたヨーロッパの国々はもちろん、カナダや南米のチリやコスタリカからもやってくるとか。

避難所かと思うようなドミトリーベッドがたくさんと、二人部屋三人部屋や個室やビップルームまであってそれぞれ値段が違うそうです。

到着したら皆さんそれぞれ思い思いの時間を過ごします。常連やリピーターも多いようであちらこちらで歓声が聞こえます。

湯山大一郎は若くて貴重な男のアシスタントとして大活躍しています。英語が堪能なのでそこもポイントが高い。

初日は、21時から講師によるデモンストレーションです。一人10分、8人いるので80分です。長くてつらいぞ。講師の方々は、皆さん工夫を凝らして頑張られています。

しかしひとはひと、おれはおれです。舞踏家ならば他が真剣に踊るならその逆をいきます。

こちらは、舞踏プレゼンテーションショウのやり口でやろうと思っています。そして舞踏の要素の“即興”の部分に焦点を当てます。

徒手空拳、両手ぶらり戦法のインプロビゼーションで緊張しているだろう合宿生のこころとからだを解きほぐすような、デモンストレーションをします。

そして決めつけずに強張らずに、ドキドキするスリリングな人生のほうを選びとる方が面白いのだということを身をもって伝え。

構えたり格好をつけないほうが、逆にカッコいいのだ。

笑いはもちろん必要で、支離滅裂で思考停止ともいうべき時間の流れ方で。ちょっと力技もつかいながら。「あれ、もしかしてあたまがおかしいのか?」

そんな疑いが湧き起こったら素敵。

これは舞踏か?こんなんは舞踏?

疑うという大切なこともついでに伝えて。

とかとか欲張らずに、たったの10分間なので人柄だけでも伝わればいいのか。

順番は一番目が竹之内淳志さん。今回で5回目の参加でほとんどスタッフとして働くのだとか。奥さまは音楽家で今回の合宿の音楽監督をつとめるとか。

二番目が一緒に踊りをつくるローラ・リンスさん。ローラはメキシコ人でエスパルの知り合いでした。

三番目がフェリックスという男の人。背が高い。コンピューターミュージックを使うとか。予想通り言葉を結構、使っていた。

四番目が俺です。

デモンストレーションは、好評のうちに終わりましたが首を鞭打ちました。

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アップデートされた壁の写真。湯山が爽やか。
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2019年08月06日

ふたつの太陽_2019

1945年8月6日 8時15分

広島の青空に、摂氏12000度の“ふたつの太陽”があらわれた。

太陽の表面温度が6000度。太陽、ふたつ分の狂気が人類の手によって解き放たれた。

そこにいた一人一人。そしてその人につながる全ての命を絶つ光と熱と風と。

10万人の木谷真一がその日、亡くなった。

まずは光。“千の太陽を集めたよう”と形容されるその光で一瞬に消え去った人、多数。

そのあとの高温の爆風で一瞬で燃え尽きた人、無数。

いまだに死者の数の誤差が、+−1万人といわれる所以である。

不幸にも生き延びてしまった人は 火傷で全身を真っ黒に膨らませ 皮膚がベロベロにめくれ 腕が千切れ 腹が裂け 内臓がこぼれ落ち 目玉が飛び出て 

爆心地から離れていた人には 無数にガラスの破片が突き刺さる

そして あちこちで次々と起こる火事 逃げようにも逃げるところがない

川に救いを求めてなだれ込む人々は 次から次へと溺れ死に

竜巻が巻き起こり 人々は天高く舞い上げられ 地面に叩きつけられて死に

ふと気付くと、泣きわめく子どもが家に挟まってうごけない。よく見るとそれは知り合いの子だった。火はすぐそこまで迫っていた。

からだは殆ど外に出ているのに、片足が柱と柱に押しつぶされて引き出せないのだ。

助けようとするがどうにもならなかった。周りを見ても全裸で狂ったように歩く真っ黒な人々ばかり。

「もうすぐ楽になるからな。」真一は、そう言って謝るように手を合わせ、その場を立ち去った。

「助けて上げられなくてごめんな。」

流れる涙を拭うこともなく歩き続けた。自分自身も全身大火傷を負っていた。服はズボンがかろうじて半分残っていた。

靴はいつの間にかなくなっていた。腫れ上がり真っ黒で、ぶつかっても誰だかわからない顔・・・顔・・・

「自分もそうなのだろう。」

そんなことをぼんやりと考えながら真一は、火の手に流されるようになり逃げ惑う群衆に流されながらも、いろんな知り合いの安否を訪ねて回った。

燃え上がって通れないところは遠く迂回しながら夕方まで歩き続けた。死体の山の上を歩き続けた。

皮膚が破けずるりとすべり、こけてしまうこともしばしばだった。

会う人会う人に名前を聞くが、誰だか全くわからない。全員が全員、誰かを探している。みんな何処へ行ってしまったのか?わからない。

何もかもわけがわからないが、ひとつ確かなのは、誰かに「死ね。」と思われたということ。ぼやけた頭でそんなふうに思った。

空は黒煙でどんよりと曇っていた。午後には全ての死体が腐りはじめていた。日が落ちてくると広島の空は炎で夕焼けのように真っ赤になった。

真一は歩き続けた。何度も嘔吐して喉が乾いて仕方がなかった。

「正子、もう会えんかもしれん・・・文子、さようなら・・・水が・・・水が飲みたい・・・水・・・水・・・水をください。」

もうそれしか考えられなくなっていた。

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木谷真一 享年70歳
没:昭和20年8月6日夕刻 黙祷。

主な参考資料『夕凪の街 桜の国』こうの史代 双葉社、『この世界の片隅に』こうの史代 双葉社、『サダコ』カール・ブルックナー著 片岡啓治訳 よも出版、『千の太陽より明るく』ロベルト・ユンク著 菊盛英夫訳 文藝春秋新社、『黒い雨』井伏鱒二 新潮文庫、『父と暮らせば』井上ひさし 新潮文庫、 図録『原爆の絵』広島平和記念資料館編 岩波書店、『ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ』田口ランディ ちくまぷりまー新書、ヒロシマを世界に』広島平和記念資料館編、『原爆詩集』峠三吉 平和文庫 日本ブックエース発行、『長崎の鐘』永井隆 アルバ文庫、『夏の花』原民喜 集英社文庫、『アトムの時代 the age of the atom』美術出版社編、『広島軍司令部壊滅』宍戸幸輔 読売新聞社、『ヒロシマ・ノート』大江健三郎 岩波新書
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2019年08月07日

進歩

ここドイツはブルーリン城にいると、遠い日本のことを忘れがちになってしまいます。

ヒロシマのことも東の果て、見知らぬアジアの島国の出来事のようです。

この『ブログ?』でも張り切っていろいろとアイデアを温めていたけれど、気力と時間がないのでまた来年です。

さてブルーリン合宿二日目は、参加者が自己紹介をしました。

60人が1分ずつ、何でもいいのでからだをつかって自分を紹介します。

皆さん、個性豊かで面白かった。その中でも一番印象に残っているのは、二人の子どもに母乳を与えながらの自己紹介でした。

当たり前で自然な行為だけど、いま東京では人前でやってはいけないことなのだそうです。

そんな馬鹿馬鹿しいルールをあざ笑うかのような彼女のパフォーマンスは華麗であり、清々しくこころに響いて母親の強さにジーンときた。

アジア人の青年が「さっ」と出て来て「すっ」と服を脱いで、全裸になって窓際でじっとストップして絵画のようになっていたのも見事だった。

一瞬の閃きと思い切りの良さ。これまた爽快だった。

他にも色々な面白いパフォーマンスがあったけど忘れてしまった。しかしきっとこころの中に記憶が刻まれていると思います。

その後、予定が変わってワークショップが入った。今日はクラスはないと思って油断していたけれど大丈夫。

しっかりとやって終わり。もう一発盛り上がらずに、参加者の気が重かった。なぜだろう。

三日目は、午前中のクラスを受け持ってこれまたもう一発盛り上がらないので、あの手この手で盛り上げる。講師のフェリックスという人が参加しててへんな人だった。

午後はそのフェリックスのクラスへと参加。

通訳を入れずに受けたので、最初は戸惑い。それからだんだんとやりたいことがわかって、でもやりたくなくて。何故か?恥ずかしかった。

みんな全裸になり始めて性器まで見せて気が狂ってる感じになっていく。暗い気持ちになって嫌だなあ。

恥ずかしさのないものは、単に下品なだけなんだ。

そうして、だんだん腹が立って来てそれをやらせているフェリックスに頭にきた。怒りながら「じゃあ、踊ればいいんだろう。」とひとしきり暴れて。

とても舞踏的であり、先鋭的でもあって結構な応用編なワークショップだった。たいへん刺激を受けました。

今回、4回ワークショップがあるけれど、毎回初めてのひとなので基本的なことを重点的にやっていた。

けれど確かに一期一会であり、最高に面白い瞬間をつくることだけを考えなければならない。

そう考えを改めさせられたのでした。

あたまが固くなって決めつけていた。もっと柔らかく自由自在に。

もっと、スリリングに。

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右から、湯山、真ん中:ムードメーカーのアシスタント、エロン、左:森の妖精のようなマックス。
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2019年08月08日

原爆被害の概要

1941年12月8日、日本は、アメリカやイギリスとの間に戦端を開き、太平洋戦争に突入。

戦争は、アジア太平洋地域を主な戦場として戦われましたが、やがて日本の敗色が濃くなり、アメリカ軍機による日本各地に対する爆撃が始まり、沖縄も戦場となった。

このような戦況の下、1945年8月6日、人類史上初めての原子爆弾という、かつて比類のない強力な破壊兵器が広島に投下された。

街は一瞬にして廃墟と化し、多くの人々の生命が奪われた。かろうじて生き残った人もこころとからだに大きな痛手を受け、多くの被爆者がいまなお苦しんでいるのです。

[被曝前の広島]
広島は江戸時代に城下町として栄え、明治以降は高等師範学校が開校するなど学都として、また陸軍の施設が集中する軍都としても発展していた。

被曝当時、広島には約35万人前後の人々がいたと推定されている。

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戦前の広島。photo by 東京大学 渡邉英徳研究室

[原子爆弾の開発から広島への投下まで]
1942年8月、アメリカは原子爆弾製造の“マンハッタン計画”に着手した。太平洋戦争末期、アメリカは戦争終結のため原爆の使用を決定。

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原爆開発をルーズベルトに提案したアインシュタイン。photo by Google.

これによりソ連の影響力がアジアに広がるのを防ぎ、また膨大な経費を使った原爆開発を国内に正当化できると考えたためであった。

1945年7月16日、初めての原爆爆発実験に成功。

7月25日、広島、小倉、新潟、長崎いずれかへの第一発目の投下命令が下された。

8月2日、攻撃日を6日、第1目標を広島とする命令が出された。

8月6日午前8時15分、原爆搭載機B29エノラ・ゲイから原爆が投下され、広島市の中心部の上空600メートルで炸裂した。

[原子爆弾の被害の概要]
原子爆弾の爆発の瞬間、強烈な熱線と放射線が四方へ放射されるとともに、周囲の空気が膨張して超高圧となり、強烈な爆風が発生。

これらが作用し大きな被害をもたらした。

原爆による被害の特質は、大量破壊、大量殺戮が瞬時に、かつ無差別に引き起こされたこと、放射線による障害が長期間に人々を苦しめることにある。

原爆によって死亡した人の数は、現在も正確につかめていない。

これまで推定の数がいくつか公表されているが、広島市では、急性障害が一応治まった1945年12月末までに、約14万人が死亡したと推定している。

原爆が市街地のほぼ中心で爆発したことと、市内の全建物の85%が爆心地から3キロメートルの範囲内にあったことから、被害は市の全域に及び、建物の90%以上が破壊または消失した。

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左:原爆投下前の広島。右:原爆投下直後のヒロシマ。撮影:米軍 photo by Wikipedia.

[熱線]
爆発と同時に爆発点の温度は摂氏100万度を超え、空中に発生した火の玉は、一秒後には直径280メートルの大きさとなり、約10秒間輝いた。

この火の玉から四方に放出された熱線は、爆発100分の一秒後から約3秒間、地上に強い影響を与え、爆心地周辺の地表面温度は摂氏4000度にも達した。

強烈な熱線を浴びた人々は重度の大やけどを負い、死亡する人も多かった。爆心地から1.2キロメートルでは、その日のうちにほぼ50%が死亡。

それよりも爆心地に近い地域では、80〜100%と推定されている。

また、即死あるいは即日死をまぬがれた人でも、近距離で被爆し障害の重い人ほど、その後の死亡率が高かった。

やけどは、熱線に直面していた部分にのみ生じており、爆心地から3.5キロ離れたところでも、やけどを負った人がいた。

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photo by Google.

[爆風]
原子爆弾の爆発の瞬間、爆発点は数十万気圧という超高圧となり、まわりの空気が急激に膨張して衝撃波が発生し、その後を追って強烈な爆風が吹き抜けた。

爆心地から500メートルのところでさえ1平方メートルあたり19トンに達するという強大なもので、半径2キロまでの地域では木造家屋のほとんどが倒壊。

鉄筋コンクリートの建物は、崩壊はしないものの窓ガラスを全て吹き飛ばし人々の体内に容赦なく無数のガラス破片を喰い込ませた。

爆風により、人々は吹き飛ばされ、失神した人、負傷した人、倒壊した建物の下敷きになって圧死した人が続出した。

[大火災]
原子爆弾の爆発で放出された強烈な熱線により市内中心部の家屋が次々と自然発火し、続いて市内のいたるところで、倒れた家屋の台所で使われていた火気などを原因とする火の手が上がった。

爆発の30分後から午後2、3時頃を頂点に終日、天を焦がす勢いで燃え続けた。

燃えるものは燃えつくし、火災がおおむね収まったのは、投下から3日後のことでした。

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国立原爆死没者追悼平和祈念館にて。photo by Kenji Kidani.

爆心地から半径2キロメートル以内の地域はことごとく消失し、焼け跡では、全てのものが異常な高熱火災により溶けて、まるで溶岩のようにあたりを埋め尽くした。

倒壊した建物の下敷きになって、生きながら焼かれて亡くなった人も数知れない。

[放射線]
原子爆弾は、原子が核分裂する時に発生するエネルギーを兵器として利用したものである。

さらに決定的な特徴は、通常の爆弾では発生しない大量の放射線を出しその影響によって、人体に大きな被害を引き起こすことである。

爆心地から1キロメートル以内にいた人は致命的な影響を受け、多くは数日のうちに死亡した。

被曝直後から短期間には、発熱、吐き気、下痢、出血、脱毛、全身のだるさなど、さまざまな症状の急性障害が現れ、多くの人が死亡した。

原爆は爆発後、長時間にわたって残留放射能を地上に残した。

このため、肉親や同僚などを捜して、また救護活動のため入市した人々の中にも、直接被曝した人と同じように発病したり、死亡する人がいた。

さらに、このような急性障害のほか長期にわたって白血病、ガンなどの後遺障害を引き起こし、胎内被爆者には知的障害や発育不良を伴う小頭症などが多数見受けられるようになった。

現在もなお多くの被爆者を苦しめているのです。
〜図録『ヒロシマを世界に』広島平和記念資料館編

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「75年間は草木も生えない。」と言われた広島に一週間後、真っ赤なカンナの花が咲いた。
撮影:故・松本栄一カメラマン、朝日新聞社 Photo by Google.
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2019年08月09日

仮想?

ドイツ・ブルーリン城でのコンテンポラリーダンス合宿が、折り返し点に差し掛かりました。

約一週間たったのか。あと一週間で本番へと突入します。そして、やっと合宿生60人全員と顔を合わせました。

ほんとうにありとあらゆる多種多様な国の人が集まっています。

いま知っているのは、ドイツはもちろん フランス イギリス ポーランド ポルトガル ハンガリー ロシア スペイン イタリー カナダ ニュージーランド メキシコ チリ コスタリカ インドネシア 香港 台湾 中国 韓国 日本 そしてアメリカの各州から集まっています。

公用語は英語ですが、日本語しかわからない人はもちろん、スペイン語や、ドイツ語しかわからない人とかもいます。通訳を連れて来ている人はいないので、その言葉の問題もまた興味深い。

さて四日目は、一緒に組んで振付をする“ローラリンス”のクラスに参加しました。講師の“フェリックス”も来ていて結構、馬鹿にしながら参加していたのであの態度はよくないなあ。と思ったり。

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今回の台風の目、Felix Ruckert. photo by Peter van Heesen.

まあ、でも馬鹿にされても仕方がないような、ヨガの時間が長かった。ヨガというのはどうも好きになれません。

麿さんが「あんなもんは、インドの行者がやることがないから暇つぶしに考えたもんだ。」と言ってたけどそう思います。もともと苦行。

痛いのとか苦しいのはあんまり好きではないので、やりたくない。スピリチュアル性が高すぎるのも気に入らない。ヘルシーとか菜食主義とかもほどほどに。

そのあと振付をしたのだけど、一人取り残されてピンチ。まわりを見たら馬面のおじさんと自閉症気味のメガネの女の子しかいなくなっててびっくり。

気付いたら、湯山はさっさといなくなってました。ああいう時の逃げ足の速さは頼もしい。

ローラに「雲太郎がリーダーで踊りをつくってください。」と可愛い声で告げられたので頑張って面白い踊りをつくりました。

五日目は、インドネシア人の“リアント”クラスを体験。やったことのないインドネシア独特の身体操作の方法を教えてもらいました。

そして、動物の鳴き真似を教えてもらいました。魚、猫、にわとり、狼、ねずみ。それぞれ独特の発声法で面白かった。合宿生の一人一人にやらせるのだけどそれがまた面白かった。

そうして昨日の夜は、仮装パーティーでした。ドイツのパーティーだというので張り切って仮装しました。そして合宿生のために陰に日なたにとお世話をしたりしてもらったり。

一晩中大騒ぎをしました。と言いたいところだけども、3時には皆んな寝ました。

スタッフの1人“ファルコン”が防護服を着ていたので「Like a Fukushima.」と言ったらうなずいて「舞踏から身を守っているんだ。」と言ってて冴えてるなあ。と思ったり。

フェリックスは「舞踏なんか要らない。」と公言してるみたいですが、その通り。

「舞踏の中に舞踏はない。」のです。

二人の子どもを連れてきたいるパパ“マチルダ”と、今回はドキュメンタリーを創るために映像をまわしているハリーディーンスタントンに似たカッコいい“ジョルディ”と3人で最後に各部屋の電気を消して回って楽しかった。

今日はいよいよ振付に入ります。講師ごとのチームに分かれて振付するとか。

でも分けない方が面白いし、せっかくなので全員とやりたい。

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仮装をしてとっても幸福そうな“リーサ”。彼女は先輩の“ゆみうみうまれ”さんのお弟子さんだそうです。photo by Kumotaro Mukai.
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2019年08月10日

なぜだろう

ドイツ・ブルーリン城でのコンタンポラリーダンス合宿は、折り返し地点を通過してあと一週間で本番です。

8月9日は、長崎への原爆投下の日でしたが前日に飲みすぎてすっかりと忘れていました。ドイツにいると他人事というか遠い異国の話のようです。

昨日は、クラスがなかったので他の講師のワークショップを拝見。竹之内淳志さんは、来ている人でもう始まっていてそれもありだな。と一本。

時間が来たから、始めましょうみたいな常識に頭をやられていたなあ。と刺激を受けました。

まだ、永六輔さんがご存命の時に講演を聞きに行ったら、まだ時間じゃないのに永さんがいて客入れをしていてびっくり。

その客入れが上手いのなんの、爆笑に次ぐ爆笑で定刻になったら「じゃあ、僕引っ込みますので出て来たら拍手してください。」いうて引っ込んでまた出て来てた。

すでにいるのだから、楽屋で待っているのとかが嫌だと仰ってるとか。「いるのだから出ればいいじゃないですか。」

常識とか決まりごととかどうでもいい。

そんな、永さんの思いが伝わってきて「いいなあ。」としみじみ思った。

淳志さんのクラスから出た後、少し疲れているので散歩でもしようかと広大な庭を歩いていたら、茂みの中で一人の合宿生がうずくまって号泣していた。

声をかけるか迷ったけれど、見過ごしには出来ないので近寄ったら知っている女の子だった。

か細い背中に触れながら呼吸を合わせて落ち着かせようとしたけれど、まったくダメで一人にしてあげようとその場を離脱。

部屋に戻って、窓から見たらまだいるので少しうろうろしてから戻ってみたらまだ号泣している。もう一度、背中から呼吸を合わせてみたけれど一向に落ち着かない。

一体全体何があったのだろうか?ここまで長く号泣をするなんて。

そういえば昨日の夜にその子が頭を剃っていたので「スキンヘッド似合っているね。」と言ったら抗議をはじめて。

一緒にいたスタッフのグレゴールが「ドイツでスキンヘッドと口にするのは絶対ダメね。」と言っててびっくり。

アウシュビッツで頭を剃られた人々を連想するからだろうか。

皆んなに「何故スキンヘッドにしたのか?」と聞かれ続けて、自発的に剃ったのに強制されて剃る“スキンヘッド”呼ばわりをされて傷ついたとか。

しかしそれぐらいでこんなにも号泣を続けることなんてあるのか。湯山は「たとえば肉親に不幸があったとかじゃないですか。」と言ってたけれどなるほど。

思い切って向かい側に回り込んでからだに触れながら呼吸を合わせてあげていたら呼吸が整ってきて。

猫の刺青が入ってたので聞いてみたら、何かを説明してくれてだんだん落ち着いて来てよかった。

今日、朝に会って話しかけたら「empty.」言うてたのですべてを吐き出してすっきりとしたようです。

しかし、あそこまで長く号泣しなければ吐き出しきれないこころの何かがあるってたいへんなことだなあ。と思いました。

さて今回は、ワークインンプログレスらしいので楽しみです。過程こそが大切なので楽しみつつ本番へと向かいたいと思います。

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号泣していた“アルフォンゾ”from Chiri. まだ髪の毛がある。何があったかは聞かない。photo by Peter van Heesen.
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2019年08月11日

結果オーライ

さて、四日間に渡った嫌らしい振付家の品評会も終わり、本選へと進みます。

合宿生がどの先生に振り付けてもらいたいか選ぶのです。

怖いなあ、一人もいないとかになったら。

こればっかりは比較なのでどうしようもありません。いくら自分で最高のワークショップができたと思っても、他にもっといいのがあれば当然そちらへと行きます。

しかしワークショップなんかでその人のほんとうにやっていることなんて伝わらない。そう思います。

でも今回は、それをなんとかして伝えなければならかったらしい。知らなかった。

わかっていなかった。けれども時すでに遅し。しかしなるようになっていくのです。

最初は紙に書いて決めるとインフォメーションされていたのが、4組の振付家に分かれて、そこへと合宿生が集まることになりました。

目の前で繰り広げられる残酷な選択という行為。目をつけていた“ザック”がどこへと行くか気になったが見つからなかった。

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“ザック”。小田直哉をもっと、不良にした感じ。初日に撮ったポートレートより。

結果は正朔さんとリアントの組みを選んだ合宿生が一番多かった。

さすがは土方巽、自分のメソッドを厳しい目で見極めた男に手渡しています。正朔さんは本当に糞真面目を絵に描いたような男です。

「この男だったら勝手にメソッドを変えたり、自分の解釈を加えないだろう。」そう土方巽は睨んだのだと思います。

正確に伝わっていく土方メソッド。

こちらは、麿さんに自由にやらせてもらい、独立してからは舞踏の前衛性や先鋭性に特化して伝えようとしているので、子どもには難しいのです。ゆえに集まったのは強者の大人ばかりでした。

けれど、そのほうがいい。酸いも甘いも嚼み分けたベテランのほうがからだの説得力がだんぜん違うのです。

落語でもお芝居でも踊りでも、結局は人間力なのです。人間そのものを磨くしかないのです。テクニックは単にテクニックであり、それをどう使うかはその人の人間性に掛かってくるからです。

最高のメンツが集まり、そこへ目をつけていた一番面白そうなザックへの湯山の勧誘が効を奏して参加することになりそうです。

やったぞ。ザックをバッカスにして作品を創っていこう。そのまわりを大人の女性たちが取り囲んで晩餐をやろう。

発表する場所は、もちろん野外。夏合宿の発表を野外でやらずにどうするんじゃってなもんです。

外で踊るのってのは、気持ちがいいのです。自然の演出も加わるので面白いぞ。

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仮装パーティーの時の“ザック”。パンキッシュ。photo by Peter van Heesen.
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2019年08月12日

楽しかった

コンテンポラリーダンス合宿、12日目です。

昨日は、午前中は休みで何もありませんでした。11時からジョルディーのインタビューを受けた後、近くにあるという湖へと遊びに行きました。

約1キロだというのでビーサンで行ったら、片道30分は歩いてヘトヘトになりました。

しかし湖で泳いですっきり。帰りは近道で帰って「なんだよ。」

午後は、グループに分かれて稽古。スタッフの“ヘンドリエッタ”も参加したいと来てくれて嬉しかった。

選択している時に彼女を見ながら「こっちのほうが似合うのになあ。」そう思っていたのでよかった。

やることを簡単に説明して、いろいろな対話をして少しうごいてその後マエストロ・ローラに田中泯テクニックをやってもらいました。

体調の悪いジュリーを気遣って、のんびりとゆるゆると進めます。ちなみに彼女は大駱駝艦の夏合宿にも参加していたファンキーなお婆さんです。

ローラがやってくれているあいだに、他のチームの偵察をします。劇場でやることを選んだグループが雰囲気が良くなかった。暗い劇場の雰囲気に引っ張られているのだな。

夜は、音楽家4人と“かなこ”という唯一の日本人の女の子が踊るというので駆けつけました。

かなこは見ていると日本人特有の謙譲の精神というか、あまり目立つようなことをしない人なのでどんな踊りをするのか興味津々。

たった10分だったけれど、日本代表を応援しているような気分になってそうして彼女の踊りが素晴らしかったので誇りに感じた。

前日に踊ったスタッフの“スピロス”もそうだったけれど、言葉を交わすよりも踊りを見ればその人の人となりが一発でわかるのが不思議です。

そのあと即興のジャムセッションになって、通称塩谷と呼んでいる“ヤコブ”が一番に登場してかっこよかった。三番目に俺も参加。

へとへとになるまで踊って遊んで部屋に帰ってシャワーを浴びて、ビールを飲もうとバーにいって財布を見たら空になっててびっくり。

ジャムセッションの前に湯山に借りて財布に入れたけれどなくなっていた。部屋の鍵を閉めていなかったので仕方がない。パスポートとパソコンはあったので一先ずは安心。

信じたくないけれど、60人もいたらそういう人もいるでしょう。

そして、お金はあるところからないところへと流れるのが自然なのです。

ひょっとしたら落としたかもしれないし大した額ではないのでことを荒げずに、そのあとは飲んで踊って眠りました。

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何故かポスターに抜擢された仮装パーティーの時の雲太郎の写真。とジョルディ。彼はスペイン人でかっこよくて面白くてとっても優しいナイスガイです。
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2019年08月13日

写真を中心に

今回の合宿には、“ピーター”という専属のカメラマンが参加しています。

不良でプロです。いつも何気ない皆んなの姿を狙っています。

夜は、バーで働いて素敵な瞬間があれば逃しません。

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竹之内淳志さんと話す雲太郎。

昨日の夜にパフォーマンスをやったジョナサン。少し音楽に頼りすぎな感じがしたけれど、確かな才能を感じました。

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いま、髪の毛で遊んでいるそう。フロムスペインのカナダ人。

同じく昨日の夜に踊ったマルちゃん。気持ちのいいテンポと間で上手だなあ。と思いました。やはり音に頼りすぎな感じがした。

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普段はとにかく人生を謳歌するイタリア娘です。

今回、音楽家が5人参加するらしいです。その中の一人、ルディガー。シンセサイザーを駆使する巨漢のナイスガイです。

毎晩、一緒に飲んでいます。

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同い年でびっくり。

今回の音楽監督、ひろこさん。淳志さんの奥様で人間的に徳が高い感じがする。

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普段はイタリアを本拠地に主にヨーロッパで活躍されています。

2006年だったか、大駱駝艦の合宿に参加していた“ジュリー”。二週間に渡る過酷な、まるで避難所のような合宿生活ですっかり体調を崩してしまった。

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同じチームなので心配してたけど、今朝あったら元気になっていて良かった。いったい何歳なのかな。

仮装パーティーでの湯山大一郎。ばっちり白塗り用意してます。

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ポスターにもなっていた。

こちらも仮装パーティー、和風が嫌で洋装にした。ドイツの貴族のパーティーに招かれたという設定。

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普段着のようなちょっと変な鉄割風を披露。

こちらは、即興ジャムセッションで。ヒマラヤから来た舞踏家という設定がいつの間にかこうなってた。

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うしろはちょっとすべりがちなエロン。

今回の総責任者なのかな、デルタ・ライモンド。

フェリックスに鞭の使い方を教えたというものほんのサディストです。今回は自分をいじめているようです。

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2000年ぐらいだったか、デルタは東京で伊藤キムさんが公演した時に一緒に働いた仲です。

今回、自分を呼んでくれた吉岡由美子さん。

日本の規格には到底、収まり切らない国際基準の舞踏家です。英語、ドイツ語、スペイン語を駆使します。

合宿生一人一人に毎日話しかけて、要望や意見や感想を聞いてまわっています。あたまが下がります。

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一回、ワークショップに参加してくれたけれどめちゃ面白かった。由美子さんの話はまたあらためて。

All photo by peter van Heesen.
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2019年08月14日

Life in progress

さてこちら、ドイツ・ブルーリン城・コンテンポラリーダンス合宿は、ショウイング3日前です。

チームがやっと決まり、がちゃがちゃしていた全体が落ち着いてきました。

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躁状態の“エロン”もうちのチームが引き取りました。

今回は“ワークインプログレス”なので本番とかという考え方ではなく、完成を目指すのではなく、過程を大切にします。

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うちのチームの台風の目になりそうな“かなこ”。へんなことをやるので風穴を開けてくれそう。

始まりがあって、終わりがある。その過程を楽しむ。誕生があって、死があってその過程を楽しむ人生と同じです。

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家を持たずに世界中を旅しているというコスタリカ人のアミーゴ“セザ”。寡黙だけれどしっかりと自分の考えを持っています。

お客に観せて終わりというのではなく、そのあとも続いていく作品作り。永遠に完成しない作品。

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オーガナイザーの“ヘンドリエッタ”。「I am super tired.」そう呟いていた。うちのチームへはゲスト的に登場します。

けれどもそれを言い訳にしては絶対にいけません。巷に溢れる「今回はワークインプログレスだから。」というやつです。

決して完成は目指さないのだけれど、その瞬間の最高点を常に目指す。

瞬間、瞬間を大事に、やっている人が活き活きと一所懸命に活躍すれば何かが伝わります。

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常にサングラスのくわえタバコで、誰が何をやろうが知ったことではない。というスタンスの“バーバラ”。不良の姉御です。

うちのチームは野外で公演をするので、一から会場づくりです。会場に落ちている石やガラスを拾うところから始まりました。

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テクニカルスタッフの“トム”。顔を会わせるたびに「コモタロウ。」と声をかけてくれます。

昨日は照明が入り、より気分が盛り上がりました。

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夕闇に浮かぶ城を借景するという贅沢。photo by Kumotaro Mukai.

会場は完全なるオープンスペースなので、稽古していると誰かが観にきて感想や意見を言ってくれるので参考にします。

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インドネシアから来た講師の一人“リアント”。凄惨な人生を歩んでいるようで、伝統とそれを憎む精神も持っている。

人の意見や感想を聞くのは、ワークインプログレスでは重要なことであります。

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テクニカルスタッフの“スピロス”。数日前にソロを踊ったのだけど、やることなすことすべて失敗してそれが面白かった。爆笑。

ミュージシャンがやってきて演奏をしてくれて、気分が盛り上がったり。

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昨日の夜に照明を手伝ってくれた“ヤコブ”。通称、塩谷です。

そうして一昨日から、古谷がブルーリンに到着して大活躍しています。英語とドイツ語とスペイン語を駆使して通訳として裏方として働いてくれています。

フルのおかげでだいぶんしっかりと軌道に乗ってきた全体。

このまま一気にショウイングへと突入できそうです。

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「ありがとう。」All photo by peter van Heesen.
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2019年08月15日

Work in progress?

今日は日本国の終戦というか敗戦記念日です。

多大な命を犠牲にしてなんだったのだろう?どういうつもりだったのだろう?

アウシュビッツといいヒロシマ、ナガサキといいなぜ止められなかったのだろう?

先日の京都のアニメスタジオの事件の時に36人のかたに、一人ずつ黙祷を捧げたけれど数を数えていて気が遠くなりそうだった。

それが何十万人、何百万人と人殺しをしてしまう人類・・・数ではないのですが。

とにかく争うことをやめましょう。自分のことだけ考えずにまわりのことも考える、譲り合いの精神が肝要なのです。当たりまえ過ぎて馬鹿みたいですが。

そして人を殺すという行為をどうやってやめさせるか?

人類の永遠の課題かもしれません。

さてドイツはどうやら夏が終わったようで、急に寒くなってびっくりです。噂は聞いていたのでダウンジャケットを念のために持って来ていて良かった。

日中は限りなく爽やかで、夕方から冷えはじめ夜はがたがた震えるぐらいに寒くなります。

昨日は、夜にテクニカルリハーサルをやったので寒かった。衣裳は着けるけれどなるべく暖かい格好でテクリハに望みます。

けれど、テクニカルリハーサルとは名ばかりでただの通し稽古でした。

スタッフとの打ち合わせ時間がなくて、まったく準備が出来ていないのにいきなり通せと言われて湯山が怒っていました。

しかしそういうのもワークインプログレスのうち、柔軟に自由にその瞬間にできる限りのことをやればいいのです。

とか思っていたら、日本人の女振付家が通しをやらなったので「わかってないなあ。」とがっかり。ワークインプログレスなのだからどんな状態でも絶対に通すべきなのです。

とにかく観せて「ここまでです。」で良いのです。

そこから「もっとここはこうした方が面白い。」「こんなこともできそうだ。」そんな対話が生まれてブラッシュアップが生まれるのに。

彼女は最初からトラブルメーカーというか、一緒に組んで作品を創るはずだったフェリックスに「あなたとはやれません。」とわがままを言ってコンビを解消。

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リハーサル後に飲みながら打ち合わせ。右:音楽家の“ルディガー”爆音でノイズを鳴らします。真ん中:フェリックス。photo by Kumotaro.

なんだかなあ。と思っていました。喧々諤々やればいいのに。その方が面白いし。フェリックスも寂しそうだったもんなあ。

いちばん残念で気の毒なのは合宿生です。この合宿はいったい誰のために行われているのか?そんな問いかけが彼女の中で行われていないのです。

それにしてもなぜやらなかったのか?自信がないのか?・・色々と言い訳をしてるみたいですが。ま、いいか。

今日はゲネプロです、ゲネは本番通りにやる日です。

しかしワークインプログレスなので、完成を目指すのではなくてゲネもひとつの通過点と考えて、その瞬間の最高到達点を目指せば良いのです。

その瞬間を心から楽しめれば、誰がなんと口を出そうと成功だと言えるのかもしれません。

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“ザッカス・バッカス”のシーン。photo by Kumotaro.
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2019年08月16日

そして笑いも

ドイツ・ブルーリンコンテンポラリーダンス合宿、16日目です。

残すところ、あと二日となりました。

今日は、21時からショウイングです。約200人ぐらいのオーディエンスが訪れるようです。値段は5ユーロ、安い。

昨日は、ゲネプロでしたが他のチームのつくったシーンというか作品を見学して回りました。サイトスペシフィックな構成になっているのでお客さんは歩いて各会場を回ります。

フェリックスは宣言通り、合宿生にソロを自分でつくらせてそれを美術館のように展示するという風にしていました。

人につくらせて、自分はそれにアドバイスをしてどこまでも客観的な立場でいる。

会場が狭いので人が入るとごちゃごちゃして何だかよくわからなくなるのでもったいないと思った。もっと広いところでやれれば一人一人の関係も生まれたりして世界が広がりそうなのに。

しかし、それもワークインプログレス。

クレバーなフェリックスのことだから、今日、感想や意見をフィードバックして21時からのショウイングに生かされるのでしょう。

大西さよこさんのは観れなかったけれど、彼女自身が顔を真っ白にしていてバッチリとメイクもしていて「合宿生が主役なのになあ。」と思った。

竹之内淳志さんのところは、新興宗教のような踊りで独特でした。とってもスピリチュアルなので日本だと屋久島や沖縄でワークショップや公演をやっているようです。

正朔さんとリアント組は、メインホールで発表です。舞踏のトラディショナルとインドネシアの伝統のコラボレーションです。

正朔さんがとっても人が良いので、お互いに遠慮しあってよくない感じになっていたようですが、色んなひとの意見や感想でまとまってきたようです。

要素やピースはもともと素晴らしいものが沢山あったようなので、あとはそれをどう生かすかです。

なのですが、作品創りはどこまでも醒めて観る客観的な視点が必要なので、別の才能が必要になってくるのです。

短時間でつくるのも非常に難しい。

さて、こちらローラ・リンスと雲太郎の組はだいたい出来上がっているのであとはそれをショウイングで通していけばどんどん強度が出て面白くなること間違いなしです。

今回、唯一のお笑い担当なのでどんどん笑わせます。昨日はゴリラになった合宿生にお客がバナナを与えるというアイデアが出て来たので試しました。

あまりうまくいってなかったけれど、観客参加型は盛り上がるので大丈夫でしょう。暗くてよく見えなかったからそれを直して・・・

まだまだやることが沢山あります。しかし完璧を目指すのではなくてその瞬間にできる最高のことをやればいいのです。

そんで楽しんで力を入れずに頑張って、頑張らずにやればお客さんも観ていて楽しいでしょう。

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相部屋の正朔さん。普段はとっても優しい好々爺ですが・・・

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いざ、踊りになるとこうなります。
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2019年08月17日

本番?

昨日はショウイング初日でした。

全体的には、緊張感が漂いつつも楽しんでやろうという気概に満ち溢れた、いい発表会になったと思います。

自分たちのパートでは、オープニングが一回もうまくいっていません。

いわゆる初日が出ていないというやつです。

客入れも兼ねて雲太郎が喋って、それから5分間ソロを踊ってブルーリン城の巨大なドアが開いて皆んな出てくるという段取りだったけれど、5分経っても一向にドアがオープンしなかった。

「いったいどうなっているのだろう。」と思いながら気が遠くなるような時間のソロを踊って、できる限りのことをやってようやくドアオープン。

そこからは良い感じに進んで次のシーンへと移行していきました。

メインホールで正朔さんと、今日惜しくも帰国してしまったリアントの組みへとバトンタッチ。

丁寧に踊られる群舞がとっても素敵で観入ります。

二人のお母さん“ラファエラ”の踊りが更に素敵で「ジーン」としたり。

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マチルダの奥様、ラファエロ。土方巽のメソッドを越えて出て来た踊りだそうです。とっても感動したのでそう伝えたけれどあまり喜んでなかったのでうまく伝わらなかったか・・・

リアントとリーザの牧歌的なデュオがあったあと、振付家が登場という段取りだったけれどそのデュオに見とれていたら大西さんが真っ先に登場。

良い雰囲気をぶち壊すように出て来たのでびっくり。よくそんなことができるなあ。と感心。

振付家8人の軽いインプロがあったあと、全員登場してグランドフィナーレ、お客さんも大満足だったでしょう。

シャワーを浴びたあと、ビールをゲットして夜食を食べようと食堂へと行ったら、ゼネラルマネージャーのヘンリエッタがもの凄い剣幕で何かまくしたてるので困惑。

よく聞いたら「生徒が待っているのにあんなに長くソロを踊って“ボーリング”だ。」と言っているようで「I don't know」と答えます。

ぜんぜん聞かなくて大声で“ボーリング”を連発していて、周りの大勢の合宿生も何事だとこちらを見ています。

罵っていることだけはわかったので、湯山を呼んで訳を話させたけれど公衆の面前で身に覚えのないことで罵られて、だんだん頭にきて外へと出て満月に大声で叫びました。

「二度と来るかぼけ。」「もう帰る。」と腹が立って腹が立って「くそー。」と部屋へと戻ったらヘンリエッタがドアの前にいて土下座をして謝ろうとするから慌てて止めた。

完全な誤解だけれど俺はスリリングで面白かった。しかし彼女はそうは感じなかった。ボーリングは退屈という意味らしくまあ仕方ない。

60人の合宿生に会場が五つもあるのにスタッフが限りなく少ないのです。まったく足りていないのです。それなのに完璧を目指そうとする人がいる。

もっと柔らかくフレキシブルにやればいいのに。それこそがワークインプログレスなのだと思います。

決めつけずにトラブルや失敗も楽しめばいいのに。そうすればお客さんも楽しんでくれるのです。

バーに戻ったら、リーザに「退屈なんてことはまったくなかったよ。」と慰められて「ダンケシェン。」

言語を越えたコミュニケーションの面白さと、理解しあえない言語の違いの面白さを痛感した夜でした。

今日は二日目。

オープニングの初日を出すぞ。

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「リーザ、ありがとう。」彼女は結構なお金持ちでなんと子どもが4人いるとか。All photo by peter van Heesen.
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2019年08月18日

よし

昨日は、稽古中にチームメンバー“マルティーナ”のお母さんが危篤だという報せが届いて皆、黙り込んでしまいました。

どう言えばいいのかわからないので、ただそっと手を触れて慰めます。

「踊りには祈りという側面があるので、思いが届くように踊りましょう。」そう励まして稽古終了。ショウイングに備えます。

二日目は昨日問題だったオープニングもうまくいき、全体ものって踊れたと思います。

終演後は打ち上げのような感じで盛り上がり踊りまくりました。こちら、朝7時に出発なので無理せずに少し寝ました。

朝まで飲んだ方々も沢山いて、湯山もその一人。セザ、ザック、ジャジー、イボンヌ、ステラ、ジョアンナ等が見送ってくれました。

「楽しかったなあ。さらばブルーリン。またね。」

さあ、ドイツ・ブルーリンでの合宿を無事に終え、ショウイングも好評のうちに終え帰国です。

スタッフの女性に車で駅まで送ってもらい「エフカリスト。」

今回、ポーランド語とギリシャ語で「ありがとう。」を覚えました。

「See you again necessarily.」

そこから電車で空港を目指します。乗り換えもうまくいきチェックイン。のはずが反対の電車に乗ってしまい、迷子中。

とにかく空港まで行けて、機内で大人しくしていれば成田に到着の予定です。そこから鉄割へと直行、カットインで練習がはじまります。

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“マルティナ”ラテンの血を感じる。photo by peter van Heesen.
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2019年08月19日

余韻

昨日はグランドフィナーレの後にやっていたフェリックス・ルカのインスタレーションに参加。

今回一番面白いことをやっていたのは、たぶんフェリックスだと思います。

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“フェリックス・ルカ”。デルタ・ライの盟友。身長が190センチぐらいあってフェリックス自身が格好いいのです。

踊りではなくて、肉体の展示ともいうべき美術館の展示のようなパフォーマンス。

最初のデモンストレーションでこの合宿のコンセプトをおちょくるようなことをやって笑いを誘っていました。

そこからワークショップも一貫して観る見られるということに拘っていました。

まるでコンセプトアートのようなプレゼンテーション。ルールは簡単、白いテープの範囲の中でうごく。他にもあったのかな。

知りたい。

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ダンサーの周りを自由に観客が歩いて観て回る。

どこまでもクレバーで洒落ていたのです。そして大人っぽい。

物語とかではない、からだの展示。室伏鴻言うところの「始まりも終わりもないダンス。」

今回の一番の刺激的な出会いでした。

「日本に是非呼びたい。」とフェリックスに言ったら「高いぞ。」とにやりとしてました。

60歳のとんがりコレオグラファー、世界にはまだまだ面白い人がたくさんいるのです。

そして、昨日はほぼ朝まで飲んでいたので機内では爆睡しました。

気づいたら成田でした。

途中、ベルリンで乗り換えを間違えたりしたけれど概ね順調な帰宅の旅でした。

一度、田無に帰って千歳烏山のお稽古場へ。「やっぱり鉄割は面白いなあ。」とにんまり。

もう台本もほとんど上がっていて、音響のチャーさんも来ていて仕上がりが早いぞ。

さあ、東京はドイツに比べると蒸し暑いけれどこれから鉄割本番まで、頑張らずに頑張るぞ。

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こちら我々のプレゼンテーション。王道の大駱駝艦的世界。photo by peter van Heesen.
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2019年08月20日

余韻の続き

日本に帰って来ました。

まだまだドイツ・ブルーリン合宿の余韻が続いているので、ピーターの素敵な写真で振り返ってみます。

毎日、美味しいご飯を作ってくれた左:“KASIA"と右:“NICOLE”。「ジンクエ。」ニコルはシャトーの主人。

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ちなみに正朔さんは、ニコルがタイプだと言ってました。

台湾か中国かどちらだったか・・・。“ステラ”。日本語が上手で最後に少し話しました。朝まで飲んだようで見送ってくれた。「謝謝。」

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良い名前。

フェリックス・チームのアシスタントを務めていた“マルゲリータ”。台湾人だったか香港だったか・・・。

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パフォーマンスしている全裸の彼女をデルタが凝視していたので妨害。成功・・・たぶん。

とても日本人とは思えないパッションとエモーションをお持ちの竹之内淳志さん。このイベントには第一回から参加しているとかで並々ならぬ気迫を感じた。

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現在はイタリアを拠点に活躍中。イタリアは踊りで食えるようです。

即興バトルでのジョナサンと雲太郎。ジョナサンはすぐにちんこを出します。

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そして、スペイン人舞踏家なのです。

大駱駝艦の先輩でいまはオーストラリアで活躍中の“ゆみうみうまれ”土屋さん。即興バトルで目隠しして暴れてました。面白かった。

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左:音楽監督ヒロコさんと右:土屋さん。麿さんにも遠慮しない兵庫県伊丹市生まれのチャキチャキ娘です。相変わらず元気だった。

唯一の日本人合宿生“カナコ”。アイルランド在住。デュ社に入りたいということなので、11月城崎から合流します。

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目隠しをしている土屋さんとかなこ。旦那さんの仕事の関係でアイルランドにいるとか。

うちのグループ・アシスタントを務めてくれた“メリッサ”。ピナ・バウシュ似の美人さんです。

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いつもリュックを背負って忙しく働いていた。「お疲れさまでした。」

こちらは“イヴォンヌ”。お国は何処だったっけ。朝まで飲んで見送ってくれた。

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目が強い。

“ザック”。カナダ人だけどベルリンで活動をしている。確かな才能を感じた。

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まだ26歳だったか。これからです。「また会おう。」

“バルバラ”。いつもサングラスにくわえタバコで「皆んなで一緒に何かやるとか大っ嫌いだ。」と吐き捨てる不良ですが、なんと学校の先生だそうです。from オーストリア。

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子どもと遊ぶのがとっても上手でした。さすが。

“ジャジー”。若さ爆発するニューヨーク娘。真面目と不良が良い塩梅で混在していた。

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「日本にはいないタイップすわ。」by Daiichiro Yuyama.

ペアを組んだメキシコ人講師、マエストロ“ローラ・リンス”。とってもお茶目なダンサーでした。

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ベルリン中央駅で素敵な旦那さまと待ち合わせてバカンスへと向かいました。「アディオス!」

右:グレゴールと左:デルタ。グレゴールは毎晩、最後まで湯山と飲んでました。喧嘩したりして仲良くなったようです。

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デルタとグレゴールはらくだの大先輩・故田村哲郎さんのお弟子さんです。「田村と雲太郎は似ている。」by グレゴール。

今回呼んで頂いたヨーロッパ舞踏界のゴッドマザー、吉岡由美子さん。たいへんお世話になりました。

黒柳徹子さんと市原悦子さんをプラスしたような、とってもパワフルで魅力的な60歳。だったか・・・

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踊り始めると何をするかわからない、破天荒さに度肝を抜かれます。

そして、舞踏家集団“デュ社”副代表・湯山大一郎。

通訳にダンスマスターにと大活躍して帰国、今日から鉄割アルバトロスケットに合流。

練習中と本番中、戌井君が青春時代を過ごした実家の5階に居候です。

「よろしくお願いします。」

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All photo: schloss bröllin e.V. / Peter van Heesen
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