2019年08月10日

なぜだろう

ドイツ・ブルーリン城でのコンタンポラリーダンス合宿は、折り返し地点を通過してあと一週間で本番です。

8月9日は、長崎への原爆投下の日でしたが前日に飲みすぎてすっかりと忘れていました。ドイツにいると他人事というか遠い異国の話のようです。

昨日は、クラスがなかったので他の講師のワークショップを拝見。竹之内淳志さんは、来ている人でもう始まっていてそれもありだな。と一本。

時間が来たから、始めましょうみたいな常識に頭をやられていたなあ。と刺激を受けました。

まだ、永六輔さんがご存命の時に講演を聞きに行ったら、まだ時間じゃないのに永さんがいて客入れをしていてびっくり。

その客入れが上手いのなんの、爆笑に次ぐ爆笑で定刻になったら「じゃあ、僕引っ込みますので出て来たら拍手してください。」いうて引っ込んでまた出て来てた。

すでにいるのだから、楽屋で待っているのとかが嫌だと仰ってるとか。「いるのだから出ればいいじゃないですか。」

常識とか決まりごととかどうでもいい。

そんな、永さんの思いが伝わってきて「いいなあ。」としみじみ思った。

淳志さんのクラスから出た後、少し疲れているので散歩でもしようかと広大な庭を歩いていたら、茂みの中で一人の合宿生がうずくまって号泣していた。

声をかけるか迷ったけれど、見過ごしには出来ないので近寄ったら知っている女の子だった。

か細い背中に触れながら呼吸を合わせて落ち着かせようとしたけれど、まったくダメで一人にしてあげようとその場を離脱。

部屋に戻って、窓から見たらまだいるので少しうろうろしてから戻ってみたらまだ号泣している。もう一度、背中から呼吸を合わせてみたけれど一向に落ち着かない。

一体全体何があったのだろうか?ここまで長く号泣をするなんて。

そういえば昨日の夜にその子が頭を剃っていたので「スキンヘッド似合っているね。」と言ったら抗議をはじめて。

一緒にいたスタッフのグレゴールが「ドイツでスキンヘッドと口にするのは絶対ダメね。」と言っててびっくり。

アウシュビッツで頭を剃られた人々を連想するからだろうか。

皆んなに「何故スキンヘッドにしたのか?」と聞かれ続けて、自発的に剃ったのに強制されて剃る“スキンヘッド”呼ばわりをされて傷ついたとか。

しかしそれぐらいでこんなにも号泣を続けることなんてあるのか。湯山は「たとえば肉親に不幸があったとかじゃないですか。」と言ってたけれどなるほど。

思い切って向かい側に回り込んでからだに触れながら呼吸を合わせてあげていたら呼吸が整ってきて。

猫の刺青が入ってたので聞いてみたら、何かを説明してくれてだんだん落ち着いて来てよかった。

今日、朝に会って話しかけたら「empty.」言うてたのですべてを吐き出してすっきりとしたようです。

しかし、あそこまで長く号泣しなければ吐き出しきれないこころの何かがあるってたいへんなことだなあ。と思いました。

さて今回は、ワークインンプログレスらしいので楽しみです。過程こそが大切なので楽しみつつ本番へと向かいたいと思います。

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号泣していた“アルフォンゾ”from Chiri. まだ髪の毛がある。何があったかは聞かない。photo by Peter van Heesen.
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posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 19:04| ブログ?