2019年09月08日

2006年5月

2006年に舞踏『虎ノ穴』をつくった次の年にもう新作を製作した。

アイデアも尽き果てて、しかし壺中の旅を越えるという大命題はありつつ、皆んなにつくらせるという新しいやりかたを試みてみた。

これが混乱を巻き起こし、最終的に麿さんの大激怒へとつながった。

タイトルは『をどろベイビー!』

吉祥寺シアターでの小林裕子の作品との二本立てだった。

“をどろの中を踏みしめて”というたしか後鳥羽上皇の歌からとったものだったけれど、詳しくは忘れてしまった。杉本博司さんの本の中に出てきた一節から頂いた。

“をどろ”はイバラのことで苦境に立たされていた自分の身の上をこの歌に寄せたのだったか。“ベイビー!”はおまけみたいなもので、二物衝撃の方法をとった。

メンバーは、若林淳と村松卓矢の二人を出すという最終手段に近い作戦にでた。あとは男全員。

大駱駝艦機関紙『激しい季節』に寄せた文章もいい感じでぴちがいじみている。

〜洟をたらした肉体で 洟をたらした精神で バナナラマとダライラマとでダナナラマの如くに 草かんむりが云うのよ あそばにゃあそびあそぶあそべあそぼベイビー!

にんげんなんてぐるぐるぱあー 壺の中からえくそだす

作品製作は混沌としていたが、麿赤兒総見は麿さんを爆笑させて「よし。」しかしツッコミどころは満載でダメ出しに次ぐダメ出しで稽古は長引いたような気がする。

吉祥寺シアター入りして、舞台美術もいい感じでそして運命のゲネプロ。

前日の通しでのソロの時に若林淳に「あの手の上げ方は無意識的で素晴らしかった。」とか誉め殺しされて、ゲネプロの途中で手が動かなくなった。

考えれば考えるほどわざとらしい気がして、最初に手を上げると決めていたのに手が上げられなくなった。そうしたらどんどん孤独な気分になっていってわけがわからなくなった。

舞台センターで明かりを浴びながら、現実にはそこにいないようなへんな感じだった。

稽古の混乱や苦労も走馬灯のようにどっとよみがえってきて、全くうごけなくなった。

どのぐらいストップしていたのだろう。監修の麿さんが客席でマイク越しに何かごにょごにょ言っていたけれど、突然激怒しはじめて怒鳴り始めた。

いっこうにソロを踊らないむかいに業を煮やして、怒髪天に来たのだろう。

「なにをやってんだよ!この野郎!!むかい!いい加減にしろ!!!」マイクをがんがん、机に叩きつけるので「ピーン」と大ノイズが吉祥寺シアターに響き渡った。

麿さんは何回も怒らせたけれど20年にわたる師弟関係の中でも、一番激怒させた瞬間だった。

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ガラスに顔をくっつけて撮影した宣伝写真。なぜそんなことをしたのか忘れた。photo by Junichi Matsuda.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:07| ブログ?