2019年12月01日

お疲れさまです

中曽根首相が亡くなりました。101歳やて、長生き。

「政治家は歴史の法廷の被告席に座る。」by Yasuhiro Nakasone.

昨日は、朝起きて勤行をしてから原稿の締め切りだったので朝イチで書きはじめます。締め切りギリギリにならないと書く気になれなかった。

「締め切りのある人生は短い。」という言葉もありますが、時間に追われるというのは嫌なものです。

いっぽう、このブログのようなもの『舞踏?』は誰に頼まれたものでもなく自主的にやっています。この自主性というものの違いか。

「子どもの心に扉があるとすれば、その取っては内側にしかついていない。」と精神科医、宮口幸治さんが本に書いていましたがどうやって自分でやらせるかは指導する親や先生の手腕にかかっている。

自分自身の場合は、どうやってやる気を出すか。やっぱりギリギリにならないとやる気は出ないのか。

そして、同じ1200文字でもいつでも直せるWebと取り返しの効かない印刷物では、重要度が違うのです。

これでいいか?と何度も見直します。このブログのようなものは10回ぐらいしか見直しをしませんが、昨日は50回は読み直したか。音読もしてみます。

読み直して書き直し、推敲を重ねてさらにコンビニへ行って印刷をして客観的に見直します。

IMG_4633.jpg
ついでに新聞を買おうと見たらでかでかと“中曽根康弘元首相死去”の見出しが。

毎日新聞を買って、そのままスーパーへいって食材を買います。

帰って原稿をチェック。何かひっかかるところを考え直して書き直します。これでいいかとメールに添付、送信。

そんでいま、もう一度気になったので見直して、冒頭と締めの部分を推敲。「これでいいか。未練はないか?」再送。

午後、お隣の旅館きたがわさんにお土産を渡しにいきます。ついでに庭になっているレモンと作品集も持参。旦那さんはいなくて奥さましかいなかった。

立ち話をしてたら今日は作業は休みで手伝ってくれた人たちで、お疲れさま会をやるので料理を仕込み中だということ。

「へえそうですか、それでは。」と失礼しますが、何か差し入れをしようと思いつく。お造りがいいか。その足で魚屋『湯谷』へ。

今日は土曜日だからお造りは無理かな・・・店へいって無愛想なおばちゃんと話します。やっぱり明日は市場が休みなので漁はなし。

「お造りが欲しかったんですが。」「鯛やったらできるで。」ではそれで、きたがわ君と奥さまとお手伝いの人と三人前でええか。子どももいるから「四人前で。」

帰っていく途中にきたがわ君とお子さんが散歩してて手を振る。よちよち歩きの坊主が可愛く手を振ってくれる。ええなあ。この都志の未来は君の両肩にかかっているのだ。

庭で昨日刈ったプルーンの木をばらばらにしてたら「きだにさん」と声がしたので振り返ると、きたがわ君がお礼を言いに来てくれていた。

「レモンありがとうございます。」「いえいえそんな。いよいよですな。」「まだまだこれから旅館申請してなんとか12月半ばには開業します。」とか話してたら、今日は20人ぐらい集まってお疲れさま会をやるとのこと。

なんと、4人前ではぜんぜん足らん。けどまあ仕方ない。あっ、そろそろ1200文字を超えてしまった。終わります。

Nakasone_Yasuhiro_in_Imperial_Japanese_Navy.JPG
戦争中は海軍将校で、部下を死なせてしまった経験が政治家になる原点だったとか。「友を焼く 鉄板を担ぐ 夏の浜」中曽根康弘。ご冥福をお祈りします。Photo by Wikipedia.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:30| ブログ?

2019年12月02日

一昨日、昨日

一昨日の続きです。

お隣にあるでかい旅館をリフォームしていた、きたがわ君から「今日の夜に手伝ってくれた人たちとお疲れさま会をやります。」との情報を得たのでお造りを差し入れます。

「何時からですか?」と聞いたら「16時ぐらいからなんとなく集まって17時からやります。」ということ。

作業を終わらして勤行が終わったらWiFiの設定をします。そう念願だったWiFiが都志にやってきました。これでGoogl miniもアップデートされる。

いままでは話しかけても「ワイファイネットワークが見つかりません。Google home アプリでどうのこうの・・・」と答えるだけだった。

このGoogle miniですが"OK Google."と話しかけるのだけど、グーグルではなくて違う名前を付けられたらもっと楽しくなるのになあ。とずーっと思っています。

そうこうしてたらお造りが出来上がる18時に。魚屋『湯谷』に自転車で取りに行く。

不愛想なおばちゃんが「持っていったろか。」と親切なことを言うので何かと思ったら尾頭つきで姿盛りしてあって、これならまあ20人前には足らんけれどお祝いの品としては上等でしょう。

持って帰って、そろそろいいかとお造りとビールを持参してお隣へ。

大広間へ行ったら面白そうな人たちが大勢いて嬉しくなる。皆さん、職人さんだとか。男性が10人ぐらいにその奥さまたちが数人、子どもも沢山いて賑やかです。

「少なくてすみません。」とお造りをテーブルに置いて、持参したビールをちょっとだけ飲んで話します。きたがわ君がこの10年間でつくりだした人脈か。

こちら何にも手伝っていないので、そうそうに退散。家に帰って一人飲みました。

昨日は起きたら4時でびっくり。寒くて寒くて手袋をはめ帽子をかぶって勤行の用意をします。真言を唱える息が白かった。

ブログのようなものを記し終わったら、資料の新聞をバラバラにします。必要な記事は残して広告や宣伝は切り捨てます。合間に記事を読んだり。

中曽根元首相という人は質素な生活をしていたらしいです。その割にはカネの事件には必ず顔を出す。矛盾してる。

海軍に所属していた高松で広島原爆のキノコ雲を目撃「次の時代は原子力の時代になると直感した。」

原発を日本に持ち込ませたのは中曽根さんたちなのだな。いまも一向に復興しないフクシマへとつながる負の歴史のはじまり。

新聞を整理したら外へ。庭の作業に終始します。夜は今後の仕事のことを考えます。

12月は子どもたちと遊んで、東洋大学でワークショップ。哲学科だから対話しつつからだにフォーカスを当てて、そうして最後は何もかも手放す。

年が明けたら1月は“行く”2月は“逃げる”なんていうくらいだから、あっという間に3月か。

1月子どもたちと遊ぶのはいいとして、2月の公演のことを考えておかないと。

2月11日、建国記念の日に日比谷図書館のホールで踊ります。『舞踏?』ソロです。レクチャーの要素も入れたいけれど、舞踏の知識が豊富な方もいらっしゃるだろうから何を話すのか・・・

くそう、真面目になるな。

PD-0077のコピー.jpg
『舞踏?レクチャーパフォーマンス』試演会より。撮影:igaki photo studio 写真提供:城崎国際アートセンター(豊岡市)

参照:2019年11月30日 毎日新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:57| ブログ?

2019年12月03日

公的助成金について

最近、湯山が頑張って助成金申請をしています。

自分も独立してから必死でやっていたけれど、いつ頃からかやる気がなくなってしまった。

公的な助成金はあるにこしたことはないけれど、創造性とは無縁。

創作活動と助成金申請は相容れない行為なのだと思う。

けれど一銭でも多く出演者にギャラは渡したいし、スタッフにも報酬を十分に渡したいのでそんなことを言ってはいられないのだけれど。

いつか人気が出て売れるまでのつなぎとして若者がもらうのだといい気がするが、自分がいつまでも助成金頼りで活動をしていると「なんだかなあ。」と考え込んでしまう。

だが舞台はお金のかかるもの。そしてかけたお金が映画のように回収し辛い。

経費を回収する為には再演をするしかないが、舞台というのは何度やっても同じように人件費がかかるので永遠に利益の出ない不毛な作業の繰り返しだったりする。

売れてお客さんが来てくれれば、そんな苦労も少しは報われるのだろうけれど。

自主公演をするたびに借金がかさみ嫌になって、最近は自主公演をやろうと思わなくなってしまった。お客が入らないのだものな。

能狂言は国家の力に頼りすぎて、進化しなくなった。

歌舞伎はその点、庶民の人気で支えられその一般大衆の移ろいやすい心理に翻弄されながらも、進化をし続けています。

お客さんの人気、観客収入だけでやっていくという覚悟と底力がそこにはある気がする。

人気獲得のために舞台機構のありとあらゆる可能性を工夫して試行錯誤して、何よりも挑戦するこころを忘れない心意気を感じる。

自分が若い頃は、歌舞伎なんて古臭いものという印象だった。そこに松本幸四郎さんというスターがあらわれ、一般のお芝居にもチャレンジしたりして歌舞伎界をどんどん盛り上げていった。

しばらく前に若くして惜しくも亡くなられた、中村勘三郎さんの舞台も驚きに満ちていたもんなあ。

見習って頑張ろう。

それにしても公的な助成金は変なシステムです。赤字にならないとお金をもらえない。予算を立てる段階から赤字にするために公演を計画する人なんていないだろう。

しかも申請書を書くのが上手な人がお金をもらえるなんておかしな話です。内容なんてどうでもいい。申請書の紙面上で魅力的に書ければお金がもらえる。

要は面白い作品を創れるかどうかが問われるべき。

そして審議委員なんていう人たちがいて、その人たちのお眼鏡にかなったものにしかお金が出なかったりする。

公的な助成金なんてその程度のもの。

社会にとっていいこと、役にたちそうなことにしかお金を出さないのはどこでも同じで、いま大学の研究室などもすぐに効果が出そうな研究にしかお金が下りないとか。

まあいいか。

なんとかして売れるしかない。

人気が出て放って置いても人が来て、スタッフにギャラが支払えて出演者にも報酬が払えるためには面白い作品を創り続けていくしかない。

それしかない。

嫌になんてなっている場合ではない。自主公演をやろう。

PD-0282のコピー.jpg
舞踏家集団“デュ社”副代表、湯山大一郎。『舞踏?レクチャーパフォーマンス』試演会より。撮影:igaki photo studio 写真提供:城崎国際アートセンター(豊岡市)
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:14| ブログ?

2019年12月04日

木育

コンビニ大手三社はお箸を竹でつくって努力をしているけど、そういうことに気をつけるだけで環境破壊は幾らか和らげられる。

とか以前記してたけど間違っていました。ごめんなさい。

箸は竹ではなくて木にした方が日本の山のためにはいいのだそうです。

木を切ることが環境破壊につながるという思い込みは根強く、国産の間伐材を使った割り箸が環境破壊を招くとの“誤解”が日本中に広がってしまった。

かく言う自分もそう思っていた。

日本に沢山ある人工林は“切って使う”そして“植えて育てる”のサイクルを継続しなければ森林は荒廃し災害の一因になる。

環境破壊につながる森林伐採は南米や東南アジアの国々の話で、日本は関係なかったのにごっちゃになってしまっている。

そうしてそんな誤解が原因のひとつの森林業の衰退をなんとかしようと、国が成長戦略のひとつとして林業の法改正をした。

しかしそれは大企業に有利な法改正で、いままで頑張ってきた中小林野業の人々が淘汰されかねない法律だとか。

本来、林業は100年以上のサイクルを見据えて植樹、育成、伐採の循環によって成り立つ。

いまの法改正では木々をいかに効率よく伐採して販売するかに重点が置かれてしまい、伐採後に植樹する義務がないのだとか。

目先の間伐だけを見た営利最優先の成長戦略で、山のことを考えて長い目で見ていない危険な法律なのだそうです。

いっぽう、政府が推し進めている生産量を追い求める短期的な大規模林業ではなく『自伐型林業』と呼ばれる小規模の森林経営が全国で増えて来ている。

名称未設定 1.jpg
自伐型林業で間伐された森を見上げる。photographs by Masaya Tanaka.

森林の所有者や地域の住民が山に入って自分たちで木材を切り出す林業で、間伐材を生産しながら残った木を増やす長い目で見た森林経営。

専業ではなく兼業でしかも低投資、低コストでできるので実践者が増えているのだとか。

北海道からも“木育”という運動がはじまっているそうです。

2004年に北海道が立ち上げたプロジェクトで「木を子どもの頃から身近に使っていくことを通じて、人と森や木との関わりを主体的に考えられる豊かな心を育てたい。」との思いを木育という言葉に込めたとか。

まずは幼児を対象に木製遊具などの利用を推奨し、木に触れて木を好きになってもらう。また妊婦が木製品を使う胎教も実施。

創る活動では木工を通じて楽しみながら、材料としての木材の特徴を学び人材を育成していく。

さらに知る活動で森林育成活動に参画する人、環境に配慮した行動ができる人などを育てるために科学的な知識を提供するのだとか。

気軽に木に触れ木の良さを感じて“木と触れ合う”。木や森林について関心を深め、知識や技を身につける“木に学ぶ”。

木育活動のネットワークづくりなどを通じて家庭や地域、社会で木育を実施、継続されるようにする“木と生きる”という三つのプロセスにわけて活動をしている。

高知県も大規模林業の補助はしつつも、小さな林業家、担い手を育てる環境を整えるという画期的な施策を打ち出したとか。

いいねえ。

日本は世界有数の森林国、国土の約3分の2が森林なのです

木材や木製品は昔から身近なものだったはずが、いつの間にかコンクリートとプラスチックに囲まれた国になってしまった。

2024年から一人1000円の“森林環境税”が徴収されるとか。次世代をこそ育てるために有意義に使って欲しいものです。

ringyo.jpg
『生活と自治』でも特集されていた鳥取県智頭町で活躍する自伐型林業の担い手、大谷訓大(おおたにくにひろ)さんたち。photographs by Masaya Tanaka.ソーシャル&エコ・マガジン“ソトコト”Web siteより。

参照:生活クラブ発行『生活と自治』2019.12.NO608
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:23| ブログ?

2019年12月05日

舞踏、舞踏うるさいか

舞踏は1959年に日本で生まれた舞台芸術です。

生まれてからまだ60年しか経っていない。

能狂言が約800年以上、歌舞伎が約400年以上経っているのに比べたらまだまだ生まれたてのほやほや。これからの舞台芸術です。

舞踏が6歳だとしたら能狂言が80歳、孫とお爺さんみたいなもの。歌舞伎が40歳だとしたら、伯父さんと子どもみたいなもの。

昔し、市川團十郎さんが主役の舞台に出たときに麿さんが「舞踏は歌舞伎の足の裏みたいなものでして・・・」と挨拶してたけどなるほどなあ。と思った。

華やかな歌舞伎が踏む足の裏に舞踏の魂がある。

麿さんは早稲田大学を三日しか行っていなくて中退ではなくて“早退”だと自分では言ってますが、同じ時期に先代の松本幸四郎さんが早稲田に通っていたとか。

サラブレッドとハイブリッド。

「舞踏はハイブリッドだ。」と言ったのは室伏鴻ですが、そういえば室伏さんも早稲田だな。

舞踏のパイオニア、土方巽は高卒だったが濫読家でその知性は当時の知識人の最高峰、澁澤龍彦や埴谷雄高、三島由紀夫も舌をまくほどだった。

土方さんはその知性に不良性が入ってくるので、ただ真面目に勉強をしてきたという知識人にとって脅威だったのだ。

麿さんによると相当に意地悪だったらしいので、わざとわからなくする“韜晦”も入ってきて知識人たちを翻弄したのだろう。文章を読んでも訳わからないもんな。

そうやって韜晦を駆使しながら、意味というものから必死で逃げようとしていた節も感じられる。

舞踏家は知的な不良でなくてはならない。

さてなぜ1959年かというと『禁色』という作品が上演された年で「これをもって舞踏元年とする。」と舞踏評論の大家、合田成男先生が仰っているからです。

ちなみに合田先生は東京大学卒業の超知識人です。御年、たしか98歳だったか・・・

この禁色ですが初演は上演時間の20分間、ずーっと真っ暗でその真っ暗な中で出演者の土方さんと大野慶人さんがジャンジュネの作品世界そのままの男色行為を足音と呼吸だけで演じたとか。

舞台上でニワトリを絞め殺して観客が気絶したという伝説も残るけれど、それは再演の時なのか。写真が数枚残っているけれど再演時のもののようです。

さてそんな舞踏ですが海外の先鋭的なクリエイターが常に注目をしています。

誰だったか名前を忘れたけれどフランスのコレオグラファーは、室伏さんに電話して来て色々とうるさく聞いてくるので「そんなにButoh、Butohいうなら自分で作品をつくれよ。」といわれて見よう見真似で作品をつくったらしい。

そんななか森山未來君が同じように見よう見真似で舞踏作品を創っているとか。

NHKで特集をしてたみたいだけど観れなかった。未來君はイスラエルにダンス留学していたり、感覚が鋭敏だからアンテナにヒットしたんだな。

楽しみだな。舞踏なんてなんでもあり。誰が創ったっていいのです。「これが舞踏だ。」と言えばそれはもう舞踏なのです。

これで少しは舞踏がメジャーになったら嬉しい。

goda_with.jpg
いまはなき横浜BankART studio NYKでの『舞踏?プレゼンテーションショウ』2016年2月、終演後に合田先生と。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:46| ブログ?

2019年12月06日

暴力は何も解決しない

中村哲さんが亡くなられました。

待ち伏せされて銃撃を受けたとか。著名人である中村さんを襲うことで、治安面の不安を浮き彫りにして支援活動を萎縮させたいのが一つの狙いとか。

軍事支援ならわかるけれど、人道支援をしている人を殺してまったく愚かだなあ。自分の首を自分で締めるような行為。

以前、記事で読んでたいへんな方が世の中にはいるのだなあ。と感動していました。とてもとても自分には真似のできることではない。と思った・・・

まだ医療に携わっていた頃、ある家に呼ばれ乳幼児を診たが瀕死の状態だった。中村さんが息を楽にする甘いシロップを与えると、その赤ん坊は一瞬微笑んだという。

「死にかけた赤子の一瞬の微笑みに感謝する世界がある。シロップひとさじの治療が恵みである世界がある。生きていること自体が与えられた恵みなのだ。」

けれどもその場しのぎの薬しか渡せないのに感謝をされると、釈然としない後ろめたさがあったという。

干ばつの猛威を目の当たりにして無力感に沈んだ医師だった頃「飢えや渇きは薬では治せない。」と井戸を掘り、独学で土木を学び、かんがい事業に取り組んだ。

「清潔な飲料水と食べ物さえあれば8、9割の人が死なずに済む。」

“100の診療所よりも1本の用水路”が持論。

“復興は軍事ではなく農業から”の信念のもと、ノウハウをアフガン全土に広めようと考えていた。

「地元の人が何を求めているか、そのために何ができるか、生活習慣や文化をふくめて理解しないと。善意の押し付けだけでは失敗します。」と何よりも現地のやり方を優先したとか。

そのために自分の物差しを一時、忘れることが大切だという。常識や思い込みを捨てることの大切さ。

「武器を取る者は取れ、わたしたちはクワで平和を実現しよう。きざな言い方をすれば、そんな思いで続けています。」

一貫して非暴力、和平を訴え続け言うだけではなく実際に現地で活動を続けてこられた。

「なぜわざわざ危険な地域に行くのか?」と問われた時「道で倒れた人を見たら“大丈夫か”と駆け寄るでしょう。それが人間共通の心だと思う。」と答えた。

「皆んなが行くところには誰かがいく。誰も行かないところにこそ、我々が行く意味がある。」とも答えている。

人道支援に全力を注ぎ、戦乱と干ばつで荒れ果てたアフガニスタンの地に水を引き、実りの畑に変え続けて来た。

これまでに総面積1万6500ヘクタールの農地と、65万人に水の恵みをもたらしたんだと。すげえなあ。

哲学者で正義の人、鶴見俊輔は「日本の希望は中村哲だけだ。」と評したと言う。

子どもの頃はファーブル昆虫記をよみふける虫好きで、朝5時から山に入ってコガネムシやハンミョウを追いかけていた。

医師になって5年目、登山仲間とともにパキスタンとアフガニスタンを訪れた。珍しいアゲハチョウが見られるかもしれないという期待からだった。

「もし私が昆虫好きでなければアフガンとの縁はありませんでした。」

アフガニスタンのガニ大統領から、自由に入国できる名誉市民権を授与されたばかりの出来事だった。

キャプチャ-3.jpg
享年73歳。アフガンであと20年活動すると言われていたとか・・・ご冥福をお祈りします。Photo by Google.

参照・引用:2019年12月5日 木曜日 毎日新聞、朝日新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:39| ブログ?

2019年12月07日

クラウドファンディング

若者の現代美術の展覧会へ行ったら、5階建てのマンションでやっていた。履いていったビーチサンダルがなくなって「ずーっ」と探してる。

1階と5階を行ったり来たり。夢なのに疲れた。

大駱駝艦の新作公演、いつものように遅れて参加したら役がなくて最初「ずーっ」と観てるだけでつらかった。稽古なのに白塗りしてて「最近はこうなのか、たいへんだなあ。」と思う。

「むかい」と呼ばれて出番か。達也と同じ役で天使みたいな格好をしてファンシー。奥の部屋で麿さんがなんだか着替えをしててもの凄いでかい格好だけどシルエットでよく見えない。

麿さんの出番前に目が覚めて残念。

北風が強くてめちゃめちゃ寒いので外へ出るのが嫌なのともうすぐ東京へ戻るので、家の中の大掃除をはじめました。

昨日は二階の大掃除をして、新聞を片付けたり書類を整理したり。

セゾン文化財団のニュースレター“viewpoint”が出てきたのでチラ見。『特集◎クラウドファンディング考察』ということで、山下残君とタニノクロウ君が寄稿してました。

残君もタニノ君も面白いことしてるなあ。

「糞を撒けば土壌が肥えるように、もっと常識外れの訳の分からないプロジェクトがクラウドファンディングで立ち上がることを期待します。」by 山下残

最近、情報を完全に遮断しているのでほんの一言でも刺激を受けます。情報も一期一会、その言葉から何を感じ何を思うかは真剣勝負なのです。

残君の言うように、自分ももっと常識外れでなくてはいかんなあ。と反省。舞踏という言葉に捉われている。舞踏というかたちにまだ拘っている。

もっと変な表現、舞踏にも演劇にも現代美術にもパフォーマンスにもどこにも倒れないような瞬間を創り出したい。

最近だと、まつもと演劇工場のワークショップのようなあんな瞬間を。あれは工場長である加藤直さんの叱咤激励があったからできたこと。

直さんの言葉に触発されてたら、スリリングな面白い瞬間が立ち上がってきたのだった。

もっと挑戦して実験して思い込みや常識を疑って枠を壊して、まだ名付けられない真っさらな瞬間に向かわねばならない・・・

クラウドファンディングは、三年前にアゴラ劇場といまはなきアトリエ劇研でやった『ぴちがい裁判』の時に挑戦しました。

アゴラ劇場の年間プログラムに応募したら通って劇場費はタダだけど、公的助成金を申請してはいけないということだったのでさあ困った。

赤字必死でどうしよう。頭を抱えている時に「そういえば。」と思い出したのが、ダンス評論家の乗越たかおさんのやっていたクラウドファンディングだった。

調べてみたら案外簡単に出来そうだったのでとにかくやってみよう。「案ずるよりも生むがやすしきよしだ。」と挑戦。

あれは大変だったなあ。

あの時はすべて一人でやっていたので、一日中朝から夜中まで作業をしていた。

台本を書いて舞台美術をつくって制作的なことも一人でやって、そんでリターンってのもすべて一人で梱包したり舞台監督も兼任して、etc...etc...

結果、本番初日に音楽をつくってもらった糸井幸之助さんとトークをやる予定だったのに、すっかり忘れててアゴラの温厚そうな担当の人が「わなわな」と震えて怒っていた。

うなだれて帰る途中の吉祥寺駅で兄弟子村松卓矢と偶然出会って「俺なんてこのあいだ、衣裳合わせをすっかり忘れてて達也と麿さんにスッゲエ怒られたよ。」とか慰めてもらったっけ。

おっと、1400文字にもなってた。終わります。

mad_14.jpg
ちょうど三年前の12月、無我夢中で頑張ったけど結局赤字だった『ぴちがい裁判』於:アゴラ劇場 Photo by bozzo.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:47| ブログ?

2019年12月08日

何故、山に登るのか

最近また、夢枕獏さんの書いた『神々の山嶺』を読んでいました。

小説で二度、谷口ジローさんの書いた漫画で一回読んでいるけれど三度、読みはじめてしまった。

口当たりのいい、読みやすいエンターテイメントは息抜きに持ってこいなのです。

名称未設定 1.jpg
こちら漫画版『神々の山嶺』Photo by amazon.

「そこにそれがあるから。」の言葉で有名な登山家、マロリーが持っていたとされるカメラを一人の男が偶然見つけるところから話ははじまる。

“カトマンドゥの裏街でカメラマン・深町誠は古いコダックを手に入れる。

そのカメラはジョージ・マロリーがエベレスト初登頂に成功したかどうか、という登攀史上最大のミステリーを解く可能性を秘めていた。

カメラの過去を追って、深町はその男と邂逅する。羽生丈二。伝説の孤高ソロクライマー、羽生がカトマンドゥで目指すものは?”〜上巻背表紙解説より。

エベレスト登山史永遠の謎“マロリーは頂上を踏んだのか?”その謎の真相に迫る、カメラとフィルムの存在を軸に最初の物語は進んでいく。

“その男、羽生丈二、伝説の単独登攀者にして、死なせたパートナーへの罪悪感に苦しむ男。羽生が目指しているのは、前人未到のエベレスト南西壁冬季無酸素単独登頂だった。

生物の存在をさえ許さぬ8000メートルを越える高所での吐息も凍る登攀が開始される。

人はなぜ山に揫るのか?永遠のテーマにいま答えが提示される。”〜下巻背表紙解説より。

読んでいると羽生丈二という男がなぜか土方さんに思えてくる。傍若無人でいつも真剣で命懸けな男。挑むように何かに取り憑かれたように生きている。

獣臭をまとっているというのも似ているような気がする。土方さんは輪郭が濃いというか醤油味というより豚骨っぽいもんな。

何故、山にゆくのか?

何故、山に登るのか?

それには結局、答えはない。

それは、何故人は生きるのかという問いと同じであるから。

もしそれに答えられる人間がいるとするならば、何故人は生きるのかという問いに答えられる人間である。

舞踏とは何か?との問いに答えがないのと同じなんだな。永遠なる問いかけ。

小説の一節を読みながらふと“知識ではなく、経験からレクチャーをすることが重要”だと気づく。メモする。

では、経験からレクチャーをするとはどういうことなのか?自分がやってきたことの経験を披露する。経験から言葉を生み出す・・・考えよう。

高山病で見る幻覚の描写が面白い。提灯を持った女たちが列をなして歩いていく。テントの中に顔という顔があらわれて話しかけてくる。

高所で危険なのは、肉体的ではなく精神的に変調をきたした時らしい。訳がわからなくなってとんでもないことをしてしまって命を落とす。

ラスト、深町は単独無酸素でエベレストの頂上に立つ。この地上で最も高い場所、エベレスト頂上8848メートル。

読了。

人は頂を踏んでも踏んでも終われない。人生が死ぬまで終わらないように頂は単なる通過点でしかないからだ。

心の中に住む獣のようなものが、また騒ぎ出す。

なぜ登り続けるのか?

それがそこにあるから。

そして人生は続くから。

永遠なる過程、永遠なる通過点、Life in progress.

498-l2.jpg
調べたら映画化もされてた。阿部寛と岡田准一か・・・。イメージとしては三船敏夫とショーケンだな。映画の方は相当に出来が悪かったみたいで酷評が凄まじい。でも言うは易し、創るのは大変。Photo by Google.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:35| ブログ?

2019年12月09日

近況

最近は毎日、ほとんど同じ日常を送っていました。

まずは朝の勤行「おんさらば たたぎゃたはんな まんなのうきゃろみ」

ブログのようなものを記してメールをチェックして返信したりして朝の作業へ。昨日は、仏壇の掃除。

八つあるお位牌をすべて出して拭く。一番古い初代、木谷實平の位牌の裏を見たら“寛永六”と書いてあった。

寛永6年ということは1630年、389年前・・・はー、木谷家は400年近く続いているのか。四代目までは全員、名前が木谷實平だからもともと結構なお金持ちだったのかもしれない。

名前を同じにすると相続の時に税金がかからないと、骨董屋の光太郎に聞いた。財産をそっくりそのまま渡せるのだとか。

ちなみに自分は六代目です。いまはまったく財産がないので残念だが気は楽です。

六代目で木谷家は終わってしまうかもしれない。けれどそれも仕方ない。続くかもしれない。どうだろう。

仏壇の掃除が終わったら「やらなければなあ。」と懸案だった巨大な杉の木と格闘。ボサボサに伸び放題の枝をのこぎりでカットして剪定バサミで刈り込みます。

脚立を家の中から「えんやとっと。」と出してきて手の届かないところはカット。脚立が立たないところは塀の上に登ったりしてカット。

下のコンクリートの用水路まで二メートルはあるので「落ちたら死ぬぞ。」と自分に言い聞かせながら気をつけます。

隣の梅の木旅館が賑やかです。今日はお披露目会をすると言っていた。自分も招かれたけれど一度、中は拝見してるので遠慮しよう。

こちらも早く夏合宿をやりたいけれど、今年も鉄割があるので無理かもしれない。ギリギリまで東京にいるので用意ができない。

いや、できるのか。宣伝をして受付をして終わったらすぐに都志に戻って。人数がどれぐらい来るかにもよるけれど、都志の家には10人ぐらいしか泊まれないから定員10人にするか。

稽古をする場所も探さなければ。

3月に戻ってきてから手配して間に合うか・・・とか考えながら作業を続けます。天気が良かったので汗をかきながら杉の木と格闘し、昼過ぎになんとか終了。不恰好だけど素人仕事だから仕方がない。

ラーメンを食べてご馳走さま。午後は刈り込んだ杉の木の枝をゴミ袋に入るようにポキポキ折っていく。これがまたたいへん。やってもやっても終わらない不毛な作業。

枝を入れたらすぐにゴミ袋が破けるし。「なんでやねん。」テープで補修。ゴミ袋四つ分出た。

そのあとは海へ庭に敷く平たい石を拾いにいきます。

久しぶりに海へ行ったら気持ちが良かった。見渡す限りの壮大な水平線に夕陽が「キラキラ」と輝いて絶景です。

自転車のカゴ満杯に石を拾って「ヨロヨロ」しながら帰ります。帰って庭に石を敷いてたら暗くなってきたので今日の作業は終了。

夜の勤行をやって「お疲れ様でした。」一人乾杯。

「おやすみなさい」

IMG_4637.JPG
いびつだけど、まあまあ頑張った。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:10| ブログ?

2019年12月10日

都志から川西へ

一番古いお位牌が寛永6年と記しましたが、安政6年の間違いでした。

安政6年だから1860年、約160年前だった。それにしても江戸時代というのは長く続いたんだな。諸説あるようだけど270年近く続いてる。

平安時代から続いた内乱のような状態を覇者、徳川家康が天下統一して平和な江戸時代へと導いた。ところで、後世にいまは何時代と呼ばれるのだろう。

東京時代なのか・・・フォークソングのタイトルみたいだな。

昨日、朝の勤行を終えてコンビニへと新聞を買いにいったら新聞コーナーが「ガラン」としてて一紙も置いていない。「なぬ?」と思って店員のおじさんに聞いたら休みだって。

そんなことがあるんだ。日本の全新聞が休みの日。紙媒体の情報に飢えているので立ち読みします。もちろん裏表紙を折らないように気をつけて立ち読みです。

まずは『週刊ポスト』の戌井君の連載。

指を舐める“ペロリスト”のお話でした。テレビで話題になってたとか。自分もここ最近指の脂分というか水分がなくなってきてレジ袋とかうまくめくれない。

なのでたまに「ペロリ」とやりますが、不衛生なのでやってはいけない嫌がられる行為としてメディアで話題になっているのか。

あんまり頻繁に「ペロペロ」やるのは考えものだけど、そんなに目くじらをたてるようなことでもないと思うけどなあ。平和でいいか。

次の立ち読みは『週刊プレイボーイ』のオール巨人師匠の連載です。

えーとなんやったっけ、去年のM-1グランプリで敗者復活でミキに破れたコンビあっ"ブラスマイナス”のお話でした。

ミキよりも笑いを取って会場を沸かしていたけれど、敗者復活戦は視聴者投票なので有名なミキの方が選ばれたとか。

このコンビが決勝へと進んでたら大活躍してたかもと巨人師匠が言ってました。けど、それも運やなと。

しかし巨人師匠は本当に漫才が好きなんだな。

プラスマイナスのワンマンライブも観にいって、めちゃめちゃ会場を沸かせてたと感動してはりました。M-1も予選から観てるみたいだし頭が下がります。

好奇心もあるだろうけれど、たぶん漫才に貪欲なんだろうな。大御所になってもそれにあぐらをかかずに、若いおもろいやつから刺激を受けて自分の漫才に活かす。

運についてで漫才コンビ"Wヤング"のことにも触れてました。Wヤングの平川幸男師匠が亡くなったとか。11月11日だから一ヶ月前か。

やすしきよしが最も恐れたコンビ、Wヤン。初代相方の中田治雄さんが人気絶頂の中、借金で首が回らなくなって自殺してしまった。

その三ヶ月後に漫才ブーム到来、巨人師匠が言うように当時のWヤングならば、すぐにそんな借金は返せただろうにもったいない。けれどそれも運。

「ツービートが何年やっても追い抜くどころか追いつく事さえできない。」by ビートたけし

さて今日で今年の都志生活は終わり、色んな所での仕事のために移動です。次に帰って来るのはおそらく3月か。

3ヶ月も家を空けるのは不安だけど、これも運命。

せっかく片付いてきた庭がまた元の木阿弥、雑草ぼうぼうの枝が伸び放題です。

自然の力は偉大だからなあ・・・仕方がない。

w.jpg
初代、Wヤング。子どもの頃に観て面白かったのを覚えてる。ご冥福をお祈りします。Photo by デイリーWeb.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:43| ブログ?

2019年12月11日

業として他人の就業に介入して利益を得てはならない

企業に都合のいいようにつくられた名ばかり事業主という制度によって、過労死したひとの記事が新聞に載っていました。

業務委託される個人事業主のことでいま問題になっているとか。企業が責任を負わず個人に責任を押し付ける。

非正規雇用というのもだんだん問題になっているようです。法律が改正されて限られた業種にしか派遣できなかったのが、原則自由化され、製造業などへも拡大していってる。

悪法と名高い、2003年の労働者派遣法の規制緩和によって非正規雇用は増大したのです。「パートと馬鹿にしないで。」いう記事ものってた。

マックスバリューへ行っても働いているのは女性ばかりだけど、あの人たちも非正規雇用なのだろうな。

安くこき使って企業は莫大な利益をあげ、芸能人をつかってテレビCMを流して企業のイメージだけはアップ。

「正社員はいらない」by 竹中平蔵

毎日新聞に載っていたのは、佐川急便で働いていた人のことでしたが自分も若い頃に佐川でアルバイトをしたことがあります。

あれは本当にたいへんだったなあ・・・

派遣会社に言われたとおり夜の10時ぐらいに集合場所の倉庫事務所へ行ったら真っ暗で、テレビだけが光ってて全員がペルー人だった。

皆んな押し黙ってて殺伐としてて暗くて、限りなく重ーい雰囲気。

時間になったら佐川の社員なのか、やくざのようなおじさんがやってきて皆んなのろのろと整列。新入りは全員番号で呼ばれる。

無駄口たたくな。みたいな威圧感で「ここは刑務所か?」入ったことはないけれどそんな雰囲気。

そうしたら何の説明もなしに解散、それぞれいつもの持ち場に散って行く。こちら初めてなので持ち場もクソもないのだけど、皆んな急に殺気立って忙しそうに働き始めた。

機械が轟音をたてて動きはじめる。放って置かれてただ立って呆然とぼんやりする新入りたち。

自分は「はあ、そういうことですか。」と、手が足りなさそうなところを探して無理に入って作業を手伝う。

最初についたおじさんは「何も考えずに荷物を流すんだ。」いうてめちゃめちゃにどんどん荷物を流してた。それでも荷物は溜まってしまいコンベアから次々と落ちて行く。

次についたところは、とにかく重量物が多くてへとへとくたくたになって腕がうごかなくなった。確か朝まで一回も休憩がなかった。結局アルバイトなんて使い捨てぐらいにしか思っていない。

完全に人間扱いをされなかった。酷すぎる。

一緒に来てた大学生なのか、若い子は無視され続け結局朝まで何もやれずに立ち尽くしてた。ショックだっただろうなあ。

朝仕事が終わって、ボロ雑巾のようになって電車で家へ帰ってしばらく寝込んでしまった。栄養ドリンクやらなんやらで結局バイト代は吹っ飛んでなんだったんだろう。

徒労感にほとほと嫌気がさして、二度とやらなかったのでした。

「労働者は直接雇用されるのが大原則です。

労働基準法6条は“何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない。”とします。

中間搾取は不安定・低賃金・権利保護がされないなど、労働者を不幸にするからです。」〜渡辺輝人 弁護士(京都弁護士会所属)2014/10/29(水) Yahoo! news.

keizo.jpg
中央:竹中平蔵氏。労働者派遣法の緩和に尽力し、大手人材派遣会社パソナグループの会長に就任。鬼平犯科帳の長谷川平蔵と名前は同じだけどやってることはだいぶん違う。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:08| ブログ?

2019年12月12日

色鮮やかな未来

招致のために賄賂を贈ったとかなんとかで、相変わらず東京オリンピックが揉め続けています。なんなんだろうな、まったく。

一時期、オリンピック存続の危機があったとか。その時オリンピックを救ったのがテレビの多額の放映料だった。

そのためいまもアスリートファーストとか口では言いながら、メディアファーストの状態が続いている。時差があるからへんな時間に競技がおこなわれて、選手はたいへん。

そんななかロシアがドーピングで参加できなくなった。

賄賂はいけません。不正はいけません。隠蔽もいけません。国家の威信をかけた、国威発揚の手段にするからこんなことが起こってしまう。

しかし個人なら参加可能になったようで、よかった。

皆んな国なんて関係なく個人で参加すればいい。そもそもスポーツの祭典でスポーツ選手が主役。

個人が主役で国家は主役ではないはず。それがナショナリズムの高揚の手段に使おうとするからおかしくなる。

「ニッポン、ニッポン」絶叫して、メダルが取れなかったら「国民の皆さまに申し訳ない。」なんて選手に泣きながら言わせてなんとも思わないのかしら。

団体競技もラグビーみたいにすればいい。国ではなくてチームとして考えてどこを選ぶかは個人の自由。

昨日、観にいった伊丹市立美術館の展示でも国と個人について印象的なことが記してあった。

行ったのは、現代美術作家・高橋秀さんと『よいこのくに』の表紙を37年間にわたって担当していた藤田桜さんのご夫婦の展覧会でした。

EFo3AhaUYAEApkC.jpeg
世田谷美術館、倉敷市立美術館を巡回し伊丹市立美術館で12月22日までやったあと、来年北九州市立美術館にて開催される。Photo by Twitter.

秀さんが画家としてイタリアへ渡った時の話し。

「ローマに行って3、4年ぐらいして、本格的に作家活動を始めて、向こうの若い作家たちと付き合い、展覧会も一緒にやったりした。

その時、僕がいちばん衝撃を受けたのは、向こうの人たちと同じ壁に作品が並んだ時、彼らの仕事は非常に荒っぽい。

それに対して僕の仕事は隅から隅まで仕上がっているんだけど、発言力は絶対に向こうのほうが強いということだった。

なぜ自分の作品が完璧に仕上がっているのに、声が小さい、発言力が弱いのかということを感じて、ずいぶん悩みこんだ時期があった。

作家というのは、日本だとかイタリアだとかではなく、東洋だとか、西洋でもなくて、一個人の問題で、個の確立というのかな、自分を考えることの重要さに非常に悩まされた。」

イタリアへ行くまえと行ったあとでは、作品がまったく違っていて興味深かった。

日本国内でも安井賞を受賞したりして評価をされていたけれど「それまでのすべてを洗い流すつもりだった。」と言うとおりに「がらり」とまったく別物になっていた。

国内で創っていた作品は端正で情緒が溢れているけれど確かにモノトーンで大人しい感じ。それがイタリアで強烈な個性が産声をあげカラフルに孵化したような印象だった。

それはまるでサナギがチョウに変身したような劇的な変化だった。

国を超えて個が見事に発露した瞬間。

すべての大人は高橋秀さんのように、国という枠を超越し自分を見つめ飛躍しなければならない時にきているのだと思います。

国と国がいがみあい閉塞していく灰色の世界を突き破って、個人と個人が国なんて関係なく色鮮やかに協力し合う世界へ向けて。

平和な未来を子どもたちに手渡すために。

名称未設定 1.jpg
写真ではまったくわからないけれど、キャンバスを切って組み合わせてあるので表面に凹凸があってそれが作品に立体的な躍動感を生んでいた。Photo by 世田谷美術館 Web site.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:30| ブログ?

2019年12月13日

変化を恐れるな

今日は用事があって、奥村君の家まで自転車でドライブ。

自転車道をひた走ります。紅葉がとっても綺麗です。そうだ、都志に楓を植えよう。

「友の松 もみじ目にあか ほっぺかな」

うたを考えていたら後ろから若者が高速で走って来るので、道を譲ります。

そう、この譲るという心がいま日本には欠けているのです。歩みの速い人たちに「お先にどうぞ。」と道を譲ってあげるこころ。

立っている目上の方に「座りませんか?」と席を譲るこころ。

ちなみに麿さんは若い奴が偉そうに座っていたら蹴飛ばすらしいです。怖いなあ。

それはさて置き、この謙譲は本当に大切なこころだと思います・・・

行く前に朝日新聞を読んでいたら、フィンランドでいまの現職最年少の国家指導者が誕生しました。という記事が。

34歳だって。

2001.jpg
ちなみにこちら世界最年少の国家指導者、ヴァネッサ・ダンブロシオ氏。サンマリノ共和国で執政を務める。Photo by steemit.

自分が34の時は、えーと2001年か。壺中の旅を創って鼻高々だった頃だな。麿さんにへし折られるまで天狗の鼻は伸び続けた。

そんなに若いリーダーを選ぶことが、どうして可能なのか?フィンランドはまだ100年しかたっていない新しい国なので国民の頭が柔軟なのだとか。

「なぜリーダーが若いといけないんだ?理解できない。」

そんな柔軟な国家だからこそ人材も育ちやすい。女性が閣僚に多いのでもちろん女性が社会で働きやすいようになっている。

「日本死ね!!!」と女性に言わしてしまう日本とは雲泥の差。自分がいる国なんてないほうがいい。と思われてしまう国家とはいったい全体、存在価値があるのだろうか?

フィンランドでは、社会福祉も世界有数に整っている。

その原動力になっているのはやはり教育。

例えば、小中高校生は実際の選挙時に模擬投票をしてその結果に各党がコメントを出す。子どもの頃から選挙へ参加することを当たり前にするのだな。

そうすれば日本のように興味がないとか、政治に無関心な大人が少なくなる。

政治家の平均年齢は日本より10歳若い。

30代の国会議員の割合が日本は3.7%なのに比べてフィンランドは25.5%もある。4分の1が30代か。

新首相マリン氏は、女性のパートナーを持つ母親と貧しい環境で育ったとか。大学に進学できたのは環境に左右されずに進学できる機会が保証されていたから。

なんとフィンランドでは大学まで学費がタダで、教材も文具も無料で提供されるのだとか。大した国だな。

国家で子どもを育てている。親に丸投げしている日本とは大違い。

フィンランドも、日本やそして世界中と同じで沢山の問題を抱えている。そんな難問の数々を女性も男性も性すらも超越して協力しあい乗り越えて行くのだろう。

“変化を恐れぬ土壌”か。

日本の政治家さんたちも変わることを恐れずに、勇気を持ってあとは若い人に道を譲って、任せて、そろそろ引退しませんか・・・

残念ながら、後進を育てることに力を入れてなかったからいい人材がいないのか。

教育は投資なんです。

武器を買うのはどうでもいいから教育に予算を、為政者の皆さま「どうぞよろしくお願いします。」

https---imgix-proxy.n8s.jp-DSXMZO5320324011122019000001-PB1-1.jpg
右から二人目、フィンランドの首相に選ばれたマリン氏。と3人の閣僚たち。かっこいいなあ。自信に満ち溢れている。Photo by 日本経済新聞 Web. 参照:2019年12月13日(金) 朝日新聞『ニュースQ3』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 17:56| ブログ?

2019年12月14日

言霊

“自分を変えるたった一つの方法”みたいな自己啓発本をコンビニでチラ見。

結論だけみたら「自信を持て」ということだった。

自らを信じる。

このたった一つのことが人間には難しい。「お前はだめだ。」「何をやってもだめだな。」「あんたはほんまにあかんな。」「こんなこともでけへんのか、あほやな。」

生まれてからかけ続けられてきた言葉という呪文が自分を否定する。「おれはだめだ。」「おれはあかんやつや。」

“メンタルブロック”という思い込みもあるそうです。

「自分はダメな人間だ、自分にはできない。」こういう心理の壁をつくって失敗した時の言い訳を用意する。それで自分を守ろうとするのです。

これは子どものうちから気をつけてあげないとクセになって一生、直らなくなってしまう。

言葉というのは呪文なので「自分はダメだ」と言っていると本当にダメな人間になってしまう。無意識がどんどんダメなほうを選んでしまうからです。

「自分にはできない」と思い込んでいると本当に出来なくなってしまう。無意識が出来ないほう、やらないほうを選びとってしまうから。

「自分は馬鹿だから」と言っていると本当に馬鹿になってしまう。馬鹿なことばかり選びとってしまう・・・

これはいいか。舞踏家は馬鹿でなければなりません。舞台上ではアホなことばかりやらなければいけない。

メンタルブロックから逃れるのは簡単です。

すぐに否定的な言葉を使うのをやめればいい。否定的な考えと縁を切る。否定的な言葉を吐きそうになったら「グッ」と我慢する。

そのうちに自分が変化しはじめる。無意識も変化しはじめる。

言葉を変えると気持ちが変わる〜気持ちが変わると態度が変わる〜態度が変わると生活が変わる〜生活が変わって行動が変わる〜行動が変わると人生が変化して来ます。

「だめだだめだ」と苦しんで悩んで生きても一生、「まあええんちゃう」言うて気楽に楽しんで生きても一生。同じ一生なら楽しんで面白く生きたいものです。

人間は生きてるだけで運がええんです。

まず人として生まれてくる可能性は、1億円の宝くじに100万回連続あたるより難しいといわれています。1億円の宝くじが100万回も当たる。ほとんど可能性ゼロ。

バラバラの時計を箱に入れて振って開けたら、偶然に元に戻る可能性と同じぐらいというのもあったな。

そんな奇跡のような命。「生まれただけでまるもうけ。」

「有り難う」というのは仏教用語ですが、滅多に起こらないことが起こった。そのことへの感謝のこころ。

メキシコで迷子になった時に“グラシアス”いう感謝の言葉ひとつしか知らなかったので心細かったけれど、もしかしたらあの一言だけで生きていけたかもな。とか思ったり。

それぐらいに強い呪文。

長く生きていると、だんだん感謝の気持ちを忘れてきてしまう。大切な感謝するこころ。忘れないようにしたいものです。

そうして「わたしは出来る。大丈夫。」「俺はやれる。大丈夫や。」そう自分で自分を励ましながら、今日も力強く生きていこう。

"Thank you. I'm sorry. Please forgive me. I love you."

IMG_3335.jpg
はい。「俺はバカだ。本当に馬鹿だ。俺はアホだ。本当に阿呆だ。全身全霊で阿呆なのだ。真っ白な一つのアホのかたまりなのだ。」
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:02| ブログ?

2019年12月15日

新リーダー論

昨日は朝から家の大掃除、隅から隅まで綺麗にします。

「ふー」と娘の部屋に入ってひと休み。棚に乗っていた本を手に取って見ます。

タイトルは『高校生からのリーダーシップ入門』ちくまプリマー新書。新書を読みはじめると言ってたけど、いまこれを読んでいるのか。

プロローグ 「社会を生き抜くスキルとしての“リーダーシップ”」

一人ひとりにリーダーシップが求められる時代になってきた/学びはじめは早いほうが良い/リーダーシップの態度とスキルは、あなたの人生を豊かにする

「なに?」いまがいちばん早い時と、プロローグを読みます。「なるほど。」

いまの日本は“権限があるリーダーシップ”。安倍首相という絶対的な権限を握っているリーダーが率いています。

いっぽう“権限のないリーダーシップ”というのがあるとか。

権限のないリーダーシップとはどういうことかというと、その集団の権限を分散させる。

つまりは、全員で責任を負う。

これは結構ややこしくて難しい。船頭多くて船、山に登る。という諺があるぐらいでうまくいかない。海外にも“Too many cooks spoil the broth.”という諺がある。

著者の日向野幹也さんは本の中で、これを実現するための三つの方法を教えてくれます。

一つ目は“目標設定・共有”

まずは目標を決める。これなくして皆んなで同じ方向を向くのは無理です。目標が決まったら全員でそれを共有する。

共犯者意識というような言い方もされます。例えば、同じ方向を向いて話す。そうして同じ問題に立ち向かっているんだという意識を養う。車のドライブなんかはそれの良い方法。

二つ目が“率先垂範”

これはあまり聞かない言葉だが、要するに自分が率先してうごき出しお手本を見せるということ。

「こうなったらいいな。」という理想へ向けての第一歩。皆んなに理解してもらい「成る程」と思ってもらえるまで続ける。

三つ目が“同僚支援”

ここまでのことを自分のことだけを考えてやっていたら、上手くいかない。

そうではなく他人のことも考える。他者の意見に耳を傾ける。お互いに意見を交換しあい共に目標へと向かう。

一つのチームだと思って全員のことを考える。それをそこにいる全員でやる。出来ない人がいたら質問し対話し説得し、粘り強く話し合い続ける。

その人を放っておかずに、世話を焼き続ける。チームメイトにする。

いいなあ、力は分散し色々な良いアイデアがあちらこちらで生まれる。いまはインターネットの時代なので国中を情報が飛び交い、良い情報は共有される・・・

まずは問題を皆んなで共有するか。

日本のいまの一番の問題は『少子高齢化』

これは女性が絶対に良いアイデアを持っていると思うので、是非話しが聞きたい。

そして実践。

日本の全女性が問題解決に向けて立ち上がるのです。男性はひたすらサポートに回ります。だって、そうしないと国が滅びてしまうのですよ。

わからない頭の硬い人には質問し、なんとかして導いてあげる。ここでも大切なのは“すべては目標達成のためだ”ということ。

丁寧に耳を傾ける。放っておかない・・・

そして目標達成、問題解決。「よーし、次いってみましょう。」

1024px-Worldpop.svg.png
奥村君の家でテレビを観てて知った人口ピラミッド。2017年の世界全体。ピラミッドと言うよりはモスクか。Photo by Wikipedia.

スクリーンショット 2019-12-15 11.14.46.png
こちら2100年の世界全体。ピラミッドというより・・・タワーか。まだ安定性はあるな。Photo by PopulationPyramid.net

jp010050000001000000_7.jpg
これは2020年の日本。グラグラの抜けそうな歯みたい。Photo by Google.

world-population-pyramid-18.jpg
こちら2100年の日本。このまま行くと、人口の半分は80歳以上に。Photo by Google.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 14:04| ブログ?