2019年12月05日

舞踏、舞踏うるさいか

舞踏は1959年に日本で生まれた舞台芸術です。

生まれてからまだ60年しか経っていない。

能狂言が約800年以上、歌舞伎が約400年以上経っているのに比べたらまだまだ生まれたてのほやほや。これからの舞台芸術です。

舞踏が6歳だとしたら能狂言が80歳、孫とお爺さんみたいなもの。歌舞伎が40歳だとしたら、伯父さんと子どもみたいなもの。

昔し、市川團十郎さんが主役の舞台に出たときに麿さんが「舞踏は歌舞伎の足の裏みたいなものでして・・・」と挨拶してたけどなるほどなあ。と思った。

華やかな歌舞伎が踏む足の裏に舞踏の魂がある。

麿さんは早稲田大学を三日しか行っていなくて中退ではなくて“早退”だと自分では言ってますが、同じ時期に松本白鸚さんが早稲田に通っていたとか。

サラブレッドとハイブリッド。

「舞踏はハイブリッドだ。」と言ったのは室伏鴻ですが、そういえば室伏さんも早稲田だな。

舞踏のパイオニア、土方巽は高卒だったが濫読家でその知性は当時の知識人の最高峰、澁澤龍彦や埴谷雄高、三島由紀夫も舌をまくほどだった。

土方さんはその知性に不良性が入ってくるので、ただ真面目に勉強をしてきたという知識人にとって脅威だったのだ。

麿さんによると相当に意地悪だったらしいので、わざとわからなくする“韜晦”も入ってきて知識人たちを翻弄したのだろう。文章を読んでも訳わからないもんな。

そうやって韜晦を駆使しながら、意味というものから必死で逃げようとしていた節も感じられる。

舞踏家は知的な不良でなくてはならない。

さてなぜ1959年かというと『禁色』という作品が上演された年で「これをもって舞踏元年とする。」と舞踏評論の大家、合田成男先生が仰っているからです。

ちなみに合田先生は東京大学卒業の超知識人です。御年、たしか98歳だったか・・・

この禁色ですが初演は上演時間の20分間「ずーっ」と真っ暗でその真っ暗な中で出演者の土方さんと大野慶人さんが、ジャンジュネの作品世界そのままの男色行為を足音と呼吸だけで演じたとか。

舞台上でニワトリを絞め殺して観客が気絶したという伝説も残るけれど、それは再演の時なのか。写真が数枚残っているけれど再演時のもののようです。

さてそんな舞踏ですが海外の先鋭的なクリエイターが常に注目をしています。

誰だったか名前を忘れたけれどフランスのコレオグラファーは、室伏さんに電話して来て色々とうるさく聞いてくるので「そんなにButoh、Butohいうなら自分で作品をつくれよ。」といわれて見よう見真似で作品をつくったらしい。

そんななか森山未來君が同じように見よう見真似で舞踏作品を創っているとか。

NHKで特集をしてたみたいだけど観れなかった。未來君はイスラエルにダンス留学していたり、感覚が鋭敏だからアンテナにヒットしたんだな。

楽しみだな。舞踏なんてなんでもあり。誰が創ったっていいのです。「これが舞踏だ。」と言えばそれはもう舞踏なのです。

これで少しは舞踏がメジャーになったら嬉しい。

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いまはなき横浜BankART studio NYKでの『舞踏?プレゼンテーションショウ』2016年2月、終演後に合田先生と。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:46| ブログ?