2019年12月06日

暴力は何も解決しない

中村哲さんが亡くなられました。

待ち伏せされて銃撃を受けたとか。著名人である中村さんを襲うことで、治安面の不安を浮き彫りにして支援活動を萎縮させたいのが一つの狙いとか。

軍事支援ならわかるけれど、人道支援をしている人を殺してまったく愚かだなあ。自分の首を自分で締めるような行為。

以前、記事で読んでたいへんな方が世の中にはいるのだなあ。と感動していました。とてもとても自分には真似のできることではない。と思った・・・

まだ医療に携わっていた頃、ある家に呼ばれ乳幼児を診たが瀕死の状態だった。中村さんが息を楽にする甘いシロップを与えると、その赤ん坊は一瞬微笑んだという。

「死にかけた赤子の一瞬の微笑みに感謝する世界がある。シロップひとさじの治療が恵みである世界がある。生きていること自体が与えられた恵みなのだ。」

けれどもその場しのぎの薬しか渡せないのに感謝をされると、釈然としない後ろめたさがあったという。

干ばつの猛威を目の当たりにして無力感に沈んだ医師だった頃「飢えや渇きは薬では治せない。」と井戸を掘り、独学で土木を学び、かんがい事業に取り組んだ。

「清潔な飲料水と食べ物さえあれば8、9割の人が死なずに済む。」

“100の診療所よりも1本の用水路”が持論。

“復興は軍事ではなく農業から”の信念のもと、ノウハウをアフガン全土に広めようと考えていた。

「地元の人が何を求めているか、そのために何ができるか、生活習慣や文化をふくめて理解しないと。善意の押し付けだけでは失敗します。」と何よりも現地のやり方を優先したとか。

そのために自分の物差しを一時、忘れることが大切だという。常識や思い込みを捨てることの大切さ。

「武器を取る者は取れ、わたしたちはクワで平和を実現しよう。きざな言い方をすれば、そんな思いで続けています。」

一貫して非暴力、和平を訴え続け言うだけではなく実際に現地で活動を続けてこられた。

「なぜわざわざ危険な地域に行くのか?」と問われた時「道で倒れた人を見たら“大丈夫か”と駆け寄るでしょう。それが人間共通の心だと思う。」と答えた。

「皆んなが行くところには誰かがいく。誰も行かないところにこそ、我々が行く意味がある。」とも答えている。

人道支援に全力を注ぎ、戦乱と干ばつで荒れ果てたアフガニスタンの地に水を引き、実りの畑に変え続けて来た。

これまでに総面積1万6500ヘクタールの農地と、65万人に水の恵みをもたらしたんだと。すげえなあ。

哲学者で正義の人、鶴見俊輔は「日本の希望は中村哲だけだ。」と評したと言う。

子どもの頃はファーブル昆虫記をよみふける虫好きで、朝5時から山に入ってコガネムシやハンミョウを追いかけていた。

医師になって5年目、登山仲間とともにパキスタンとアフガニスタンを訪れた。珍しいアゲハチョウが見られるかもしれないという期待からだった。

「もし私が昆虫好きでなければアフガンとの縁はありませんでした。」

アフガニスタンのガニ大統領から、自由に入国できる名誉市民権を授与されたばかりの出来事だった。

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享年73歳。アフガンであと20年活動すると言われていたとか・・・ご冥福をお祈りします。Photo by Google.

参照・引用:2019年12月5日 木曜日 毎日新聞、朝日新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:39| ブログ?