2019年12月10日

都志から川西へ

一番古いお位牌が寛永6年と記しましたが、安政6年の間違いでした。

安政6年だから1860年、約160年前だった。それにしても江戸時代というのは長く続いたんだな。諸説あるようだけど270年近く続いてる。

平安時代から続いた内乱のような状態を覇者、徳川家康が天下統一して平和な江戸時代へと導いた。ところで、後世にいまは何時代と呼ばれるのだろう。

東京時代なのか・・・フォークソングのタイトルみたいだな。

昨日、朝の勤行を終えてコンビニへと新聞を買いにいったら新聞コーナーが「ガラン」としてて一紙も置いていない。「なぬ?」と思って店員のおじさんに聞いたら休みだって。

そんなことがあるんだ。日本の全新聞が休みの日。紙媒体の情報に飢えているので立ち読みします。もちろん裏表紙を折らないように気をつけて立ち読みです。

まずは『週刊ポスト』の戌井君の連載。

指を舐める“ペロリスト”のお話でした。テレビで話題になってたとか。自分もここ最近指の脂分というか水分がなくなってきてレジ袋とかうまくめくれない。

なのでたまに「ペロリ」とやりますが、不衛生なのでやってはいけない嫌がられる行為としてメディアで話題になっているのか。

あんまり頻繁に「ペロペロ」やるのは考えものだけど、そんなに目くじらをたてるようなことでもないと思うけどなあ。平和でいいか。

次の立ち読みは『週刊プレイボーイ』のオール巨人師匠の連載です。

えーとなんやったっけ、去年のM-1グランプリ敗者復活でミキに破れたコンビ・・・あっ"ブラスマイナス”のお話でした。

ミキよりも笑いを取って会場を沸かしていたけれど、敗者復活戦は視聴者投票なので有名なミキの方が選ばれたとか。

このコンビが決勝へと進んでたら大活躍してたかもと巨人師匠が言ってました。けど、それも運やなと。

しかし巨人師匠は本当に漫才が好きなんだな。

プラスマイナスのワンマンライブも観にいって、めちゃめちゃ会場を沸かせてたと感動してはりました。M-1も予選から観てるみたいだし頭が下がります。

好奇心もあるだろうけれど、たぶん漫才に貪欲なんだろうな。大御所になってもそれにあぐらをかかずに、若いおもろいやつから刺激を受けて自分の漫才に活かす。

運についてで漫才コンビ"Wヤング"のことにも触れてました。Wヤングの平川幸男師匠が亡くなったとか。11月11日だから一ヶ月前か。

やすしきよしが最も恐れたコンビ、Wヤン。初代相方の中田治雄さんが人気絶頂の中、借金で首が回らなくなって自殺してしまった。

その三ヶ月後に漫才ブーム到来、巨人師匠が言うように当時のWヤングならば、すぐにそんな借金は返せただろうにもったいない。けれどそれも運。

「ツービートが何年やっても追い抜くどころか追いつく事さえできない。」by ビートたけし

さて今日で今年の都志生活は終わり、色んな所での仕事のために移動です。次に帰って来るのはおそらく3月か。

3ヶ月も家を空けるのは不安だけど、これも運命。

せっかく片付いてきた庭がまた元の木阿弥、雑草ぼうぼうの枝が伸び放題です。

自然の力は偉大だからなあ・・・仕方がない。

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初代、Wヤング。子どもの頃に観て面白かったのを覚えてる。ご冥福をお祈りします。Photo by デイリーWeb.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:43| ブログ?