2020年01月01日

2020元旦

昨日は大晦日、おせちの材料を買いにスーパーへ。

どこもかしこも大行列で毎年、年末はこんな感じだったか・・・と考えてみたら東京で過ごすのは十数年ぶりでした。

訳あって東京で過ごす新年は久しぶり、いろいろと新鮮な年末年始でした。

しかしおせちというのは手作りするにはたいへんな料理です。子どもの頃はあたりまえに食べていたけれど、こんなに手がかかるとは思わなかった。

黒豆を煮るところから考えると二日がかり。うちは二人でつくったからまだましだったが、シングルだったら一苦労だ。

さて、今日はお正月。

初夢は見なかった。

先日見た夢は、実家で空手の先生とお手合わせ。

冷酷で残忍な先生で最終的に組み合って目に指を入れられそうになって「殺される」と外へ逃げる。

けれど容赦なく追いかけられて「すみません、すみません」と謝っているのに追いかけられ続けて、悲鳴をあげていたみたいでワイフに「大丈夫?」と起こされました。怖かった。

そのあとに見たのは温泉の夢。

いろいろな温泉が続いているところで、奥のほうまでいったら鍵をなくして行ったり来たり「ずーっ」と探してしてた。

起きてから近所の神社へ初詣へ。初日の出を「ちらり」と拝めてラッキー。

朝早かったのに大行列で皆んな早起きだな。と感心します。

一年の計は元旦にあり。

二礼二拍一礼「祓え給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え」

今年の抱負は“淡路島都志にて夏合宿をおこなうぞ”

人が集まらないのが不安・・・不安に思うな。赤字になるのが怖い・・・怖れるな。失敗するのが嫌・・・嫌がるな。大丈夫、なんとかなる。

案ずるよりも生むがやすしきよしだ。

神社をあとにして家へ帰る途中に、郵便局のかたが年賀状を配っててたいへんだなあ。正月とか関係ない仕事。

セブンイレブンとローソンは一部店舗で元旦の営業を休むと決めたけれど、ファミリーマートは営業すると決定して足並みが揃わなかった。

正月ぐらい休みましょう。それでいいと思います。

近所のコンビニはネパールの方々が深夜も働かされているけれど、低賃金で自分のやりたくないことをやらせるのは良くない。

留学生という名目で海外から人を集めて、本気で日本で手に職をつけようと頑張っていた人々がいま“留学生が目標人員に達した”という理由から帰国させられているとか。

せっかく手に職をつけて労働力になりそうだったのに、国の身勝手な理由でビザの延長が認められずに帰国させられるという理不尽。

この国は一体、ぜんたい何がやりたいのだろう。

近所のイオングループ・マックスバリューも年末年始休むのかと思っていたら、その逆でポイント10倍とかいって荒稼ぎを目論むようです。

働かせられるのは、非正規雇用のパートアルバイトの派遣労働者の女性たち。

家庭もあるだろうし、お正月ぐらい休ませてあげればいいのに。

いかんいかん、悪いことを考えると悪いことが起こるのです。

どうか明るく、いい新年になりますように・・・

IMG_0084.JPG
「明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。」とまたまたネット上のバーチャルな挨拶で「どうもすみません。」
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 13:17| ブログ?

2020年01月02日

一年の計

正月の醍醐味といえば、朝湯・朝酒・朝寝です。それぞれ楽しみました。

そして「一年の計は元旦にあり」

一月、まずは子どもたちと遊びます。

去年一回目は、アシスタントの東洋が「自由にやらせつつ手綱を緩めきらないというワークショップでは、はじめて上手くいっているのを体験しました。」的なことをいって褒めてくれた。

呼んでくれた岡田先生も「ほぼ理想的なワークショップでした。」といってくれていたので内容は、だいたい一緒でいいか・・・

繰り返すことで、からだとこころが馴染んでくるのです。

最初はほぐしの数々で、からだを楽しくうごかそう。

子どもは寝てからっぽというのが難しいので今回はやらないでおこう。

手をつないで円になるのはやって、そこから手足顔で「グーチョキパー」をやろう。これは前回めちゃめちゃ盛り上がったから気がすむまでやってもいい。

休憩のあと、前回できなかった紙で操るを時間をかけてじっくりとやってみよう。様子を見ながら人形操りやオノマトペで操るのをやろう。

だんだんと踊りへと入っていって、子どもたちの新しい表現へ向けて出発。

二月は、子どもたちと遊んでから、11日(火・祝日)『舞踏という何か』です。

いっそのことアンケートをもとにシンポジウムをやり、その場でやることを決めていけばどうかと昨日風呂に入っている時に閃く。

それによって実演することを、パフォーマンスを決めていく。そのためには早い段階で試演会をしたほうがいいな。試しては直して試しては直す。溝端さんに相談しよう。

三月は、富山オーバルシアターにてショウケース2回。舞踏家集団デュ社副代表、湯山大一郎と踊ります。

担当の方が金粉ショウをご所望なので、築山建一郎に音をつけてもらって城崎国際アートセンターでつくったピースをやります。

四月は、53歳になります。いまだ何者でもないこの身の上ですが、若い頃ほど“しゃかりき”に頑張ろうという気が失せてきた。まだまだ大人しくなっている場合ではないのですが・・・

そうだ、四月誕生日にソロ公演をこれから毎年やろうと思っていたのだ。忘れてた。場所は都志の『淡路舞踏社』です。

そして、このブログのようなものは2周年です。

五月、六月、七月は、都志にて合宿の準備です。稽古場を探したり公演する場所を探したりして各所に根回しをして準備に入って宣伝活動へと入ります。

定員10人にすれば、泊まる場所は淡路舞踏社だけでいけるだろう。これならばリスクは最小限に抑えられる。まずは実績をつくってだんだんと手を広げていこう。

八月、鉄割アルバトロスケット、ザ・スズナリ公演で終わってからすぐに、都志夏合宿。

九月は、オペラシアターこんにゃく座の振付です。久しぶりなので楽しみだな。終わったら毎年恒例の山形での稲刈り。

十月は、湯山が公演をやるのでその応援。

ドイツ“exit”で一緒に振付をしたメキシコの振付家ローラ・リンスから招聘したいとの連絡があったけれどどうなるか。

十一月、十二月はまだ何にもないので都志にいる予定。

そうこうしてたら年末です。今年も「ぼやぼや」してたら「あっ」というまだな。

スケジュールまだまだガラ空きですので、お仕事いくらでもお引き受けします!

rogo.jpg
関西デザイン界の巨匠、東學さんに創って頂いたロゴマーク。「年末のスーパー忙しい中、ありがとうございました」Design by Gaku Azuma.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 12:30| ブログ?

2020年01月03日

正月三ヶ日

だんだんと正月気分も抜けてきて、昼間っからお酒を飲んでいると怒られたりします。

残念だけれど仕方がない。日本人は勤勉ですから。

ドイツ人も勤勉です。去年8月の振付フェスティバルは日本人とドイツ人がリーダーだったので、世界中のワークショップ生が悲鳴を上げていました。

朝から晩まで「ギチギチ」にスケジュールを決めてそれを厳格に守らせようとするので、たいへんだった。「少しは、休ませてくれ。」

勤勉×勤勉=疲れる

決めてる本人たちがいちばん疲れていて滑稽だった。何のためにそんなに朝から晩までスケジュールを詰め込むのか。そしてそれを厳しく守らせたがるのか。

こちらそんなスケジュールなど関係なく、朝から晩までスペイン人とばかり遊んでいました。ジョルディーにマチルダ、ジョナサン、皆んな陽気な奴らだったなあ。

_DSC5262.jpg
いちばん仲良く遊んだジョルディー。Photo:schloss brollin e.V./Peter van Heesen

また会いたい。都志夏合宿に来るかな。メールを送ろう。

牧歌的にのんびりと生きたいものです。そういうゆるやかなものを許さない風潮とは何なんだろう。寛容さのない世界。

多様性を許さない世界的な風潮。

アメリカ大統領にトランプが選ばれて3年。

国のリーダーが差別主義者で差別政策を推し進めるので“差別はいけない”という大前提が崩れてきているのです。

世界中に広がる「差別してもいいんだ。」という意識。

指導者に選ばれたのがそんな人だったら子どもたちがそう思うのは当たり前。いまの子どもたちがその影響を受けて、次の世代はもっと差別的な世の中になっていく。

では、そもそも何故差別はいけないのか?

差別とは強者が弱者におこなう行為、圧倒的多数の人々がマイノリティーに対しておこなう行為。要するに弱いものいじめなのだな。

「弱いものいじめをやってもいいんだ」と子どもたちに思わせてしてしまう世界って・・・「弱いものいじめはいいんだ」という新しい常識。

嫌だなあ。

自分のことしか考えない、自分の国のことしか考えない、思いやりのない世界がほんとうにいいと思っているのか。

「多様性の対極は無知」と『ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー』の著者、ブレディみかこさんは言う。

無知がはびこる世界で、知らないふりが蔓延する世界。困った・・・

正月そうそう、暗い話になってしまった。

良識ある知識人が少数派になって声を上げられなくなってしまう時代?そんなことはないか。

思いやりのある知識人は日本には沢山いるし、アメリカにも沢山いる。ただ、いまはそういうリーダーではないだけ。

「おっと」いけない。悪いことを考えるとそうなっていく。いい風に良いことを考えよう。

世界はどんどん良くなっている。これは事実です。

人間は悪いことを考えてしまいがち。そして悪いニュースのほうが目につきやすいのです。

気をつけながら2020年を生きていこう。

_DSC6202.jpg
マチルダとセッション。@ドイツブルーリン城「楽しかったなあ。」Photo:schloss brollin e.V./Peter van Heesen
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:33| ブログ?

2020年01月04日

ブログのようなもの

この『ブログ?』を記しはじめて今年で2年目です。

「50歳は新しいことをはじめるのに良い歳」という糸井重里さんの言葉に触発されて51歳の誕生日にはじめました。

“ブログ (blog) は、World Wide Web上のウェブページに、覚え書きや論評などを記すウェブサイトである” by Wikipedia

覚え書きや論評か。

確かに最近ここへ日々の覚え書きを記しているので、実際の日記にメモや雑記をあまり書かなくなってしまった。

論評は評論家ではないので、なるべくしないように心がけています。思ったことや感じたことを嘘がないように記しています。

しかし、舞踏家として批評精神は大切なので忘れないようにしたい。

批評精神のない表現は、毒にも薬にもならないものになってしまう。同時代性も大事で、これもないとただ能天気なものになってしまいます。

嘘がないように記しているけれど、たまに小説風のフィクションを記します。

たとえば八月のヒロシマについてのことはわからないことが多いので、文献で調べられる限りは調べてその上で小説風に書いています。

“ブログとは日記形式のウェブサイトのことです。” by (株)朝日新聞出版発行『パソコンで困ったときに開く本』

日記形式か。

ずーっと感じているけれどブログは公開することが前提となるので、プライベートな日記というよりもエッセイに近いのではないのかなと思っています。

日本で有名なブログといえば『ほぼ日刊イトイ新聞』の“今日のダーリン”です。

これはやはり“糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの”と副題がついている。

エッセイというのはどんなことを書くのかよりも誰が書くのかが重要なので、ブログも有名人のもののほうがアクセス数が多いのだろうな・・・

この『ブログ?』の文章は、結構こだわって記しています。

井上ひさしさんの『私家版日本語文法』によると句読点の決まりというようなものは特になく、大手新聞社がその規範をつくっているようです。

擬音や短い文章の時はカギ括弧の中には丸は入れませんが、こころの声のような時はしっくりこないのでカギ括弧の中に丸を入れます。

大手新聞社はカギ括弧の外に丸をつけますが、芥川龍之介や宮沢賢治はカギ括弧の中に丸を入れています。

「別にどちらでもいいのです」。

「文章なんて読みやすければなんでもいいのだ。」

エッセイはもともと“試行や試験、実験などの意味を含んでいたそうで、はじめてこの言葉を用いたのはフランスの思想家ミシェル・ド・モンテーニュ。

その言葉によれば、エッセイとは“自分自身が何者であるかを知ろうとする、思索の試み” 

いいなあ。これを今年の『ブログ?』の指針にするか・・・しかし、あんまり難しくは考えないほうがいい。

と、今日はこれぐらいにしよう。

糸井さんのほぼ日ブログを久しぶりに読んで数えたら、1000字なかったので見習うのです。

IMG_4675.jpg
東陽片岡『うすバカ二輪伝2』より。漫画の吹き出しも雑誌によって、句読点があったりなかったりと決まりはないようです。今度、お東陽先生に聞いてみよう。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:21| ブログ?

2020年01月05日

気を合わせる

今日、神社へお参りにいっても思ったけれど「東京は、ほんとうに人が多い。」

「なんなんだこのメチャメチャに入り混じった気の狂いは・・・」諸星大二郎さんの作品の中で、人に化けて街へ降りてきた神さまがそんなふうに呟いていたけれどまさにそんな感じ。

人が多いと距離感が難しい。ぶつかったりぶつかられたり。

人のテリトリーというかオーラというか、舞踏では“圏”といいますが気持ちの良い距離感は結構、範囲が広いです。

その自分の圏の中に知らない他人が入ってくるとストレスを感じます。近ければ近いほど嫌悪感が強まる。

これが好きな人だったら、距離感が縮まれば縮まるほど嬉しくなるのですが・・・

満員電車で至近距離にハゲのオッサンなんか来た日には殴りたくなります。「近寄るな。離れろ。」でも「ドンドン」と近寄ってきます。

たぶんそういう時は息を止めてるのと同じで、からだも閉じてしまっているのだと思います。消えてなくなるオーラ。

気功の世界では、まだ親密ではないもの同士が向かい合ってはいけないという教えがあるとか。

気と気でうごきあう人という生きもの。

では気とはどこにあるのか・・・普段は丹田にあるのか。気が上がって胸にきている状態を「アガる」という。

丹田は“田”というぐらいでけっこう大きくて少し漠然としている。合気道の極意には、臍下丹田の一点を感じるというのがある。

「達人にしか到達し得ない究極の一点を感じたい。」と若い頃から鍛錬しているけれど、もう一息なんだな。

丹田に気を込める。気を下げる。

小野寺修二さんのワークショップへいったら女性ばかりだったので、もう一人の男性とペアになった。

床に三角座りをして、お互いの手首を持って引っ張り合いながら立つというエクササイズをやった。これはワークショップでよくやるのですが、気を合わせて立たないといけないので面白いのです。

結構な年配の相手のおじいさんと手を組みます。そして重心をうしろへともっていって立ち上がる。

「むむ、なんだろう・・・この重い感じは。」

巨大な何かを引っ張っているような感覚。どんどん持っていかれるので全力で頑張ります。重心を下げても下げても引っ張られる全身。

「ぶるぶる」ふるえ、頑張って立ち上がります。「はあはあ」いいながら、おじいさんを見たら息ひとつ乱れていない。

だいぶん驚いて「もう一度やりましょう。」

何度やっても、やっぱり引っ張られて「ぎりぎり」でなんとかかんとか立つ、てな感じ。

向こうは平然としている。

背は同じぐらいだけれど、体重は向こうのほうが少し重いぐらいなのか。けれどあまり差はないのに。

「この人、ただのおじいさんではないな。」と不思議な気分で、次のうごきへと入っていったのでした。

終わったあとに声をかけてくれた女性と話していたら、そのおじいさんが能楽家で人間国宝の津村禮次郎さんだと教えられた。

「道理であんなに重心がどっしりとしていたのか。」と納得。そんで稽古をつけて頂いたと思うと、ほんとうに嬉しかったのでした。

人間国宝とお手合わせした瞬間。

「気を下げなさい。もっともっともっと・・・」

unnamed-e1511675077708.jpg
能楽家、津村禮次郎。普段はジーンズをはいてハンチングをかぶり、とってもお洒落です。ピアニスト遠藤征志オフィシャルホームページより。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:32| ブログ?

2020年01月06日

電柱王国

東日本大震災の際に電柱や電線が瓦礫撤去の障害になった。

阪神・淡路大震災でも、倒れた約8000本の電柱が大問題になった。

倒壊した無数の電柱や切れた電線が障害となり、援助や復興への道を拒んだのだ。

名称未設定 1.jpg
阪神淡路大震災で倒壊した電柱。Photo by 長谷川弘直

この電柱電線問題で記憶に新しいのは、去年の台風15号による長期にわたる千葉全域の停電だった。

写真6.jpg
台風18号と電柱電線の被害で倉庫が倒壊し、 手前にあった電線に引っ掛かったあと電柱も倒れてしまった。 (和歌山県新宮市)

写真7.jpg
風で飛んだ屋根が電線に引っ掛かり電柱が倒れた。(三重県津市)

作家で写真家の藤原新也さんは、現場に入って取材し「今回の停電問題は電柱電線の問題にほかならない。」とレポート。

しかし東京電力は「倒木が復旧の妨げになっている。」と電柱問題から人々の目を逸らすような発言に終始。

この倒木も電線に複雑に絡んでしまい、現場では気の遠くなるような作業の繰り返しだったとか。

saigai-1024x768.jpg
令和元年台風第15号による被害。ビニールハウスと電柱とが絡まり倒壊(千葉県船橋市)

先進国では無電柱化はほぼ達成されており、香港、シンガポール100%、台北96%、ソウル49%と近隣諸国でも進んでいる。

そんななか、東京はなんと8%(平成29年度国交省調べ)・・・貧しい発展途上国並み。

知っている限りだと横浜だけだな。「なんだか気持ちがいいなあ。」といつも思っていたら、ある日気づいた。「そうか電柱と電線がないんだ。」

自転車でも道を走りやすいだろうし、なにより景観的にいい。そして災害時の電柱電線障害の心配がない。

電柱が倒れることで道路が塞がり緊急車両の通行が遮断され、ライフラインが遮断される。

そのため通行可能なほとんどの道路では車両が集中し大渋滞が発生し、より復興が遅れる。

この問題が浮かび上がるたびに言われるのが「無電柱化は莫大な費用がかかる」

けれど日本よりずっと国内総生産の少ない国でも無電柱化を達成しているのだから、これは言い訳なのです。

しかも高コスト・長工期は無電柱化が公共工事という点を考慮に入れ、雇用や経済効果といったことを考えると逆にいいのです。

何故だ?言い訳をしてやる気がないのは・・・

全国30メートル間隔で立つ電柱は広告塔の役割を果たしている。

電力会社は別会社を設立して無数の広告代理店を通して莫大な利益を得ているのです。

いま日本には3300万本以上の電柱がある。調べたら一本4万円以上するので1兆3300億以上か。

「つまり電力会社は災害における障害物によって利益を得ている。」by 藤原新也

それが日本で無電柱化が進まない一つの理由ではないか?と藤原さんはレポートする。

千葉災害は電柱電線問題を浮かび上がらせたけれど、メディアはそれについてほとんど触れなかった。

「電力会社は関連企業をふくめ。莫大な広告費をメディアに投入しているからテレビなどでは、スポンサーの気分を損ねることができないので事実を報道できないのではないか。」とも藤原さんは書く。

そんななか、無電柱化して景観向上の実を上げた埼玉県の川越市では、観光客が倍増したとか。

そうだよな、国と電力会社がやらないなら各自治体ごとでうごいていけば良いのです。

044495ef16f087f109f41f109c685ae8.png
参照、Photo by NPO法人電線のない街づくり支援ネットワーク Web site. 参照:藤原新也連載“日々の一献” 生活クラブ発行『生活と自治』2019.11 NO.607
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:35| ブログ?

2020年01月07日

絶対矛盾

アメリカがイランの英雄を暗殺、核合意が瀬戸際へときています。

ソレイマニ司令官だって。

鉄割の演目で奥村君が演じてたのはオマールエビ・スレスレマンか。ちょっと似てる。

米軍の無人機がイラクの首都にあるバグダッド国際空港を攻撃し、カセム・ソレイマニ司令官を殺害した。

無人機で殺害・・・そんなことができるんだ。日本でいったら中国の無人機が成田国際空港を攻撃したみたいなものか。

空港は大混乱だったろうな。民間人はいたのだろうか。国際空港だからもちろんいたのか。恐ろしい。

ワシントンの白い家でテレビを観てたトランプさんが、イラクの米大使館が襲撃されるのを観て激怒して命令。

こりゃあ、そのうち家のお茶の間でテレビを観てたトランプさんが激怒して「核ミサイルを発射しろ」と命令するなんてことも起こるな。

気に触るのは、中国かロシアかはたまた北朝鮮か・・・その国は報復行為として日本へと核ミサイルを発射。

とんだとばっちりだけど仕方ない。矛盾の権化、呪われた核の傘に入っているので。

史上3人目となる大統領の弾劾裁判から目を背けさせる狙いもあったとされる。有名人を逮捕させてごまかそうとする日本とはだいぶんスケールが違う。

アメリカは、旧ソ連と結んだ中距離核戦力全廃条約からも離脱を表明。

これによって、いままでの核軍縮の機運が核軍拡へと変化して世界中で核開発がうごきはじめるようです。北朝鮮も核開発再開を発表。

ナチスドイツ、大日本帝国への制裁のためにはじまった、核兵器開発が現代へと綿々と続きいまに至っているのです。

それにしても、核の話っていうのは矛盾している。

イランが核兵器を持たないように米英仏独中ロが制裁をするとか、可笑しいと思う。

ドイツが核保有していないだけで、他の国は核兵器を所持している。

自分は持っているのに他人に持つなというのは、変だと子どもでもわかること。

単純に考えると他人に持つなというのなら、まず自分がそれを手放すべきでしょう。

でもまあ人間なんて矛盾に満ちてる存在。悪いことも平気でするし、嘘も平気でつくしそんな生きものだから仕方ないのか。

「核を抑止するのは核しかない」と外交評論家の河東哲夫という人は言うけれど本当かな?

「近隣の核保有国の脅威にさらされるなか、日本の安全保障に責任を負う身として米国の“核の傘”に頼る現実的な選択をするしかない」と安倍首相を産経新聞の論説委員は忖度する。

けれど本当か?

わたくしの曽祖父、木谷真一が1945年8月6日に広島の原爆で亡くなっています。

核兵器によって肉親を殺された身として、今年もじっくりと考えていきたい。

_110377425_tv043811904.jpg
カセム・ソレイマニ氏、享年62歳「ご冥福をお祈りします。」2016.9.18/Hnadout/Press Office of Iranian Supreme Leader/Anadolu/Getty Images.

参照:2019.11.27 産経新聞“産経抄”  2018.10.30 現代ビジネス|講談社 Web.  2020.1.6 Japan Business Press. 2020.1.7 毎日新聞“余禄”
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 14:46| ブログ?

2020年01月08日

あらためまして、プロフィールのような

舞踏というものをなりわいとして、生かして頂いております。

1994年に舞踏カンパニー大駱駝艦に入団。

舞踏家、麿赤兒に弟子入りし修業。

それから約20年間、すべてのラクダカンの本公演へ出演し2001年からは、自身の振付・演出作品の発表を開始。

10作品を創作して、国内6都市、国外6都市でも公演。

2001年に創った処女作『2001年壺中の旅』がさまざまな要因がかさなり、ビギナーズラック的に大ヒット。

師匠も唸るほどの出来栄えで再演をかさね、2006年には、第37回舞踊批評家協会賞・新人賞を受賞。

残念ながら賞金はなし。盾と副賞の七宝焼きの絵をもらって、いまは中身を他の絵にかえて都志に飾ってあります。

舞踊批評家協会賞は大駱駝艦が何度も受賞していて、2016年に笠井叡さんが受賞を辞退して有名になった。

いま調べてみたけれど、確かに受賞理由の言いあらわし方が酷かった。多少の揶揄も感じる。

笠井さんも書いていたけれど、馬鹿にしているようにも感じた。許すことが出来なかったのはわかるような気がします。

自分はもらった時に「そんなに権威のある賞ではないし、賞金もないのか・・・」と思ったが、後にセゾン文化財団に助成申請する時に役立ったので「ありがとうございます。」

いっぽう麿さんは賞金があろうがなかろうが、権威があろうがなかろうが「もらえるものは何でももらっちまえ。」ってな考え方です。

2012年7月に大駱駝艦から独立、ソロ活動を開始。

12月、ソロ公演『アホとロマンの皮袋』を発表。白塗りとの訣別の気持ちを込めてオープニングで塗り、エンディングで白塗りを落として終わった作品。

「やっと雲太郎という名前の意味がわかった」by 山田うん

「ここまで面白いとは思わなかった」by 遠田誠

「この人はこれからどんどん有名になる人だから」by 大須賀勇

「あなたの頭のかたちは観ていて飽きないわね」by 秦宣子

評判はとても良かったけれど、再演の機会がなく今日まで来ています。どこでも再演いたします。

2013年からセゾン文化財団のシニアフェローを頂きはじめた。これは嬉しかったなあ・・・日本で年間に数人しかもらえない助成金。

普通は伝手があったり、独立してからの仕事の目処をつけて辞めるのだろうけれど、そういうことが嫌だったので徒手空拳のまま独立。あるのは不安だけだった。

この独立してからフェローをもらっていた3年間は夢のような充実した毎日でした。だいぶん舞い上がっていた。

2014年に自身の曽祖父が被爆死したヒロシマの原爆を扱った渾身の作品『ふたつの太陽』にて舞踏家集団『デュ社』を旗揚げ。

2015年、セゾンフェローシップ終了。

華々しく活躍しているつもりだったけれど、セゾンのお陰の活躍で助成金がなくなった途端に借金まみれになっていた。

どんどん規模を縮小して、それでも足らずに2016年におこなった『ぴちがい裁判』ではいろいろと失敗をしてしまった。

とほほ。

名称未設定 1.jpg
舞踊批評家協会賞・新人賞授賞式にて。湯山若いな。2006.4.15 @ NHK青山荘 Photo by Toshimi Furusawa.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 16:57| ブログ?

2020年01月09日

合掌

大野慶人さんが亡くなられました。

1959年の舞踏のはじまりといわれる舞台に立っていた人。

その舞台は『禁色』といって20分間、ほとんど真っ暗だったとかニワトリを絞め殺して観客が気絶したとかすでに伝説になっている。

能狂言、歌舞伎だったら当たりまえのように、人間国宝になって然るべき人だった。

慶人さんをはじめて観たのは、川口隆夫さんの『大野一雄について』のときでした。

本編が終わってフィナーレで、客席にいた慶人さんが花束を持って舞台へと上がった。

舞台へ上がる時に平然と二度、三度と花束を舞台に思いっきり叩きつけてから登場して観ていて唖然として、度肝を抜かれた。一瞬でその場を支配する迫力。

本物が登場したと、ひと目でわかった。

紛れもない本物だけが持つ迫力。荒々しいのだけど粗野ではなく、輪郭が濃いというか、いい加減で適当な怖さを感じた。

そのあと、ロビーで乾杯があって残っていたら遠くに慶人さんが見えたので近づいて機を伺って、勇気を出して挨拶し話しかけた。

「何故、花束を舞台に叩きつけたのですか?」「だってそれはあなた、舞台にも礼をしなければいけないでしょう。」ウーロン茶を飲みながら、当たり前のように答えられて「はあ、なるほど」となった。

「お酒ではないのですか」と驚いて尋ねたら「アル中なので飲まないようにしてるんです。」と答えられて言葉がなかった。

大野一雄舞踏研究所の溝端さんに聞いたら「ストレスでしょうね。」と言っていた。

あまりにも偉大な父親をもってしまったプレッシャーだったのか。

自分もまだあんまりわかってない若い頃は、大野一雄のそばにいるスキンヘッドのおじさんってな認識だったもんな。失礼しました。

それから、横浜のBankART studio NYKで一緒になったりして何度か挨拶してお話しする機会を得た。

「わたしはね、土方さんに言葉で振りつけられたから、いまもこうして自由に踊っていられるんですよ。かたちで振りつけられた人たちはね、皆んな踊れなくなっています。」

そんなことを仰っていた。

80歳を超えてパンツ一丁で人前で踊る姿をみて「果たして自分は80の時にあんな風に踊れるだろうか・・・」自問自答したものだった。

あるアフタートークの時に「笠井さんが“舞踏”と言いはじめて、土方さんもいいじゃないか“舞踏”、舞踊は“ぶよぶよ”してる“ぶとう”ってのは固くていいね。と言ってた。」と仰っていた。

「へえ、そうなんだ・・・」とこころにメモメモ。

城崎国際アートセンターのレジデンス応募の際は、慶人さんに推薦状を書いて頂いた。あれは一生ものの宝だな。

舞踏の生まれた瞬間に立ち会っていた奇跡のような、生き字引のような存在。

ほんとうに惜しい方が亡くなりました。

けれど、慶人さんの魂はしっかりと自分の中にも息づいていると思います。

「お疲れさまでした。」

安心して、休んでください。

160828_01.jpg
大野慶人、享年81歳。「こころより、ご冥福をお祈りいたします。」 Pnoto by Masaaki Kimura.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:09| ブログ?

2020年01月10日

Autonomous driving

昨日は東京から関西へとバスで移動でした。

車内でメールを開いたら溝端さんから、大野慶人さんの訃報が届いていたので急遽、この『ブログ?』で追悼しました。

悲報とは裏腹に、天気が良くて富士山がどこまでも美しかった・・・

バスの運転手が堅いというか真面目というか融通が利かない人で、バス走行中にいろいろと注意するのが可笑しかった。

高速を走っていたら「おい、携帯使うな!・・・そこの・・・ドライバー」いうてマイクで怒鳴ってた。

一瞬、自分が怒られたのかと思って「あたふた」した。「最近のバスは車内で携帯を使ったらあかんのか?」そんな風に聞こえて慌てた。

あれは、外に聞こえてたのかな。「いまは違法なのですが、太もものあいだに置いて携帯を見ているドライバーがいます。」車内に怒り気味でアナウンスしてた。

ああいう人は警察官になったほうがいいな。

幾多の痛ましい事故や悲劇を繰り返しつつも、車の死亡事故はだいぶん減ってきているようです。

自動ブレーキシステムもだんだん導入がされてきているようで、今後は国際基準で義務化されるとか。

いま自動車業界は、自動運転に向けて100年に1度の大変革期を迎えているのだそうです。

自動運転のレベルには五段階あって、レベル1は運転支援。

例としては自動で止まるブレーキ、 前のクルマについて走る、車線からはみ出さないなど。このぐらいのレベルで十分、事故は防げそう。

レベル2は複数の機能の統合制御で、レベル1を二つ以上組み合わせたもの。

例としては車線を維持しながら前のクルマについて走る。高速道路での自動運転モード機能を搭載して遅いクルマがいれば自動で追い越し、高速道路の分合流を自動でおこなう。

レベル3は条件つきでの自動運転で、運転手の監視付き。

自動ですべての運転作業をするが、システムの介入要求などに対してドライバーが適切に対応することが必要か。要するにまだ最終判断は人がしている状態だな。

レベル4は一定条件下での完全自動運転。

特定の条件の下においてシステムがすべての運転作業をする。特定の条件とは限定された地域での自動運転など。

レベル5でいよいよ、条件なしでの完全自動運転です。

常にシステムがすべての運転作業をする。高速道路でも自動運転可能になる。2025年を目処に目指すだって。

「やったな。わくわく」

pF-wH-g9JETAksVQmYc0wlzk0wVnkIUsDV6QETCi8zFbRjcD8gn-LCi5z0VdieBlYMMQ_QoU0p8v6zEA_w_gR5nabSIXDPhK6KeZVeqkRhag8hYiLIbLgbnj13X1edyTjHwA77y0WXn0SQ_rIlGhSOSIeVWHK93aNl_5s6BWTo66wbUgCyTB6K-1nxkm_UvgWGKFG8JFEy7-s6F37Q_3LQ==.jpeg
そうか、運転席が要らないのか。Photo by Yahoo! JAPAN

自動運転っていうのは夢がひろがる。いままで運転が出来なかった人も自動車に乗れる。

まずは眼の見えない人。格段に行動範囲が広がるでしょう。自動運転車に乗り込んで音声で行き先を伝えるだけ。

「へいオッケー、大阪までお願い。」「かしこまりました、シートベルトをお締めください。それでは発車します。大阪到着は17時予定です。ごゆっくりとお寛ぎください。」

あとは寝てるだけ。

「30年後には空を飛ぶ自動車が必ず生まれます。」いうて新聞でどこかの自動車開発メーカー社長が太鼓判を押してたけれど、その前に完全自動運転車の実現だな。

世界中でいろんな会社が研究開発してるので時間の問題でしょう。

img1_file58be64f4e5a00.jpg
こちらフォルクスワーゲンの完全自動運転コンセプトカー『セドリック』可愛い。Photo by 日刊工業新聞オンライン

img_10b0b6b6a5e2243ef896d3f9cf23062d241187.jpg
こちらジャガー・ランドローバー発表の完全自動運転車のコンセプトモデル『ジャガーFUTURE-TYPE』Photo by  webCG Inc.

参照:国土交通省 官民ITS構想・ロードマップ
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:14| ブログ?

2020年01月11日

香りあれこれ

「香りとは人間的なものだ。」と思います。

そして、人にとってとても大切なものだと思います。

匂いというと、急に“動物的”な感じがしてきます。

ゴミの匂いとは、最近「人間の匂いであるなあ。」と思ったりもします。

さて香りの代表は“お香”

お香には神聖な雰囲気が感じられます。自分の香りの記憶を手繰ってみるとお寺での初詣の記憶であったり、誰かのお葬式の記憶であったりします。

少年時代は、お香の匂いがあまり好きではなかった。お香というものが神聖なイメージを纏う一方で、そんな死の雰囲気も漂わせるからだった。

お堂の寒々しさや、正座した足のしびれともつながっていた。

青春時代は、部屋でお香を焚いたりしていた。サンダルウッドがお気に入りで、強烈なその香りを嗅いでいるとなんともいえない陶然とした気分になったりしてた。

他にも香りは世界に満ちあふれて、四季を感じさせてくれます。

初春の蠟梅の香りは、師匠の麿赤兒に教えてもらった。

真夏に下り立つ淡路島の潮の香り。

秋の花の香りといえば金木犀が思い浮かぶ。

真冬の青空の下、布団を干したあとのお日さまの香り。

果物も香りが強いものが多く、桃や苺は店先を歩くだけで甘い香りがしてきて思わず買いそうになって懐と相談「いかんいかん。」と思いとどまる。

香りをかぐたびに昔の記憶がよみがえり「あー、あんなことがあったなあ。こんなこともあったな。」としばし佇む。

あと人の香りなんてのもあって嬉しくなる。

「いい香りだなあ。」と思う人とは相性がいい。なんて聞いたこともあるけれど、香水であったりシャンプーであったりと人それぞれ、考えただけでうきうき。

想像しただけで嬉しくなる、生きるということを楽しくしてくれ、人生を豊かにしてくれるもの。

生と死をつなぎ、あの世とこの世をつないでくれる存在。

“香り”のあれこれを記してみました。

淡路島はお香の名産地です。

天下第一の名香と謳われる正倉院の香木『蘭奢待』は、一説には淡路島に流れ着いたとされています。

南の島からはるばる海をわたり、香木が流れ着いた瀬戸内の島。

そんな淡路島の五色町都志へと帰ってきました。

そして今年の夏は世界中からこの都志へと、さまざまな香りを漂わせ海を越えて合宿生がやってきます。

考えただけでわくわくが止まりません。

ranjya.jpg
『蘭奢待』これまでに足利義政、織田信長、明治天皇など、ほんの限られた人物のみが切り取って聞香しています。どんな香りなんだろう。Photo by Google.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 14:58| ブログ?

2020年01月12日

戦争とは何か

先日、朝起きたら湯山から長文のLINEメッセージが届いていた。

イランとアメリカが一触即発の危機に瀕するいま、戦争について考えてみたとなんだか難しいことが書いてありました。

戦争ってなんだろう。

人類の遊びの一種だ。という話もあるけれど。

戦争は人類淘汰のための自然なことだという説もある。エロスとタナトスとして人類の本能であり宿命でもあるのか・・・

イランが一転、旅客機撃墜を認めました。

アメリカは衛星でイランのミサイル発射を確認していたが、自国の大統領によって高まった緊張から起こった惨事だから事実に触れてこなかった。

戦争の犠牲になる民間人・・・子どもも乗っていた。

愚かな殺しあいは勝手にやればいいが、巻き添えになるのはいつでも子どもなのです。アメリカもイランも戦闘員には、子どもがいるだろう。

お茶の間でテレビを観ながら呑気に命令なんて出すから、こんなことになるのです。

戦国時代の武将のように最前線で自ら闘って、リーダー同士で決着をつければいいでしょう。

戦禍が広がらないように祈るばかりです。

今後、ロシアが中国と本気で手を組みイランを軍事支援するようなことがあれば、天下分け目の大戦になるのか。

日本はアメリカにつくしかないけれど、近隣諸国が敵なのは分が悪い。

産経新聞の論説委員がいうように本気で生き残りを考えるのならば、中国の核の傘の中へと移動した方が身のためではあるのか。

それか思い切って核兵器を持てばいい。

日本はいつでも核兵器を造れるように、ウランを常備しているようです。流石に日本が核を持つと宣言したら核保有国は止められないでしょう。

「日本は被爆国です。あなたがたが核兵器を放棄しないというのならば、わたしたちも持たしてもらいます。」

暴力はいけないけれど、自衛のための武器を持つのは大切だと思います。

宮崎駿監督の『シュナの旅』で主人公シュナがヒロインのテアを助けるために、銃を売ろうとしたらテアに止められるのが印象的だった。

「いけない、銃を売ればあなたまで奴隷にされてしまう。」

湯山が戦争は、いつからはじまってというのが曖昧ではないかと書いていた。

大日本帝国は大東亜戦争の時に昭和天皇が宣戦布告書を発布してる。展示で本物を見た。

戦争は人類が国をかたち作った時から起きているから、遥か太古の昔から「ずーっ」と戦争中といえばそうなのかもしれない。

現在、戦争は主権国家に正当に認められた外交手段だから、戦争をなくすにはまず国をなくさなければならない。

国がなくなれば、戦争もなくなる。

トランプが再選を果たすかどうか取り沙汰されています。

けれど、彼が国内をメチャメチャに分断してしまったので、次に誰が大統領になろうが大恐慌か戦争ではないと一つには出来ないとか。

世界中でキナ臭いことになってきています。

やはり地球が一つになるには、宇宙人が攻めてくるしかないか。

BrXl1oACUAA1bXU.jpeg
緊張が高まる中、自衛隊が中東に派遣された・・・デザイン:浅葉克己、コピー:糸井重里 広告批評『反戦特集』1982
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:38| ブログ?

2020年01月13日

新成人

今日は成人の日。

全国で成人式がおこなわれるのか。

自分の成人の日は・・・まったく覚えてないな。まだ川西に住んでいて大阪の専門学校へと通ってた辺りか。

何にも考えてなくて毎日遊び呆けて、馬鹿丸出しの頃だな。しかし、そろそろ卒業でどうするかを考えはじめてたか。

ここではいまもつき合いのある兄貴のような親友のような悪友のような、久原鉄秀と出会ったのが一番の財産かな。

学校へ行くのは仲間をつくるためだ。とコミックモーニング連載の『ドラゴン桜2』に書いてあった。

「優秀な仲間を作るためには、いい大学へ入れ。勉強していい大学へ行け」そう先生は生徒たちに檄を飛ばす。

そんなことはまったく考えずに専門学校へと行ったけれど、いままで出会ったことのない興味深いやつが沢山いた。

四国の不良で両親がいなくてお婆ちゃんと泥棒で食べていたという、よしゆきちゃんがいままでに一番出会ったことのない人だった。

タフで強かで大人びていてめちゃめちゃ愛嬌があって、しかも男前だった。面白いやつだったなあ・・・いまどうしてるかな。

確かに彼ら彼女らは勉強をせず優秀ではなかったかもしれないが、自分にたくさんの刺激を与えてくれ学びや気づきを与えてくれた。

どこへ行くかも大切だけど、そこでどんな人間と友達になるかは自分次第。そして運と縁てのもあるのです。

まわりの友達は、鉄秀の影響でゲーム会社のカプコンへと就職をした。自分は人と同じとか右向け右みたいなのが嫌だったので、そちらには進まなかった。

一社だけ受けた大阪のデザイン事務所の社長が、面接でなぜか気に入ってくれて就職が決定。

梅田と心斎橋のあいだ、淀屋橋にある小さなデザイン事務所『オフィスジョーク』だった。

社長の田井中さんと右腕の森さん、イラストレーターの日田野さんの3人でやっている会社。

夕方5時になると棚にあるウィスキーを飲みながら仕事をする呑兵衛さんが集まった会社で、デザインはもちろんお酒の飲み方も厳しくも楽しく教えてもらった。

仕事が終わると近所にあったレゲエ居酒屋『アチャコ』で毎日、終電まで飲んでいた。

たまに田井中さんにホテルで修業したマスターの経営する、本格的なショットバーへと連れていってもらったり。

なんていうバーだったか・・・名前を忘れてしまったなあ。

そのうちに日田野さんの影響かどこかで情報を仕入れて、有名イラストレーターを多数排出しているという梁山泊的な学校『セツモードセミナー』に入りたいと思うようになっていく。

デザイナーの才能があったようでジョークでメキメキと頭角をあらわして「5年おったら日本一のデザイナーにしたる」とかおだてられていた。

けれど、上京の夢が抑えられずにジョークを退社。

ジョークで働く最終日の夜もいつものバーへ行き、田井中さんと二人で飲んだ。

地下にあるバーで別れ際、下から田井中さんが見送ってくれたのをいまも鮮明に覚えている。

青春のある、1ページの思い出なのでした。

joke.jpg
ジョークで働いていた二十歳の頃。奥、向雲太郎。Photo by Takahiro Mori.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:25| ブログ?

2020年01月14日

障害を乗り越える

昨日は歩くことがままならなくなって来ている母親のお供で、梅田に観劇へ。

家から一歩でるとバリアフリーではなくてバリアフルで、障害だらけです。

歩けるということを前提につくられている、人間の住む環境のすべて。目が見えることを前提につくられている、この世界のすべて。

歩行器を頼りに「よちよち」と歩きますが、ほんの少しの段差でも進めなくなるのでアシストして乗り越えます。

障碍をもつ人と生活するには、その人の立場になって考えることが大切です。

街をつくる人がまずは車椅子で生活をしてみる。そうして「あー、この段差があると先へは進めないのだな。」

目隠しして街へと出てみて「電車に乗るドアの場所にも点字ブロックがないと怖すぎるな。」

いちいち確認してつくらなければならない。

こういうことは学校でもやるべきなのだろうなあ。

この社会を変えていくには、教育を変えていかなければならないのです。

子どものうちに体験していれば、障碍者の気持ちになることが出来る思いやりのある大人になれるでしょう。

梅田の街は新成人たちでごった返していた。

自信に満ち溢れ、無邪気に明るくわがもの顔で楽しそうに街を闊歩する若者たち。

何度もぶつかりそうになりながら歩きます。一度、背の高い野郎が猛スピードで母親と「スレスレ」ですれ違って「ヒヤリ、ハッ」とした。

“明日は我が身、栄枯盛衰、奢れる平家は久しからず”

「君たちもいずれは年老いて、歩くこともままならなくなる日が来るのだよ。」

人気の少ない薄暗い裏路地を選んでのんびりゆっくりと歩きながら、こころでつぶやきます。

けれど人の痛みは他人にはまったくわからない。その立場になってみないと、誰でも気づかないもの。

自分も若い頃は、まったくそんなことを考えたことなんてなかった。

さまざまな障害を乗り越え、劇場へとやってきたらスタッフに案内されて楽屋口へ。緊張感漂う舞台裏を抜けて客席へ。

梅田芸術劇場は結構古い建物なのだとか。だからエレベーターがスタッフ通用口にしかないらしい。

「これからの高齢化社会で車椅子だらけになったら困りますね。」

トイレに入った母親を待つあいだに、付き添ってくれた劇場スタッフの女性に話しかけた。

「今後の劇場の課題です。」

パラリンピックの影響で、東京には車椅子の方が増えて来ています。

街に出て来やすくなったので増えたのか、目につくようになってきたのかわからないけれどいいことだと思います。

けれどもまだまだバリアは多い。

オール・バリアフリーの世の中へ・・・しかしバリアフリーすぎるとダメになるという話もある。

障害をなんとかして乗り越えようとする、創意工夫こそが大切なのか。

e76ad601.jpg
バリアフリーで検索したらヒットしたDJ、BARRIER FREEのドクター君とライフスターの面々。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:41| ブログ?

2020年01月15日

昨日今日

昨日は、東學さんに去年のお礼かたがた挨拶に。

大阪ミナミのど真ん中、大阪松竹座の近所に東さんの所属するグラフィック&システムデザイン株式会社“一八八”があります。

代表取締役の北口裕康さん、通称“まんちゃん”の身長が188センチなのでこの会社名だとか。けれども嫌なことはやらない「いやや」という意味合いも込もってるのでしょう。

ライブペイントの時には泊めてもらったりしてたけれど、久しぶりに訪れました。

學ちゃん、相変わらず忙しそうだった。いまは三つ大きな仕事を抱えているようだった。人気デザイナーだから仕方がない。

昼間はデザインをして、夜は寝ないで絵を描いている。頭が下がります。

途中で村上美香さんも合流して、お話しします。

話題は地方での活動について。こちらこの夏に都志で合宿をやるといったら「そうか、そういうやりかたもあるのか。」と美香さん。

どうやって地方を活性化するか、美香さんは故郷の広島県尾道市因島をどう盛り上げるか日々考えているようです。

自分に出来ることで地方へと貢献する。自分の場合は踊りしかないので、その活動を通じて都志に刺激を与えて盛り上げていけたら最高です。

その手はじめとして春に挨拶がわりの公演をして、夏に都志合宿です。

ソロ公演にしようかと考えていたけれど、折角なので湯山も呼んでチームでうごこう。

『舞踏家集団デュ社、顔見せ興行 in 都志』です。

「頑張ります。」と一八八から退出、川西へと帰りました。

さて今日は、東京へと移動です。

豪勢に新幹線で移動です。新幹線だと二時間半か。2027年にはリニアモーターカーが走りはじめてまずは品川、名古屋のあいだを40分で結ぶとか。

2037年には品川、大阪間を67分で結ぶのだって。いろいろな問題があるようですが・・・

一時間ちょっとか、これで東京一極集中が解消されればいいなあ。わざわざ東京というコンクリートジャングルに住まなくても良い状況が生まれることを願います。

いまはインターネットの時代、日本全国どこにいても仕事ができる。いろいろな物が簡単に手に入るし、情報もすぐに入ってくる・・・これは問題も多いですが。

情報が溢れているぶん、その情報を取捨選択しほんとうの言葉だけを掴み取る感性を育てなくてはいけない。

仕事の需要は、日本全国どこにでもあります。もちろん職種にもよって、舞踏のように日本全国どこにも需要がないような仕事もありますが。

けれど、それも活動の仕方だろう。

昨日も美香さんと話したが、俳人の夏井いつきさんのように俳句というものを松山という地方から発信し続けている人もいる。

日本には田舎というものが、なくなってきている。

環境が良いという意味での田舎はたくさんあるが、情報や物が手に入らないという意味での田舎は日本にはもうないのかもしれない。

空気の良くて景色の良い田舎に暮らして、なにか用事があれば、リニアモーターカーで「しゅっ」といって「ぱっ」と帰ってくる。

どんどん、そんな暮らし方にしていきたいものです。

1_3ikfaprrq4sfuk9cjcsoc.jpg
東 學:幼少時より扇絵師の父・東 笙蒼のもと絵筆に親しむ。14才で米国留学、作品『フランス人形』はN.Y.メトロポリタン美術館に永久保存されている。by 188 Web site.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 13:41| ブログ?

2020年01月16日

多様さと迷惑と

何故、多様であることは良いこととされているのか?

多様であることが、人間の本来の姿であるから?

均一で揃っているとか、一様であるほうが社会にとって便利であるかもしれない。

しかしそれは歪められ矯正されてしまった、誰かにとって有利な嘘の人間の姿なのだと思います。

多様性に向き合い多様なことを認めることは、人間本来の姿を考えるきっかけになるのだと思います。

自分の中に根強く残る思い込みを破壊するつもりで相対するのです。

たとえば何かをやらなければならないという常識を捨て、何かをやらせなければならないという常識を捨てる。

あらゆる常識から、芸術は自由でなければならない。

非常識で目的のない遊びのなかにこそ、人生を豊かにしてくれる大いなる大切なものがある。

無為に無垢に只在るという、舞踏家にとっての究極の目標を地でいく子どもたち。

社会で生活出来ないほど個性的でも良いのだとアーティストの理想を見せて頂き、お手本を見せてくれる子どもたち。

先生には怒られ注意される子どもたち。

個性的な彼ら彼女らが生きていくにはあまりにもたいへんな現代社会であり、このことを考えると暗い気持ちになってしまう・・・

子どもたちと日々一緒に居るとコミュニケーションの方法は言葉だけではないのだ。と心の底から思う。

ふと見せる表情が、ふとあった目が。すべてを語っていたりする。

そしてパフォーマンスの方法も千差万別なのだと実感。

文字通り言葉にして歌うのではなくて、こころの中で歌っていたり、からだの中で目には見えないダンスを踊っていたりする。

出来る出来ないではないし間違えてもいい、こけたっていい。目に見える結果ではない。

はみ出ようが何処かに行ってしまおうが、それで良い。

そこのところは何でもありの舞踏の得意技、この世界でやってはいけない事など本当はほとんどないのだから。

仏教では不殺生、不偸盗、不邪婬の先ずは三戒です。三つ目でもう既に危ういな。

そういえば、この三つは大概の国の宗教で禁じられているが、迷惑をかけないという戒めは日本にしかないとか。

「迷惑をかけるな」というのは、同調圧力の根源的な出発点にもなっているような気がする。はみ出すことを許さない日本人特有の精神。

目立ったり人と違うことを極端に嫌う民族、日本人。

迷惑か・・・迷惑をかけるななんていう戒めは糞食らえだ。人に迷惑をまったくかけずに生きていくなんて無理な話。

インドでは「あなたは人に迷惑をかけて生きているのだから、人のことも許してあげなさい。」と教えるそうです。

「人に迷惑をかけずに生きろ」なんて教える日本と、どちらが豊かで生きやすいだろうか。

「迷惑かけてありがとう」だ。

face3_3.jpg
『すきにじゆうに2』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:20| ブログ?

2020年01月17日

めちゃめちゃに遊ぶ

子どもたちと遊んできました。

昨日は最初から迷いがあったな。

朝から不安感が拭えずに、帰って来てからも反省しきりだった。

まずは挨拶、もう一度名前を覚えるためにひとりひとり確認したけれど、まだ覚えきれていない。

次に舞踏の舞うをふたたび、皆んなでやる。舞ってる子と舞ってない子といろいろ。言葉で何か言おうとするけれど、次に踏むへと進む。

前回はもっと盛り上がったけれど、なぞってしまったか・・・反省。

東洋が率先して続けてくれて「ありがとう」

それを見ながらどうするかと考えていたら、楽しそうに踏み舞っている子どもに「くもたろうさん、なんにもやってないじゃん」と言われてしまう。

そのあとは、からだを揺らして十全にほぐす。

子どもたちは良い感じ。先生も揺らしてあげる。子どもの意識を変えるには、先生の意識も柔らかく自由にならなければならない。

座って手足顔で「グーチョキパー」をやるけれど、前回あんなに盛り上がったのにそれほどでもない感じで、これもなぞってしまったか。

隣の子とじゃんけんしつつ、勝ったらどうするかがないから、イマイチ続かないのだと思う。これからの課題だな。「あっち向いてほい」を全身でやるとか。

一人の先生が全身をつかってのじゃんけんへ発展させてて「ナイス」

そんなことも思いつかないとはと反省。

休憩して、そのあと操る操られるへいくか、新聞でからだをうごかすへいくか迷う。

どうなるかわからないが具体的な“物”があるほうがわかりやすい気がして新聞を選ぶ。

まずは東洋と見本を見せて「やりたい人」と言ったら何人かが手を挙げて、そこからの展開が凄まじかった。

いろんなところでいろんなドラマが生まれて展開していく。新聞でうごかすというのもありつつ、新聞というもので遊び尽くした感じ。

自分も「何かをやらなければならない」という常識と闘いつつ「何かをやらせなければならない」という気持ちも捨てていく。

新聞がビリビリに引き裂かれていくのを見て完全に諦めることにする。

まだまだ自分の中に残っていた「こうさせよう」とか「なんとかしよう」という責任者としての気持ちを、すべて手放して率先して遊び呆ける。

完全な自由空間の誕生。

子どもそれぞれが新聞というものと勝手に自由に遊んでいたな。こちらもそんな子どもたち一人一人とじっくりと遊んだ。

ほぼまんべんなく遊べたような気がする。新聞もほぼ粉々になっていた。

時間が来たので指笛で合図。

子どもたちに「どうするの?」と聞かれて「どうしよう?」と尋ねたら「片付けよう!」と言われて「はい」

でも、ただ片付けるのではつまらないので、ブルドーザーになって遊びながら片付けました。

子どもというのはいつでも遊びの天才。

大人の思惑なんて遥かに越えて、楽しく遊んでくれるのです。

newpaper2.jpg
『身を粉にして大活躍してくれた新聞たち』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:27| ブログ?

2020年01月18日

こころの傷を癒す

昨日は、阪神淡路大震災から25年目の日でした。

四半世紀がたったのか、早いものです・・・

1995年1月17日午前5時46分、観測史上最大震度7の巨大地震が阪神淡路を襲った。

あの日は、大駱駝艦天賦典式『雨月』大阪公演の稽古だった。

家にテレビがなかったので、稽古場へいって地震の発生を知った。テレビを観てその被害の大きさに驚いて川西へと電話したけれど多分、つながらなかった。

その後も、東京にいたので被害の状況は新聞やテレビで垣間見るだけだった。

どんどん増える死者の数を単なる数字としてショッキングに扱うマスコミに、腹をたてていたのを覚えている。

6434人の一人一人に家族があって家庭があって恋人がいて友人がいて人生があったのです。さまざまな別れの数々・・・

その中でも子どもとの別れほど辛いものはない。

毎日新聞の社会面にのっていた高井ちずさんは、当時一歳半だった将君を失った。

山口県から西宮市への帰省中に地震が起こった。

実家は全壊し、将君は倒れてきたタンスの下敷きになってしまった。運ばれた病院で必死で心臓マッサージを続けたが、将君のからだはどんどん冷たくなっていった・・・

息子を助けてやれなかった自分を責め「飛び降りたら死ねるかな。」と思いつめる毎日。

ある時、生き残った長女が「しょうくんと私、地震でどっちが死んだらよかった?」と聞いてきた。

娘を悲しい気持ちにさせていた自分に気づき、それ以来ちずさんは、なるべく笑顔を見せて生きていこうとこころに決めたという。

朝日新聞の一面にのっていた森本由美さんは、当時一歳一ヶ月だった武史君を失った。

神戸市灘区の由美さんの家は二階部分が崩落、一階の部屋にいた由美さんは奇跡的に隙間にからだがはさまり助かった。

助け出された彼女は「息子は?息子は大丈夫ですか?」と何度も周りに確認するが、皆んな黙ったままだった・・・

運び出された武史君に外傷はなかったとか。

病院やその後に運ばれた遺体安置所では、武史君のきれいな顔を見て「可愛い赤ちゃんやねえ」と皆んなが声をかけてくれたという。

誰かを亡くして自分が生き残るという災害や戦争で起こる悲劇。

井上ひさしさんの名作『父と暮らして』は広島の原爆で助けられなかった、父親や同級生にすまないと己れを責めながら生きる娘さんのお話でした。

「なぜ、自分だけが生き残ってしまったのか・・・」

井上さんは、自問自答する娘に亡くなった父の亡霊という存在を与えて、対話し励まし時に激怒しながらこころを慰め癒していく。

「自分を許してあげなさい。そうして亡くなった人の分も幸せになれ。」

父親はそう叱咤激励する。

“だが、人々が直面しているのはつねに「過去をひきずったいま」なのである” by 安克昌

由美さんは離婚や「死にたい」という危機を乗り越えて立ち直り、柔らかな表情で笑えるようになっている。

武史君が生きてれば26歳か・・・お母ちゃんはいま、笑顔でおるで。

81786654_2851823994871269_5024520783179808768_n.jpg
大駱駝艦の弟弟子、松田篤史も被災。轟音と悲鳴で目が覚めたら天井が目の前にあったとか。そんな松っちゃんが処女作品を発表します。「乞うご期待!」Photo by Dairakudakan.com

参照:毎日新聞 2020年1月17日 朝日新聞 2020年1月17日
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:02| ブログ?

2020年01月19日

震災とボランティアと

この時期だからというわけでもないのですが、真山仁さんの『そして、星の輝く夜がくる』を読了。

いまは『海は見えるか』を読んでいます。

神戸から東日本大震災直後の東北へと赴任してきた教師の小説で、震災でこころが傷ついた子どもたちに、寄り添ったり一緒に悩んだり問題を解決したり解決できなかったりするお話です。

主人公の小野寺は自身、阪神淡路大震災で被災して妻と幼い子どもを亡くしている。

あの日、小野寺だけが用事で出かけていて、地震が起こったあとに急いで家へと戻ったがあったはずの家は全壊していた。

二人の名前を叫びながら狂ったように土を掘り起こす小野寺だったが、二人は助からなかった・・・

東北に赴任してきて被災地の子どもたちが、こころの奥に抱えるさまざまな悩みや怒りを『わがんね新聞』という壁新聞にして発散させていく。

子どもなんだから、我慢しないで腹が立つことがあればどんどん怒れ。

悲しいことがあれば泣け、我慢できないことがあれば叫べ。と煽ってこころの傷を癒そうと孤軍奮闘する。

学校からの避難の最中につないでいた手を離してしまい、教え子を亡くした先生の苦しみも描かれる。

「自分一人が生き残ってしまい・・・」と自分を責める。

ボランティアと地元の人たちとの軋轢を描くお話では、神戸の人たちと東北の人たちの人間性の違いも語られる。

東北の人たちは大人しくて本当の気持ちを口にしたがらない。助けてもらっているのだからと多少のことは我慢する。

高校生だった松っちゃんは、神戸の避難所で気がついたら胸ぐらをつかんで殴ろうとしてたとか言ってたな。

原因は忘れたけれど、何か許せないことを言うかした人がいたのだろう。

主人公の小野寺も理不尽な人間と断固闘う。

ボランティア元年といわれる阪神淡路大震災、この時に“阪神ルール”といわれるボランティアのさまざまな仕組みが生まれたと、この小説で知った。

物見遊山やたんなる好奇心でボランティアに参加した人もたくさんいたのだろう・・・混乱する被災地。

“兵庫県西宮市の市議会議員だった今村岳司は被災体験を振り返り、当時のボランティアのことを「観光気分で来た自分探し」「ただの野次馬観光客」「人から感謝されることを楽しみにやってきただけ」等と述べた。

「ボランティアは、被災者が食うべきものを食い、被災者が飲むべき水を飲み、被災者が寝るべきところで寝た」” by Wikipedia.

しかし、そんなボランティアの力に頼らざる得ないところもあって、実際助けられた人もたくさんいて阪神淡路のさいの恩返しをしたいと東北へといった人もたくさんいるとか。

東北は復興からは、まだまだほど遠い状況。

ほんとうは東京オリンピックなんて、やっている場合ではないのだろうなあ。

我が事として最優先するべきことなのに、オリンピックの影響でどんどん後回しにされる物資や人員。

言い訳のように東北から聖火リレーが出発するけれど、そのあとはまた放っておかれる東北。

福島原発の問題解決もまったく進んでいない・・・

9784062188128_w.jpg
真山さんは実際に阪神淡路大震災を経験したとか。だから物語がリアルで真に迫っているのだな。Photo by 講談社BOOK倶楽部.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 12:39| ブログ?

2020年01月20日

世代交代、戦国時代

大相撲がはじまっています。

1995年の初場所は阪神淡路大震災に配慮して優勝パレードが中止されたとか。場所中に地震がおこったのだな。

さて今年の初場所は、横綱の白鵬が2連敗し休場、鶴竜も2連敗して休場。

両横綱がいなくなって、誰が優勝するかまったくわからない状態になってきました。

白鵬も鶴竜も力が落ちてきているのだろうなあ。二人ともまだ引退できない理由と思いがあるようだけど。

白鵬は先場所、強烈なカチ上げで勝った遠藤に同じ手で臨んだが負けてしまった。

先場所、実際にその取り組みを観たけれど、遠藤は一瞬脳震盪のようになり思わず片膝をついてしまった。鼻血が出て、館内にはブーイングが鳴り響いた。

横綱のやる行為ではないと批判される。しかし凄まじい白鵬の気迫が伝わってきて、観ていても震えるほどだった。

今場所はカチ上げが不発、遠藤に仰向けに倒されてしまい無残に背中に土がついた。

いよいよ世代交代が本格的になってきたのか。

全勝だった正代が一昨日、カド番大関豪栄道に敗れて目の離せない戦国的な様相になってきています。

豪栄道を応援しているけれど、昨日は惜しくも土俵際で落ちて負けてしまった。大関はカド番で負け越すと陥落してしまう。

高安は今場所大関から陥落、すぐに10勝以上すれば大関に戻れるがすでに5敗して大ピンチ。怪我で満足な稽古が出来ていないのだとか。

栃ノ心も大関から陥落して負け続けている。彼も膝が悪いようでそろそろ引退かもしれない。稀勢の里も怪我が原因で結局は引退してしまった。

皆んな、ほぼどこかに怪我や故障を抱えている。

忙しすぎるのだろうなあ。年間に6場所15日間、毎日戦わなければならない。しかも6場所のあいだも日本全国での地方巡業、イベント相撲がある。

その昔、相撲は神事だった。力士は言ってみれば神様みたいなもの。

そんな浮世離れした存在が、江戸時代に勧進相撲がはじまりプロ化された。「一年を二十日で暮らすいい男」は江戸時代の川柳。一年に1場所で1場所10日間だったとか。

相撲は子どもの頃から好きでした。

時代は横綱、北の海と輪島の両雄が大活躍していた頃で“水入り”という、休憩が入るほどの大相撲になることが多かった。

北の海が若い千代の富士と戦い負けて、世代交代していくのを子ども心によく覚えている。「あんなに強かった北の湖が負けるなんて」

同じように無敵を誇った千代の富士が、若い貴乃花に負けたシーンも鮮明に覚えている。そのあとすぐに千代の富士は引退した。

今場所は誰が優勝してもおかしくない状況。貴景勝が大関としての意地を見せるのか。

朝乃山や遠藤、阿炎など男前でスタイルの良くてかっこいい力士も増えてきている。いっぽうで貴景勝や北勝富士、正代なんていう愛嬌のある可愛い顔の力士もいる。

次代の横綱候補は誰なのか・・・

まだまだ中日。力が均衡しているので、これから星の潰し合いがはじまる。

目が離せないぞ。

tak912-jlp01232765.jpg
平幕の貴花田が横綱、千代の富士を破った瞬間。土俵下の寺尾が呆然と見ているのが印象的。

スクリーンショット 2020-01-20 7.20.16.png
世代交代の時。この二日後に千代の富士は現役引退を表明した。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:38| ブログ?