2020年01月04日

ブログのようなもの

この『ブログ?』を記しはじめて今年で2年目です。

「50歳は新しいことをはじめるのに良い歳」という糸井重里さんの言葉に触発されて51歳の誕生日にはじめました。

“ブログ (blog) は、World Wide Web上のウェブページに、覚え書きや論評などを記すウェブサイトである” by Wikipedia

覚え書きや論評か。

確かに最近ここへ日々の覚え書きを記しているので、実際の日記にメモや雑記をあまり書かなくなってしまった。

論評は評論家ではないので、なるべくしないように心がけています。思ったことや感じたことを嘘がないように記しています。

しかし、舞踏家として批評精神は大切なので忘れないようにしたい。

批評精神のない表現は、毒にも薬にもならないものになってしまう。同時代性も大事で、これもないとただ能天気なものになってしまいます。

嘘がないように記しているけれど、たまに小説風のフィクションを記します。

たとえば八月のヒロシマについてのことはわからないことが多いので、文献で調べられる限りは調べてその上で小説風に書いています。

“ブログとは日記形式のウェブサイトのことです。” by (株)朝日新聞出版発行『パソコンで困ったときに開く本』

日記形式か。

「ずーっ」と感じているけれどブログは公開することが前提となるので、プライベートな日記というよりもエッセイに近いのではないのかなと思っています。

日本で有名なブログといえば『ほぼ日刊イトイ新聞』の“今日のダーリン”です。

これはやはり“糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの”と副題がついている。

エッセイというのはどんなことを書くのかよりも誰が書くのかが重要なので、ブログも有名人のもののほうがアクセス数が多いのだろうな・・・

この『ブログ?』の文章は、結構こだわって記しています。

井上ひさしさんの『私家版日本語文法』によると句読点の決まりというようなものは特になく、大手新聞社がその規範をつくっているようです。

擬音や短い文章の時はカギ括弧の中には丸は入れませんが、こころの声のような時はしっくりこないのでカギ括弧の中に丸を入れます。

大手新聞社はカギ括弧の外に丸をつけますが、芥川龍之介や宮沢賢治はカギ括弧の中に丸を入れています。

「別にどちらでもいいのです」。

「文章なんて読みやすければなんでもいいのだ。」

エッセイはもともと“試行や試験、実験などの意味を含んでいたそうで、はじめてこの言葉を用いたのはフランスの思想家ミシェル・ド・モンテーニュ。

その言葉によれば、エッセイとは“自分自身が何者であるかを知ろうとする、思索の試み” 

いいなあ。これを今年の『ブログ?』の指針にするか・・・しかし、あんまり難しくは考えないほうがいい。

と、今日はこれぐらいにしよう。

糸井さんのほぼ日ブログを久しぶりに読んで数えたら、1000字なかったので見習うのです。

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東陽片岡『うすバカ二輪伝2』より。漫画の吹き出しも雑誌によって、句読点があったりなかったりと決まりはないようです。今度、お東陽先生に聞いてみよう。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:21| ブログ?