2020年01月14日

障害を乗り越える

昨日は歩くことがままならなくなって来ている母親のお供で、梅田に観劇へ。

家から一歩でるとバリアフリーではなくてバリアフルで、障害だらけです。

歩けるということを前提につくられている、人間の住む環境のすべて。目が見えることを前提につくられている、この世界のすべて。

歩行器を頼りに「よちよち」と歩きますが、ほんの少しの段差でも進めなくなるのでアシストして乗り越えます。

障碍をもつ人と生活するには、その人の立場になって考えることが大切です。

街をつくる人がまずは車椅子で生活をしてみる。そうして「あー、この段差があると先へは進めないのだな。」

目隠しして街へと出てみて「電車に乗るドアの場所にも点字ブロックがないと怖すぎるな。」

いちいち確認してつくらなければならない。

こういうことは学校でもやるべきなのだろうなあ。

この社会を変えていくには、教育を変えていかなければならないのです。

子どものうちに体験していれば、障碍者の気持ちになることが出来る思いやりのある大人になれるでしょう。

梅田の街は新成人たちでごった返していた。

自信に満ち溢れ、無邪気に明るくわがもの顔で楽しそうに街を闊歩する若者たち。

何度もぶつかりそうになりながら歩きます。一度、背の高い野郎が猛スピードで母親と「スレスレ」ですれ違って「ヒヤリ、ハッ」とした。

“明日は我が身、栄枯盛衰、奢れる平家は久しからず”

「君たちもいずれは年老いて、歩くこともままならなくなる日が来るのだよ。」

人気の少ない薄暗い裏路地を選んでのんびりゆっくりと歩きながら、こころでつぶやきます。

けれど人の痛みは他人にはまったくわからない。その立場になってみないと、誰でも気づかないもの。

自分も若い頃は、まったくそんなことを考えたことなんてなかった。

さまざまな障害を乗り越え、劇場へとやってきたらスタッフに案内されて楽屋口へ。緊張感漂う舞台裏を抜けて客席へ。

梅田芸術劇場は結構古い建物なのだとか。だからエレベーターがスタッフ通用口にしかないらしい。

「これからの高齢化社会で車椅子だらけになったら困りますね。」

トイレに入った母親を待つあいだに、付き添ってくれた劇場スタッフの女性に話しかけた。

「今後の劇場の課題です。」

パラリンピックの影響で、東京には車椅子の方が増えて来ています。

街に出て来やすくなったので増えたのか、目につくようになってきたのかわからないけれどいいことだと思います。

けれどもまだまだバリアは多い。

オール・バリアフリーの世の中へ・・・しかしバリアフリーすぎるとダメになるという話もある。

障害をなんとかして乗り越えようとする、創意工夫こそが大切なのか。

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バリアフリーで検索したらヒットしたDJ、BARRIER FREEのドクター君とライフスターの面々。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:41| ブログ?