2020年01月24日

舞踏のタネをまく

夏井いつきさんのドキュメンタリーを観ました。

テレビで偉そうに言っているおばはん。そんなイメージだった。

松尾芭蕉が人生のすべてを犠牲にして乞食にまでなって命をかけた、俳句のことをどう考えているのか。

とかこちらこそ偉そうに思っていたら、たいへんな方でした。

離婚して二人の子どもを俳句で育てたのだとか。そんなことが可能なのか。いや可能とかではなくてやるしかなかったのだな。

「わたしには俳句しかない」そんな切実で真剣で必死な思いが伝わってきた。

一時期、自分のやっていることと関係ない本を読もうとなぜか俳句に関する本ばかり読んでいた時期があった。

五七五というたった17文字の言葉の宇宙。

日本文学の中でも、もっともシンプルだからこそ、その17文字に込められた魂に胸を打たれたりする。削ぎ落とされて研ぎ澄まされ尽くした言葉。

芭蕉は教養のある趣味人のたんなる嗜み、遊びだった俳諧を芸術的な一分野にまで高めていった。

他の俳諧師と同じようにお金持ちの俳諧の添削をして糊口を得ていたが、ある時にそれをきっぱりとやめてしまう。

俳諧を詠むだけで食べさせて頂くという決心をするのだ。俳諧を創ることだけに専念する。プロ宣言だな。

夏井さんは教師をしていたが、家族の介護をする必要に迫られて教師の職を辞した時に「これから俳人になる」と当時の教え子に約束したとか。

俳句よりも舞踏のほうが要素としてははるかに多いのでプロになるのは、舞踏のほうが容易そうに思える。可能性としても色々とあるように感じる。

たった17文字に人生をかける。そんなことが可能なのは先逹である芭蕉が一生をかけて俳句というものを確立し、正岡子規が大成させたからというのは大きいと思う。

すでにメジャーな俳句といまだにマイナーな舞踏というもの。

ただそれは言い訳であり、自分こそが子規のように舞踏をメジャーにしていくのだという意識を持たねばならない。

一日中、舞踏のことばかり考えているけれどまだ足りないようにも思う。

夏井さんはドキュメンタリーで拝見したら、俳句教室での指導がとても上手だった。笑わせて和ませて添削して感心させる。

これらの活動はすべて“俳句のタネをまく”ための活動だとか。

元教師だから話術に長けているのかと思ったがもちろんそれもあるだろうけれど、教師を辞めてから次の仕事へつなげたいとの一心から話術を磨いたとか。

その話術はテレビでも立派に通用して芸能人をたじたじとさせるほど。

そしていまや教え子たちに約束したように、俳人として俳句一筋で生きていらっしゃる。

「俳句は生きるこころの杖」の言葉通りに、全国の人々のこころの支えとまでなっているのです。

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俳句ブームの火付け役か。テレビへの出演が大きいがそれも努力の賜物。あとはやはり運と縁を感じる。Photo by Google.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:15| ブログ?