2020年02月09日

大丈夫だよ、大丈夫じゃない

明日は日比谷入り。

夜に通し稽古をするらしい。さあどうなるか、心配だなあ。

変なことを考えずに簡単に踊ってアピールすれば良かったのか・・・時間をもらって踊って終わり。次の仕事にもつながったかもしれない。

でもそういうことを許さない自分がいる。

書籍の刊行イベントで踊る。では「踊るとはどういうことか?」とまずは問いかける自分がいる。

「そんなんでいいと思うのか?」問いかけてくる自分もいる。「難しい方へ、わからない方へと向かった方が面白いではないのか。」そう考える自分もいる。

そういう自分を誤魔化せないので、いつもたいへんな目に逢うのですが。でもまあ仕方がない。

観ててもそのほうが、実はスリリングだったりするのです。

ギリギリまで面白くしようとする、骨の髄まで染み込んだ壺中天精神であり、嘘をつけない根っからの舞踏家魂。

真面目は禁物、クソ真面目なんてクソ食らえ。

ということで何をやるのか、まだ曖昧にしかわかりません。もしかしたら何もやれずに終わるかもしれない・・・それはないか。

人生最大のピンチかもしれない。だがピンチはチャンスだという言葉もある。想像もつかないような面白い展開になるかもしれないぞ。

本当か、本当にそんなことになるのか。

ゼロベース思考で考えてみよう。

問題:明後日、本番だけど何をやるか曖昧にしか決まっていない。心配だなあ。

ゼロベース思考:何かをやらなければいけないという思い込みを疑う。踊らなければならないという思い込みを疑う。踊りの中に踊りはないのだ。

「はい」

「いかんいかん」すぐに真面目に考えてしまう。もっと適当にいい加減に考える。それが舞踏の持ち味だったりするのです。

「ぷっ」て笑わせるようなことが出来るといいな。ふざけるこころが肝要だな。

何とでもなる。勇気をもって暗闇に倒れ込め。そうすれば思ってもみなかったドアが開くかもしれない。

とにかく明日の夜の通し稽古をワークインプログレスだと考えて、いろいろと試してみよう。

まずは白塗りをする。そしてスクリーンに入る。ここは見ながら考えよう。そのあとだな・・・土方さんの言葉を喋って歌をうたって「お母さん」と、バタンと倒れて・・・

問題はパフォーマンスのそのあとか。どうなっていくのかまったく想像がつかないのは。

舞踏のいっぽうの大きな柱、即興ということを大切にしてその瞬間の雰囲気や流れを感じつつ当意即妙で柔軟に自由にいこう。

そうして「これでいいのだ」という舞踏の真髄のようなものが感じられるところまで至れればいいなあ。

「いいなあ」とか言ってるようではいかん。

「至るのだ」

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難しく考えるな。左:江戸川萬時。Photo by bozzo.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:24| ブログ?