2020年03月01日

デマゴーグ拡散

コロナウィルスパニックの中、トレットペーパーとティッシュがなくなるというデマが発生。

原因はSNSによる拡散だとか。

一昨日、スーパーへといったらティッシュは「一人一つ」と書いてあって「可笑しなことを書いてるなあ。」と思っていたら昨日の朝日新聞に記事がのっていた。

ないと聞くと欲しくなる不思議な人間の心理。

右にならえは大嫌いという舞踏家ともあろうものが、まんまとそのデマにのせられて、朝イチでスーパーへと走ります。

スーパーには、すでに長蛇の行列ができていてびっくり退散。

他のドラッグストアーへと走ったら、見たこともない大行列ができていて仰天。あきらめて向かいの業務スーパーで買い物をして帰ろうと店内へ。

必要なものを買って、レジに並んでいたら米がひとつもなくなっていて不思議に思う。店員に聞いたら「昨日、家から出るなとニュースでやってたので皆さん買いだめしてるようです。」

ここにもデマがひとつ。

もう一軒のローカルなスーパーへと走って、まんまと買い占めの雰囲気に乗せられて買いだめする。

確かに外へ出るなと言われたら買いだめするしかないのか。そのスーパーにも米は数えるほどしか残っていなかった。

うちには隆夫さんが送ってくれた玄米もまだあるし、米を買いだめするのはやめました。必要以上に買うのは買い占め行為です。

しかし、このままだとそのうちに「全国のスーパーに閉店要請」なんてことにならないとも限らないのか。働いている人は感染リスクとかいうのがあるのだものな。

そんなことを考えるいっぽう「あの行列が、万が一感染した時の飛沫防止のためにマスクを買おうとする大行列だったら」と考えたら少し気分が違ってきた。

他者への思いやりのために並んでいる人々・・・

午後にもお酒を求めて遠方の格安スーパーへと走る。食べるものがなくなるともちろん困りますが、呑兵衛としてはお酒がなくなるのも怖ろしい。

スーパーへ入ったら皆さん鬼気迫る雰囲気で、すでに色んなものが品薄になり、ものによっては売り切れていた。

もちろんマスクはなくてトイレットペーパーとティッシュもなくなっている。お酒売り場へいったらアサヒスーパードライがいちばん売れていたな、ほとんどなくなっていた。

今年も3月11日が近づいてきていますが、あの時は買い占めというか略奪に近い感じでスーパーの棚がガラガラになっていた。

今回も異常な大衆心理が働いて混乱がはじまっている気がする。

夕方6時から安倍総理の緊急演説会を視聴。

ほとんど何も見ずに何も読まずに、いろんなことを堂々と演説していたので感心した。

立場上、責められたり非難されたりするけれど、ひとつの国を背負う人の姿がそこにはあった。自分にはできないことを確かにやっている人の姿がありました。

ここまで騒ぎが大きくなってしまったのはメディアとやはりSNSというものの存在が大きいと思います。

安倍さんは「断腸の思い」と言っていたけれど安倍さんだけの責任ではなくて、無自覚なすべての大人の責任なのでしょう。

子どもたちのためにも、この騒ぎがはやくおさまることを切に願います。

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ワイフが演説を隣で真剣に聞いてるなあ。と思ってたら寝てた。

参照:2020年2月29日 朝日新聞 社会
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2020年03月02日

デマに振り回されるな

SNSなどでデマゴーグが拡散する。

そのデマゴーグを信じる人があらわれる。

たとえば「マスクとトイレットペーパーの原料は同じで新型肺炎の影響で今後トイレットペーパーがなくなる」

トイレットペーパーの原料は国産や北米産の木材由来のパルプであり、マスクにつかわれる不織布とまったく異なるものなのでこれは嘘です。

「中国製のトレットペーパーの輸入もできずに品切れになる」

こういうデマも流れているけれど、去年1年間の中国製などの輸入は2.5パーセントに過ぎずほとんどは国産品であるからこれも嘘である。

けれどもそのデマを信じて買い占めに走る人があらわれてしまう。

そうするとたちまち品薄状態になる。実際に欠品になり、店頭から商品がなくなる。それを目にした人がさらに購入しようとして社会的な現象になってしまう。

いっぽうでそのデマを信じない人たちもいる。

信じなくて買いに走らない人がいます。うちのワイフがこれですね。

自分は信じていないけれど、信じる人がいてトイレットペーパーがなくなることは十分にある。と考えて買いに走る人です。前日に実際に品薄になっている状況も目にしていた。

このデマを信じて買いに走る人と信じていないけれど買いに走る人が合わさって、ほんとうに品切れになってしまうらしいです。

いまこの事態が起きて店頭からトイレットペーパーがなくなっています。

マスクと同じ素材だからとか中国製だからという部分は嘘なのに、品切れになるというのは本当になってしまういわゆるデマの現実化が起こっている。

WHOはこうしたデマを“インフォデミック”『情報の感染爆発』と呼んで、ウイルスより速く拡散すると警告。

インフォデミックは社会を無駄に疲弊させるため、その抑制には情報の送り手だけでなく受け手にも、これまで以上に注意が必要になっているそうです。

こういったデマの中でも情報が確認できないものと、確認ができるものがある。

トイレットペーパーに関するデマは情報を確認できるものです。

この時の最適な情報確認のやり方がクロスチェックというもので、複数の情報をチェックするという方法。

まずは匿名の情報は鵜呑みにしない。又聞きではなくて信頼できる機関の情報を調べる。それも複数の情報機関から得たほうがいい・・・要するに落ち着いて情報を判断しろということか。

いちばん厄介なのは、情報が確認できないもの。ほんとうか嘘かわからない情報か・・・

こういった偽情報に振り回されない方法はどうすればいいかなあ。聞き流せるようなデマならいいけれど、トイレットペーパーがなくなると困ると思うのは人情。

まあでもそんなのワイフの言うようになんとでもなるのか。

いざとなれば水で洗えばいいのだし。

いずれにしてもデマに振り回されないためには、不安になる自分の気持ちを見つめて冷静になるこころが肝要。

そうして舞踏の魂とも通じますが“疑う”というこころが大切なのです。

「はい、安易に買いに走って反省しております。」

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デマによる売り切れの仕組み。

参照:2020年2月29日 朝日新聞『社会』 2020年3月2日 毎日新聞『社会』  Yahoo!ニュース 2/29 7:00   Yahoo!ニュース 2/29 8:38
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2020年03月03日

直哉、合格、アイデア、ひなフェス

先日、後輩の小田直哉と会いました。

膝の靭帯を痛めているので最近、お酒は控えているとか。

われわれ舞踏家はからだが資本。まあでも「からだがあればいいんだよ」からださえあれば大丈夫。

怪我をしていようが病気だろうが舞台には立てます。

片腕がなくなろうが片足がなくなろうが、目が見えなくても耳が聴こえなくても舞台には立てる。惚けて右も左もなにもわからなくなっても大丈夫。

大丈夫どころかそのほうが面白い踊りができるのです。不健全な肉体に健全な魂が宿ったりもする。

大先輩の田村哲郎さんはガンにおかされながら舞台に立っていた。そしてそれは、感動的なとてもいい踊りだったようです。

ガンを売りものにするのは感動ポルノと一緒で嫌らしいけれど、感動を与えられる強い説得力は生まれたりするのだろう。

直哉に作品を創れと激励して散会、自分も作品を創らねばなあ。と思う。新しい作品を創りたい。アイデアは沢山あるのだけれど・・・

昨日は都立高校の合格発表の日でした。

娘が志望難関校に合格しました。朝6時から深夜2時まで毎日猛勉強をしていたからな。そこまでやっても合格ギリギリだとか言われて泣いていたので良かった。「おめでとう」

夢は願って努力すれば、叶うという成功体験をひとつ達成です。

夜は風呂に入っているときに『ふたつの太陽』のソロのあとについて思いを巡らす。

そのあとの展開がいまいちで気に入っていないのだけれど・・・そうか『2001年壺中の旅』と同じ展開にしたらどうかと閃く。

オープニングは1945年8月6日の広島の風景からはじまる。そして8時15分、すべてが止まる瞬間。その瞬間から群舞に入って冥界でのシーンへと続く。

亡くなって彷徨う主人公、木谷真一の独りのシーンがあってから亡者があらわれる。三途の川の船着場にてのエピソードがあってから川を渡って閻魔大王の前へ引き出される。そこへ菩薩があらわれて煙で衆生をすくって暴走機関車へ。

ケセラセラから赤玉がでてきてエンディングへ。つながっていく物語り。

そして今日はひな祭りです。

ひな祭りといえば、ひなあられにハマグリのお吸い物か。これだというような食べものは特にないのだな。お祝いだからなんでもいいのか。

色んなイベントで食べたりするものは何の根拠もないものが多いようです。節分にやるまるかぶりは、花柳界の下品な遊びからきたものだと落語のネタに残っています。

バレンタインデーのチョコレートってのも怪しくて、どうやら日本だけの風習のようです。すべて商いにつなげていく逞しい日本人の商売根性。

まあ、遊びみたいなもの。難しく考えずに楽しめばいいか。

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大駱駝艦舞踏手、小田直哉。大駱駝艦の制作体制は整っているのでらくだにいるうちに作品をどんどん創ったほうがいいのです。一歩外へ出たらリスクが高過ぎて作品を発表できなくなってくる。
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2020年03月04日

translation

マーセル・セロー著『極北』を読了しました。

翻訳の村上春樹さんが書いているように“近未来小説”ともいうべき物語だった。

近い将来に来るべき地球のお話しか・・・

戦争なのか気候変動なのか放射能なのかウィルスのせいなのか、あるいはそのすべてか小説のなかでは詳しくは描かれないが、人類はほとんど死に絶えている。

極北に生き残った人間は廃墟の中で原始時代さながらの狩猟生活をしながら人に怯え人を怖れ、ひっそりと隠れながら生きている。生き延びるために武器は手放せない。

襲撃者が殺人、略奪をおこなうからだ。捕まれば奴隷にされる。

平和な時のような優しさや思いやりは人間には残っていない、どこまでも冷たく乾いて不安に満ちた世界で主人公はタフにサバイバルを続ける。

小説の内容は何度も「えっ」と驚かせられる意外性に富んでいて、一気に読み進んでしまいました。ラストにはわずかな希望が残される。

小説の内容もさることながら、翻訳された文章が上等なのでしょう。翻訳しているのがノーベル文学賞の候補になるような超一級の小説家だものな。

海外の文学は翻訳された文章がへんてこなことが多い。なかなか読み進むことができなくて、途中で断念するのはその問題が大きいと思います。

文才というのは天性のもの。訳は合っているのだろうけれど、文章に魅力がなかったりするのです。

そんな中でいまでも覚えている面白かった名訳の小説は、やはり翻訳しているかたが上手だったのだろう。

若い頃に読んで衝撃を受けたスティーブ・エリクソンの『ルビコンビーチ』は島田雅彦さんの翻訳だった。

“ふたつの太陽”の制作のために読んだ『ヒロシマを壊滅させた男 オッペンハイマー』の翻訳は、池澤夏樹さんで資料として読んだけれどノンフィクション小説として単純に面白かった。

雑誌“Coyote”で読んだジャック・ロンドンの『野生の呼び声』は柴田元幸さんの翻訳だったけれどかっこ良かったなあ。

アウシュビッツ絶滅収容所に収容されていた心理学者、ヴィクトール・E・フランクルが書いた名著『夜と霧』は霜山徳爾さんと池田香代子さんの二人の翻訳版が出ている。

それぞれ興味深い違いがあると新聞で読みました。

名著とかいいながら恥ずかしながらまだ読んでいないので、池田さんの新訳をみすず書房に早速注文。

井上陽水さんの名曲『傘がない』をロバート・キャンベルさんが翻訳した。

タイトルを当初は “I've got no umbrella” としていたけれど、陽水さんに見せたらダメがでた。

「傘というのは、生きているうちにある色んなことから自分たちを守ってくれるものだから、誰かのものであってはならないんです。」by Yohsui Inoue

結局、陽水さんのいう通りに “No Umbrella” になったが、キャンベルさんは納得がいっていないようです。

翻訳か・・・

原文で読めれば良いのだけれどなあ。

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“FAR NORTH” 高山裕子さんのカバー絵を模写。徹頭徹尾、かっこいい小説だった。
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2020年03月05日

魔法の油

魔法のオイルと呼ばれる“パーム油”

スーパーに並ぶ商品の約半分に含まれていると言われる。

食品への利用が全体の8割を占めるが、ほかにも、食器・洗濯・掃除用の洗剤やシャンプーにも使用され、石けんには主成分として含まれている。

コンビニやスーパー、外食チェーン店などのフライドチキンやコロッケ、またドーナツなどの揚げ油としても、日本では広く使用。

実際の原料表示では、次のような名で記されている。

植物油・植物油脂・ショートニング・マーガリン・グリセリン・界面活性剤、etc...

数多くある植物油の中でも、パーム油が世界一消費される植物油なのには理由がある。

まずはその使いやすさ。

パンやお菓子、洗剤など、さまざまな商品に利用できる。また、食品に使用するときは、トロっとした食感も、サクっとした食感も出せる。

他の植物油と違い、肥満や心筋梗塞を引き起こすとされるトランス脂肪酸を、ほとんど出さずに加工できる。

さらに、苗を植えれば、年間を通して収穫できる時期が約20年以上つづくとか。つまり、他の植物油に比べて、生産効率が高く、その収量が桁外れに多いのです。

価格が安いことも、魅力の一つといえるとか。

そんな良いことずくめで世界中で需要が増え続けてる、パーム油がもたらすさまざまな問題。

「パーム油が、世界中で幅広く利用される一方で、その生産にともなう開発は、東南アジアの熱帯林破壊をもたらす原因として指摘されてきました。

また、火災や泥炭地開発がもたらす気候変動への影響、開発に伴う人権侵害、アブラヤシ農園での劣悪な労働環境など、生産に関わる問題は深刻なものばかりです。」

うーむ、どれもこれも大変な問題だな。

「この、アブラヤシ農園の開発に伴う、森林や泥炭地における火入れの影響は、特に問題視されています。

インドネシアやマレーシアの森林や泥炭地の火災は、毎年、雨が少ない乾季に多発しますが、その原因の多くは放火だと考えられています。

水が抜かれて乾いた泥炭地は、非常に燃えやすくなっているうえ、雨季が来るまで完全に火災を消し止めることが困難であることから、大量の温室効果ガスの発生源となってしまうのです。」

うーむ、これはもはや犯罪だな。

「無計画なパーム油生産の拡大は、熱帯林を減少させ多くの野生動物からすみかや食物、そして命を奪ってきました。」

これも問題。

「パーム油の生産が引き起こしている、さまざまな問題を解決するうえで、現在もっとも重要なのは、環境や地域社会に配慮した“持続可能なパーム油”の生産を広げることです。

WWFジャパンは、持続可能なパーム油の普及をめざし、その生産国であるインドネシアと、消費国である日本、双方への働きかけを実施しています。

消費者の皆さんが、環境や社会に配慮して作られたパーム油が使われているのかどうか関心を持つ。メーカーに問い合わせして聞いてみる。

こうした1つ1つのアクションが、持続可能なパーム油への需要を高め、原産国が森の環境を守る機運につながります。」

了解です。気にしてみます。

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RSPO『持続可能なパーム油のための円卓会議』承認製品とRSPOマーク。制作:Kumotaro Mukai.

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2020年03月06日

右向け左

野田秀樹さんがウィルスによる公演中止について意見書を発表した。

下記に全文を転載します。

「コロナウィルス感染症対策による公演自粛の要請を受け、一演劇人として劇場公演の継続を望む意見表明をいたします。

感染症の専門家と協議して考えられる対策を十全に施し、観客の理解を得ることを前提とした上で、予定される公演は実施されるべきと考えます。

演劇は観客がいて初めて成り立つ芸術です。

スポーツイベントのように無観客で成り立つわけではありません。ひとたび劇場を閉鎖した場合、再開が困難になるおそれがあり、それは「演劇の死」を意味しかねません。

もちろん、感染症が撲滅されるべきであることには何の意義申し立てするつもりはありません。

けれども劇場閉鎖の悪しき前例をつくってはなりません。

現在、この困難な状況でも懸命に上演を目指している演劇人に対して、“身勝手な芸術家たち”という風評が出回ることを危惧します。公演収入で生計をたてる多くの舞台関係者にも思いをいたしてください。

劇場公演の中止は、考えうる限りの手を尽くした上での、最後の最後の苦渋の決断であるべきです。

“いかなる困難な時期であっても、劇場は継続されなければなりません。”

使い古された言葉ではありますが、ゆえに、劇場の真髄をついた言葉かと思います。」by 野田秀樹

社会の流行に流されてはならない。

社会の流れに鋭敏ではあるべきですが、それに迎合するのは芸術の死を意味する。

芸術は社会の対極にあらねばならない。

社会のありとあらゆる常識から自由でなくてはならないのです。

社会が右というのなら左を向く。左だというのなら右を向く。常識を疑って疑って「本当か?本当にそうなのか?』問いかけ続けねばならないのです。

そうして新しい価値観を想像する。新しいものの見方を創造する。こんなんでもいいんだ。こんなのでもいいんだよ。

このクソつまらなき世の中を面白く。このクソつまらなき世の中で面白くだ。

若い頃に読んだ野田さんの全演劇人へ向けた「どうか最前線で闘うものたちの足を引っ張らないで欲しい」という檄文も永久保存しています。都志にあるのでそのうち全文を記載しよう。

野田さんかっこいいなあ。

3.11の直後にAERAが“放射能がくる”と表紙にでかでかと見出しにしたら、すぐに連載をやめてしまってた。気概があるのだな。

「決してまけない、決してやめない、決してあきらめない」

先日、出会ったスリランカ人“ガヤ”の言葉を思い出した。

身勝手だとか攻撃されることをものともしないタフな精神を育みたい。検閲されても弾圧されても屈しない強靭な魂を養っておきたい。

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学園祭のポスターみたいになってしまった。
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2020年03月07日

影響拡大

安易に“感染拡大”という言葉をつかうのをやめなければならない。

自分の身のまわりに一人でも感染者がいるのならば理解できるけれど、まったくいないのにもう少し丁寧に表現をつかわなければならないです。

ほんとうに拡大しているのか。感染者はそんなに増えているのか。

メディアは冷静に正確に言葉を選ばなければならない。

インフルエンザの致死率が1%で新型肺炎の致死率が2%、たった1%の違いなのにテレビで致死率がインフルエンザと比べて“断然に高い”と表現していて首をひねってしまった。

表現の仕方が間違っている。

エボラ出血熱の致死率が約50%、MERSの致死率が約34%、SARSの致死率が約9%でそれらに比べても断然に低いのがわかる。

メディア関係者は、言葉を使う前に本当か?本当にそうなのか?疑って考えて冷静に判断をしなければならない。

さて自分の生活にも多大な影響を与えている安倍首相の自粛要請と休校要請。

娘はもうすぐ高校生だけれど、そろそろ家でじっとしているのが苦痛になってきている。どこかへ遊びにいければいいのだが、そうもいかない。これがもっと小さな子どもだったらたいへんだぞ。

最近、公園を通りかかると夥しい子どもたちが遊んでいるが仕方がない。行くところがないのだものな。

大駱駝艦の公演自粛に続いて、セゾン文化財団の懇親会が自粛になりました。毎年、若い才能あるクリエイターと会って話すのを楽しみにしていて、刺激を受けていたのですが・・・

今年は懇親会の前にジュニアフェローの村川拓也君が座長で自己紹介の会のようなものを開催すると案内をもらっていたので、参加して舞踏?レクチャーパフォーマンスをやろうかと考えていた。

若いクリエイターに向けて「舞踏?」を自由自在に縦横無尽に融通無碍に紹介しようと思っていたけれど、残念。

村川君は関西を中心にドキュメンタリー演劇ともいうべき手法で活動をしていて、噂だけを聞いているので本人に会うのも楽しみにしていた。

湯山が公演を観て感動したと言っていた。

ドキュメンタリーか・・・作為があまりなくて自然な展開に任せるということか。台本がないのかな。舞踏でいえば即興が強めという感じか。

しかしインプロビゼーションという言葉よりは、ドキュメンタリーという言葉のほうがより自然なイメージが湧いてきてしかも新しい感じがするので不思議。

即興というと踊ろうとしている感じがするし古臭いし、まだ作為を感じる。

言葉の選び方か・・・こころして気をつけないとな。

自分も安易に“感染拡大”という言葉を記してしまっていた。けれども「ほんとうに感染は拡大しているのか?」と自問自答して、すぐに思い直して訂正しました。

あとから訂正はできるけれど、その瞬間にはすでに流れてしまっているので怖ろしい。

もしかしたら、この騒動の一端を担ってしまっているかもしれないのです。

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土方さんの『慈悲心鳥がバサバサと・・・』のトレースも披露しようかと思っていた。Photo by bozzo.

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2020年03月08日

ガラスの天井を突き破ろう

今日は国際女性デーです。

世界経済フォーラムによって2019年12月に発表された“ジェンダーギャップ指数”『男女間の格差を測った指数』において、日本は153カ国中121位だって。遅れ過ぎてる。

先進国首脳会議(G7)の中では最下位という結果となった。

フランス12位 ドイツ14位 イギリス15位 カナダ16位 アメリカ51位 イタリア70位か・・・ぶっちぎりで遅れてる。

男女格差のない国の1位はアイスランド。そして2位はノルウェー、3位はフィンランド。

日本が大きく順位を下げている理由は、相も変わらない女性の政治参加の低さと経済分野での女性の地位の低さです。

世界各国の議会で構成する『列国議会同盟』が、3月8日の国際女性デーをまえに女性の議会進出に関するレポートの2019年版を公表した。

それによると、日本の女性国会議員比率は9.9%で、193カ国中165位だった。政党の自主性に任せても無理なのだから“クオータ制”などの法制度で更なる改善を促すしかないぞ。

1985年に制定された男女雇用機会均等法は、職場における男女の差別を禁止し、昇進・昇給などにおいても平等に扱うことを定めた法律ですが、不平等はまったくと言っていいほど是正されていない。

企業で女性がしめる部長職の割合は6.6%(2018年6月 内閣府)だって・・・一割もいない。

そうして働く女性の半数を超える人が非正規雇用だという。男たちにいいように搾取されてる。

パートである理由は、子どもを生んで職場復帰できなかった、子育てと両立できない、収入を抑えたい、etc...etc...ほとんどは男性優位の社会システムが原因です。

「日本死ね!!!」と女性に言わしてしまう国だから仕方がないのか・・・

女性の政治家がたくさんいれば、女性に「死ね」なんて口にさせてしまうような子育てしにくい社会にはならない。

なんとかして女性が社会を変えていくしかない。社会を本気で変えたいなら政治から変えなければならない。

なんとしでも女性が政治に参画するしかないのです。

さて男性が育休をとるのが議論になっていますが、遅れてる。当たり前のことが当たり前ではない国家。

元衆議院議員の宮崎謙介さんが4年前に国会議員としてはじめて育休宣言した時は「一生、休んでろ」と自民党のベテラン議員に言われたとか。

酷いことを言うなあ・・・そんな男たちがこの国の根幹を担っているのだものな。

液体ミルクの件といい、社会に女性を出したくない男性がほんとうに多いのです。

けれどやはり原因は思い込みか・・・頭が固い人が多い。子どもの面倒は女性が見るべきだ。根深い社会の思い込みが女性の社会進出をいまだに拒んでいる。

ジェンダーに関する女子高校生調査報告書2019によると「家では誰が家事をしているか」という質問で、80%近くが「ほとんど女性」と答えている。

教育からも変えていくしかないな。社会を変えたいならば教育も変えなければならない。

教育は国の根幹を成すのです。

『あしたをひらく女性の会』元代表で市会議員であった母親の影響で、骨の髄からフェミニストな舞踏家からでした。

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日本女性も立ち上がれ。Photo by Google.

参照:2020年2月14日 朝日新聞  happywoman.online (公)国際協力NGOジョイセフ  gooddo マガジン  2020年3月8日 朝日新聞 毎日新聞 PROJECT DESIGN ONLINE
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2020年03月09日

9年目、ふるさと、怒り、遅れ

もうすぐ9年目の3月11日です。

復興は進んでいるのかな。

新聞やテレビで見るぐらいだからはっきりとしたことは記せない。生きていくためのさまざまな問題は山積みのようだけれど、実際に現地にいって見て聞いてこないといけないな。

「東日本大震災の被災地は、復興理念にある“日本のあるべき姿”になっていない

まちの基盤は整っても、新たななりわいを創出しなければ、ぴかぴかの過疎になるだけだ」by 東野真和 朝日新聞編集委員

1万8000人以上のかたが犠牲となった東日本大震災。

行方がわからない人は宮城県で1217人、岩手県1112人、福島県196人。身元がわからない遺体が宮城県警に8体、岩手県警に49体、まだあるのだとか。

行方不明の身内がいる家族にとっては、オリンピックなんてほんとうにもう、どうでもいい他人ごとの大騒ぎでしょう。

津波や福島第一原発事故などで最大、11万人を超える人たちがふるさとを追われた。いまだにふるさとに帰れない人が4万7737人いる。

ふくしまの花も実もある平凡なふるさとともう誰も笑えず 駒田晶子

東京五輪の聖火リレーは被災地も走るとか。

けれども沿岸部にできた最新施設の近くをわずかに走るだけだったりする。復興した場所だけを見せて、置き去りの地域は見て見ぬふりのような感じ。

「新しくつくったとこばっかり走って何がいい?悪いところも発信しろっていうの。自由に帰れない、除染もまだの場所だって多い。人の生活を戻すことが最優先でしょ、順番が逆。」

福島県大熊町の帰還困難区域に自宅がある元農家の男性は憤る。

「五輪の放送がはじまったら、テレビのプラグを抜くつもりだ。」という福島県飯館村の人の言葉も新聞で読んだ。そこには福島の原発でつくられた電力を消費していた東京都民への怒りも語られていた。

前回のオリンピックではこころから祝福しない人は、一人もいなかったかもしれない。今回は残念だが最初からつまずいている。

そうして原発の問題も、いまだにまったく解決していない。

廃炉作業に立ちはだかるのが、放射性物質。作業員の被曝の危険性も相変わらず。

2年半後には保管不能となる汚染処理水の処分もまだ決まっていない。

処理しきれない放射性物質が残るのに、国は「海に流すか大気中に放出するしかない」とか言ってるようだけれど、地元の人たちが許すわけがない。

核燃料と比べるとはるかに扱いやすい使用済み核燃料の取り出しは遅れ続け、廃炉作業はスタートライン上か、まだスタートラインにも立てていないのが現状だとか。

2021年だった目標は、10年遅れて2031年にずれ込んだ。ただこれもあくまで目標、溶け落ちた核燃料の状態は不明で廃炉の最難関、核燃料の取り出し時期は未定だって。

廃炉完了予定は40年後、50年後?このままだと冗談ではなく、あと100年はかかるのかも・・・

困ったなあ。

人類は自分たちでは制御不能のたいへんな怪物を生み出してしまったのです。そしてその恩恵を受けていた自分たち。

ああ春の向こうからどっと駆けてきてふくしまの子らがわれの手を引く 齋藤芳生

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Chim↑Pomが渋谷の岡本太郎の壁画にフクシマの絵をゲリラ的に追加したのは、2011年3月11日だったけど冴えてた。

参照、引用:2020年2月3日 3月7日 3月8日 3月9日 毎日新聞 2020年3月4日 3月6日 3月9日 朝日新聞
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2020年03月10日

失われたいのち

今日、3月10日は東京大空襲があった日です。

3.11は皆んな覚えているが、では3.10は・・・

もう皆んな忘れてしまっている人が多くて、メディアでも取り上げられることはほとんどない。今日の新聞にも小さな記事がひとつずつのっているだけだった。

そうやって1.17を忘れ、3.11を忘れていくのかもしれない。けれど忘れるというのは人間にとって必要で自然なことだと思います。

辛いことをいつまでも覚えているのはたいへん。いつまでも悲しみを抱えているのもしんどい。“日にち薬”というように時が悲しみを癒してくれるのは本当でしょう。

けれども戦争の記憶だけは風化させてはいけないのだと思います。天災ではなく人災である戦争というもの・・・

1945年3月10日0時7分、米軍は279機のB-29で江東区、墨田区、台東区、中央区への無差別爆撃を開始した。

東京への空襲は1944年11月からはじまっていたが、3月10日の爆撃は最大規模だった。

38万1300発の焼夷弾が落とされた。ナパーム弾というほうが馴染みがある人も多いでしょう。ベトナム戦争で米軍がつかったガソリンを主体にした爆弾。

ゼリー状のガソリンが一度、木材などに飛び散ってついてしまうと何をしても火が消えなくなるとか。

目標が煙で見えなくなるのを避けるため、風下の東側の街から順に攻撃する指示が出されていた。

0時20分には港区への爆撃も開始、その他、下谷、足立、神田、麹町、日本橋、本郷、荒川、向島、牛込、小石川、京橋、麻布、赤坂、葛飾、世田谷、豊島、渋谷、板橋、江戸川、深川、大森が次々と爆撃された。

木と紙と草でできた日本家屋はナパーム弾によって次々と燃え上がり、東京はたちまち火の海になっていく。

爆撃と並行して機銃掃射もおこなわれ、非戦闘員、民間人の多くが殺された。

大空襲によって発生した大火災によってB-29の搭乗員は真夜中にもかかわらず、機内で腕時計の針が読めたという。人が燃える匂いはB-29の機内にも充満した。

「炎が燃え移って、人は火だるまになった」「燃えている赤ちゃんをおんぶしたまま走っているお母さんもいた」当時8歳で生き残った二瓶治代(にへいはるよ)さんは証言する。

空っ風により燃えに燃え、火は10日の夜まで続いた。

罹災者100万人、焼死、窒息死、水死など死者約10万5000人といわれるが混乱を極めた戦時中のため、いまも正確な死者の数はわかっていない。

永遠に失われた10万のいのちと、そのいのちにつながるはずだった未来の生命・・・

それでも大日本帝国は降参しなかった。

「通常の爆撃だけでこれほどの被害を与えられたのだから、原子爆弾を落とすことは必要ないのではないか。」

アメリカではそんな意見が科学者や良識ある軍人から出されたが、莫大な経費をかけて進行する計画を止めることはもう誰にもできなかった。

そうして8月6日、8日の無警告での無差別原爆実戦投下へと時計の針は刻一刻と進んでいくのであった。

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ヒロシマ、ナガサキは公的な追悼式典があるが、東京大空襲は大規模なものはないようです。合掌。Photo Illustration/ Getty, U.S. Air Force, Japan Air Raids.org

参照:東京大空襲・戦災資料センター Wikipedia   2020年3月10日 東京新聞 毎日新聞  2020年3月10日11日 朝日新聞 Cable News Network.
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2020年03月11日

踊りとは祈り

今日で2011年から9年の歳月がながれました。

10年ひと昔というけれど、昨日のように感じるのはそれだけ起こったことが強烈だったからでしょう。

9年前の3月11日は世田谷パブリックシアターにて大駱駝艦本公演『灰の人』の稽古だった。地下三階のスタジオでの通し稽古中、兄弟子村松卓矢と二人のシーン。

いつもは何気なくやる何でもないシーンで、それまではなかったような失敗が起こった。二人でもつ大皿にのったバラの花が落ちてしまったのだった。

落ちるはずのないバラ・・・

「なにやってんだ」師匠の麿赤兒があきれたように怒っていた。仕切り直して、もう一度やったらなんとまた落ちてしまった。

地面が大きく波打って立っていられなくなったのは、次の瞬間だった。あれは虫の知らせだったのか。

悲鳴がおこってスタジオ内は大混乱、緊急ベルがなって避難を勧告するアナウンスが入って稽古は中断、どうやって地上へ避難したのだろう?エレベータはうごいていたのか?忘れてしまった。

地上へ出たら三軒茶屋駅前の広場に無数の人が避難していた。大きな余震がおこって27階建てのキャロットタワーが左右にゆっくりと大きく揺れて、どよめきがおこって皆んな後ずさりした。

あれはまるで巨大な怪獣がうごいているようで凄まじい迫力があった。

誘導されて避難先の大きな公園へといって、用を足そうと隣接の施設へと入ったら巨大なモニターがあってそこに信じられないような光景が映っていた。

街が次々と海に呑み込まれていくのだった。それが宮城県の映像だとわかって、宮城出身の我妻恵美子の顔から血の気がなくなって呆然としていたのをいまだに覚えている。

ちなみにその後、我妻の宮城の家族とは連絡がとれて無事が確認されてよかった。

稽古は中止になって散会したけれど、電車がすべて止まっていてどうしよう。

いまは亡き関克郎さんと村松と3人で下北沢まで歩いて「どうせ電車はうごかねえんだから、じたばたしてもはじまらねえ」と駅前の居酒屋に入って腰をおちつけた。

その頃、ワイフは荻窪の会社から歩いて西東京市まで帰ってきて娘を保育園に迎えにいってくれていた。「ありがとう」

なんとかかんとか家まで帰ったら、テレビのCMがすべてACジャパンになっていて驚いた。

いちはやくChim↑Pomがうごいて渋谷の岡本太郎の壁画にフクシマの絵を追加して話題になっていて「やられた」と嫉妬した。

あれはほんとうに冴えてたなあ。あの世で岡本太郎さんも手を叩いて喜んでいたでしょう。

それから連日、被害をうけた東北の映像と福島第一原発の映像が垂れ流されていたが、無力なイチ舞踏家にはなにもできず「踊りとはなんなんだろう?」と日々、悶々と自問自答していた。

現地へいくこともできず、あの頃を思い出すとどこかうしろめたい気持ちになる。けれども明日は我が身なのです。

次々と公演が自粛中止になるなか、麿さんはそんなことをもろともせずに本番を決行。

「いい踊りをするしかない。それが祈りにつながるのだ。」

そう自分に言い聞かせながら『灰の人』本番に臨んだのでした。

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『ありがとウサギ』海外で「日本は終わった」となって、慌てて通常のCMをはじめたと湯山が言ってた。
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2020年03月12日

畏怖すべきちから

2013年に福島にいった。

あの時は、川口隆夫さんの付き添いのような感じでついていっただけなので、物見遊山的な気楽さがありました。

それだけにまだまだ復興途上にある現地のさまざまを見るたびに、なんにも貢献できないのが申し訳なかった。

津波でなにもかも流されてしまったところは瓦礫こそ片付けられていたが、まだ砂浜に骨が転がっていた。

もともとの住民のかたと避難してきた仮設住宅のひとが、別々にお祭りをやったりで複雑な雰囲気だった。

人間にはいろいろと事情があってそうそう簡単に仲良くするとか、ラブ&ピースとかってなわけにはいかないのだな。

2017年に宮城にいった時は仕事だったので、ツーリスト的な気楽さはなかった。

海岸では巨大な防潮堤の工事が続いているのを目撃して、復興はまだまだという印象だった。

皆さん、口々に「海が見えなくなるのが嫌だ」と言っていたが、どうしようもないのも現実だという諦めも感じた。完成している防潮堤は凄まじい圧迫感で、見ていてなんとかならないものかと思った。

実際に海が見えないのは不安だし不気味だったなあ。

そこは5メートルの防潮堤だったが、話しを聞いていると場所によっては10メートルを超えるなんていうところもあるようで、びっくり。そんなものがあったら景観が損なわれるというのも事実です。

長さ2.4キロ、高さ10メートルの巨大な二重の防潮堤で守られていた岩手県宮子市田老地区では、その壁を津波が乗り越えて200人近い犠牲者が出たとか。

本当にいのちを守るために、巨大なみにくい壁で自分たちを囲まざるをえないのか?

「議論は震災直後。どうしても“津波に流されたくない。高い方がいい”という気持ちが働き、単純な結論に至ってしまった。」と岩手県大槌町の方が後悔する。

「今なら“高い防潮堤より山を開いて高台を”と言えるが、当時は行政からそんな提案もなかった」と宮城県気仙沼市の吉田三喜男さんも語る。

宮城へは石巻でおこなわれたアートフェスティバルの講師でいったのでした。

美術鑑賞ツアーで見て回っていたら、砂浜に木を立てるというインスタレーションをおこなっているアーティストがいた。

砂浜に木を立てるという作為とそんな人間の小賢しい営為などものともしない大自然の雄大さが、残酷なコントラストを描きだしていた。

すべてを押し流してしまう大自然の畏怖すべきちから。

どれだけ人間が巨大な防潮堤を造ったところで、時として軽々とそんなものは超越してしまう大自然のちから。

コントロールするとか制圧するとかではなくて「人間なんてどうせ地球というものに寄生させてもらっているようなもの」としなやかにやわらかく共存、共生をさせて頂く。

そんな謙虚な気持ちがないと、人類はこのままだとほんとうに淘汰されて滅んでしまうのだろうなあ。

そうして、そんなことは大自然にとってはどうでもいいこと。

地球が生まれたときに人類はいなかった。地球が滅びるときにも人類はいないのでしょう。

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村上春樹さんの小説で高い壁に囲まれた街のお話があった。

参照・引用:2020年3月10日 毎日新聞
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2020年03月13日

自由とは、生きるとは

ヴィクトール・E・フランクル著『夜と霧』を読了。

強制収容所に送られると最初に持っている僅かなものをすべて奪われ、最後に名前さえ奪われ番号で呼ばれる。

そこから生きるための壮絶なサバイバルがはじまる。

“カポー”と呼ばれる収容者の中のもっとも残酷なものが任命されて、徹底的に理不尽な嫌がらせやいじめをおこなう。

理由も原因も何もなく気分で殴る蹴る。止めるものなど一人もいない、抑圧するものと抑圧されるものしかいない。カポーは親衛隊員よりも圧倒的な暴力を振るう。

そんな収容所暮らしが長く続くと生存競争の中で良心を失って、暴力も仲間からものを盗むことも平気になってしまう。

けれどもそういう人間だけが生き延びることができたという。

「とにかく生きて帰ったわたしたちは、みなそのことを知っている。わたしたちはためらわずに言うことができる。良い人は帰ってこなかった、と。」

極寒の夜に一枚の毛布に何人もが身を寄せ合って眠るので常に寝不足、わずかなパンと水のようなスープで常に空腹で一日中、飢えている。

雪の中、一晩中立たされるなんていつものこと。からだは濡れてガタガタ震えても放置される。

一年に一回シャワーを浴びられるか浴びれないか。何年も服は替えられず、まるでボロ雑巾のようなものを身につける。

生き延びるために少しでもましな服を死体から剥ぎ取る。

あるとき著者のビクトールは皆んなにむけて語る・・・

いま、希望を捨ててあきらめてしまう必要はない。 なぜなら、未来のことは誰にもわからないから。 

大きなチャンスは前触れもなくやってくることを、わたしたちはよく知っている。飛び上がって喜ぶようなことは、いつも突然おこるのだ。 

わたしたちは未来について、未来は未定だということについてよく知っている。いまは苦しくて厳しい状況だが、楽しかった過去について思い出してみよう。 

未来の不安といまこの困難なときを、いまなお照らしてくれる過去からのひかり。 

“あなたが経験したことは、この世のどんなちからも奪えない” 

そして人が生きることには、つねにどんな時にでも意味があるのだ。

この生きるということ、存在することの無限の意味はたぶん、苦しむこと、死ぬこと、苦と死をもふくむのだ。

わたしたちの闘いが楽観を許さないことは、闘いの意味や尊さをいささかもおとしめるものではない。

そのことをしっかりと意識して、勇気を持ち続けて生きていこう・・・

ある朝に突然の解放、よろめきながらおどおどと門から外へと出る。

自由になりいのちからがら収容所から生還する人々だが、夢にまでみた世界に失望する。愛する人や家族はすでにいないのだ。

これ以上はもうないと思うぐらいのどん底を味わったのに、まだその底があるのだと。

読み終わってふと思う。

この世界もいってみれば、もっと大きくてゆるやかな収容所なのかもしれない・・・いやそんなことない。自由というのはやっぱり素晴らしいと思う。

自由を奪われるというのは、人間にとっていちばん辛いことなのだ。

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600万人といわれるホロコーストの犠牲者。憎悪政策か・・・嫌だなあ。
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2020年03月14日

ウィルスとともに生きる

昨日、WHO・世界保健機構から『パンデミック』の状態だと発表がありました。

発表があったからといって、なにがどうなるわけでもないようです。

前回、パンデミック状態になったのは2009年の新型インフルエンザ流行のときだとか。まったく覚えていないのは、当時は壺中天にどっぷりと潜り込んでいて新聞を読んだり世間の動向にまったく無関心だったからか。

しかし娘がそのインフルエンザにかかっていたというから、身近なことだったのだな。あの頃は創作に夢中で家庭を省みることもなかったのです。「申しわけない」

今回は、身近に感染している人がひとりもいない。これからなのかな・・・

やはり「そこまでのことなのか?」と思ってしまう。インフルエンザでも命を落とす人はいるのでしょう。へんなの。

マスコミが騒ぎすぎている。メディアが取り上げすぎている。報道が加熱しすぎている印象です。

飯のタネだから仕方ないのだろうけれど、騒ぎを大きくしているという自覚を持っていただきたい。

感染拡大していく情報。

「従来の感染症は多くの犠牲を出すことで、望むと望まざるとに関わらず社会に変化をうながしたが、新型コロナウィルスは被害それ自体よりも『感染が広がっている』という情報自体が政治経済や日常生活に大きな影響を与えている。」

そう長崎大学熱帯医学研究所教授の山本太郎さんは語る。

感染した人でも亡くなる人よりも完治して退院する人の方がはるかに多いし、症状がないままウィルスが排除される人も多い。とも語っていた。

冷静で正確な報道をよろしくお願いします。

ウィルスは、決して母体である人を滅ぼそうとするわけではない。母体が死ねば、自分も滅んでしまうからだ。病原体のほうでも、人間との共生を目指す方向に進化していくのです。

これは、人類が地球を滅ぼそうとしているわけではないのと似ている。地球がなくなったら人類なんて生きていけるわけがない。

ウィルスというのは、ここまで恐れるようなものではないのです。

人類と地球の腐れ縁のようにこのまま、ずーっと続いたらどうするつもりなのか。いや、そうなるのか。今後は新型ではなくお馴染みのコロナウィルスとなって、毎年流行するようになるのかもしれない。

人類は天然痘を撲滅したけれど、それによって人が持っていた天然痘の免疫力も失ってしまった。そのせいで将来、天然痘やそれに似た病原体があらわれたときに対処できないかもしれないのだとか。

よく知られた事実ですが、抗生物質で菌を殺すといかなる抗生物質もきかない耐性菌へと進化することがあるのです。人為的に生み出されてしまった病原体・・・

根絶や撲滅、絶滅させようとか考えずに共存していくほうが自然なのだな。

ウィルスもヒトも共に一緒に生きていく。そのほうがいいのです。

そう、こころから思います。

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コロナウイルスの大きさは直径100ナノメートル、1mmの100万分の1だって。

参照:2020年3月11日 朝日新聞 文化『感染症と社会』3月13日 朝日新聞 総合
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2020年03月15日

うーん、うーん

大駱駝艦稽古。

前のダンサーの踊りが終わったら、次は自分の出番だけどきっかけがわからない。もうハケているのか見えないのでよくわからない。

舞台を観ていると、すでに皆んなハケているようで舞台が空いていて「しまった」

慌てて出ようとするけれど、上手から出たほうが良さそうなので上手へいそいでまわっていく。

袖からゆっくりとうねりながら出ていく。「大きくゆっくりとオドレよ」と自分に言い聞かせる。丁寧に慌てないでオドレ。

ふらふらしないように気をつけながら、センターまでいって思い切って「バタン」と倒れる。そこから、そのまま奥へいってハケる。

舞台奥でくつろいでいたら「まだ出てるぞ」と麿さんにいわれて慌てて舞台へ。

楽屋で灰皿に得体のしれないものがあるので、手にとってしげしげと見てみる。そして少し燃やしてみる。穴があったので線香をさして燃やしたら強烈な匂いだったので、楽屋ではまずいと消す。

一行がやってきて灰皿から得体のしれないものを手にとって「あれ、ちょっと燃えてません」と不思議そうに自分を見てくる。

しまった、一行の小道具だったのか・・・「ごめん、ちょっと燃やしてしまった・・・」

一行が愕然とした顔で「最低」と言い残して去っていった。「しまったなあ」気まずい雰囲気で軽口を口にしようかと思うけれど、もちろんやめる。

そのまま車で皆んなで劇場へと出発、車の外に勝二がつかまって立っていて「大丈夫か」

心配になるけれど目が覚めて「夢で良かった」

父親の家へいくと玄関に3つの彫刻がおいてある。

すべて同じ素材でできていて良いなあと思う。中へ入ると大きくて広い作業机があって、将来はここで自分も仕事をするのかと感じる。

袋の中に人形がたくさん入っていて、その中のひとつを取り出したらうごきだして怖ろしい。

三階建てのたてもの。上から下へといったりきたりする。屋根から下へ降りようとしたら、高くて怖ろしい。

鉄割ではめずらしい野外劇場での練習、戌井君に「むかいさん」と言われて舞台へと出ていく。裏で渡部、村上君が衣裳を着てうろうろしてる。

奥村君はいないので出ていないのか。と思う。

本番は、お客さんがたくさん入っててガヤガヤと賑やかで流石だなあ。

客席で観てたらどんどん面白く進んでいく。客席から出るよりも舞台から出たほうがいい。と気づいて楽屋へ。白塗りもしないほうが良かったか。と反省。

どんどん進んでいくけれど、さっきは戌井君に「ここだ」と言われたので出番がわかったけれど覚えてなくてしまった。

忙しそうにうろうろして皆んなにいろいろと指示している戌井君をつかまえて出番を聞くけれど、申し訳ない気持ちになる。

覚えていない自分が悪い。ごめんなさいと思いながら目が覚めて「夢でよかった」

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世界中の多くの人の夢に現れる男『THIS MAN』だって。
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2020年03月16日

ひっこしとつっこみ

昨日は鉄割アルバトロスケット座長、戌井昭人と奥さまの愛可さんの家の引越しでした。

若い頃は、というか大駱駝艦にいる頃は「座長の引越しを手伝っているようなグループでは駄目なんだ」と自らにツッコミを入れていました。

けれども歳をとって、文字どおりいまだにお互いの引越しを手伝いあったりしているのは「良いものだな」と思えるのでした。

いつまでも専門家になれない素人魂とでも言いますか、上手くなろうとしてない感じがある。歳をとればとるほどこれからどんどん味が出てくる、経年良化の可能性があるような気がする。

麿赤兒や渋さ知らズと同じかんがえなのだな。いつまでも赤ん坊でありたいとかんがえていて、渋くなんてなりたくないという、こころざしなのです。

戌井君、相変わらず面白かった。

いつもすべてを馬鹿にしてるというか、すべてはそんなに大したことではないのだという諦めというか、達観というかふざけてるような適当なような、ちからが抜けてるような・・・

一緒にいるとそんなふうに感じて、あらゆることが馬鹿馬鹿しくなってきて、こちらもちからが抜けてくるのです。でもそれでいいのだ。いや、それがいいのだ。

常に常人とは違う回路でものを考えているし、ものを見ているのである。それがやはり血筋なのだろうけれど、上品で嫌味ではなくてDNAレベルで身についている感じがする。

常に面白いことを探しててだからこそ面白い人を見つけるのも上手で、人生を独特に楽しんでいるのである。

自分でも確か書いていたが「生きているのが恥ずかしい」のだな。とも思う。

これは全人類が見習うべき感覚だと思います。

対極にあるのはトランプみたいな人だな。傲慢で自信満々で自分のことしか考えてなくて、人や自然やあらゆることをないがしろにしてる。謙虚さのかけらもない。

人類という恥ずかしい生きもの。という自覚を持って、もっと謙虚にならないと“おごる平家は久しからず”だぞ、トランプ君。

「生きててごめんなさい」だよ。

さて、そんな戌井君が大ファンである深沢七郎の『書かなかればよかったのに日記』をいま読んでいます。

深沢さんの書く文章は独特の語り口で言い回しがへんてこなのだ。それがまた独特のペーソスを生みだして、読んでいると小気味がよいのだな。

いやらしい感傷が皆無でべたべたとしてなくて乾燥してるというか、でも人情味に溢れている。

下町の風情があるのだな。昭和の匂いがする。

そんなふうに深沢さんに対して記していたが、最後の戌井君の解説を読むとまた違った、もっと深いなにかを秘めているのだとわかってくる。

「真剣に生きることを拒否し、人間賛歌の真逆のことをやっている感じ。」by Akito Inui

けれども色々と解説している戌井君もやっぱり深沢七郎から影響を受けてるのだなあ。と思って「あなたもですよ」とツッコミを入れたくなるのでした。

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宇和島にある大竹伸朗さんのアトリエにて。戌井君が大竹さんから何かをもらって喜んでたけれど、何だったっけかな。
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2020年03月17日

子どもへの道

先日、ワークショップをおこなった特別支援学級の子どもたちからお礼の手紙をもらいました。

ありがたいなあ。

担任の岡田先生にいわれて書いたのだろうけれど、読みながらニヤニヤしてしまった。

皆んなでおどりをつくったのが楽しかったみたいでいちばん多い、5人が感想を書いてくれていた。何かを創るというのは、時間がかかるしたいへんだったけれどやって良かった。

新聞で遊んだのもやっぱり人気だったようで4人が楽しかった。と書いてくれていた。まさか、あそこまで展開するとは思っていなかったので、自分自身にとっても大発見だった。

いつもは想像の範疇のなかで遊ぶだけなので自分の想像をはるかに超えていったのは、色んなことがまだまだ可能性があるのだということを教えてくれた。

自分の想像の範囲で止めてしまわないことと、遊ばせて見守ることが重要なのだな。

ことあるごとに手をつなぎ円になって気を合わせるようなことをしていたけれど、2人が面白かったと書いてくれていた。そんな些細なことでも子どもにとっては興味深いのだな。可愛い。

音楽にあわせて踊ったこと、太鼓に合わせて踊ったこと、最初にやった動物になるやつ、真似をするやつ、じゃんけんも楽しかったと書かれていた。

あとは「雲さんになりたい。かっこよかった」なんていう嬉しい感想もあった。

何かお返しをしないと。と思い、ひとりひとり丁寧に手書きして手紙を返しました。岡田先生に読んでもらえるといいな。と思っていますが、自分たちでも読めるように読み仮名も書いておきました。

必ずまた、会おう・・・

それにしても、子どもってのはほんとうにパワーに溢れていた。

そうして、気まぐれで行動に嘘がない。嫌なことは嫌だとはっきりしている。

自分にもあんな時があったなんて信じられない。

触れるもの見るものすべてがもの珍しくて、毎日目覚めるのが嬉しくて朝早くから絵を描いたり。虫や小動物や魚を追い回してヘトヘトになるまで遊んで、でも夜寝るのは嫌でいつまででも起きていたい。

いまも人生ということを、ワクワクドキドキしながら生きていたあの頃のように楽しまねばな。つまらない大人にならないように・・・

こころをいつも好奇心に満ち溢れさせて、子どものような目で世界を見る。

いま『0ベース思考』という本を読んでいますが、やはり子どものような気持ちで日々生きることが大切だと書いてあった。

思い込みや決めつけがない、まっさらな子どものようなこころで世界を見る。

一年に数度しか舞台に立てないいま。そして、そんな数度の舞台すら中止になってしまったいま。

腐ることなく、その何回かのためにからだとこころをぴかぴかに研ぎ澄まし、はじめて舞台に立つようにその瞬間を楽しみ尽くせるようにするのです。

まるで、生まれたての子どものようにね。

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おどりにはうまいもへたもない。絵にも。とか思って描いたらミロ風になってしまった。
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2020年03月18日

観客が、いるかいないか、いないかいるか

富山のイベントが中止になりました。

ただでさえ少ない仕事がなくなってしまった・・・残念だなあ。久しぶりに湯山と踊れるので楽しみにしてたのですが。

4月の誕生日に都志にて顔見せ興行をやろうと思っていたけれど、そちらも延期にしました。5月にやれるか・・・

というわけで、川西へとよって都志に帰ろうかと思っていたけれど、不要不急の移動になってしまったので自粛することにして、とうぶんは東京にとどまります。

川西市と隣接した伊丹市と宝塚市で感染した人が出ているし、移動は感染のリスクが高いようです。自分はいいけれど高齢の両親にうつしたらたいへんだものな。

世界中が大混乱していますが、そんななか大相撲春場所が無観客ではじまっています。

いろんなことが中止や自粛になっているなか。テレビの向こうの学校がやすみの子どもたちにも、ちから強い相撲が元気を与えているでしょう。

観客がいなくてたしかに淋しいけれど、緊張感に満ち溢れていて自分は好きです。

無駄がないというか勝負だけがすべての、大相撲の本質を観ているような気分です。

音もよく聞こえて面白いです。いつもは大歓声でかき消される、力士の息遣いまで聞こえてくる。声援で盛り上がるけれど悪くいうと雑音というかうるさかったとも言える。

自分の好きな北の富士さんの解説もよく聞こえるので嬉しい。北の富士さんの解説は人情味に溢れていてユーモアがあって愉快なのです。

人前でアガるなんていう力士は、今場所は有利かもしれない。逆に応援がないと燃えないなんていう力士は不利なのか。

観ていいるともう少し演出をするというか、ガラガラの客席をそのまま観せるのではなくて何かで覆うとか照明で見えなくする工夫があっても良いのにな。と思う。

あとはせっかくだから普段は撮れないような場所から撮影するとか、オリンピックみたいにカメラをうごかしながら撮るとか、いろいろと遊べそうです。

小兵力士で人気者の炎鵬などは「なんのために相撲を取るのかわからない」とか口にしているようですが、この機会に自問自答して考えてみたらいいでしょう。

これは自分にもあてはまることで「なんのために踊るのか?」という問いかけは、すべてのダンサーが考えるべきこと。

先日、惜しくも亡くなられた大野慶人さんの口癖は「誰に観せているのか?考えなさい」というものだったらしいけれど、大切なことだと思います。

「お客様は神様です」という言葉は三波春夫が使って「わたしは客なんだ神なんだ」という風に使われてしまっているけれど、もともとは神様が客なのだ「神に観せているのだ」という意味なのです。

ガラガラの客席には神様たちがいる。そう考えればいいのか。

春場所の10日目までの状況は、全勝だった白鵬が敗れてがぜん面白くなってきました。

大関を狙う朝乃山も2敗なのでまだまだ優勝の可能性がある。

1人でも感染したら中止になるようですが、なんとか千秋楽までやれるといいな。

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村上君が驚いていたように最近のお相撲さんはカッコがいい人が多い。
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2020年03月19日

こんなときだからこそ

ウイルスが原因の混乱と騒動がおさまる気配をみせません。

中国はピークアウトしつつあるようですが、ヨーロッパへと騒ぎの中心は移ったのか。

各国が鎖国のような状態になって自国中心主義になっている。アメリカと中国は罵りあっていがみあっている。

アメリカでは銃の弾薬が売れているとか・・・皆んな疑心暗鬼になってギスギスしてしまっている。

マスクを買い占めるひとはもういないのか。

そもそもマスク自体がないのだからな。なくなった理由は買い占めです。自分のことしか考えない恥ずべき行為。

いっぽう、中学生の女の子が手作りしたマスク600枚を老人ホームに寄付したとニュースで紹介していた。かかった8万円の制作費は貯めていたお年玉を使ったとか。偉いなあ。

自分のことしか考えないこころない大人が多い中で、思いやりにみちた優しい若者のこころに胸をうたれた。朝からテレビを観ながら感動しました。

そうして騒動の中、高校野球が中止になってしまった。

選ばれていた球児たちは残念無念、朝から晩まで猛練習をして汗と涙にまみれながらせっかくつかんだ甲子園の切符。

憧れの甲子園の土を踏めるはずだったのに・・・なんとか開催できないかと高野連はギリギリまで検討を続けていたけれど中止を決定。

色んな意見があるけれど、たしかに高校野球もクラブ活動の一環だとしたら全国の学校が休校してクラブ活動も自粛しているのに、高校野球だけが開催されるというのはおかしいのだな。

そしてまだ夏にチャンスがある。3年生にとっては夏の高校野球が本番みたいなものでしょう。

そんななか毎日新聞の一般投稿のページに高校野球は中止になってしまったけれど、残念だったなあとこれで終わってしまわずにと、いろいろ提案している人がいた。

騒動がおさまったら代表に選ばれていたチームを甲子園に招いて、キャッチボールや記念写真を撮らせてあげたらどうか。とあって「なるほどなあ」と思った。

校歌を歌うのも良い思い出になるかもしれない。甲子園の土も記念やお土産に持って帰る。

朝日新聞の一般の人からの投稿ページには、イベントが中止になっても、チケットを払い戻さないというアイデアがのっていてこれも「いいなあ」と思った。

たいへんな時だからこそ大好きなミュージシャンやアーティスト、劇団を応援するつもりでたとえそのライブやコンサートや公演が中止になってもチケットを払い戻さずに寄付してしまうのです。

これは主催者にとってはとても嬉しいことです。いま流行りの寄付行為、クラウドファンディングに似ている。

クラウドファンディングと同じように、払い戻さずにいてくれた人にはお礼のなにかを送る。

音楽や演劇の制作者でつくるコンサートプロモーターズ協会は中止、延期になった公演数は1550、損害額は約450億と推計している。

自分も富山のイベントが中止になって打撃をうけています。このままだと4月に予定されている上野のイベントも中止になりそうです。

こんなたいへんな時だからこそ、思いやりに満ちたおこないやアイデアが有り難いのです。

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キッチン窓辺の百合が咲いた。

参照:2020年3月18日 毎日新聞『みんなの広場』2020年3月19日 朝日新聞『声』
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2020年03月20日

国技とはなにか

異様な静寂に包まれている大相撲春場所。

土俵を彩る懸賞金が、今場所は半分以下らしい。好取組で懸賞の旗が土俵をぐるぐるまわると会場が盛り上がっていた。

観客がいないから宣伝効果がないと取り下げるのかな。自粛もあるとか・・・けれども懸賞が少ないと知って急遽、名乗りをあげた企業も複数あるというから嬉しいし有り難い。

こんな時だからこその応援、やるものにとっては励みになるのです。

さあ、いよいよ後半戦。ここからは星のつぶしあいがはじまります。

大関候補の朝乃山は今日から大関、横綱戦。すべて勝って文句なしの大関への昇進を果たして欲しいなあ。応援しているので毎日、観ていてどきどき緊張する。

大人しくて気が優しそうなので、大丈夫かと心配になります。

今日は横綱、白鵬との取り組みです。勝てば優勝争いも俄然、面白くなってきます。けれども、朝乃山は、いままで一度も白鵬に勝っていない。どれだけちからがついているか真価が問われる大一番、見ものです。

まるで稽古場のような緊張感と静けさをみせる2020年、春場所。

「今場所は稽古場で強いやつが勝つぞ」平幕、隆の勝の親方がそう言っていたとか。

その言葉通りに碧山が一敗でトップを走ります。

碧山は稽古場では無敵の強さを誇るけれど、本場所になると悩んだり感情的になったりではたいてしまったり、会場の雰囲気に飲まれてしまうことがしばしばあった。

部屋の先輩、栃ノ心も「稽古場通りだったら誰も勝てない、あんなのに突っ張られたらさ」と惜しんでいた。

同じブルガリア出身の元大関琴欧州、鳴門親方の部屋なのだな。鳴門親方の熱心なスカウトで来日したとか。白鵬と優勝争いをしたこともあるそうだから、今場所も台風の目になるか。

「何もかんがえていない」と稽古場の相撲をつらぬくつもりの碧山・・どうなるか。

昨日、勝ち越した魁聖も鳴門親方の部屋なのか。魁聖のインタビュー、語り口が面白かった。

金髪のちょんまげで愛嬌がある魁聖のインタビューを観ながら「大相撲も、ラグビーみたいにもっといろんな国の人がいたら面白いのに。」と思った。

大坂なおみさんや八村塁選手みたいにダブルの人もあらわれて活躍したらいいな。

黒人のひととかもいたらいいのに。身体能力が凄まじいので横綱になったりして。

多様な人類のそのままのありようが、日本という閉鎖的で差別的な島国の国技で起こったら愉快です。

こうやって違う国の人たちが活躍できるのも、パイオニア高見山のお陰。高見山は凄まじい差別を受けたと聞いている。結局、横綱になれなかった。

そうして、大相撲自体に女性が土俵に上がってはいけないとか時代錯誤な考え方がある。

ラグビーみたいに素敵なことになるのはまだまだ先か。あと5年、10年・・・

どうかな。

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肌の色というのはわかりやすいので差別がされやすいのだな。

参照:2020年3月18日 3月19日 朝日新聞『スポーツ』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:49| ブログ?