2020年03月12日

畏怖すべきちから

2013年に福島にいった。

あの時は、川口隆夫さんの付き添いのような感じでついていっただけなので、物見遊山的な気楽さがありました。

それだけにまだまだ復興途上にある現地のさまざまを見るたびに、なんにも貢献できないのが申し訳なかった。

津波でなにもかも流されてしまったところは瓦礫こそ片付けられていたが、まだ砂浜に骨が転がっていた。

もともとの住民のかたと避難してきた仮設住宅のひとが、別々にお祭りをやったりで複雑な雰囲気だった。

人間にはいろいろと事情があってそうそう簡単に仲良くするとか、ラブ&ピースとかってなわけにはいかないのだな。

2017年に宮城にいった時は仕事だったので、ツーリスト的な気楽さはなかった。

海岸では巨大な防潮堤の工事が続いているのを目撃して、復興はまだまだという印象だった。

皆さん、口々に「海が見えなくなるのが嫌だ」と言っていたが、どうしようもないのも現実だという諦めも感じた。完成している防潮堤は凄まじい圧迫感で、見ていてなんとかならないものかと思った。

実際に海が見えないのは不安だし不気味だったなあ。

そこは5メートルの防潮堤だったが、話しを聞いていると場所によっては10メートルを超えるなんていうところもあるようで、びっくり。そんなものがあったら景観が損なわれるというのも事実です。

長さ2.4キロ、高さ10メートルの巨大な二重の防潮堤で守られていた岩手県宮子市田老地区では、その壁を津波が乗り越えて200人近い犠牲者が出たとか。

本当にいのちを守るために、巨大なみにくい壁で自分たちを囲まざるをえないのか?

「議論は震災直後。どうしても“津波に流されたくない。高い方がいい”という気持ちが働き、単純な結論に至ってしまった。」と岩手県大槌町の方が後悔する。

「今なら“高い防潮堤より山を開いて高台を”と言えるが、当時は行政からそんな提案もなかった」と宮城県気仙沼市の吉田三喜男さんも語る。

宮城へは石巻でおこなわれたアートフェスティバルの講師でいったのでした。

美術鑑賞ツアーで見て回っていたら、砂浜に木を立てるというインスタレーションをおこなっているアーティストがいた。

砂浜に木を立てるという作為とそんな人間の小賢しい営為などものともしない大自然の雄大さが、残酷なコントラストを描きだしていた。

すべてを押し流してしまう大自然の畏怖すべきちから。

どれだけ人間が巨大な防潮堤を造ったところで、時として軽々とそんなものは超越してしまう大自然のちから。

コントロールするとか制圧するとかではなくて「人間なんてどうせ地球というものに寄生させてもらっているようなもの」としなやかにやわらかく共存、共生をさせて頂く。

そんな謙虚な気持ちがないと、人類はこのままだとほんとうに淘汰されて滅んでしまうのだろうなあ。

そうして、そんなことは大自然にとってはどうでもいいこと。

地球が生まれたときに人類はいなかった。地球が滅びるときにも人類はいないのでしょう。

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村上春樹さんの小説で高い壁に囲まれた街のお話があった。

参照・引用:2020年3月10日 毎日新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:32| ブログ?