2020年05月04日

夢のような

鉄割の公演。

どこだろうギャラリーのようなところ。

演目中にとつぜん壁の半立体の人形の眼から、ナミダが手品みたいに観客に降りそそぐ。

まるでミラーボールの光のつぶつぶのように規則正しくきらきらと弧をえがいて降ってくる。しかもそれは水ではない。なんなんだろう・・・樹脂のようなクリスタルのような。

「すげえなあ」とおもわず笑ってしまう。ほかのみんなも笑っている。

ほかにもたくさん面白い夢をみたけれど、残念ながら忘れてしまった。起きてすぐに書きとめないと夢はすぐに忘れてしまう。

だれか録音するという人がいたな・・・戌井君だったか・・・

彼はふだんも寝るときに演目を考えるといっていた。直哉はこのあいだアイデアを考えるのが嫌だとかいってた。天才と凡才のちがいか。

自分は創作のときは四六時中、作品のことを考えます。考えるのが趣味みたいなところもあります。いちばんのめり込むときは、それこそ夢にみます。その夢のアイデアに助けられたこともあった。

自分よりも麿さんのほうが考えるのは大好きで、創っている人間いじょうにふかく考え込んでくれたりして申し訳ない気持ちになったものだった。

そういえば麿さんの趣味は「人生」

そんな師匠があるとき「むかいが5000万円あてる夢をみた」といっていた。まさ夢にならないかな。5000万あったら都志の家を改築して稽古場兼劇場をつくって・・・

夢ってなんなんだろう。

起きているときにあったことを脳が処理する過程で出る、かけらのようなものだったか・・・若いころに夢の本をいろいろと読んで勉強したのに忘れてしまった。

夢を映像化できる機械があったら面白いのにな。

そういう意味では映画はまさに夢を映像化する世界なのか。醒めてみる夢、映画。夢のようであればあるほど良しとされる。

夢はつながりがめちゃくちゃだったりするので、映画もつながりとか気にせずにめちゃめちゃに編集したほうが面白いのにといつも思います。

舞台は夢を映像化するというよりも現実化してしまう世界だな。

360度の全方位で感じる醒めてみる夢のような舞台世界は、映画よりも強烈な体験を与えることができるのだと思います。

魔法のような舞踏というものに出会い、足を踏み入れると戻れなくなる門のなかをすすみ続けているいま。もっともっと夢のような舞台作品を創りたいと思う毎日です。

いっぽう手探りでトンネルのなかをすすみ続けているようないまのこの現実の世界・・・

夢や映画や舞台をはるかに凌駕してしまうほどのへんてこな非常が続いている。

「もういいから、はやくエンディングをむかえて欲しい」

こころの底からそう思います。ほんとうに。

dream1.jpg
『夢でみた絵』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 12:31| ブログ?