2020年05月13日

ナイチンゲールデー

昨日、5月12日はフローレンス・ナイチンゲールの誕生日でした。

1965年に彼女の功績をたたえて看護の日にさだめられたそうです。

誕生したのはいまからちょうど200年前の1820年、イギリスの裕福な両親のもと。2年にわたる新婚旅行中だったんだって。2年間の新婚旅行・・・

想像を絶するお金持ちだったんだな。その旅の途中、イタリアのフィレンツェで生まれたから英語読みのフローレンスと名付けられた。

そんなめぐまれた境遇にあまんじることなくフローレンスは、看護のみちをこころざして両親に猛反対される。当時は看護婦の地位が低くてお金持ちがやるような仕事ではなかった。

看護婦か・・・たいへんな職業です。いまは看護師というのか。

献身的にひとをささえる仕事。

重労働で肉体を酷使するし夜勤もあるし精神的にもきついのだけど、医師にくらべるととんでもなく給料が安くて報われない職業、そんなイメージです。

クリミア戦争へ看護チームを率いて派遣されると病院で女性差別をうけます。「おんなは引っ込んでろ」というやつだな。そこで、できることからはじめていく。

まずは不衛生きわまりなかったトイレの掃除からはじめる。

むかしは水洗なんてなかったからたいへんだぞ。水洗ではないトイレの匂いは凄まじいものな。アンモニア臭に人糞の匂いか、想像しただけで胸くそわるくなります。

そして病室のなかも空気を入れ換え掃除をしていく。傷ついた兵士のからだを拭き、包帯の交換などをおこなう。だんだんと清潔になっていく病院。

認められていく看護チーム。

フローレンスたちの活躍によって病院での死亡率は42.0%から2.2%へと劇的に減った。戦場の傷ではなく不衛生から起こる感染症でいのちを落とす兵士が多いことを見抜いたんだな。

彼女はとにかく目立つのが嫌いだったようで、戦地から帰国するときも大活躍したフローレンスを待ちうける記者たちの目をごまかすために偽名で入国したとか。

帰国してからも活躍する。戦地で経験して感じた看護の重要性と権限の必要性をうったえるために、レポートにまとめて提出。

そのさいに子どもの頃に得意だった数学の才能を発揮して、数値データをわかりやすくグラフにしたそうです。

そのレポートは女王陛下も見たとか。

その後、看護学校をつくったりして看護と介護という、金持ちが慈善活動としておこなっていたものを専門職にまで高めた。

1910年に90歳で永眠。

いまこうしているあいだにもウィルス最前線で活躍されている、ナイチンゲールの魂を受けついだ看護師のかたがた。

身を呈して献身的に患者に寄り添う看護師たちか・・・

じぶんには到底できないまね。

あたまが下がります。

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『白衣の天使』

参照:2020年5月12日 Yahoo! news / 2020年05月12日 tenki.jp / バーバラ・ハーメリンク著、西田 晃訳『ナイチンゲール伝―近代看護の創始者 』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 18:11| ブログ?