2020年05月29日

舞踏のこと

舞踏というものをなりわいにしようと奮闘してきました。

「ぶとうってなんだろう?」

日本で生まれたコンテンポラリーダンス? 時代の先端を走りセンセーショナルで前衛的だった舞踊? まだまだ一部のひとしか知らないアンダーグラウンドな舞台芸術?

伝説の大舞踏家、大野一雄が世界へと広めたButoh。

麿赤兒主宰の大駱駝艦は毎年のように海外に招聘され、フランスでは山海塾主宰の天児牛大に勲章があたえられ、カルロッタ池田や室伏鴻がたねをまいたメキシコやブラジルでは、若いアーティストが舞踏にこそ未来があるといわんばかりである。

「それはなぜか? 」

“上へ上へ、もっと高く”という古代から連綿とつづく人間の上昇志向。それを追いもとめつづけた結果、人類が月へといっていたとき。

舞踏は逆に、がに股で低く地を這うようにうごいていた。舞踏は時代のアンチとして生まれたのでした。

“はやい”ということが絶対的に良いとされていた時代に、逆に“ゆっくりとうごく”ことを良しとした舞踏。

それは結果ではなくそこへむかう過程こそを大切にしようとするこころであり、いまこの瞬間をうごく。そして「このかけがえのない一瞬を味わいつくそう」という考えなのだと思います。

人類が光を追いもとめ、明るく明るくもっとあかるくと世界を照らしつづけようとしているとき、創始者である土方巽はじぶんのやっていることを“暗黒舞踏”と名乗っていました。

それから約60年たって、光をつくるための究極のシステム“原子力”が破綻してしまった。

消費者である人間を増やすことにしか未来を見出せない現在の消費社会は、人間が死なないように死なないようにと叡智を結集し工夫する。

しかし死は自然の摂理である。

生が光ならば、死は闇である。光あるところには、暗黒がある。

死と闇はけっして忌み嫌うものではなく、逆に大切にして敬うべきものなのだと思います。

一部の人たちは、世界が限界を迎え、人類は宇宙へ向かうのではなく大地へと帰り、早く速くと先を競いあうのではなく、ゆっくりとスローテンポでその人生を愉しんだほうがいいと気づきはじめている。

そうして光ばかりではなく闇を、暗黒の中に灯るひとつの小さな灯火を大切にするべきだと・・・

時代が舞踏に追いつきはじめている。

世界がやっと舞踏の思想に歩調をあわせてきているのかもしれない。

と、舞踏のことについてひさしぶりに記してみました。

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『舞って踏む』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:39| ブログ?