2020年06月10日

「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ

友人の写真家、長島有里枝の名言で「男は売れるのが遅ければ遅いほど良い。」というのがあります。

彼女自身は20歳でメジャーデビューしている。

若くして売れた人だからこそ口にできることです。じぶんが言ってもたんなる負け惜しみ。

彼女は2017年に東京都写真美術館で、大がかりな展覧会をやっていました。

パンクロックな人柄そのままのとっても素敵で男前な展覧会で、初期からいまにつながるいろんな写真を観て感動したのでした。

そんな有里枝ちゃんが『「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』という本を出版しました。

1990年代に若い女性アーティストを中心にうまれた潮流をふりかえり、徹底的に資料をあげながら再検討をおこなう本なのだそうです。

2001年にHIROMIX、蜷川実花とともに女性3人で木村伊兵衛写真賞を受賞したこともあって、若手女性写真家として、ひとくくりにされ不当に扱われてきたのか。

「有里枝ちゃんはほかの女性写真家と違うよ。」と言われていたけれど「わたしも違うけど、みんな違うだろ!と思っていた。」

ロックな有里枝ちゃんらしいな。

社会人になってから入学した大学の卒業論文でもあるので、告発調ではなくて“プチプチをひとつずつつぶすように”男性目線のブームが、いかに誤ったじじつのうえになりたっていたかを確かめていく内容。

たとえば、コンパクトカメラの普及が女性写真家の誕生をあと押ししたと言われてきた。扱いやすいカメラが技術的な稚拙さをカバーして、表現に結びついたという論調。

しかし彼女たちが、そのようなカメラをつかっていたのはごくわずかだった。

彼女たちの登場とカメラ付き携帯の普及を結びつける論調にも「若手登場のピークが1997年、98年であるが、カメラ付き携帯の開発・発売は1999年〜2000年であった。」と反論。

それは若手の女性写真家が“いかに技術をともなっていないか”ということを広めるための、差別評論であった。

“自己中心的”“わがままで自分勝手”“能天気”などといかにも女性を活写しているようなことばが使われたが、それも男性優位による上から目線のマウンティングに過ぎない評論。

他人によって名付けられたじぶんの表現を、どうやってみずからの手に取り戻すか・・・

「いつかまともな評論家が出て、反論してくれると思っていた。だけど『白馬の王子さま』はいないとわかった。これはわたしの問題だ。」

と自らで書いたのがこの本なのです。

「女の子写真」と軽んじられてきた風潮を、アメリカで生まれた『ガーリーフォト』というフェミニズムのことばを肯定的につかい語りなおす行為でもあるとか。

「声をもたない集団について語るひとは、慎重に振る舞わなければならないと思う。」

「これがわたしにとっての“ガーリーフォト”です。」

読みます。

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『Tank Girl』

参照・引用:2020年3月8日 毎日新聞 2020年3月28日 朝日新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:11| ブログ?