2020年06月20日

The anniversary of Ko Murobushi's death

6月18日は大先輩の舞踏家、室伏鴻の命日だった。

舞踏カンパニー大駱駝艦の創設メンバーで、初期のブレーンであり、らくだかんの基礎をつくった人でもあった。

眉毛を最初に剃ったのも室伏さんか。みんな真似するけれど独立すると生やしはじめる。けれども室伏さんは生涯、眉毛を剃りつづけた。

けっして揺るがない信念であり、世の中にいつも喧嘩を売っているという姿勢があったように思う。その踊りからは、いつも不満を感じどうしようもない怒りを感じた。

室伏さんはもと山伏でもあった。火が大好きで腕に布を巻いて火をつけて踊るのを得意としていた。若林淳がその真似をして腕を火傷してたな。

木の箱の中に入って火をつけて、なかから出てくるなんていう危険なこともしていたらしい。

あるときいつまでたっても室伏さんが出てこないので、みんなで心配していたらふらふらになって出てきた。待機しているあいだに揮発した燃料でラリってしまって、出口がわからなくなってしまったそう。あぶねえなあ。

“伐倒”といううしろにまっすぐに倒れる危険なわざも得意としていた。室伏さんは、かちかちの大理石のうえで伐倒したりする。頭を打って失神なんて数知れず、恐ろしい。

らくだかん発行の新聞『激しい季節』の初代編集長でありことばのひとでもあった。膨大なことばの数々を肉体をとおして舞台上へと投げ出して昇華させていった。

そんな室伏さんの残した本や資料や記録をアーカイブしたカフェが早稲田にあるようです。こんど行ってみよう。>>Shy

大駱駝艦から独立したあとは、日本を飛び出して海外をベースにして活躍しつづけた。なんでもありの舞踏の真髄をもて遊びながら、世の中もじぶんも疑うということをつねに真剣に実践していた。

晩年に何回か教えを請えたのはよかったけれど、ことばというよりはおどりを通じてのほうがわかることが多かった。

最後はブラジルで公演を終えたあと、ドイツへ移動する途中のメキシコの空港で倒れて帰らぬひととなった。

享年、68歳。

知るひとぞ知るで、日本ではまったくといっていいほど評価されていなかったが、世界的には圧倒的に評価されていた。

パリを拠点にする騎馬劇団ジンガロの出演料は、ワンステージ100万だったとか・・・

日本のそとで忙しく活躍していたけれど、その飛行機でのたびかさなる移動のストレスが寿命を縮めたのかもしれない。そう思うと認めようとしなかった日本という国に腹が立ってくる。

けれども「死ぬなんてざまあみろですよ」が口癖だったという室伏さんのこと。

べつに誰のことも恨んではいないのかもしれない。

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"Krypt Blues" photo Laurent Ziegler
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:50| ブログ?