2020年06月27日

ジャジューカおわり、帰国、春の祭典

楽しいときはあっというまに過ぎ去ってしまうもの。

三日間におよんだ、モロッコ・ジャジューカ村でおこなわれたフェスティバルは終わってしまった。

2015年6月8日、リーダーや息子のビラルと再会を誓いつつ、みんなにお別れをつげてタクシーにて最寄りの“El kebir”駅へ。

そこから約1時間かけて列車でガタンゴトンとゆられながら、ジャジューカでの非現実の極致の野生的で濃厚な体験の余韻にひたります。

タンジェの駅からタクシーで街に一歩入ると、クラクションやひとの声といった喧騒でいっきに現実へと引き戻された。

今日は、画家のアンリ・マティスが長期滞在して絵を描いていたことでも有名な大通りにめんした最高級ホテル“エルミンザ”に宿泊です。といっても円が強いので、1人1万円もしないのです。

エルミンザのバーでピアノを聴きながら戌井昭人氏とビールで乾杯。

「生きててよかった」

じぶんの人生でもおそらく3本指に入るビールのうまさだった。ジャジューカ村は厳格なイスラム教で飲酒が厳禁、飲んだら帰されると言われていたのでした。

しかもめちゃくちゃ暑いのだけど冷蔵庫などないので、冷たい飲み物をつねに欲していた。

そのあとはホテルのまわりをうろうろしてお土産を買ったりして、夜はどうしたのか?

次の日は朝6時半に戌井君にわかれを告げてホテルを出発。かれはあと一週間のこって旅をつづける。北のほうに友達がいるといっていた。

タクシーにて駅まで移動してそこから空港へ。

14:30、空港を出発。「さらばモロッコ、また来ます。」機内では『モロッコ流謫』のつづきを読みながら余韻を反芻します。

6月10日夕方、約20時間かけて成田空港へ到着。梅雨空の東京へともどってきました。満員の山手線にのって帰宅。

さあ、次の日から新作『春の祭典』の稽古です。今回のジャジューカへの旅は、新作の取材も兼ねていたのです。

春の祭典はストラビンスキーにとって異教である、イスラムの祝祭を題材にした楽曲。そうして生け贄が主題であったりと、まさにジャジューカの世界なのです。

そこから約2ヶ月のあいだ、意気込んで必死で頑張って制作にはげんだ。

結果、春の祭典史上前代未聞、全編無音の春の祭典ができあがった。音響の牛川紀政さんは大絶賛してくれたが、観客の評判は賛否両論だった。

賛否両論だったけれど、春の祭典の初演のときのような事件にはならず話題にもならずに終わってしまった。ちから及ばず・・・

どこかの劇場でひさしぶりに元パブリックシアターのかじやさんに会ったら「春の祭典観たよ、最高だった」とほめてくれた。けれど「賛否両論でした」と答えたら「そうだろうね」と笑っていたな。

そのあと再演をなんども目論んだけれど、立ち消えになっていまに至っているのでした。

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舞踏家集団デュ社第2回公演『春の祭典』@D-倉庫 Photo by bozzo
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:39| ブログ?