2020年08月07日

1945年8月6日、夕刻

木谷真一は、原爆の落ちた広島の街を歩きつづけた。

泣きわめく声が聞こえるのであたりを見回すと、子どもが家に挟まってうごけなくなっていた。

よく見るとそれは知り合いの子だった。火はすぐそこまで迫っている。

からだはほとんど外に出ているのに、片足が柱と柱にはさまって引き出せないのだ。助けようとするがどうにもならなかった。周りを見ても全裸で狂ったように歩く真っ黒な人、人ばかり。

「もうすぐ楽になるからな」真一は、謝るように手を合わせ逃げるようにその場を立ち去った。

「助けてあげられなくてごめんな」

流れる涙を拭うこともなく歩きつづけた。自分自身も全身大火傷を負っていた。服はズボンがかろうじて半分残っていた。

真夏だというのにぞくぞくとするぐらいに寒い。

震えながら歩いていると、とつぜんはげしく雨が降りはじめた。真っ黒な雨だ。どろりと泥のように重たかった。

黒い雨を浴びながら歩く。靴はいつの間にかなくなっている。腫れ上がり真っ黒で、ぶつかっても誰だかわからない顔・・・顔・・・

「自分もそうなのだろう」

そんなことをぼんやりと考えながら真一は、火の手に流されるようになり逃げ惑う群衆に流されながらも、いろんな知り合いの安否を訪ねて回る。

声を限りに叫んでいる男、悲鳴をあげながら走る女性や子ども、苦痛を訴えるひと、道端に坐りこんで、助けをもとめるように空に向けて差し出した両手を振っているひと。

崩れ落ちた家のわきで、合掌瞑目して一心に祈っているおばあさん。四つん這いになって鳴き声をあげながら、わずかずつ進んでいる男。

いろんなひととすれ違う。

燃え上がって通れないところは遠く迂回しながら、夕方まで歩きつづけ死体の山の上を歩きつづける。

皮膚が破けずるりとすべり、こけてしまうこともしばしばだ。

会う人会う人に名前を聞くが、誰だかまったくわからない。全員が全員、誰かを探している。みんな何処へ行ってしまったのか?わからない。

何もかもわけがわからないが、ひとつ確かなのは、誰かに「死ねばいい」と思われたということ。ぼやけた頭でそんなふうに思う。

空は黒煙でどんよりと曇っている。午後にはすべての死体が腐りはじめていた。

日が落ちてくると広島の空は、炎で夕焼けのように真っ赤になっていた。

真一は歩きつづける。何度もなんども嘔吐して喉が乾いて仕方がない。

「正子、もう会えんかもしれん・・・真裕君、みんなのことをよろしく頼む・・・文子、文子・・・水を・・・水をくれんか・・・水を・・・みず・・・みずがのみたい・・・みず・・・」

もうそれしか考えられなくなっていた。

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夕方、変わり果てた姿で丸さ呉服店に帰ってきた曽祖父。声でしか本人だとわからなかったという。
木谷真一、享年70歳。没:1945年8月6日、夜「合掌」

参照:『夕凪の街 桜の国』こうの史代 双葉社、『この世界の片隅に』こうの史代 双葉社、『黒い雨』井伏鱒二 新潮文庫、図録『原爆の絵』広島平和記念資料館編 岩波書店、『原爆詩集』峠三吉 平和文庫 日本ブックエース発行、『夏の花』原民喜 集英社文庫、『ヒロシマ・ノート』大江健三郎 岩波新書
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:41| ブログ?